追放された最強令嬢は、新たな人生を自由に生きる

灯乃

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第四章

模擬戦闘

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(本当に……。アレクシアさまも、随分甘くなられたものだ)

 突然、クラスメートたちの前で空中戦の模擬訓練を行うことになったウィルフレッドは、広々とした屋外訓練場で向かい合った主に問いかけた。

「アレクシアさま。オレは、平均的な斥候程度の速さで動けばよろしいですか?」
「それだと、飛行魔導兵士に求められる基準には満たないだろう。――そうだな、はじめて会ったときのセフィード程度の機動で頼む」

 小声で返ってきたその答えに、思わず笑う。

「おや。あれを基準になさいますか」

 セフィードは、七カ国連合が投入してきた飛行魔導兵士の中でも、間違いなくトップクラスの実力の持ち主だ。
 そんな彼をクラスメートたちが目指すべき基準とするとは、アレクシアは本当にこの場で『ふるい落とし』をするつもりらしい。

 もっとも、当時のセフィードは装備していた飛行補助魔導武器を破壊され、仲間たちをすべてアレクシアに叩き落とされたばかりだった。
 いくら危険な魔導武器運用実験の被検体として感情を潰されていた彼でも、まるで動揺がなかったとは思えない。本来の彼の空中での機動力は、おそらくウィルフレッドが目にしたものよりもずっと高いはずだ。

(まあ、あのときのセフィードレベルの動きができるようになれば、飛行魔導兵士になったとしても、そう簡単に死ぬようなことにはならないか)

 納得したウィルフレッドが、かつて見たセフィードの動きを脳内でトレースしていると、アレクシアが少し離れたところで見学体制に入っているクラスメートたちを見た。

「これは、あくまでも模擬戦だ。実際の空中戦闘時には、ゴーグルとマスク、防寒着。そして、それなりに大きさのある飛行補助魔導武器を装備することになる」

 薄く動きやすい訓練着を着た自分たちが手にしているのは、刃を潰したコンバットナイフのみ。
 空中戦を行うには、あまりにも軽い装備だ。

「それでは、開始する。――いくぞ、ウィル」
「はい」

 アレクシアの指示と同時に、一気に上空へ移動する。
 とはいえ、クラスメートたちが視認しにくくなってしまうほど高く飛んでしまっては、本末転倒だ。ほどほどの高さでアレクシアから距離を取り、一呼吸置いて反転する。
 ギィン、とナイフが絡み合う金属音。
 すかさず顎を狙ってきたアレクシアの蹴りを軽く躱し、きれいに一回転した彼女の腕を狙って切りつける。

(……ん?)

 いつもならすかさずナイフで応戦してくるはずのアレクシアが、大袈裟に距離を取った。
 ――どうやら彼女は、以前対峙した七カ国連合の飛行魔導兵士の動きを模しているらしい。
 そういうことであれば、とウィルフレッドはすかさずアレクシアに追撃をかけた。互いに余裕を持ってナイフの打ち合いを続けつつ、ときに飛行魔術で空中を縦横無尽に飛び回る。
 最後に、互いに鋭く突き出したナイフがぶつかり合い、鈍い音を立ててひび割れた。
 ふっと、アレクシアが息を吐く。

「このくらいにしておくか。――さすがだな、ウィル。セフィードの動きの癖まで、よく模倣したものだ」
「ありがとうございます。なかなか楽しい経験でした」

 そんなことを言いながら地上を目指し、揃ってぽかんと目を丸くしているクラスメートたちの前に降り立つ。
 硬い表情のエリックが、声を掛けてきた。

「……アレクシア。ウィルフレッド。今のが、飛行魔導兵士を目指すうえでクリアすべき、最低限の動きなのか?」
「さてな。ただ、空飛ぶ斥候を追い回して捕縛していただけのわたしたちでも、この程度は動けるんだ。専門の訓練を受けた飛行魔導兵士ならば、もっと高いレベルで動けるのではないかな」

 あっさりとそう答え、クラスメートたちを見回したアレクシアが言う。

「先ほども言ったが、わたしはきみたちが飛行魔導兵士になることを望まない。だが、きみたち自身がその道を選ぶのであれば、可能な限り相談に乗ろう。何か、質問はあるか?」

