大弓の祓い人 -厄災を祓うために召喚された僕には、3本の矢が使えるらしい-

薪乃めのう

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56. 一歩

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 僕がこの世界に持って来た物は、身に着けていた服と手に持っていた大弓だけだった。


 弓道場にいた時に召喚されてしまったから、着ていたのは白い弓道衣と袴、それからTシャツと下着に足袋だけだ。何とも心もとない感じだけど、僕の身体に馴染んだ物だ。たった数枚の衣類と大切な大弓が、僕の持ち物のすべて。



 今の僕は、下着から上着に至るまでこの世界の衣類を着ている。何と言うか、何風と言うんだ? アラブ風にも見えるし、昔の中国の衣装にも見えるし、ヨーロッパ風にも見えない事も無い。

 とにかく、僕は着慣れない裾の長い白い服に帯を巻くスタイルだ。深いスリットの入ったソレの下には白いズボンの様な物を履いている。何と言うか、ああ、そうだ!

 ベトナムの女性の衣装に似ている。何だっけ、アオザイ? それに帯を巻いたスタイルが一番近いか。

 この衣装は最初こそ執事さんに着せて貰ったけど、すぐに自分一人で着られるようになった。日本のファッションとは違って生地や色は違っても、基本的に形はそんなに変わらないから。

 で、少しづつこの世界にも慣れて、ハタと気が付いた。

 着ていた衣類とか、どうなったんだろうと。
 確か最初に目が覚めた時はまだ着ていたけど、風呂に入った後に着替えた。弓道衣は耳を切って血で汚れたし、ぶっ倒れてずっと寝かされたりしていたから、厚手でごわつく袴は皺だらけだったもんな。そうだった、着替えた時に初めてTバックを履かされたんだった……まさか、捨てられたりしてないよな?

「あの、ハノークさん。僕が着ていた衣服って、どうなりました?」

 大丈夫だって言っているのに、着替えを手伝ってくれようとするハノークさんに尋ねたんだ。

「ああ、ハルカ様が着ておられた衣裳ですね? ちゃんと保管してありますよ」
「本当? ここにあるの?」

 良かった。捨てられて無かった! 数少ない僕のモノ。

「でも、残念ですがここには無いのです。神殿で大切に保管してあります」
「神殿、ですか」
「ええ。歴代の『祓い人』 様の持ち物は、神殿で大切に保管しています。もっとも、皆様着の身着のままと言う感じでこちらに召喚されていましたので、主に着ていた衣類ですとかその時手にされていた物とかくらいでしょうか」

 そうか。まあ、そうだろうな。僕だって儀式のリハーサル中に引っ張り込まれたから、手にしていた大弓しか持ってこなかった。

「あの、それって返して貰う事は出来ますか? あの時に着ていた衣装って、大弓を扱う時に着る物なんです」
「そうなのですか。あの衣装は特別な物だったのですね? とても良くお似合いでしたし、不思議な雰囲気だったので普通のものでは無いと思っていましたが……」

 確かに白筒衣弓道衣と黒袴は、着るだけで気が引き締まるし背筋がピンとする。小さな時から着る事が多かったけど、着る時はいつも神聖な気持ちがした。



 そろそろ……大弓の弦を張り替えなくちゃ。



 大切な僕の、大弓。



 切れてしまったあの弦さえ、元いた世界のモノ。数少ない元の世界と僕を繋ぐ大事な物だ。
 弦をの張替えをしようと思った時に、僕の頭に蘇ったは……


 白筒衣弓道衣と袴に身を包んだ……啓介の姿だった。


 僕より10cmは背が高く、肩幅もがっしりしていた啓介の姿。少し赤味が罹った癖のある髪が、純和風な衣装とはアンバランスだったけど、その立ち姿は見惚れるくらい恰好良かった。

 一瞬、物凄い消失感。心臓を半分もぎ取られたみたいな感じがした。もう、啓介に会う事も無いんだ。お爺さんにも母さんにも、留美にも。

 そうだった。もう二度と会えないんだった。

 ジワリと熱いモノが込み上げてきた。




「大弓の……弦を張り替えたくて。できればあの時の衣装を着たいです。何とかなりませんか?」

 せめて、元の世界にいた時の姿に戻してやりたい。

 持った瞬間に特別な感覚を持たせる、あの大切な神器。


 そうだった。僕はあの時祈ったんだ。この弓に祈れば、何だか叶う気がしたんだ。




 この世界の平穏を。

 大好きな人達の安寧を。確かに僕は、あの時そう願った。



「ハノークさん。大弓を持って神殿に行きましょう。弦を張り替える準備がしたいです」



 僕はこの世界で、新たな一歩を踏み出そうとした。







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