大弓の祓い人 -厄災を祓うために召喚された僕には、3本の矢が使えるらしい-

薪乃めのう

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37. コワレル 【ギドゥオーン】 ※ 

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「だれか……いるの?」

 帳の向こうから小さな声が聞こえた。

「ハルカ殿。目が覚めたか」

 寝台の周囲に降ろされた薄布を開いて枕元に近寄った。
 ハルカ殿はこちらに顔を向けていた。青白い血の気の失せた顔に、光の失せた瞳がぼんやりとしている。

「ハルカ殿、水か茶を飲もう。どちらが良いか? それとも何か食べられる物を用意するか?」
「……議長、さんは?」

 ぼんやりとした瞳で、辺りに視線を彷徨わせてから小さな声で尋ねられた。

「エルアーザール殿は帰られた。覚えているか? 貴方は謁見中に体調を崩された」

 ハルカ殿はゆっくりと瞬きをしてから、うん。と小さく頷いた。

「エルアーザール殿とは、また明日にも会える。体調さえ良くなればだが。何でも良いので口にしてくれ」

 俺は出来る限りゆっくりと言葉を紡ぐ。まだ意識がはっきりしないのか、視点が定まっていないようだから。しかし、ハルカ殿はそれに答えることは無く、再び眠ろうとしたのか目を瞑った。

 仕方が無い。既に昼を廻って暫く経っている。このままではまた一食抜かしてしまう。水分も摂らなければ、再び脱水症状を起こしかねない。
 薄い肩に手を掛け、しなやかな背中を支えて抱き起した。力のない身体がくったりと自分の胸に寄り掛かった。サラサラとした髪が、頬を掠める。ほっそりとした身体は少し熱っぽく感じられた。
 枕とクッションを重ねてそこに寄り掛からせると、薄っすらと目を開けて素直に身を任せた。


「ハルカ殿、眠る前にこちらを」

 目覚めていつでも食べられるようにと用意していた皿の蓋を開けた。
 少年が唯一自分から食べたモノ。一口大にカットされ冷やされているアファルセクの果実。甘やかな香気が辺りに漂った。

「アファルセクだ」

 小さなフォークに一切れ刺してハルカ殿の口元に差し出す。
 ちらりと果実を見てから俺に視線を向けた。やはり食べないか……そう思った時だった。

 パクリ、と口に含んでゆっくり咀嚼した。滑らかな喉が上下し飲み込んだのが判った。

「もう少し食べよう。せめてもう少し」

 俺は寝台の傍らで向かい合わせになるように腰を掛けると、ゆっくりとアファルセクを差し出す。ハルカ殿の食べるタイミングに合わせてゆっくりと。

「これ、美味しいです。甘くて冷たくて」
「そうか、それなら良かった。これを食べたら温かい茶を飲もう。アファルセクは身体を冷やす」
「はい。すみません。迷惑かけて……」
「謝る事など無い」

 アファルセクを食べ終わり、人心地着いたのか差し出したお茶のカップを受け取ってくれた。そして両手で暖を取るように覆いながらゆっくりと口を付けた。

「良い香りだなぁ。ジャスミン茶みたいだ」

 独り言のように呟いた顔は、先程より大分顔色が良くなった。元の世界のお茶の名前だろうか、似ている物があるらしい。しかしそれでも、圧倒的に食べる量は少ない。他に何か食べられる物が無いものか。

「議長さん、呆れてましたよね。折角何でも聞いて良いって言ってくれたのに」

 さっきまでと打って変わってはっきりした口調だった。

「ああそう言えば、ギドさんとハノークさんて学生時代の同級生なんですね? 僕より10歳年上なんだぁ。凄いですね、そんなに若くて騎士団とか神殿の偉い人になってるなんて」

 余りの饒舌さに違和感を感じて、俺はまじまじと彼の顔を見た。

「でも、あれっ? 議長さんと他に何を話していたんだっけ? ん? ん? そもそも僕はどうしてベッドに??」

 首を傾げている彼の様子に、俺は得体のしれない不安を感じた。気のせいか?
 エルアーザール殿との謁見も、最初の二言三言位しか記憶に無いのか。大弓を持っていた理由を尋ねられて、過呼吸を起こし倒れたことを覚えていないように見えた。

 さっき俺は、『貴方は謁見中に体調を崩された』 と言ったが、その時は頷いていたではないか? ならば、彼が今言っていることは何なのだ。

 彼は表情を緩めると、もぞもぞと身体を動かして寝台の縁に座った。小用かと思い俺はその足に柔らかな革製の履物を履かせた。ぶらぶらと足を動かして、刺繍のされた白い上履きを珍しそうに見ている。

「あの、大弓はどこにありますか?」

 足を動かしながら俺に向かってそう言うと、視線を向けた先の白布の包みを見つけて微笑んだ。そして、するっと寝台から滑り降りると、真っ直ぐにテーブルの上に置かれた包みに近づいた。


「大弓……弦が切れちゃったな……」

 丁寧に白布を開いて大弓を手に取ると、ぷっつりと切れた弦の端を目の前で揺らした。

「ハルカ殿」

 咄嗟に彼に近づこうとしたが、彼はにっこりと微笑んでこちらを見ている。



 カコン。と壁扉の向こうで音がすると、微かにギギッと音がしてゆっくりと扉が開いた。


「ハルカ様?」


 扉の向こうから姿を見せたのは驚いた顔をしたハノークだった。
 俺は一瞬意識が持ってかれた。しかし、目の片隅でハルカ殿が動いたのが判った。



「ハルカ様っ!?」「ハルカ殿!!」



 ハルカ殿は……




 自らの手に切れた弦の端を巻き付け……


 
 自身の首を絞めていた。

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