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37. 天使は知らない
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「セドリック、お前には言っておきたかった」
目の前にいる殿下は、いつもの柔らかな雰囲気と違っていた。
幼い頃から知っているエーリック殿下は、いつも微笑みを絶やさない温厚な人柄だ。しかし、只優しそうな雰囲気の人物では無い。この方は大国であるダリナス王国の第三王子。世が世ならば、その優秀さと美貌、そして今は少なくなってしまった魔法術の使い手として、王位継承に大きく関わる程の人物だ。
平和な世で良かった。
そして、エーリック殿下の性格が争いごとに興味を持たない、学者肌なところが幸いした。
『セドリック、私はシュゼットの事が大好きだ。一人の女性として好きだよ』
その彼に真っ直ぐな目でそう言われた。
そして、
『シュゼットにはこの気持ちを伝えてある』
本人にも告白したと。そうも言った。
「セドリック? お前、泣いているのか?」
殿下に言われて瞬きをした時、ポロっと涙が零れた。
そうだ。この前もそう問われたことがあった。
シュゼットが、フェリックス王子の婚約者候補の一人であると聞いた時だった。あの時は、なぜ涙が零れたのか判らなかった。
ただ、他国の王族の婚約者になってしまうかもという距離感に、胸の奥がぎゅーと掴まれたような気持ちがした。目の前にいるシュゼットが、いきなり秒速で遠くに連れ去られたような喪失感にも似た感覚がしたから……
(手が届かない。二度とこうして会えない。声も聴けない)
そう思った。
それどころではない。彼女の柔らかな笑顔も、はじける様な笑顔も、蕩ける様な笑顔も……どんな笑顔も見ることが叶わなくなってしまう。と感じたから。
(寂しくて)
他国の大使の息子である自分には、どうすることも出来ないと思ったから。
あれから、ずっと考えていた。彼女が婚約者になりたくないと言ったときには、ほっと安堵した自分がいたから。
そして、今日。自分の気持ちに気付いてしまった。ずっと、彼女の事をどう思っていたかを。
(シュゼットの事が大切なのだ。ライバルなんかじゃない)
そうだ。一人の女性として。どこが良いかなんて、本人の前でも殿下の前でも言いつくしている。今となっては全身が燃えるように恥ずかしい!! 羞恥心に火が着くとはこういうことか。
やっと自分の気持ちに気付いたのに、長年一緒にいた殿下の気持ちも、本人から聞いて今初めて気付いた。
「セドリック? 大丈夫か?」
少し、心配しているような瞳で問われた。
「大丈夫です……でも、気が付きませんでした。殿下がシュゼットの事をそう思われていたことを」
涙で滲んだ目をハンカチで擦こする。ポケットに入っていたのは、この前シュゼットに涙を拭いてもらったハンカチだ。洗ってプレスして、彼女の好きそうな金木犀きんもくせいの香り紙を挟んでいたのだ。今日返そうとずっと持ったまんまだったのに。返しそびれた。
「そうか。そうだろうな。私も気付いたばかりだから。でも、シュゼットの環境が急に変わって来たからね。今までと同じ付き合い方では駄目だと思った。だから、彼女に自分の気持ちを伝えた。お前の気持ちも知っていながら」
「僕の気持ち?」
殿下は、何を言っているんだ? というように片眉を上げた。
「お前、ずっと気付いていなかったろう? でも、彼女への気持ちなんて盛大にダダ洩れだったぞ?」
やっぱり。
そうだろうなと思った。殿下も知っている以上、これからどうすれば良いのだろう。諦めて、この気持ちに蓋をした方が良いのだろうか。彼は、自分の主であるのだから。
「セドリック? お前、変な遠慮は絶対するなよ? お前はお前でどうにかしろ。 ただ、私は一歩前を行ったからな?」
殿下が、自分が手に握り締めていたハンカチをスルリと取り上げると、まだ涙で乾かない目元を拭ってくれた?
