大弓の祓い人 -厄災を祓うために召喚された僕には、3本の矢が使えるらしい-

薪乃めのう

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64. 真夜中の訪問者

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 この世界の夜は暗い。

 照明は油や蝋が主なせいか、元の世界みたいに明るくは無かった。それでもこの屋敷は議長さんの家で、帝国の公爵家だから贅沢に灯りをともしているはずだ。

 ゆらりと揺らめくランプの光。僕は寝室でベッドサイドに置かれたランプをじっと見ていた。

 父さんの手帳を胸に置いて、僕は昼間に起こった事を思い出していた。





 手帳から見つかった僕と父さん、母さんの写真を珍しそうに見ていたギドさんとハノークさん。写真はまだこの世界には無くて、随分と精密に描かれた肖像画と思われたみたいだった。写真の構造やシステムは説明しきれないけど、出来る限りの説明をしたつもりだ。

「なるほど。そうするとこの写真と言うのは、当時のご家族のありのままの姿なのですね? 小さなハルカ様もお可愛らしいですね。お母上も大変お美しいです」

 父さんの膝に乗る僕は、当時まだ7歳になるかどうか。早生まれのせいか小柄だったし、母さんに似た顔立ちだからか子供っぽく見えた。僕は坊ちゃん刈りで、ちょっと照れくさそうに微笑んでいた。

「ハルカ殿は、カオル殿に良く似ていらっしゃる」

 ギドさんが僕の顔を覗き込みながら言った。

「そう? どちらかというと母さん似って言われてたけど。ああ、でも髪質とか目元は父さん似かなぁ」
「小さな時のことでは無い。今のハルカ殿だ。目の辺りがお父上と良く似ている」

 父さんと似てるって言われて、嬉しくなった。今まであんまり言われた事が無かったからね。

「お母上とも似ていらっしゃいますよ。頬から顎の辺りとか、口元はお母上に似ていらっしゃいます」

 そうかな。父さんと母さんの両方に似てるって言われて、僕の胸がほんのりと温かくなった。二人がいて僕がいるってことが、とても嬉しかった。

「父さん、この写真持ってたんだ。多分、この写真が家族で撮った最後の写真です。肌身離さず持ってくれてたんだ」

 遠い異国の地にあっても、僕と母さんを想ってくれていた父さんが愛おしかった。








 さすがに色々ありすぎて、僕は早々に自分の寝室に引っ込んだ。本当なら神殿から戻ってから夕食までは、ハノークさんの授業とギドさんによる体力造りをするはずだったけど。結局父さんの形見と写真とかで、それらをする雰囲気にはならなかった。
 そして、10年分の動き出した情報と、あふれる感情のせいで僕は疲れてしまった。夕食の時もフワフワしてしまって、グラスを倒したりスープを零したりして、ハノークさんとギドさんに心配を掛けてしまった。
 結果、今夜は早めに休んだ方が良いという結論に至って、一人静に寝室にいるわけだ。

「はぁ。でも、なんか眠れないんだよね」

 身体は眠いのに、気が昂っているみたいだ。僕は誰ともなしにそう呟いた。






 コン、コン、コン。



 ぼんやりとしていた耳に、扉をノックする音が聞こえた。


「……だれ?」

 僕はベッドから身体を起こし、ランプに手を伸ばした。

「……私だ。まだ、起きているか」

 この声は、議長さんだ。どうしたんだろう。こんな時間に。何かあった? 

「あ、はい。起きてます。何かありました?」
「入るぞ」

 起きていると答えたら、直ぐにカチャリと扉が開いた。やっぱり議長さんだった。

「寝ていなかったのか? 早々に寝室に籠ったと聞いたが」

 議長さんは僕がベッドから動くより早く、ドアから直ぐ近くまで来てしまった。これってコンパスの差か?

