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35. 枯れる前に 【ハノーク】
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あれからハルカ様はベッドに横になったままだ。
エルアーザール殿との謁見は、結局予定していた時間の半分にも満たなかった。過呼吸と言われる症状を起こしてしまったハルカ様に、応急処置を施したのは彼だった。
接吻を応急処置と、治療というのであればだが。
ハクハクと浅い息を継ぎながら、苦しそうに顔を歪めていたハルカ様の唇を塞ぐ。それが症状を抑える方法だと、エルアーザール殿は表情を変えずに言っていた。
吐き出された息を取り込ませる。本来なら袋を口に当てて、自らの息を取り込むことで段々収まって来るのだと。何でも過去にあのような症状になった者を見たのだと言う。
ハルカ様は、それまで普通に会話をしていたのに『大弓』の話になった途端様子がおかしくなった。息を飲んで言葉が途切れた途端、過呼吸が始まった。
多分、召喚された時の記憶が蘇ったのだ。ハルカ様は、大事な役割を担っていたと言った。その途中で放り出して来てしまったとも。それに、『大弓』をこちらの世界に連れて来てしまったことを大層悔やんでいた。
神事が出来ない。そう言っていた。大層取り乱して訴えたのは召喚されて直ぐの事だった。
僅かながらに行われた謁見で、ハルカ様の年は17歳で学生だったため学び舎に通っていたと聞けた。家族は祖父と母親で父親の事は何も言わなかったから、何か理由があるのかもしれない。
召喚されてまだ数日。こちらの世界に慣れろとは言えない。全てを捨てさせてこちらに引き摺り込んだのは我等のせいで、ハルカ様には何の咎も負債もありはしなかったのだから。
これが自身の身に起きた事ならどう思うか?
『祓い人』の召喚に、全てを捨てさせた。などという罪の意識は無かった。帝国の救い手としての栄誉と期待される喜びの大きさに気が付かなかった。いや、気が付かない振りをしていたのかもしれない。
ハルカ様の涙を見るまでは。
ハルカ様の慟哭を聞くまでは。
1日目より2日目……そして今日。日を重ねるごとに顔色が悪く、食も細くなっている。飲まず食わずでいた事から脱水症状を起こし、漸く何とか数口食べられたとしても口を湿らす程度にしかならない。
そして、過呼吸になった。エルアーザール殿が帰った後に呼んだ医官は、精神的なものだと診察した。確かに、17歳の少年には今の状況は正常な事では無いだ。
意志の感じられた黒い瞳が、涙で幕を張り虚ろになっている。瞬きすればすぐに雫が零れそうだった。薄い頬が更に削げた様な感触だった。
このままで良い訳が無い。このままではハルカ殿は壊れてしまうのではないか。身体の衰えよりも、もしかしたら精神的な衰えの方が深刻なのかもしれない。
ベッドで眠るハルカ様の睫毛には、涙の潤みが見えた。薄く開かれた唇も、滑らかな頬にも17歳の少年らしい生気を感じられない。
若木が水も光も与えられずに枯れていくようだ。
このままではいけない。何とかしなければ、大事な彼を失ってしまうかもしれない。
「ギドゥオーン殿、少し席を外します。私が戻るまで、ハルカ様をよろしくお願いします」
「何かあったか?」
「この部屋から出ようと思います」
この真っ白い閉鎖された空間から出る事から始めることにした。
エルアーザール殿との謁見は、結局予定していた時間の半分にも満たなかった。過呼吸と言われる症状を起こしてしまったハルカ様に、応急処置を施したのは彼だった。
接吻を応急処置と、治療というのであればだが。
ハクハクと浅い息を継ぎながら、苦しそうに顔を歪めていたハルカ様の唇を塞ぐ。それが症状を抑える方法だと、エルアーザール殿は表情を変えずに言っていた。
吐き出された息を取り込ませる。本来なら袋を口に当てて、自らの息を取り込むことで段々収まって来るのだと。何でも過去にあのような症状になった者を見たのだと言う。
ハルカ様は、それまで普通に会話をしていたのに『大弓』の話になった途端様子がおかしくなった。息を飲んで言葉が途切れた途端、過呼吸が始まった。
多分、召喚された時の記憶が蘇ったのだ。ハルカ様は、大事な役割を担っていたと言った。その途中で放り出して来てしまったとも。それに、『大弓』をこちらの世界に連れて来てしまったことを大層悔やんでいた。
神事が出来ない。そう言っていた。大層取り乱して訴えたのは召喚されて直ぐの事だった。
僅かながらに行われた謁見で、ハルカ様の年は17歳で学生だったため学び舎に通っていたと聞けた。家族は祖父と母親で父親の事は何も言わなかったから、何か理由があるのかもしれない。
召喚されてまだ数日。こちらの世界に慣れろとは言えない。全てを捨てさせてこちらに引き摺り込んだのは我等のせいで、ハルカ様には何の咎も負債もありはしなかったのだから。
これが自身の身に起きた事ならどう思うか?
『祓い人』の召喚に、全てを捨てさせた。などという罪の意識は無かった。帝国の救い手としての栄誉と期待される喜びの大きさに気が付かなかった。いや、気が付かない振りをしていたのかもしれない。
ハルカ様の涙を見るまでは。
ハルカ様の慟哭を聞くまでは。
1日目より2日目……そして今日。日を重ねるごとに顔色が悪く、食も細くなっている。飲まず食わずでいた事から脱水症状を起こし、漸く何とか数口食べられたとしても口を湿らす程度にしかならない。
そして、過呼吸になった。エルアーザール殿が帰った後に呼んだ医官は、精神的なものだと診察した。確かに、17歳の少年には今の状況は正常な事では無いだ。
意志の感じられた黒い瞳が、涙で幕を張り虚ろになっている。瞬きすればすぐに雫が零れそうだった。薄い頬が更に削げた様な感触だった。
このままで良い訳が無い。このままではハルカ殿は壊れてしまうのではないか。身体の衰えよりも、もしかしたら精神的な衰えの方が深刻なのかもしれない。
ベッドで眠るハルカ様の睫毛には、涙の潤みが見えた。薄く開かれた唇も、滑らかな頬にも17歳の少年らしい生気を感じられない。
若木が水も光も与えられずに枯れていくようだ。
このままではいけない。何とかしなければ、大事な彼を失ってしまうかもしれない。
「ギドゥオーン殿、少し席を外します。私が戻るまで、ハルカ様をよろしくお願いします」
「何かあったか?」
「この部屋から出ようと思います」
この真っ白い閉鎖された空間から出る事から始めることにした。
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