大弓の祓い人 -厄災を祓うために召喚された僕には、3本の矢が使えるらしい-

薪乃めのう

文字の大きさ
77 / 81

77. 変わる……予感

しおりを挟む
「私が、貴方をとしても、ですか」

 ほっそりとしたハノークさんの身体に縋りつくみたいに腕を廻して、僕は告げられた言葉に顔を上げた。綺麗な濃紺の瞳が、銀色の睫毛の奥で揺らめく様に僕を見詰めている。

 ハノークさんの少し冷たい手が、僕の頬を流れた涙の跡をそっとなぞる。なんでこの人はこんなに綺麗なんだろう。間近で見るハノークさんは今まで見た人間の中で一番綺麗だと思った。

「僕は、もう、望まれていると思っているよ? だから、この世界に喚ばれたんでしょ?」

 だから今僕はここにいる。

「……違うのです。が望んでいるのは」

 視線を揺らして否定をすると、ハノークさんの指が僕の首筋をすっと撫でる。くすぐったくて首を竦めると……

「痕が……」

 指先がピタリと止まった。そこはギドさんに指摘されたキスマークの場所だ。ああ、それに上書きとか言ってギドさんが更に濃くしたアノ場所だ。

「うっ、あ、あの、もしかしてハノークさんも知っていたんですか? ココにあった、えっと、キスマーク? があったの」

 恐る恐る僕は小さく聞いてみた。だって知らなかったハノークさんにわざわざ聞いて墓穴を掘る事になるんだから。でもさ、ギドさんはキスマークだって言ったけど本当か? 実は違ってるとか無い? やっぱり虫刺されの痕だったとかさ。

「ええ。ですから襟の高い衣装をお薦めしました。万が一他に指摘されたらお困りになるかと思いまして」

 ああ。あの日か。わざわざ襟の高い詰襟風の衣装を選んでくれた時があった。日差しが強いからとか言われたけど……そうか、あれはこの痕を隠すためだったのか。

 じゃあ、一体誰が? ギドさんじゃない。ハノークさんでも無い? じゃあ、誰に付けられたキスマークなんだ。

「……だ、誰が……」



 思い当たる記憶が、僕の脳裏に浮かび上がった。
 。思いも寄らないアノ人にされたイヤらしい……。

「う、うそ、だ。夢じゃ、なかったんだ」

 一気に頭が沸騰して顔が燃える様に熱くなった。アレが本当のことなら僕はアノ人に何て事をされて、何て事をしてしまったのか!

 でも、ハノークさんと愛し合っていなかったか? それもついさっきまで。ハノークさんは恋人じゃないって言っていたけど、それなら何で僕にあんな事を?

 恋人じゃなくても、愛情が無くても行為は出来る。それは僕だって知っている。でもさ、少なくとも僕の目に見えていたハノークさんと議長さんが、えっと、そうセフレ? みたいな関係だって信じられなかった。だって今まで僕の人生の中には無かった関係性だったから。

「濃くなっていますね」
「あっ」

 親指で痕をぐっと押された。そうだったギドさんが上書きとか言って更に濃く付けたんだった。
 やばっ。これってどう言えば良い? て言うか敢えて言わなくても良いのか?
 僕はグルグルと考えていたけど、多分ハノークさんには凄く挙動不審に見えたんだと思う。

「……気付かれてしまったのですね」

 ああ。やっぱりバレた。ギドさんに付けられたことを知られてしまった。

「あ、あの、えーと」

 恥ずかしさにしどろもどろになった。何て説明したらいいか判んない。でもハノークさんはじっと僕を見詰めたままでいる。もうどうしたらいいんだよ!

「あ、ハノークさん‥‥‥?」
「……」

 何も言わないハノークさんをじっと見上げれば、潤んだような視線と交じり合った。
 首筋にあった指先は、今は僕の頬をそっと包んでもう片方の手も反対側に添えられている。少し冷たい指先が何とも心地よくて、つい目を閉じてしまいそうになった。