 束の間、沈黙が落ちた。
 ややあって、先ほどアレクシアに噛みついてきたブランドンが片手を上げる。

「おまえたちは、さ。その……なんで、飛行魔導兵士っつうか……そこまで、空で戦えるようになろうって、思ったんだ?」
「なろうと思ってなったわけではない。知っての通り、わたしはあまり治安のよろしくない田舎の貴族の生まれなのでな。わたしが身につけている技術はすべて、領地領民を守る者の義務として学んだものだ」

 彼女に続いて、ウィルフレッドも問いに答えた。

「オレは、幼い頃から領地を守るために飛び回っていらしたアレクシアさまの、従者兼護衛だったのでね。主についていけないようでは、従者失格だろう?」

 アレクシアもウィルフレッドも、決して自ら望んで戦う力を手に入れたわけではない。
 後悔など何一つしていないし、アレクシアを守れる自分を誇らしくさえ思っているけれど、幼かった頃の自分たちに選択の自由がなかったのは事実だ。
 ウィルフレッドは、その自由を持っている少年に向けてにこりとほほえむ。

「オレは、アレクシアさまを守って生きられる人生を、とても幸運なものだと思っている。きみたちも、自分自身が本当に守りたいものがなんなのか――それをきちんと考えたうえで、飛行魔導兵士となるかどうかを決めればいいんじゃないかな」

 守る、と呟いたブランドンが、ぐっと両手を握りしめる。
 少しの間逡巡してから、彼は言う。

「おれは……七カ国連合が宣戦布告なんてしてくるまでは、何かを守りたいなんて、思ったことはなかった。ただ、シンフィールドを卒業して、王宮を守る警護兵になれれば、安全な場所でそれなりの給料ももらえるし、って……それだけだったんだ」

 その言葉に、クラスメートたちの多くが彼を注視した。
 きっと彼らも、ブランドンと同じようなことを考えていたのだろう。

「でも……おれは今、自分で家族を守れる力を、手に入れられる場所にいる。それを、幸運だと思うのは……間違って、ないよな?」

 震える声での問いかけに、アレクシアが迷わず答える。

「間違ってはいない。ただ、きみが危険な任務に就くことを、きみを愛するご家族がどう思うかも、きちんと考えろと言っている」

 小さく息を吐き、彼女は告げた。

「忘れるな。戦場では、人が死ぬんだ。先の七カ国連合の第一次侵攻で、スウィングラー辺境伯家の兵士がどれほど死んだか知っているか? きみの家族を守りたいという気持ちは尊いものだが、それは本当に、自分の命と人生を引き換えにしても叶えたい願いなのか?」

 静かな声での問いかけに、ブランドンは答えない。
 彼以外のクラスメートたちもまた、沈黙を保ったままだ。

「きみたちは、まだ幼い子どもだ。本来、守られる側の存在であるべききみたちに、このような選択を強いねばならん状況自体が間違っている。とはいえ、戦時下である現在、そんな正論をかざすことに意味はない。だから、これだけは言っておく」

 アレクシアの声が、一段低くなる。
 スウィングラー辺境伯家の兵士たちに命じるときの、鋭く強い声。

「飛行魔導兵士に限らず、戦場で戦う人生を選ぶのであれば、一切の甘えを捨てろ。生き残ることに全力を尽くせ。敵を殺すことに躊躇うな。戦場では、自分の力を過信して思い上がった者から死んでいく。そのような愚か者には、断じてなるな」

 クラスメートたちが、瞬きもせずアレクシアの姿を見つめている。
 ウィルフレッドは、そっと息を吐いた。
 ――こんなとき、自分の主が人の上に立つべき人間であることを思い知るのだ。
 数百の兵士たちをも一瞬で従わせてしまう、圧倒的なカリスマ。
 それはきっと、まだ幼く柔らかな彼らの心に、強すぎる光となって焼きついたに違いない。

(アレクシアさまは、親しくなったクラスメートの子どもたちを、飛行魔導兵士などという危険な任務に就かせたくない、と思っていらっしゃるのだろうが……)

 主は、気付いているのだろうか。
 クラスメートたちの瞳の奥に、スウィングラー辺境伯家の兵士と同じような、熱を帯びた光が灯りはじめていることに。
 強く気高く美しく、そして自分たちの未来を案じて厳しくも優しい言葉を発する少女に、彼らの心が急激に惹きつけられていることに。

「わたしからは、以上だ。――エリック、時間を取らせてすまなかったな。授業に戻ってくれ」
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