悪女さま、手筈は整えております

西原昂良

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番外編その1

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「なぁ、マルティン」

 この日、多忙なヴェルターの代わりに王太子の補佐官、マルティン・アルデモートは来客の相手を引き受けていた。マルティンは自分も忙しいのだが、と心の中で愚痴を溢すが、高貴な身分の来客を前にあらがえることは無かった。

 アデルモは呼んでおきながら、マルティンのあっちこっちに飛んだブラウンの髪とグレイの瞳をぼんやりと見ながら自分の髪を一束つまんで手遊びしている。

「髪、どうかされましたか」
「私の髪は、少し明るすぎないか? 」
「はぁ、髪色、でございますか。しかし、王族の方々はその髪色を代々引き継いでいらっしゃいますし、もはや高貴な色の代名詞になるほどでございます」
「……そうだな。一目見れば王族の血縁だとわかるだろうな」

 色を変えたり出来ないのだろうか、とアデルモは溢した。マルティンは既視感に襲われた。

「デジャヴ」
「ん? 何がだ」
「いえ。に頼んで染めて貰ったらどうですか」
「夫人……」
 
 アデルモは白い肌を薄紅に染めた。マルティンは早く切り上げたい気分だった。

「殿下ならどんな色もお似合いになると思いますが」
 マルティンは苛立ちを悟られない程度に投げやりに言った。

「一時的に染めたところでまたこの冴えない髪色に戻ってしまう」
「は、冴えない? ではどんな髪色にされたいのでしょうか」
「グレイなどどうだろうか」
「グレイ、でございますか? 」

 グレイとはまた微妙な、殿下の髪色はそれ輝きを加えた白銀とも真珠ともとれる高貴な色だというのに。マルティンは首を傾げて待っていたがアデルモは答えることもせずぼんやりと顎を撫でた。
「どう頑張っても大したひげも生えない」
 そう呟いたかと思うと、今度は親指と人差し指で何かを測るように指先を動かしている。その指先を顎に乗せるとため息を吐いた。マルティンはアデルモの行動を分析した。デジャヴのお陰でそれはおおよそ成功した。となると、殿下の行動は……。

「いけません! 」
 マルティンは慌ててアデルモの手を止めた。アデルモが眉を下げた。
「うん。痛いだろうな」
「ええ。生々しい傷はご婦人には受けませんよ。それに、そんな美しい顔にわざわざ傷を作るなんて正気の沙汰とは思えません」
「……そうだよなぁ、そうだよなぁ」
「もしかして、ですが。夫人は以前ペール=オロフ王配殿下に想いを寄せていた、とか? 」
 アデルモはびくりと肩を揺らした。

「いやな、彼のような人が好みだと小耳に挟んだものでな。彼は確かに魅力的だ」
 マルティンはペールの外見を思い出した。大男、無口、剣の達人。外見で言うと、知り合いでなければなるべく目を合わせたくないタイプの威圧感。グレイの髪。口の元の傷。良く見ると優しい目なのだが、眼光の鋭いアンバーの瞳。……ラゥルウントの美的感覚はフリデンとは大きく異なるのだろうか。

「殿下はそのままで十分魅力的でございますよ」
 その外見で不平を言うなら変えて欲しいくらいだ、と呆れた。

「彼女が……ごほん、俺のだが。最近どうも元気が無くて、だな。私との結婚に不満があるのだろうかと思ってな。やはり、結婚まで性急すぎたか。ホームシックだろうか。それとも私が髭も生えない男だからだろうか。それか、あー、城側のナメクジのせいだろうか」
「どれも違うでしょうね」
 マルティンは自慢の脳みそを一切使わず、反射で答えた。
「では、いったい……」
「ご婦人にお尋ねになればよろしいかと」
「あ、うむ、そうだな」

 ちょうど良いタイミングで戻ったヴェルターにアデルモを引き継ぎ、二人が部屋を出て行くと、マルティンはやっと仕事に戻れると書類に手を伸ばした時だった。ドアがノックされたのだ。

「はい、どうぞ」
「あら、ヴェルター殿下とおじさまは……」
 入って来たのはリティアとアデルモの妻、リリーラだった。
「つい先ほど、部屋を出て行かれまして、お待ちになりますか」
「ええ、そうしても構いませんか? 」
「はい。では、お茶の用意をさせましょう」

 マルティンは女性のおしゃべりを聞きながら仕事をするのもどうかと書類を手に部屋を出て行こうと思った。
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