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31. 明け方に

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 喉が渇いた。

 何度も寝返りを打って、ぼんやりと目を開けた。見慣れた木目の天井……じゃなかった。
 ベッドの天蓋? 白いレースみたいな薄布が見えた。ベッドの周囲はその布が降ろされていて、灯りが落とされているのか暗なっているけど、薄っすらと向こうに微かな明かりが感じられた。

 そうだった。またあの部屋に戻って来たんだ。ドアも窓も無い隠された部屋に。

 見たいと強請った外は、僕が思っていたじゃなかった。神殿の高い壁に囲まれた、閉ざされた空間の庭園だった。
 確かに樹々も、草も、花も、小さな滝とそこから続く池もあった。
 微かに感じる風も、植物の香りも、水の流れる音も聞こえたけど、それはあくまでもこの閉ざされた空間に造られたものだ。他に人の気配も感じられない人工物の中で、僕は正直がっかりした。

 やっぱりハノークさん達には伝わらなかったのかな。僕が本当に見たい事とか、感じたかった事が。

 異世界で、忖度してくれって事が無理なのか。

 じゃあ、もっとはっきり意思表示して言葉にしないと駄目って事か……
 
 言いたいことは言う方だけど、どこまで説明すれば良いんだろう? ハノークさんもギドさんも僕の扱いに困っているんじゃないか? 

 本当は、まさか儀式が成功するなんて思っていなかったから。だとしたら、持て余されても仕方が無い。扱いに困っているのも頷ける。

「だったら、(還してくれよ)……」

 つい小さく呟いてしまった。

「ハルカ様? お目覚めですか?」

 カーテンの向こうから、小さくハノークさんの声がした。

「……はい」

 小さく応える。すると失礼しますと声がして、カーテンが揺らいだ。

「水です。喉が渇いていませんか? 宜しければどうぞ」

 ハノークさんが小さな盆に載せたグラスを持って来た。途端に僕の喉は渇きを思い出した。そうだった。喉が渇いて目が覚めたんだった。差し出すハノークさんの表情ははっきり見えないけど、声の様子からして怒っている様にも、面倒臭い感じにも思えない。

「……頂きます……」

 僕はそう言ってグラスを受け取った。ひんやりした冷たさに、喉がごくりと鳴ると一気にそれを煽った。

「ふぅ。美味しい」

 思わず言ってしまった。大きめのグラスに結構な量が入っていたと思うけど、僕は喉を鳴らしてごくごくと飲み干してしまった。

「もう少し飲まれますか?」

 ハノークさんはグラスに1/3程を注ぐと、再び僕の前に差し出した。確かにもう少しだけ飲みたかったから、遠慮なく受け取る。

「ご自分でお飲み頂けて良かったです。水分だけは、何とか飲んで頂こうと思っておりましたから」

 空のグラスをお盆に置くと、何とも嬉しそうな声でハノークさんが言う。そうだった。僕はこの人に水を飲ませて貰ったことがあった。

「げ、げほ、ごっほっ」

 思い出して咽た。そうだよ、この人は僕に口移しでリモン水を飲ませてくれたのだった。僕のファーストキス……の相手になる? いやいや! 治療だ。治療の一環だった。
 ああ、でもそうするとギドさんが初めての相手か? 違う! ギドさんだって僕を助ける為だった。キスじゃない。人工呼吸と水分補給だ。断じてキスじゃない。

 咽て咳き込んだ僕の背を、ハノークさんが優しく擦ってくれる。首筋から背骨に沿って何度もだ。そして僕の顔を覗き込んで唇の端を長い指でなぞった。

「ああ、大丈夫ですか?」

 唇に触れられて僕の心臓は、今まで感じた事が無い位にドキドキしていた。何でだよ! 僕もハノークさんも男だぞ!? 

「ハルカ様。もうすぐ夜が空けます。起きられますか? それとももう少し休まれますか?」

 僕のドキドキなんて気づきもしないハノークさんが、やんわりと聞いてくれるけどここは一択だろう。

「すみません。あの、もう少し寝ますので」

 そう言って僕は、熱くなった頬を隠すように布団を被って二度寝に突入しようとした。ハノークさんがふっと笑った様な気配がして、それから布団の端をキュッと整えながら言った。


「ハルカ様。昨夜お伝え出来なかったのですが、今日は元老院の議長との謁見がございます」

 それが何だって言うんだ? だからどうしろって? その人と会って何をするんだ? 何を話すの?

「……はい……」

 元老院って、政治の要の所か。そこの議長っていう事はおじさんか。この前来た騒がしいおじさん達の上役、上司にあたる偉い人か。

 政治家がしっかりしないから、こんな理不尽な『召喚の儀』が行われるんじゃないの? 他所の世界から助け手を呼ぶなんて、随分勝手で安易な解決策じゃない? 

 偉い政治家かもしれないけど、僕がかしずく必要なんて無いよな。


 そんな事を考えながら、僕は再び目を閉じた。





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