 凄く近くに感じる、ハノークさんの息遣いが僕の気持ちをまあるく撫で擦る。このまま、全てを委ねて眠りつきたい感覚に陥ってしまう。












「ハノーク」





 不意に聞こえた呼び声。

 議長さんの声だ。

 僕はびっくりして目を開くと、咄嗟にハノークさんの身体から離れる様に身を引いた。



「ハノーク!」

 中庭の扉から、議長さんとギドさんが走って来た。二人の後ろにはこの家の執事さんや見たことも無い騎士姿の人もいた。

 僕はそちらに気を取られてハノークさんがどんな表情でいたかを見ていなかったけど、頬に触れていた手は既に離れていつもの僕とハノークさんの距離になっていた。

「……ここです。一体どうしたのですか」

 発せられた声はいつもの穏やかな声だった。ハノークさんの声とは裏腹に、議長さんやギドさん達の雰囲気は只事では無い様子に見えた。

 四阿の近くにいた僕達の元に、議長さん達は息も乱さずに到着するとハノークさんが僕を隠すように一歩前に出た。僕は見慣れぬ騎士に目をやりながら、ハノークさんの背から覗き見た。神殿騎士の制服とも違う、もっと実用的な衣装だ。

「ハノーク様。お久し振りにございます」

 見慣れぬ騎士は、素早い動作でハノークさんの前で跪くと頭を下げた。知り合いなのか? ふとそう思った。

「……貴方は、イツハークか? 久し振りですね。どうしたのですかこんな夜中に」

 やっぱりこの騎士はハノークさんの知り合いだった。イツハークさんという名前みたいだ。でも、こんな夜中にどうしたんだろう。

「火急の知らせと言うので屋敷に通した。中央大神殿でお前がここにいる事を聞いたらしい」

 議長さんがそう言うと、執事さんも大きく頷いた。急な知らせってことか。何だか嫌な予感がした。

「そうですか。でも領地にいる貴方がここまで来るなど、何があったのですか」

 僕はゴクリと息を呑んだ。この場の空気が一瞬にして緊張感を持ったのを感じた。






「申し上げます。スメルミガット辺境領において瘴気の大量発生が起りました。領民一丸で対処しておりましたが、お父上であられますシムオーン様と兄上のダーヴィッド様が……」

 辺境領? それってハノークさんの実家が治める場所だ。お父さんとお兄さんが領地を管理しているはずだけど、その二人に何かあったの!?

「お父上と兄上が?」
「はい。お父上は残念ながら……。兄上様は現在も懸命に治療を行っている状況でございますが、未だ意識が戻らぬ厳しい状態にございます」

「っ!?」

 話を聞いた全員が固まった。

 ナニ? ハノークさんのお父さんが亡くなった? お兄さんは意識不明の重体ってこと? 瘴気の大量発生?



「……それで、領民への被害は?」

 お父さんが亡くなったって言うのにハノークさんの声色は変わらない。

「はっ。既に避難は完了しておりますが、被害状況はいまだ不明です。ただ、領主であるお父上と兄上様の辺境騎士団長を欠いた体制ではこれからの対応にも心もとなく……」

 そうか。領主であるお父さんが死んで、本来ならその跡を継ぐはずのお兄さんも倒れたとあっては大変な事だ。まして、お兄さんが辺境領の騎士団の団長とかだったら。

 確かハノークさんは辺境伯の末っ子だって言っていた。聞いた事が無かったけど、他に兄弟はいないのか? いても姉妹とかなら無理なのかな。




 だとしたら、もしかして、もしかしたら……。







「ハノーク様! どうか辺境領にお戻り下さい。どうか、領民をお救い下さい。お願い申し上げます」

 イツハークさんが土下座をして嘆願する。切羽つぱった緊迫感に、彼が早馬を飛ばして王都に来た理由が判った。領主と次期領主が倒れた今、瘴気だけでなく領地を脅かすものは他にも沢山ある。鉄壁だった辺境を越えて進軍してくる他国がいないとも限らない。







 どうするの? ハノークさん、貴方はどうするの。

 僕はハノークさんの背中を見詰めながら、彼の言葉を待った。

 ねえ、僕は、



 僕は、祓い人なのに……。



 僕はこの時になって初めて、『祓い人』としてのを感じた。






しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精

この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

COCO
BL
「ミミルがいないの……?」 涙目でそうつぶやいた僕を見て、 騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。 前世は政治家の家に生まれたけど、 愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。 最後はストーカーの担任に殺された。 でも今世では…… 「ルカは、僕らの宝物だよ」 目を覚ました僕は、 最強の父と美しい母に全力で愛されていた。 全員190cm超えの“男しかいない世界”で、 小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。 魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは── 「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」 これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

処理中です...