8 / 90
第一章 旅の途中
街道にて①
霧に包まれた峡谷を抜けて深緑に覆われた山を降りると、視界が開け、広々とした草原に出た。生い茂る背の高い野草の間に、剥き出しの地面が細くうねりながら続いているのが見え隠れしている。
懐かしい景色だ。イシュナードと里を降りて人の街を訪れるたびに、何度もふたりで歩いた道だった。
「腹が減ったなぁ……」
ぽつりと呟いて、ゼノは懐から白い布包みを取り出した。中に入っていたのは、日保ちするように干して乾燥させた獣の干し肉だった。
腰に提げていたナイフで肉の端を小さく切り取り、口の中に放り込むと、それを奥歯で噛み締めながら、ゼノはしばらくのあいだ草に覆われた道を進んだ。
予定では今夜あたりで人間の街に到着し、久しぶりにまともな食事と暖かい寝床を得るはずだった。慣れ親しんだ最短ルートを通ってきたつもりだったが、イシュナードがいるのといないのとでは、やはり勝手が違ったようだ。
目の前の景色を紅く彩る夕陽に照らされながら、ゼノはさらに歩調を速めた。
ゼノが里を発ってから、既に三日が経っていた。
天候に恵まれ、雨に降られることもなく無事に森を抜けることができたのは、実に幸運だった。
今、ゼノが身につけている衣類は彼の一張羅であり、替えの服は持ってきていなかった。旅の荷物が多いのは面倒だという理由で、随分と適当な身支度しかしてこなかったからだ。
身形の良く見える黒いコート姿に手荷物といったものは殆どなく、携帯用のナイフと親友の本を腰のベルトに括りつけ、少量の食料と路銀、換金用の希少素材が入った革の袋を懐に入れていた。
山路を降ったわりに衣類が傷んでいないのは、彼の一族に備わる便利な能力のおかげだ。
竜人族は、自身の肉体や所有物に『竜気』と呼ばれる気を纏い、外界からの干渉を防ぐことができた。
さらに竜気のちからを応用すれば、物質の強度を上げる、刃物の切れ味を増す等、様々な用途で利便性の向上を図ることができる。竜の姿でこの気を纏い続けていれば、まず怪我をすることはなく、外敵に襲われても傷ひとつ負わずにいられるのだ。
竜の姿のときほどの肉体的強度は得られないにしても、人間の姿で行動する際、この能力が便利なことに変わりはなかった。竜気を纏っていれば、険しい山道を歩いても一張羅が木の枝や草に傷つけられることはないのだ。
唯一つ難点があるとすれば、自身の肉体に気を纏うのとは違い、衣類や所持品に竜気を纏い続けるためには、それなりに集中しなければならないことだ。数日に渡って竜気を纏い続けたおかげで、今のゼノは精神的にかなり消耗していた。
その影響が大きかったのだろう。
森を抜けたことで気が緩んでいたこともあり、結果的に彼らの接近に気付くのが遅れてしまった。
草に覆われた細道と、舗装の剥がれかかった石畳の街道が交差する丁字路が視界に入った瞬間だった。
道の脇に点々と並ぶ大岩から、ふたつの人影がゼノの眼前に躍り出た。どちらもゼノに比べると背が高く、体格も良い、薄汚れた野蛮な風貌の男達だ。
「随分と身形が良い兄さんじゃねぇか」
「悪いことは言わねぇ。痛い目見る前に有り金を全部よこしな」
男達は如何にもな『ならず者の決め台詞』を吐くと、各々が手にしていた刃物の切っ先をゼノの眼前へ突き付けた。
懐かしい景色だ。イシュナードと里を降りて人の街を訪れるたびに、何度もふたりで歩いた道だった。
「腹が減ったなぁ……」
ぽつりと呟いて、ゼノは懐から白い布包みを取り出した。中に入っていたのは、日保ちするように干して乾燥させた獣の干し肉だった。
腰に提げていたナイフで肉の端を小さく切り取り、口の中に放り込むと、それを奥歯で噛み締めながら、ゼノはしばらくのあいだ草に覆われた道を進んだ。
予定では今夜あたりで人間の街に到着し、久しぶりにまともな食事と暖かい寝床を得るはずだった。慣れ親しんだ最短ルートを通ってきたつもりだったが、イシュナードがいるのといないのとでは、やはり勝手が違ったようだ。
