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第一章 旅の途中
淡い想い①
夜明けを告げる朝鳥の声が静まり返った村に響き渡ると、陽が昇りきる前に、ゼノとヤンは自警団の詰所に向かった。
野盗のことが気掛かりでなかなか寝付けなかったヤンは、目元に深い隈を浮かべ、少しばかりやつれていた。けれど、その瞳は野盗から村を護るという使命感に満ち溢れており、足取りはしっかりとしていた。
どちらから言い出すわけでもなく、ふたりはまず村の南口に向かった。アーチ状の門構えの外に広がる草原を見渡すと、視認できる範囲に野盗がいないことを確認する。
「どうやら、近くにはいないようだな」
大きく息を吐き、胸を撫で下ろしながらヤンが呟いた。その様子を横目で見やり、ゼノが眉を顰める。
そもそも、本当に野盗が村を襲うかどうかもわからない状態で、自警団とやらは動くのだろうか。ここで野盗が影をちらつかせて、それを自警団の誰かが見つけてくれたほうが、説明も説得もしやすかったはずだ。
自警団の詰所は、中央通りに続く南口から村の外周に沿って少し北に位置した場所にあった。
詰所の見張り部屋は村の南口がよく見えるように造られており、深夜でも早朝でも、必ず自警団の誰かが不審な者が村に入り込まないように見張っている。
通常よりも高めに造られた基礎の上に建てられた石造りの建物の壁には、等間隔で木製の窓が並んでいた。ゼノとヤンが入り口の扉を叩こうとしたとき、その窓のひとつが勢いよく開かれた。
当直の自警団員らしき男が顔を出し、朝の澄んだ空気を吸い込んで大きく伸びをする。男はそのままあたりを見回すと、扉の前に並んで立つゼノとヤンを見つけて目を丸くした。
「どうしたんだ、ヤン。こんな時間にこんな場所にいるなんて珍しいじゃないか」
あくびをしながらヤンに声をかけて、男はのんびりと室内に戻る。程なくして錠が外れる音が聞こえ、ゆっくりと入り口の扉が開かれた。無精髭の生えた顎を撫でながら、男が顔を出す。
「おはようございます、カルロさん。大事な話があるんです。聞いてもらえませんか?」
いつになく深刻な面持ちのヤンに感じるものがあったのだろうか。カルロと呼ばれたその男は、ふっと顔を引き締めると、二人を詰所の中に招き入れた。
***
詰所の中は薄暗く、待機部屋の中央には質素な木製テーブルが置かれていた。壁際には書類や貴重品が管理されている本棚と木箱が並び、壁に掛けられた掲示板に手配書が並べて貼られている。
真ん中の一枚に、額の大きな傷と顎髭を蓄えた厳つい顔が特徴的な男の似顔絵が描かれていた。下に記されたバルトロと云う文字が、おそらくこの男の名前だろう。見覚えはなかったが、服装からして街道でゼノを襲った連中の仲間に違いない。手配書の扱われ方から、この男が野盗の頭目であることが窺えた。
男の似顔絵をしばらく凝視した後、ゼノは詰所の奥に目を向けた。奥の廊下に扉がふたつと階段が見える。厳重に錠が掛けられている片側の扉は、おそらく武器庫か何かだろう。もう一方の扉は開け放たれており、室内に二段ベッドが置かれているのが確認できた。
ゼノとヤンが椅子に腰掛けると、カルロは沸かしたばかりのお湯をカップに注ぎ、テーブルの上に並べて置いた。そのままふたりに向かい合うよう席に着き、詳しい話を促すようにヤンに視線を投げ掛けた。
街道で野盗に襲われていたゼノを助けたこと、その野盗の仲間と思われる人影が村の近くを徘徊していたことを、ヤンは手短に説明した。
「なるほど、話は大体わかった」
黙って話を聞き終えると、カルロは椅子に背を預け、腕を組んで考え込むように目を伏せた。
きちんと話が伝わったのだろうか。不安げにな視線を送るヤンに、ゼノが黙って頷いた。
暫しの沈黙のあと、カルロが徐に口を開いた。
「ヤンは判ってると思うが、俺達は自警団とは名ばかりの集団で、出来ることはお前さん達と大差ない。団員だって、村の若い男連中から有志を集っているだけだしな。そりゃあ、多少の銃の扱いや護身術の類は訓練もするが、実戦経験がある奴なんていないと言ってもいい」
断言するカルロを前に、ヤンは唇を噛み締めた。
確かに、この村の自警団という組織が如何に見せかけだけのものなのか、薄々勘付いてはいた。集団で村を襲われてしまえば、彼等だけのちからで村を守るのは至難のわざだろう。
「だから、王都の憲兵隊に連絡を取って、救援を要請して欲しいんだ」
憲兵隊は、王国軍内部の規律を取り締まるとともに国内の治安維持を任されている、この国の組織だ。個人の都合で動かすのは無理だとしても、村の自警団ならば出動要請を出すことができる。
真剣に訴えかけるヤンの言葉にカルロが後ろ髪を掻く。「憲兵隊か……」と苦々しく呟いて、彼はまた考え込んでしまった。
結局、カルロは憲兵隊へ連絡を取ることを渋々承諾し、その代わりにと、ゼノとヤンに祝祭の日の警備を手伝うように要求した。本来なら一人ずつ交代で村の出入り口に見張りが立つ程度の予定だったところに、ふたりが仕事を増やしたようなものだ。ヤンもゼノも、カルロの要求に異論はなかった。
