滅びゆく竜の物語

柴咲もも

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第一章 旅の途中

前触れ②

 昨年の祭りのことを思い出しながらうとうとしていたところで、レナに声をかけられて、ヤンはハッと目を覚ました。

「ヤン、することがないなら祭りの準備を手伝いなさい。それが面倒ならを捜してきて」

 ギニアの搾乳は終わったらしい。レナの足元には新鮮な乳で満たされた沢山の木製のバケツが並んでいた。これから彼女は両親を手伝い、この乳を加工してチーズやバターを作るのだ。

「ほーい」

 再び身を起こして立ち上がり、おどけた調子で返事をすると、ヤンは木製の柵を軽々と跳び越えた。


 レナの家をあとにして、ヤンは村の中央を通る広い道を歩いた。
 村の子供や女達が通りのあちこちに色とりどりの花をあしらい、普段は飾り気のない地味な村の風景がこのときばかりは華やいでいる。
 祭りに浮かれた景色を眺めながら、ヤンはいつだったか行商に向かう父親と共に王都で観た凱旋パレードの様子を思い出していた。
 遠い異国の戦地へ向かう馬に跨った騎士達を讃え、街中の家の窓から花びらが降り注ぐその光景は、田舎の村で育ったヤンにはとても眩しく輝いて見えた。生まれてから一度も村を出たことがないレナにも、いつかこの光景を見せてやりたいと、何度思ったことだろう。

 やがて、道は村の中央広場へとぶつかった。広場の中央では、宴の際に火を掲げるやぐらが今まさに組まれているところだった。
 村の男達は、周辺の山から木材を運ぶ役割と、それを組み立てる役割に分かれて作業を行う。手を止めてヤンに手伝いを求める友人もいたが、ヤンは曖昧な笑みを浮かべてそれをかわした。

 毎年このように、皆がそれぞれに与えられた役割をこなしながら、祭りの準備は進む。真剣に作業に取り組む皆の姿を見ていると、ぶらぶらと手持ち無沙汰に歩いている自身の存在が恥ずかしく思えてくる。
 作業の邪魔をしてはいけない気がして、ゼノを見なかったかと尋ねることすら躊躇ってしまう。
 櫓を囲うように敷かれた色鮮やかな刺繍の施された敷物を眺めながら、ヤンは広場を通り抜け、緩やかな坂道を登った。村長の家は、集会所や麓の湖へと続く細道が枝分かれする坂道を登りきったその先にあった。

 ゼノは旅人であり、村の客でもある。朝早く出かけたのは、改めて村長に挨拶をするためかもしれない。
 坂道を登り終えて、ヤンは真っ直ぐに村長の家の庭を通り抜けた。周囲に人の気配は感じられない。玄関扉を叩いても返事はなく、窓から家の中を覗いても人影ひとつ見当たらなかった。

「はずしたかぁ……」

 がっくりと肩を落とし、ヤンはなんとなく辺りを見回した。
 小高い丘の上にある村長の家の庭からは、村のどの場所からでも見られない広大な景色が一望できる。
 村を囲むように連なる紅や黄に染まる山々と、金色の草が茂る草原の海を満足気に見渡したヤンの視界の端に何かが映り込む。

 それが何かはわからなかった。
 村から少し離れた、生い茂る背の高い草に見え隠れする岩場のあたりに、何かが居た気がした。慌てて視線を戻したけれど、風に吹かれた草の海が静かに波打っているだけだ。

(何故だろう。嫌な予感がする……)

 言い知れぬ不安を胸に抱え、ヤンは坂道を駆け出した。

 思い過ごしならそれでいい。
 けれど、ヤンはこのことを父親に伝えなければならないと思った。


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