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第一章 旅の途中
夜襲①
祭りの熱に浮かされた観衆の視線を一身に浴びながら、レナは無心で精霊の舞を踊っていた。
櫓に掲げられた炎は赤々と燃え上がり、勢いを増していく。両の手脚にその炎を宿しながら、豊穣の女神を讃える祈りを込めて優雅に舞うその姿は、観るもの全てを魅了した。
この広い大陸で踊りを生業とする者の中でも、彼女は五本の指に入るほどの才能と実力を兼ね備えていた。だが、今この場で彼女の舞を目にしている大勢の観衆の中に、その事実に気づいている者はいなかった。
観衆に紛れて鋭い視線を彼女に向け続ける、たった一人を除いては。
徐々に激しさを増していた祭り太鼓と笛の音が途絶え、暴れ狂うように舞っていたレナが糸が切れた操り人形のように舞台の上に崩れ落ちる。その瞬間、広場は熱を帯びた歓声に包まれた。
ゆっくりと身を起こして立ち上がり、優雅に一礼したレナは、舞台から興奮に湧く観衆を見渡した。ゼノとヤンの姿がないことを改めて確認し、きらきらと輝いていた翠色の瞳がかげりを見せる。
レナの顔から笑みが消えたのと、観衆の中からその人影が姿を現したのは、ほとんど同時だった。
朽葉色のマントを羽織り、目深にフードを被った場違いすぎる風貌の人物が、舞台の前に進み出る。
いつの間にか群衆に紛れていたその人物に、レナの舞に魅了されていた村の人々は全く気がついていなかった。
あまりに異様な光景に、広場に居る誰一人として身動きが取れず、目の前の事の成り行きを見守っていた。
群衆の視線を集めたまま手を伸ばしたその人物は、素早くレナの手首を握り、強引に引き寄せた。か細い両手を後ろで締め上げて動きを封じると、目深に被っていたフードからその顔を露わにした。
曝け出された額には大きな傷痕が刻まれていた。耳元から顎まで髭を蓄えた厳つい顔のその男は、広場に集まった人々に視線を投げると、不敵な笑みを浮かべた。
男の腕から逃れようとレナが身を捩ったそのとき、舞台袖から飛び出したアルドが男の腕にしがみついた。
「逃げるんだ、レナ!」
そう叫んだ瞬間、アルドの身体に男の左腕がのめり込んだ。
「かはっ」と渇いた声をあげ、地面に蹲ったアルドを、レナを右手で捕らえたまま、男は容赦無く蹴り倒した。
「やめて! お父さん! お父さん!」
泣きながら、レナは父を呼んだ。
だがその声は、静まり返った広場に虚しく響き渡るだけだった。誰一人身動きすら取れない沈黙の中、アルドの呻き声だけが人々の耳に届く。
アルドの横腹を蹴り上げて仰向けに転がして、男はその傍に片膝をつき、群衆を見据えた。器用に左手で狩猟ナイフを取り出すと、怯えた目で見上げるアルドの喉元になんの躊躇いもなく刃を突き立てた。
鮮血が飛び散り、男の顔と腕を濡らした。
赤い飛沫を撒き散らしながら、ビクンビクンと痙攣する父親の姿を前に、レナは眼を覆うこともできず、愕然と立ち尽くした。
その様子を無言で眺めていた男は、やがてつまらなそうに顔を顰め、事切れたアルドの体を蹴り飛ばした。
「いやあああ! あなた! あなた!」
レナが止める間も無く、地面に転がされたアルドの亡骸にカーラが縋り付く。半狂乱になり、泣きながら夫の名を呼ぶカーラを一瞥すると、男はうんざりした表情で人混みの中に視線を向けた。と同時に、風を切る鋭利な音が群衆の鼓膜を刺激する。
次の瞬間、ぐしゃっという不快な音と共に、カーラが勢い良くアルドの遺体の上に倒れ込んだ。後頭部に突き刺さった投斧が、炎の灯りでぬらりと輝いた。
二つの遺体から流れ出た鮮血が、石畳みを禍々しく染め上げてゆく。足元に広がる血溜まりに、群衆の一人が短い悲鳴を上げた。それを皮切りに、広場中におびただしい悲鳴が響き渡る。
恐怖に駆られた人々が散り散りに走り出す。人混みに潜む殺戮者の手によって、我先にと逃げ惑う群衆から彼方此方で悲鳴と血飛沫が上がる。
広場は一瞬で恐慌状態に陥った。
騒がしい広場を、男が満足気に眺めているあいだ、腕を捉えられたまま、レナは眼前に転がるふたつの遺体を凝視していた。