自警団は日暮れとともに警備を強化することを約束し、ふたりは祭りのあいだ村の外周を巡回することになった。
野盗のことが気掛かりでなかなか寝付けなかったヤンは、目元に深い隈を浮かべ、少しばかりやつれていた。けれど、その瞳は野盗から村を護るという使命感に満ち溢れており、足取りはしっかりとしていた。
どちらから言い出すわけでもなく、ふたりはまず村の南口に向かった。アーチ状の門構えの外に広がる草原を見渡すと、視認できる範囲に野盗がいないことを確認する。
「どうやら、近くにはいないようだな」
大きく息を吐き、胸を撫で下ろしながらヤンが呟いた。その様子を横目で見やり、ゼノが眉を顰める。
そもそも、本当に野盗が村を襲うかどうかもわからない状態で、自警団とやらは動くのだろうか。ここで野盗が影をちらつかせて、それを自警団の誰かが見つけてくれたほうが、説明も説得もしやすかったはずだ。
自警団の詰所は、中央通りに続く南口から村の外周に沿って少し北に位置した場所にあった。
詰所の見張り部屋は村の南口がよく見えるように造られており、深夜でも早朝でも、必ず自警団の誰かが不審な者が村に入り込まないように見張っている。
通常よりも高めに造られた基礎の上に建てられた石造りの建物の壁には、等間隔で木製の窓が並んでいた。ゼノとヤンが入り口の扉を叩こうとしたとき、その窓のひとつが勢いよく開かれた。
当直の自警団員らしき男が顔を出し、朝の澄んだ空気を吸い込んで大きく伸びをする。男はそのままあたりを見回すと、扉の前に並んで立つゼノとヤンを見つけて目を丸くした。
「どうしたんだ、ヤン。こんな時間にこんな場所にいるなんて珍しいじゃないか」
あくびをしながらヤンに声をかけて、男はのんびりと室内に戻る。程なくして錠が外れる音が聞こえ、ゆっくりと入り口の扉が開かれた。無精髭の生えた顎を撫でながら、男が顔を出す。
「おはようございます、カルロさん。大事な話があるんです。聞いてもらえませんか?」
いつになく深刻な面持ちのヤンに感じるものがあったのだろうか。カルロと呼ばれたその男は、ふっと顔を引き締めると、二人を詰所の中に招き入れた。
***
詰所の中は薄暗く、待機部屋の中央には質素な木製テーブルが置かれていた。壁際には書類や貴重品が管理されている本棚と木箱が並び、壁に掛けられた掲示板に手配書が並べて貼られている。
真ん中の一枚に、額の大きな傷と顎髭を蓄えた厳つい顔が特徴的な男の似顔絵が描かれていた。下に記されたバルトロと云う文字が、おそらくこの男の名前だろう。見覚えはなかったが、服装からして街道でゼノを襲った連中の仲間に違いない。手配書の扱われ方から、この男が野盗の頭目であることが窺えた。
男の似顔絵をしばらく凝視した後、ゼノは詰所の奥に目を向けた。奥の廊下に扉がふたつと階段が見える。厳重に錠が掛けられている片側の扉は、おそらく武器庫か何かだろう。もう一方の扉は開け放たれており、室内に二段ベッドが置かれているのが確認できた。
ゼノとヤンが椅子に腰掛けると、カルロは沸かしたばかりのお湯をカップに注ぎ、テーブルの上に並べて置いた。そのままふたりに向かい合うよう席に着き、詳しい話を促すようにヤンに視線を投げ掛けた。
街道で野盗に襲われていたゼノを助けたこと、その野盗の仲間と思われる人影が村の近くを徘徊していたことを、ヤンは手短に説明した。
「なるほど、話は大体わかった」
黙って話を聞き終えると、カルロは椅子に背を預け、腕を組んで考え込むように目を伏せた。
きちんと話が伝わったのだろうか。不安げにな視線を送るヤンに、ゼノが黙って頷いた。
暫しの沈黙のあと、カルロが徐に口を開いた。
「ヤンは判ってると思うが、俺達は自警団とは名ばかりの集団で、出来ることはお前さん達と大差ない。団員だって、村の若い男連中から有志を集っているだけだしな。そりゃあ、多少の銃の扱いや護身術の類は訓練もするが、実戦経験がある奴なんていないと言ってもいい」
断言するカルロを前に、ヤンは唇を噛み締めた。
確かに、この村の自警団という組織が如何に見せかけだけのものなのか、薄々勘付いてはいた。集団で村を襲われてしまえば、彼等だけのちからで村を守るのは至難のわざだろう。
「だから、王都の憲兵隊に連絡を取って、救援を要請して欲しいんだ」
憲兵隊は、王国軍内部の規律を取り締まるとともに国内の治安維持を任されている、この国の組織だ。個人の都合で動かすのは無理だとしても、村の自警団ならば出動要請を出すことができる。
真剣に訴えかけるヤンの言葉にカルロが後ろ髪を掻く。「憲兵隊か……」と苦々しく呟いて、彼はまた考え込んでしまった。
結局、カルロは憲兵隊へ連絡を取ることを渋々承諾し、その代わりにと、ゼノとヤンに祝祭の日の警備を手伝うように要求した。本来なら一人ずつ交代で村の出入り口に見張りが立つ程度の予定だったところに、ふたりが仕事を増やしたようなものだ。ヤンもゼノも、カルロの要求に異論はなかった。
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