【更新中】悪役令嬢は天使の皮を被ってます!! -5年前「白パンダ」と私を嗤った皆様に今度は天使の姿でリベンジします! 覚悟は宜しくて?-

薪乃めのう

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96. 指輪の秘密

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 先代の光の識別者の指輪? 何故それがダリナスのシルヴァの元に?



 初めて聞く話に、レイシルが目を見張った。先代とダリナスとの間には直接的な接点など無かったはずだ。

「シルヴァ殿、それはどういう事か?」

 自身も風の識別者である陛下が、訝しそうに問うた。王である以上、コレールの史実については表に出せない真実迄知っている。ここにいる誰よりもコレールについて詳しいはずだが、先代の光の識別者の指輪とダリナスとの関係など聞いた事が無い。

 シルヴァがシュゼットの手を握ったまま、彼女を守るように席に着かせた。そして、自らも彼女の隣に腰を掛けた。

「シュゼット。君は今、魔力の流れを感じていないか? 身体を巡る流れを感じているのだろう?」

 シルヴァを見詰めて、シュゼットは頷いた。

「はい。確かに身体の中を巡る流れを感じます。あの、魔力の引き出しを行った授業の時より、滑らかで何だかじんわりと温かく感じてきました」

 そう言ってシュゼットがシルヴァの手から自らの手を離し、目の前で握ったり開いたりして見せた。

「なぜ、この前は光の雫が零れて、気を失ってしまったんだ?」

 レイシルが疑問を口にした。確かに今もシルヴァが自分の魔力を触媒として流した。この前も同じように。変わった事と言えば……

「そうか、鑑定石か。この前は、鑑定式でシュゼット嬢の魔力鑑定をした鑑定石使用したな。2つの鑑定石が使用された事で干渉し合ったのか?」

 レイシルが唇に指を当てて考え込んだ。それよりも、今はシルヴァの話を聞かなければならない。陛下も続きを促すように彼を見詰めている。

「お話ししましょう。ダリナス王国に伝わる光の識別者の話を」

 シルヴァが再び、口を開いた。




「先程、この指輪が先代の光の識別者の物だと言いました。正確には、この指輪に使われている鑑定石が先代の鑑定石なのです」

 シルヴァがそう言って指輪を外した。シルヴァの瞳と同じ黒曜石の周りを、小さな鑑定石が取り囲むように散りばめられている。彼の耳にあるピアスのデザインと同じように見えた。

「この小さな鑑定石が? でも、コレールにも残っていない先代の鑑定石が何故ダリナスにあるのだ? 
 普通、鑑定石は本人以外に反応することは無いであろう? 先代の光の識別者の鑑定石は、先の三国間戦争の収束の為に使った力と共に、崩れて消滅したと聞いているが……」

 陛下が手に取って光に透かすように指輪を掲げながら言った。レイシルもフェリックスも頷いて聞いている。コレールにはそう伝わっていたからだ。

「ええ。確かに普通の鑑定石ならば、そうなのでしょう。しかし、そこにあるのは多大で稀有な識別魔法の鑑定石です。ここからは、我がダリナス王家に伝わる話になります。この指輪を引き継ぐ者にしか伝わらない隠された歴史です」
「今は、叔父上しか知らないという事ですか?」

 エーリックが問う。自分にも知らされていない事実。

「そうだ。私に何かあれば、次世代の識別者であるエーリック、お前が引き継ぐことになっただろう。魔法術の識別者でなければ、そしてダリナスの直系の血を継ぐ者にしか、この指輪は引き継げないのだから。だが、今この時にシュゼット嬢が光の識別者への道を選び取ったのならば、この指輪の旅が終わる」
「指輪の旅が終わる? 私の選択がどんな関係があるのでしょう?」

 シュゼットがシルヴァの横顔を伺うように見詰めた。その顔には、少しだけ安堵の表情が窺えた。







 三国間戦争で奇襲を掛けられたコレールは、国境から王都に向かう街道を侵攻され、すでに王宮が堕ちるのも時間の問題とされていた。しかし、当初優勢であったダリナスも本国からの支援を受けられない状況に追い込まれていた。
 そして、そのダリナスの最前線から少し離れた場所にあった駐屯地にも第三国の襲撃があった。そこは王太子が軍の指揮を執っており、コレールに向けての進撃を進めたばかりで、兵士の数も一瞬だが手薄になった。そこを狙われてしまったのだ。
 本来であれば、王太子が前線に出て来る事など無いはずだった。しかし、時の王太子は自らが軍を指揮して参戦していたのだった。国民から、兵士からも支持の高い、優秀で人柄にも恵まれた指導者であったという。
 その王太子が奇襲で大怪我を負ったという情報は、コレールの最前線からすぐに作戦室迄伝わった。同じ頃に第三国の奇襲を受けていたコレールは、これ以上の戦争を望まずダリナスへ停戦の申し入れを行う所だった。

 しかし、その間にあの大火事が引き起こされたのだった。乾期のコレールとダリナスに、その炎は容赦なく襲い掛かり、コレールは広大な森林と村々を焼き払わられた。そして、ダリナスも身動きの取れない、孤立していた駐屯地にまで炎が迫ったのだ。命の危機にある王太子がいる駐屯地に。
 コレール王都の王宮神殿で、貴族や有力者の治療に専念させられていた先代の光の識別者が、この事態の収拾に自ら動いたのだ。
 彼女は、まだ15歳の少女であったというのに。