毎年精霊の舞を任されるレナを自慢の娘だと褒め、つい先程、暖かい声援で舞台へ送りあげてくれた母。
毎朝一緒に家畜の世話をして、自慢のチーズのつくりかたを教えてくれた父。
優しくて暖かくて、世界一の両親だと思っていた。
このまま平和なこの村で、この平凡で優しい両親と農場の仕事を担いながら、いつまでも暮らしていくものだと思っていた。
ほんの少し前までは。
櫓に掲げられた炎は赤々と燃え上がり、勢いを増していく。両の手脚にその炎を宿しながら、豊穣の女神を讃える祈りを込めて優雅に舞うその姿は、観るもの全てを魅了した。
この広い大陸で踊りを生業とする者の中でも、彼女は五本の指に入るほどの才能と実力を兼ね備えていた。だが、今この場で彼女の舞を目にしている大勢の観衆の中に、その事実に気づいている者はいなかった。
観衆に紛れて鋭い視線を彼女に向け続ける、たった一人を除いては。
徐々に激しさを増していた祭り太鼓と笛の音が途絶え、暴れ狂うように舞っていたレナが糸が切れた操り人形のように舞台の上に崩れ落ちる。その瞬間、広場は熱を帯びた歓声に包まれた。
ゆっくりと身を起こして立ち上がり、優雅に一礼したレナは、舞台から興奮に湧く観衆を見渡した。ゼノとヤンの姿がないことを改めて確認し、きらきらと輝いていた翠色の瞳がかげりを見せる。
レナの顔から笑みが消えたのと、観衆の中からその人影が姿を現したのは、ほとんど同時だった。
朽葉色のマントを羽織り、目深にフードを被った場違いすぎる風貌の人物が、舞台の前に進み出る。
いつの間にか群衆に紛れていたその人物に、レナの舞に魅了されていた村の人々は全く気がついていなかった。
あまりに異様な光景に、広場に居る誰一人として身動きが取れず、目の前の事の成り行きを見守っていた。
群衆の視線を集めたまま手を伸ばしたその人物は、素早くレナの手首を握り、強引に引き寄せた。か細い両手を後ろで締め上げて動きを封じると、目深に被っていたフードからその顔を露わにした。
曝け出された額には大きな傷痕が刻まれていた。耳元から顎まで髭を蓄えた厳つい顔のその男は、広場に集まった人々に視線を投げると、不敵な笑みを浮かべた。
男の腕から逃れようとレナが身を捩ったそのとき、舞台袖から飛び出したアルドが男の腕にしがみついた。
「逃げるんだ、レナ!」
そう叫んだ瞬間、アルドの身体に男の左腕がのめり込んだ。
「かはっ」と渇いた声をあげ、地面に蹲ったアルドを、レナを右手で捕らえたまま、男は容赦無く蹴り倒した。
「やめて! お父さん! お父さん!」
泣きながら、レナは父を呼んだ。
だがその声は、静まり返った広場に虚しく響き渡るだけだった。誰一人身動きすら取れない沈黙の中、アルドの呻き声だけが人々の耳に届く。
アルドの横腹を蹴り上げて仰向けに転がして、男はその傍に片膝をつき、群衆を見据えた。器用に左手で狩猟ナイフを取り出すと、怯えた目で見上げるアルドの喉元になんの躊躇いもなく刃を突き立てた。
鮮血が飛び散り、男の顔と腕を濡らした。
赤い飛沫を撒き散らしながら、ビクンビクンと痙攣する父親の姿を前に、レナは眼を覆うこともできず、愕然と立ち尽くした。
その様子を無言で眺めていた男は、やがてつまらなそうに顔を顰め、事切れたアルドの体を蹴り飛ばした。
「いやあああ! あなた! あなた!」
レナが止める間も無く、地面に転がされたアルドの亡骸にカーラが縋り付く。半狂乱になり、泣きながら夫の名を呼ぶカーラを一瞥すると、男はうんざりした表情で人混みの中に視線を向けた。と同時に、風を切る鋭利な音が群衆の鼓膜を刺激する。
次の瞬間、ぐしゃっという不快な音と共に、カーラが勢い良くアルドの遺体の上に倒れ込んだ。後頭部に突き刺さった投斧が、炎の灯りでぬらりと輝いた。
二つの遺体から流れ出た鮮血が、石畳みを禍々しく染め上げてゆく。足元に広がる血溜まりに、群衆の一人が短い悲鳴を上げた。それを皮切りに、広場中におびただしい悲鳴が響き渡る。
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