目の前の景色を紅く彩る夕陽に照らされながら、ゼノはさらに歩調を速めた。
ゼノが里を発ってから、既に三日が経っていた。
天候に恵まれ、雨に降られることもなく無事に森を抜けることができたのは、実に幸運だった。
今、ゼノが身につけている衣類は彼の一張羅であり、替えの服は持ってきていなかった。旅の荷物が多いのは面倒だという理由で、随分と適当な身支度しかしてこなかったからだ。
身形の良く見える黒いコート姿に手荷物といったものは殆どなく、携帯用のナイフと親友の本を腰のベルトに括りつけ、少量の食料と路銀、換金用の希少素材が入った革の袋を懐に入れていた。
山路を降ったわりに衣類が傷んでいないのは、彼の一族に備わる便利な能力のおかげだ。
竜人族は、自身の肉体や所有物に『竜気』と呼ばれる気を纏い、外界からの干渉を防ぐことができた。
さらに竜気のちからを応用すれば、物質の強度を上げる、刃物の切れ味を増す等、様々な用途で利便性の向上を図ることができる。竜の姿でこの気を纏い続けていれば、まず怪我をすることはなく、外敵に襲われても傷ひとつ負わずにいられるのだ。
竜の姿のときほどの肉体的強度は得られないにしても、人間の姿で行動する際、この能力が便利なことに変わりはなかった。竜気を纏っていれば、険しい山道を歩いても一張羅が木の枝や草に傷つけられることはないのだ。
唯一つ難点があるとすれば、自身の肉体に気を纏うのとは違い、衣類や所持品に竜気を纏い続けるためには、それなりに集中しなければならないことだ。数日に渡って竜気を纏い続けたおかげで、今のゼノは精神的にかなり消耗していた。
その影響が大きかったのだろう。
森を抜けたことで気が緩んでいたこともあり、結果的に彼らの接近に気付くのが遅れてしまった。
草に覆われた細道と、舗装の剥がれかかった石畳の街道が交差する丁字路が視界に入った瞬間だった。
道の脇に点々と並ぶ大岩から、ふたつの人影がゼノの眼前に躍り出た。どちらもゼノに比べると背が高く、体格も良い、薄汚れた野蛮な風貌の男達だ。
「随分と身形が良い兄さんじゃねぇか」
「悪いことは言わねぇ。痛い目見る前に有り金を全部よこしな」
男達は如何にもな『ならず者の決め台詞』を吐くと、各々が手にしていた刃物の切っ先をゼノの眼前へ突き付けた。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
亡き姉の身代わりとして嫁いだ私ですが、離縁状を置いた翌朝、夫が私の「真実」に気づいたようです』
まさき
恋愛
「サインはもう、いただきました。あとは私がこの屋敷を出るだけです」
五年間の結婚生活。侯爵令嬢エルゼが演じ続けたのは、亡き姉・ロザリーの「身代わり」という配役だった。
夫であるカイル公爵が愛していたのは、かつて雪の中で自分を救ってくれた初恋の少女・ロザリー。
生き写しの妹であるエルゼを娶りながらも、彼は一度も彼女を「エルゼ」と呼ぶことはなかった。
冷淡な視線、姉と比較される日々。
「君はどこまでいっても、ロザリーの代わりにはなれない」
その言葉を最後に、エルゼは静かに離縁状を置き、屋敷を去る決意をする。
しかし、彼女が消えた翌朝。
カイルは、エルゼが大切に遺していった古い小箱を見つける。
そこにあったのは、十五年前のあの日、彼が「命の恩人」に預けたはずの片方のカフスボタン。
そして、幼いエルゼが綴った、あまりにも切ない真実の日記だった。
――「あの日、雪の中で貴方を抱きしめていたのは、お姉様ではなく、私だったのです」
真実を知り、絶望の中でエルゼを追うカイル。
だが、すべてを捨てて「自分」を取り戻したエルゼは、もう二度と、彼の隣で微笑む仮面の妻には戻らない。
これは、名前を奪われた女が自由を掴み、愚かな夫が真実の愛を失うまでの、静かで鮮やかな再生の物語。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中