滅びゆく竜の物語

柴咲もも

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第一章 旅の途中

淡い想い②

 カルロに礼を述べて詰所を後にすると、ゼノとヤンは巡回ルートを確認するために、村の外周に沿って歩き出した。

 この村には出入り口が三つある。
 村全体は背の高い頑丈な柵と村を囲む雑木林に囲まれており、南口だけが拓けて開放されていた。残りのふたつの出入り口は村の北西と北東にあるが、どちらも村人が山で狩りをする際に利用しているもので、背の高い草に覆われた獣道が山の中腹に向かって続いているだけだった。

「彼等は正面から来るでしょうか」

 ふたつの獣道を確認した後、ゼノはそれとなくヤンに尋ねた。「わからない」と言うように、ヤンは首を横に振った。 
 村の正面、つまり南口は、拓けているぶん見通しが良く、見慣れない集団が訪れようものなら目立つどころの話ではない。それを考慮するならば、野盗が村を襲う際には残りのふたつの出入り口が利用される可能性が高い。

「心配だな、北側の入り口は灯りも人目も少ないから」

 ヤンが表情を曇らせる。

「奴等は間違いなく武器を持っているだろ? 実戦経験のない村人がどうこう出来るとは思えないよ。憲兵隊が間に合うと良いんだけど……」
 
 同意を求めるかのように、ヤンはゼノを振り返った。だが、対するゼノの答えは実に冷淡なものだった。

「憲兵隊はおそらく来ません。そもそも、憲兵隊が正常に機能しているのであれば、主要の街道沿いで人を襲うような連中が野放しにされている筈がないのですから。最悪の事態を想定するのであれば、彼等は憲兵隊と裏で繋がっている可能性すらある。そう考えれば、あのような目立つ場所での無法が許されていることにも頷けます」

 まるで当然だと言うように、ゼノは前方を見据えたまま淡々と言葉を連ねる。

「人間という生き物は強欲ですからね。金さえ払えば大抵のことには目を瞑って貰えるものですよ」

 そこまで話して、ゼノはヤンの呆然とした様子に気がついた。

「どうかしましたか?」

 訝しむようにゼノが尋ねると、ヤンは慌てて首を横に振り、意外そうにゼノの問いに答えた。

「いや、今のきみの言い方がまるで、自分は人間とは違うみたいな口ぶりだったと思ってさ」

 思いがけず的を射たヤンの言葉に、ゼノは苦々しく口の端を上げた。
 


***


 辺りが夕焼けで紅く染まる頃になって、ゼノとヤンは村の中央広場へと向かった。祭りはとうに始まっており、華やかに飾り立てられた中央通りを浮かれた村人たちが行き交っていた。
 賑やかな通りを抜けて辿り着いた中央広場には、高々と櫓が組み上げられて、それを囲むように敷かれた美しい敷物の上は、すでに多くの村人で溢れかえっていた。夜の帳がおりる頃、櫓に炎が掲げられると共に『精霊の舞』が披露されるのを待ちわびているのだ。
 賑わう広場を一瞥して緩やかな坂を登り、ヤンとゼノは村を一望した。


「こんなところでふたりして、何してるの?」

 突然背後から声がして、ヤンは心臓が飛び出そうになった。
 慌てて振り返ると、精霊の舞の衣装を身に纏ったレナが、にっこりと微笑みながら坂の上からふたりを見下ろしていた。稽古のときとは違い、顔には艶やかな化粧を施して、純白のドレスと黄金色の装飾で着飾っている。
 美しく飾り立てられた幼馴染みの姿を、しばらくのあいだ、ヤンは呆然と見上げていた。ヤンのわかりやすい反応にゼノが笑いを堪えていると、レナが勢い良く坂道を駆け下りてきた。ハッと我に返ったヤンが、レナの問いに答える。

「自警団の仕事の手伝いだよ。これから村の外周を巡回するんだ」
「え……?」

 ヤンの言葉に、レナは表情を曇らせた。
 何かと文句を垂れながらも毎年必ずレナの舞を観てきたのだ。約束していたわけではないとはいえ、ヤンは少しばかり申し訳ない気持ちになった。

「人手が足りなくてさ、だから今年はお前の踊りは観にいけない。ごめんな」

 昼間、外周を確認したあと、ふたりは自警団の詰所に戻り、団員との顔合わせを済ませた。そのついでにカルロに憲兵隊の件を確認してみたが、言葉を濁し、とにかく警備を徹底しようとだけ口にしたカルロの様子から、憲兵隊の協力は望めないであろうことを察っしてしまった。
 憲兵隊の協力が得られない以上、精霊の舞が披露されるひとときでさえ、巡回の手を休める訳にはいかなかった。村中の注意がレナひとりに向けられるその時間こそが、一番危険なのだ。 
 気まずい空気が漂う中、レナは縋るような視線をゼノに向けた。

「ゼノさんも観にこないの?」

 レナの問いに、ゼノが深く頷いてみせる。
 角度的に表情を見ることができなかったにも関わらず、ヤンにはレナが酷く落胆したのがわかってしまった。その落胆が、おそらくヤンが踊りを観てやれないと言ったときとは比べ物にならないほどのものだということも。
 大きく目を見開いてゼノの顔を見上げていたレナは、悲痛な面持ちで顔を俯かせると、暫くのあいだ黙り込んだ。重苦しい雰囲気の中、俯いたレナに視線を向けたまま、ゼノは無言で立ち尽くしていた。

 沈黙は然程長くはなかった。
 パッと顔を上げると、レナは先刻の落ち込みようが嘘だったかのように強気な笑顔をふたりに見せた。

「こんな浮かれたお祭りの日に、ふたりしてご苦労なことね! きっとあとで後悔するわよ!」

 片手を腰にあて、人差し指を突き出して声高らかに叫ぶと、レナはふたりの間をすり抜けるように舞台へ向かって駆け出した。
 走り去る少女の背中を見送って、ヤンとゼノは互いに顔を見合わせた。


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