猫物語

T.村上

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猫消えちゃった

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 ある日、いつものようにバイトから戻ると部屋は空っぽで、マリはまるで煙の様に消えてしまった。

 そして今日で3週間になるのだけれどもまったく消息が掴めない。多分どこかで元気にしているのだろうけれど気になる事件も起きている。それは、この周辺で小動物の虐待が起きているということだ。
 それは小鳥達の受難から始まった。雀や鳩達が次々に空気銃やボーガンで殺られ始めた。そして事件は次第にエスカレートするようになり、そのターゲットの動物達が大型化し、最近では遂に4歳の女の子が太ももを空気銃で撃たれる事件まで起きている。
 この事件について地元の警察は凡その目星は付けているらしいが、まだ犯人逮捕の知らせはない。マリがそんな事件に巻き込まれる程どじではないことはわかるが気になる事件ではある。
 その夜もバイトを終え重い足取りで歩いていた。アパートまで約200m位に近づいた時だった。
「今晩は。」
と、突然後ろから声をかけられた。振り向いたが誰もいない。しかし空耳にしてははっきりとし過ぎている。
「今晩は。」
 声のする方を見下ろすと小型の犬が見上げていた。
「突然お声かけてしまい、すみません。」
 足元の小型犬が、頭を下げながら言った
「いえいえ、大丈夫ですよ、少し驚きましたけど。」
 少しじゃないけれど、取りあえず初対面でもあるし柔らかく表現してみたわけです。
「もしかしたら、マリさんの最近のご主人ではありませんか。」
「マリをご存知ですか。」
 僕は第2の衝撃波をまともに受けた感じがした。
「ですから声を、おかけした次第です。」

なるほでねって、オイオイ

「マリさん、今とても困られておられます。」
「それはどういう事でしょうか。」
 僕はしゃがみこんで訊ねた。
「あの、その前にお名前お聞かせいただけますか。」
「僕はカツミといいます。」
「ありがとうございます、カツミさん。私はショーンと申します。ショーンーコネリーのショーンです。」
 ショーンーコネリーという俳優がいるのは知っているが、直ぐには顔が思い浮かばなかった。
「それで、マリは今どこで何を?」
「マリさんは、今、危ない人達に捕らえられております。」
 ショーンは立ち上がって話し始めた。
「あれは3週間程前の事です。公園で昼寝をされておられるマリさんを、危ない人達は拉致いたしました。」
 どうやら最悪の展開になるらしい。 
「それで今、マリはどこに?」
「はい、第2埠頭のC-4倉庫の中に監禁されていると思われます。そこは危ない人達のアジトになっております。沢山の猫さんや私達の仲間が拉致監禁されております。」
 第2埠頭の倉庫とは隣町にある港の施設で、昔は海外からの鉱石を受け入れる活気ある港だったのだけれど、今は工場が閉鎖された港にある廃虚になっている施設だった。
「そこには私の妹のジュディもおります。どうか救出にお力添えください。」


 僕らは救出のための下見を、今夜実行する事にした。その晩、午前3時を回ったところで僕らは第2埠頭を見下ろす斜面に立った。倉庫の窓からはボンヤリとした明かりが見える。
「あの中にマリさんが、おられます。」
「それに君の妹のジュディも。」
「はい。二人とも無事でいてくれるといいのですが、私の鼻ではそこまでは探知できません。」
 僕らは音を立てない様に斜面を下り始めた。倉庫に近づくにつれて、肉や血液やそれらが腐敗したすえた匂いが漂い始め、僕は顔をしかめた。地獄を思わせるまったく酷い匂いだった。  


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