滅びゆく竜の物語

柴咲もも

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序章

ある竜族の少年の話②

 幾度となく季節は巡り、ゼノが生まれて三百回目の春が訪れた。
 その日、ゼノは里外れの丘に立つ大樹の下で、欠けた岩に腰をおろし、祖父から譲り受けた本を読んでいた。
 正午をまわる頃になると、森へと続く小径から子供達が姿をあらわす。早朝から男衆に連れられて狩りに出ていた子供達が、それぞれの獲物を手に里へ戻ってくるのだ。
 楽しそうに、誇らしげに、友人とその成果を競い合う声が、風に乗ってゼノの耳に届く。
 この里では、一人で狩りができるようになった子供から成人の儀を執り行う。獲物を狩る能力を身につけた者は、一人前の大人として認められるのだ。

「大人になったところで、どうするんだか……」

 つまらなそうに吐き捨てて、ゼノは頬杖をついた。
 小径を行く集団をぼんやりと眺めていたゼノの瞳には、その中心を歩く一人の子供の姿が映っていた。鮮血のように朱紅あかい髪を、肩にかかる長さで切り揃えた少女だ。
 ゼノの視線に気がついたのか、周囲の少年達と楽しそうに笑い合っていた彼女が、不意に丘の上に目を向ける。一瞬、目が合った気がして、ゼノは慌てて本のページに視線を落とした。
 
 本来ならば、成人した男は妻を娶り、子孫を残すのが自然の摂理だろう。暖かい家族に支えられてきたゼノだからこそ、その血統を護りたい気持ちは人一倍あった。
 だが、竜人族には男女の数に極端な偏りがある。簡単に言えば、女児が殆ど生まれないのだ。
 朱紅い髪の少女は里で唯一の未婚の娘だった。彼女に選ばれない限り、この里の男は妻を娶ることすら叶わない。
 未婚の男が溢れるこの里で、集団から孤立したゼノが彼女の目に留まることなど、どう転んでもあり得なかった。

 溜め息を吐き、木陰の岩に腰掛けると、ゼノは読みかけの本のページをめくった。鳥のさえずりと風の音を耳にしながら、ゼノがページに綴られた文字を追いはじめた、そのときだった。

「それ、面白い?」

 無邪気な少年の声が頭上から降ってきた。
 驚いたゼノが辺りを見回すと、少年が大木の枝の上に腰掛けて、ゼノを見下ろしていた。
 白銀の髪に金色の瞳を持つその少年は、ゼノよりも少し年上に見えた。訝しげに眉を顰めるゼノの手元を指差して、少年は再び言った。

「それ、きみが読んでるやつ。面白い?」
「これ? ……暇だから読んでるだけだよ」

 躊躇いがちにゼノが答えると、少年は「ふぅん」と気の抜ける声を漏らし、枝から降りてきた。

「あまり僕に近づかないほうがいいよ」
「なんで?」
「仲間はずれにされるから」

 他人と関わって碌な目にあったことが無かったゼノは、戯れに近付こうとする少年を牽制した。だが、少年は面白そうに笑みを浮かべるだけで、ゼノの忠告を聞き入れようとはしなかった。

「きみ、名前は?」
「ゼノ……って家族には呼ばれてる」
「じゃあゼノ、僕と友達になってよ」

 にこやかに笑って、少年は手を差し出した。生まれて初めて他人にかけられた優しい言葉に、ゼノは戸惑いを隠せなかった。

 本当は、ひとりでは心細かった。
 ゼノはずっと、誰かが手を差し伸べてくれるのを待っていたのだ。

 差し出された少年の手に、ゼノは恐る恐る手を伸ばした。彼はゼノの手を力強く握り締めると、満面の笑みを浮かべて名を名乗った。

「僕はイシュナード。これからよろしく、ゼノ!」


 はじめは冷やかしだと思った。
 友情などという非現実的なものに、ゼノは期待などしなかった。イシュナードがゼノに向ける好奇心も、一過性のものに過ぎないと思っていた。
 だが、里の子供達と関わらず、いつも一人で本を読み耽けるゼノに、イシュナードは異常なほど興味を示した。他人に打ち解けることが出来ず、冷めた態度で接するゼノに、イシュナードは凝りもせず、ことあるごとに構ってきた。
 そんなイシュナードを鬱陶しいと思いながらも、ゼノは少しずつ、彼に心を開いていった。


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