「ええと、ちょっと疲れたかもと思って早くに横になったんですけど、気が昂っているのか寝られなくて。昼間に色々ありましたしね。議長さんは今帰りですか?」

 僕はベッドに正座するみたいになって、枕元に立っている議長さんを見上げた。議長さんは昼に分かれた時に着ていた服じゃなく、部屋着のゆったりしたものを着ていた。

「ああ、少し前に帰った。湯に入っていたら、ハルカ殿が夕食もまともに食べず寝てしまったと聞いた。大丈夫か? 体調が悪いのではないか?」

 ああ、そうか。夕食時の事を侍従さんから聞いたんだな。心配かけてしまったんだ。

「すみません。体調は……大丈夫です。ただ、少し色々情報量が多すぎて処理しきれなくなっただけです。それに、それは悪い情報じゃなかったから……うん。大丈夫です」

 僕はそう言って少し微笑んで議長さんを見上げた。

「……本当か?」

 議長さんの手が、僕の言葉を確かめる様に頬を撫でた。大きくて温かな手に、僕は肩を竦めた。少しくすぐったいからだ。
 見上げる茶色い瞳に僕の顔が映っているんだろう。でも、この部屋はそんなに明るくないから目で見える物より触ったり、聞こえたりすることの方が判りやすい。

 僕は頬に添えられた手に、自分の手を重ねた。

「はい。本当です。僕は……大丈夫です」
「それなら良いが……ソレは?」

 議長さんが僕のベッドに腰を降ろした。正座の膝の上には、父さんの手帳がのったままだった。

「ああ、これは父さんの手帳です。ああ、議長さんには説明してませんでしたね。これは、ほら、仕事や私用の事を書き留めておくモノなんです。議長さんも持っているのかな?」

 議長さんは、興味深そうに僕の膝の上に在る手帳を見ている。

「ほら、ココには役所に届けを出しに行くって書いてあります」
「何処の世界でも同じことをしているな」
「本当ですね」

 小さな手帳を挟んで、僕は議長さんに手帳に書かれていることを説明していく。

 そして、僕はあの二枚の写真を見せた。


「これが父さんの仕事です。この大きなダム。ええと、河をせき止めて飲料水や動力の元になる力を造るための建造物です。多分、今年あたり完成したらしいです」

 CGで描かれたその写真は、僕が見ても荘厳で圧倒的に見えた。この世界の人が見たら、物凄い偉業に見えたかもしれない。

「これを人の手で造るとは。恐れ入るな。ハルカ殿のお父上、カオル殿は優れた技術者だったのだな」
「そう言って貰えると嬉しいです。僕の自慢の父さんだったから」
「そうか」

 議長さんが静かに頷いてくれるのが嬉しい。
 そうだ。もう一枚も見て貰わなくちゃだ。

「議長さん。コレも見て下さい」

 僕はもう一枚の家族三人の写真を差し出す。

「これがハルカ殿か? 随分と小さいな」
「うっ。小さい言うな! まだ6歳ぐらいですから」
「ふっ。悪かった。10年も前だったな。こちらがカオル殿か。ハルカ殿によく似ているな。ああ、お母上にも似ている。お二人の良い処を頂いたようだ」

 これは褒められているのかな? なら嬉しいけどさ。

「そう言えば、僕と父さんは黒子も位置が一緒だって言ってました。そんな処も似るんだって、母さんが笑ってました」
「黒子が?」
「ええ。背中の肩甲骨の所に二つ並んであるんですって。自分では良く見たことありませんけどね」

 確か母さんがそう言っていた。プールに行って二人並んでいる時に、笑いながら突っついて来た事を思い出した。似なくても良い処が、似てるって。

「二人に似ているところがあって良かったです……」


 ポロリと涙が零れた。


 何でか判んないけど、涙が零れる。

「僕が、この二人の子だって、判って、それが、とても、嬉しい、で、す」

 涙が零れて、言葉が詰まる。僕はこの世界で、ただ一人生きている篠原 遥だ。父さんと母さんの子だ。何度も口に出して確認したかった。二人の子供だって証拠になるものが欲しかった。
 頬を伝う涙は、止まることなく静かに流れている。



 
 泣き顔が恥ずかしくなって俯いたその時、ふと温かさが身体を包んだ。

「えっ?」



 思わず顔を上げた僕は……


 議長さんに抱き締められていた。


「泣くな」


 耳元で囁かれた。


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