2 / 90
序章
ある竜族の少年の話①
古の昔より、この地上には人の姿で暮らす竜がいると云う。
『竜人族』と呼ばれる彼らは、本来、巨大な翼竜の姿をしており、其々が髪色と同じ色の鱗を持ち、竜気と呼ばれる特殊な能力と膨大な魔力、そして二千年もの時を生きる生命力を有している。
掟に従い異種族との交流を禁じる彼らは、深い森の奥にある峡谷の隠れ里でひっそりと暮らしていると伝えられているが、彼らの姿を目にした者は未だ存在しない。永い時を生きる彼らは着床率が極めて低く、同種内での繁殖は非常に困難な希少種でもあるからだ。
故に、多くの文献では彼らについてこう記されている。
――緩やかに滅びへと向かう古の民、と。
***
ぼくはなんのために生きているんだろう。
ある竜人族の少年は思った。
少年は夜を思わせる闇色の鱗と紅玉のような紅い瞳をもつ一族に生まれた。
憶えるのも難しい長い長い彼の名前は、古い竜の言葉で『災厄』を意味しており、彼が生まれたその日の朝に里長が名付けたものだった。
少年は家族にたいそう可愛がられていた。だが、里での扱いは酷いものだった。
彼の家族は、ある理由から里の人々に疎まれ、侮蔑の対象にされていた。里の大人は少年の姿を目にする度に眉を顰めて陰口を叩き、子供たちはそれに倣うように少年を仲間はずれにした。少年が広場を覗けば石を投げ、何か悪いことが起きれば彼に罪を擦すり付けた。
少年はいつも独りだった。
集落の端に建てられた小さな家だけが、彼が安らぐことができる唯一の場所だった。
心優しい両親と祖父母――精一杯の愛情を彼に注いでくれる、かけがえのない家族。
彼らの存在がなければ、きっと少年はすぐにでも死を選んでいた。
家族を悲しませたくない。その想いだけで、少年は生きていた。
ある冬の日、少年は母親に尋ねた。
暖炉のある暖かい広間に家族で集まり、少年の誕生の日を祝っていたときのことだった。
「どうしてぼくたちは里のみんなにきらわれているの?」
少年の突然の問いに、両親と祖父母は困惑し、互いに顔を見合わせた。
僅かな沈黙のあと、母親は心を決めたように、少年の長い長い名前を呼んだ。少年が首を傾げて母親の傍に寄ると、母親は少年を抱きしめて言った。
「ごめんね。私達のせいで、つらい思いをさせてしまって」
「へいきだよ。ぼくはへいき」
泣き出しそうな母親の背中に精一杯腕を伸ばし、少年は母親を抱きしめた。母親は震える声で少年に話して聞かせた。
鱗の色の違いというくだらない理由が原因で数千年続いた争いのこと、その争いを終結させる為の都合のいい生贄として、唯一魔力を持たない彼の一族が選ばれたことを。一族に課せられた理不尽な運命を、少年は幼くして知ってしまった。
少年は、優しくて暖かい彼の家族が大好きだった。それ故に、大切なものを傷つける里の人々に憎しみを抱いた。
母親は黙り込んだ少年に尋ねた。
「そうだ、プレゼントは何が良い?」
少年はほんの少し考え込み、そして答えた。
「なまえがほしい。おとうさんとおかあさんがぼくのためにかんがえた、ほんとうのなまえが」
「それなら用意できてるわ。あなたが生まれる前から、ずっと決めていたの」
母親は父親と顔を見合わせると、優しく微笑んで少年に告げた。
「あなたの名前は『ゼノ』よ」
***
ゼノと名付けられた少年は、優しい家族に守られてすくすくと育った。
彼の家族は理不尽に向けられる悪意に耐え、長い長いあいだ里の片隅でひそやかに暮らし続けたが、争いに直接関わった年寄りが揃って隠居すると、その暮らしにも徐々に変化があらわれた。時を経るごとに向けられる悪意は薄れ、彼の家族に直接的な危害を及ぼす者はいなくなった。いつしか大人達は和解を示し、ゼノの家族は里の一員として認められるようになった。
だが、子供達は別だった。無邪気さ故に残酷な彼らは、変わることなくゼノを除け者にし続けたのだ。
家族がようやく手に入れた平穏な暮らしの影で、ゼノはひとり、疎外感に苛まれた。孤独は彼の心を蝕み、いつしか彼は、全ての感情を心の奥に封じ込めた。冷めた瞳で現実を見据える彼の世界は、急速に輝きを失った。
どんなに望んでも、この里は僕を受け入れない。この孤独から逃れる術はない。
それならもう、抗うのはやめよう。関わりさえしなければ、傷つけられることもないのだから。
ゼノはそう思った。
『竜人族』と呼ばれる彼らは、本来、巨大な翼竜の姿をしており、其々が髪色と同じ色の鱗を持ち、竜気と呼ばれる特殊な能力と膨大な魔力、そして二千年もの時を生きる生命力を有している。
掟に従い異種族との交流を禁じる彼らは、深い森の奥にある峡谷の隠れ里でひっそりと暮らしていると伝えられているが、彼らの姿を目にした者は未だ存在しない。永い時を生きる彼らは着床率が極めて低く、同種内での繁殖は非常に困難な希少種でもあるからだ。
故に、多くの文献では彼らについてこう記されている。
――緩やかに滅びへと向かう古の民、と。
***
ぼくはなんのために生きているんだろう。
ある竜人族の少年は思った。
少年は夜を思わせる闇色の鱗と紅玉のような紅い瞳をもつ一族に生まれた。