「15歳の少女……今の私の齢と同じです……」

 シュゼットが呟いた。まさか、そんな若い少女だとは思わなかったのだろう。

 シュゼットの呟きを聞いて、レイシルが語る。

「彼女は、まだ識別者としては未知で未熟だった。生まれて間もなく魔力の存在が確認されて、王宮神殿に預けられて育った。

 しかし、当時の王宮神殿では魔法術の識別者に対して、理不尽な力の使役も強いていた。残念ながら、当時の神殿の力は強大で神官達の及ぼす影響も強かったから。それに、軍とは対立関係にあった。その為彼女の能力を最適に使う事など、誰もちゃんと考えていなかったのだろう」

 確かに、そんな者がいるのなら、大火事が起きる前に何とかなりそうなものだ。

「第三国の参戦は、コレール王宮神殿の神官長が己の利益の為、かの国と通じて引き起こされたのだ」

 レイシルの言葉を引き継ぐように、王が口を開いた。その表情は苦渋に満ちていた。過去の歴史に思いを馳せ、やりきれない気持ちになった為だ。

 シルヴァがゆっくりと言葉を紡ぐ。ここから先は彼しか知らない事のはずだった。

「戦況が悪化して、流石に王宮神殿は守りも薄くなっていた。第三国と繋がっていた神官長は、無理矢理に彼女を連れ出し、コレールから脱出するところだった。しかし、幸いな事に連れていかれる処を助け出され、ようやく正しく情報を伝えられた事で彼女は、戦の真実を知り王宮神殿から飛び出したのだ。
 そして、戦の最前線に降り立った彼女は、燃え盛る炎の草原を進んでいった。癒しの魔法術を使いながら。炎の中を一歩一歩。すると魔力の効果か、たちまち炎は鎮静化したという。その様子を見たダリナスの兵士達は驚きと畏怖を感じ、傷ついた身体を癒すその光の魔法術に平伏した」

 エーリックは固唾を飲んで聞き入っていた。読み漁ったコレールの文献にも書かれていない事だった。

「そして彼女は、ダリナスの駐屯地から今にも消えそうな命の燻ぶりと、大勢の救いを求める声を感じたという。消えそうな命の燻ぶりは、王太子の生命。そして、救いを求める大勢の声とは、敬愛する王太子の命を救って欲しい。助かって欲しいという民の、兵士達の願いだった。
 彼女は、その声に導かれて王太子の前に現れた。15歳の光の識別者である少女と、当時19歳の王太子が出会ったのだ。高熱に魘され、酷い怪我を負った王太子を助けようと、少女は自らの力を使ってくれたのだ。敵味方の区別無く、傷ついた兵士たちが彼女の後ろから付き従ったという。そこに、コレールもダリナスも無かった」

 シルヴァはそこまで話をすると、テーブルの上に置かれていた指輪を手にした。

「王太子の怪我は重く、劇的な変化を見る事が出来なかった。彼女は献身的に魔法を駆使して、彼の治療を行ったらしい。彼女は自身の持っていた鑑定石を彼に預け、その石の威力も最大限に使いながら光の魔法術で癒していたが、すでにその時には急激な魔力の使用に身体に変調が出ていたのではないかと思われる。
 なぜなら、鑑定石が少しずつ小さく変化していったのだから。石は王太子の身体を癒す為に、効力を発揮した後に溶けていった」

 魔力は無尽蔵では無かった。使い方によっては、術者の命まで犠牲にする。すでに、広大な草原を炎から護り、多くの兵士達の身体も癒している。彼女の魔力はすでにリミットを超えていたのではないか。誰もがそう感じていた。

「彼女の魔力と、献身的な看護によって一命をとりとめた王太子は、少しづつ体力を回復していった。そして、その触れ合いの中で二人に淡い恋心が生まれた。
 元をただせば敵同士。片や稀有な力を持ち自国に苛まれた魔法術士。片や一国の王太子だ。結ばれる事など無いだろう。
 そして、何よりも二人には愛を育む時間など無かった」



 シュゼットが首を傾げた。時間が無かったとは?



「なぜなら、彼女の魔力は底をつこうとしていた。そして、それは本人以外に知ることは無かったのだ。自身の命の長さを悟った彼女は、焼け野原になった自国の風景を悲しみ、最後の力を以て魔法術を展開したのだ。国境近くから王都の街道まで広がるあの草原。
 自分の様に、光の識別者が不当に扱われることが無いように。正しく活用できる国や時代になるまでは、光の識別者が発現しないで済むようにと。願いを込めて焼け野原を草原に還した。
 彼女の横には、彼女を支える王太子が寄り添っていた。そして、彼女の願いを確実にするため、彼自身の魔法術である錬金によって広域魔法を掛けた。
 彼女の願いが叶うまで、あの草原は変わらない。そして、光の識別者は発現しない様にと……」

 100年前、三国間戦争で瀕死の重傷を負った王太子を救った光の識別者。王太子は、彼女の力によって命を救われた。そして王太子は彼女に恋をし、彼女も彼に恋をしたが、それは結ばれる事は無かった。ほんの少しの時間。たった数日しか会っていないのに芽生えた恋情。二人にとって、それは鮮烈で何物にも替えられない気持ちだったはずだ。

「彼女が息絶えた後、彼女の希望通りにコレールへと帰す事となりましたが、鑑定石は、次代の光の識別者が現れるまで王太子に託されました。小さくなった鑑定石ではありましたが、二人の気持ちのお陰でしょうか、崩れることも無く形を留める事が出来ました。王太子は指輪に加工して、自分の亡き後も伝えられるようにと子孫である私達に残したのです。
 次代の光の識別者に会えたなら、鑑定石を返すようにと。鑑定石の返還は、ダリナス直系の王族に受け継がれた使命なのです」

 シルヴァがそこまで言うと、シュゼットの左手を持ち上げた。そして、

「ようやく、指輪を渡せる。指輪の100年の旅は終わった」

 シュゼットの左手に、黒曜石の指輪が嵌められた。



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