「『あら、こんなところに黒子ほくろがありますのね?』 だっけ?」
それ、シュゼットが酔っ払ったあの時に言った言葉だ。いきなりそう言われて、思い出した途端に顔がぶわっと熱くなった。
「お前、ズルいぞ? あんなことをされて」
右目の黒子辺りをゴシゴシと拭かれた。殿下は笑っていた。いつもの昔から見ている笑顔だった。
「そうでしょう? 役得でした。あんなに近くで彼女の顔を見たのは初めてでしたね。物凄く可愛かったですけど?」
だから、自分もいつも通りに答えた。
そして、この瞬間から、エーリック殿下と僕は……ライバル同士になった。
目の前にいる殿下は、いつもの柔らかな雰囲気と違っていた。
幼い頃から知っているエーリック殿下は、いつも微笑みを絶やさない温厚な人柄だ。しかし、只優しそうな雰囲気の人物では無い。この方は大国であるダリナス王国の第三王子。世が世ならば、その優秀さと美貌、そして今は少なくなってしまった魔法術の使い手として、王位継承に大きく関わる程の人物だ。
平和な世で良かった。
そして、エーリック殿下の性格が争いごとに興味を持たない、学者肌なところが幸いした。
『セドリック、私はシュゼットの事が大好きだ。一人の女性として好きだよ』
その彼に真っ直ぐな目でそう言われた。
そして、
『シュゼットにはこの気持ちを伝えてある』
本人にも告白したと。そうも言った。
「セドリック? お前、泣いているのか?」
殿下に言われて瞬きをした時、ポロっと涙が零れた。
そうだ。この前もそう問われたことがあった。
シュゼットが、フェリックス王子の婚約者候補の一人であると聞いた時だった。あの時は、なぜ涙が零れたのか判らなかった。
ただ、他国の王族の婚約者になってしまうかもという距離感に、胸の奥がぎゅーと掴まれたような気持ちがした。目の前にいるシュゼットが、いきなり秒速で遠くに連れ去られたような喪失感にも似た感覚がしたから……
(手が届かない。二度とこうして会えない。声も聴けない)
そう思った。
それどころではない。彼女の柔らかな笑顔も、はじける様な笑顔も、蕩ける様な笑顔も……どんな笑顔も見ることが叶わなくなってしまう。と感じたから。
(寂しくて)
他国の大使の息子である自分には、どうすることも出来ないと思ったから。
あれから、ずっと考えていた。彼女が婚約者になりたくないと言ったときには、ほっと安堵した自分がいたから。
そして、今日。自分の気持ちに気付いてしまった。ずっと、彼女の事をどう思っていたかを。
(シュゼットの事が大切なのだ。ライバルなんかじゃない)
そうだ。一人の女性として。どこが良いかなんて、本人の前でも殿下の前でも言いつくしている。今となっては全身が燃えるように恥ずかしい!! 羞恥心に火が着くとはこういうことか。
やっと自分の気持ちに気付いたのに、長年一緒にいた殿下の気持ちも、本人から聞いて今初めて気付いた。
「セドリック? 大丈夫か?」
少し、心配しているような瞳で問われた。
「大丈夫です……でも、気が付きませんでした。殿下がシュゼットの事をそう思われていたことを」
涙で滲んだ目をハンカチで擦こする。ポケットに入っていたのは、この前シュゼットに涙を拭いてもらったハンカチだ。洗ってプレスして、彼女の好きそうな金木犀きんもくせいの香り紙を挟んでいたのだ。今日返そうとずっと持ったまんまだったのに。返しそびれた。
「そうか。そうだろうな。私も気付いたばかりだから。でも、シュゼットの環境が急に変わって来たからね。今までと同じ付き合い方では駄目だと思った。だから、彼女に自分の気持ちを伝えた。お前の気持ちも知っていながら」
「僕の気持ち?」
殿下は、何を言っているんだ? というように片眉を上げた。
「お前、ずっと気付いていなかったろう? でも、彼女への気持ちなんて盛大にダダ洩れだったぞ?」
やっぱり。
そうだろうなと思った。殿下も知っている以上、これからどうすれば良いのだろう。諦めて、この気持ちに蓋をした方が良いのだろうか。彼は、自分の主であるのだから。
「セドリック? お前、変な遠慮は絶対するなよ? お前はお前でどうにかしろ。 ただ、私は一歩前を行ったからな?」
殿下が、自分が手に握り締めていたハンカチをスルリと取り上げると、まだ涙で乾かない目元を拭ってくれた?
「『あら、こんなところに黒子ほくろがありますのね?』 だっけ?」
それ、シュゼットが酔っ払ったあの時に言った言葉だ。いきなりそう言われて、思い出した途端に顔がぶわっと熱くなった。
「お前、ズルいぞ? あんなことをされて」
右目の黒子辺りをゴシゴシと拭かれた。殿下は笑っていた。いつもの昔から見ている笑顔だった。
「そうでしょう? 役得でした。あんなに近くで彼女の顔を見たのは初めてでしたね。物凄く可愛かったですけど?」
だから、自分もいつも通りに答えた。
そして、この瞬間から、エーリック殿下と僕は……ライバル同士になった。
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