憶えるのも難しい長い長い彼の名前は、古い竜の言葉で『災厄』を意味しており、彼が生まれたその日の朝に里長が名付けたものだった。
少年は家族にたいそう可愛がられていた。だが、里での扱いは酷いものだった。
彼の家族は、ある理由から里の人々に疎まれ、侮蔑の対象にされていた。里の大人は少年の姿を目にする度に眉を顰めて陰口を叩き、子供たちはそれに倣うように少年を仲間はずれにした。少年が広場を覗けば石を投げ、何か悪いことが起きれば彼に罪を擦すり付けた。
少年はいつも独りだった。
集落の端に建てられた小さな家だけが、彼が安らぐことができる唯一の場所だった。
心優しい両親と祖父母――精一杯の愛情を彼に注いでくれる、かけがえのない家族。
彼らの存在がなければ、きっと少年はすぐにでも死を選んでいた。
家族を悲しませたくない。その想いだけで、少年は生きていた。
ある冬の日、少年は母親に尋ねた。
暖炉のある暖かい広間に家族で集まり、少年の誕生の日を祝っていたときのことだった。
「どうしてぼくたちは里のみんなにきらわれているの?」
少年の突然の問いに、両親と祖父母は困惑し、互いに顔を見合わせた。
僅かな沈黙のあと、母親は心を決めたように、少年の長い長い名前を呼んだ。少年が首を傾げて母親の傍に寄ると、母親は少年を抱きしめて言った。
「ごめんね。私達のせいで、つらい思いをさせてしまって」
「へいきだよ。ぼくはへいき」
泣き出しそうな母親の背中に精一杯腕を伸ばし、少年は母親を抱きしめた。母親は震える声で少年に話して聞かせた。
鱗の色の違いというくだらない理由が原因で数千年続いた争いのこと、その争いを終結させる為の都合のいい生贄として、唯一魔力を持たない彼の一族が選ばれたことを。一族に課せられた理不尽な運命を、少年は幼くして知ってしまった。
少年は、優しくて暖かい彼の家族が大好きだった。それ故に、大切なものを傷つける里の人々に憎しみを抱いた。
母親は黙り込んだ少年に尋ねた。
「そうだ、プレゼントは何が良い?」
少年はほんの少し考え込み、そして答えた。
「なまえがほしい。おとうさんとおかあさんがぼくのためにかんがえた、ほんとうのなまえが」
「それなら用意できてるわ。あなたが生まれる前から、ずっと決めていたの」
母親は父親と顔を見合わせると、優しく微笑んで少年に告げた。
「あなたの名前は『ゼノ』よ」
***
ゼノと名付けられた少年は、優しい家族に守られてすくすくと育った。
彼の家族は理不尽に向けられる悪意に耐え、長い長いあいだ里の片隅でひそやかに暮らし続けたが、争いに直接関わった年寄りが揃って隠居すると、その暮らしにも徐々に変化があらわれた。時を経るごとに向けられる悪意は薄れ、彼の家族に直接的な危害を及ぼす者はいなくなった。いつしか大人達は和解を示し、ゼノの家族は里の一員として認められるようになった。
だが、子供達は別だった。無邪気さ故に残酷な彼らは、変わることなくゼノを除け者にし続けたのだ。
家族がようやく手に入れた平穏な暮らしの影で、ゼノはひとり、疎外感に苛まれた。孤独は彼の心を蝕み、いつしか彼は、全ての感情を心の奥に封じ込めた。冷めた瞳で現実を見据える彼の世界は、急速に輝きを失った。
どんなに望んでも、この里は僕を受け入れない。この孤独から逃れる術はない。
それならもう、抗うのはやめよう。関わりさえしなければ、傷つけられることもないのだから。
ゼノはそう思った。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
亡き姉の身代わりとして嫁いだ私ですが、離縁状を置いた翌朝、夫が私の「真実」に気づいたようです』
まさき
恋愛
「サインはもう、いただきました。あとは私がこの屋敷を出るだけです」
五年間の結婚生活。侯爵令嬢エルゼが演じ続けたのは、亡き姉・ロザリーの「身代わり」という配役だった。
夫であるカイル公爵が愛していたのは、かつて雪の中で自分を救ってくれた初恋の少女・ロザリー。
生き写しの妹であるエルゼを娶りながらも、彼は一度も彼女を「エルゼ」と呼ぶことはなかった。
冷淡な視線、姉と比較される日々。
「君はどこまでいっても、ロザリーの代わりにはなれない」
その言葉を最後に、エルゼは静かに離縁状を置き、屋敷を去る決意をする。
しかし、彼女が消えた翌朝。
カイルは、エルゼが大切に遺していった古い小箱を見つける。
そこにあったのは、十五年前のあの日、彼が「命の恩人」に預けたはずの片方のカフスボタン。
そして、幼いエルゼが綴った、あまりにも切ない真実の日記だった。
――「あの日、雪の中で貴方を抱きしめていたのは、お姉様ではなく、私だったのです」
真実を知り、絶望の中でエルゼを追うカイル。
だが、すべてを捨てて「自分」を取り戻したエルゼは、もう二度と、彼の隣で微笑む仮面の妻には戻らない。
これは、名前を奪われた女が自由を掴み、愚かな夫が真実の愛を失うまでの、静かで鮮やかな再生の物語。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中