滅びゆく竜の物語

柴咲もも

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第一章 旅の途中

祭の夜②

 ――嫌な予感がする。

 歩を進めるたびに、鼻を突く異臭は色濃くなっていく。
 本来ならば北東の出入り口と同じく自警団員が見張りに立つその場所には、一切の人影もない。色濃く漂う異臭が、ただひたすらふたりの鼻腔を刺激した。
 ヤンがランタンの灯りで細い獣道を照らし、ゼノが暗闇の奥へと目を凝らすと、生い茂る雑草とその隙間に見え隠れする地面に赤黒い液体が付着しているのが見えた。
 ヤンのランタンを受け取って、灯りで前方を照らしながらゼノは獣道へと踏み出した。その後ろでヤンが猟銃を構える。息を潜めて周囲を警戒しつつ慎重に辺りを確認したが、近くに生き物の気配はなかった。鉄錆に似た異臭に鼻腔を突かれ、腹の奥から不快なものが胸にこみ上げるのを堪えながら、ヤンはゼノの背中を追う。先を行くゼノがふと足を止め、草叢を掻き分けて森の中へと姿を消した。慌ててあとを追おうとしたヤンが目の前の草叢に手を触れると、ぬるりとした嫌な感触が指先に纏わりつき、寸分先に太い木の根元を見下ろすゼノの姿が見えた。
 
「……彼等は、想定していたよりも遥かに危険な相手のようです」

 緊張を孕んだゼノの呟きが漏れる。足元に目を凝らし、ヤンは凍りついた。
 そこに転がっていたのは、両腕両脚を切断され、喉元をざっくりと切り裂かれたふたつの死体だった。切り離された四肢が縄で繋がれ、まるで大木を飾り立てる紐飾りのように木の幹に括り付けられていた。
 横たわる遺体の傍にしゃがみ込んだゼノが、ふたりの見開かれた両の瞼を閉ざす。身動きを取ることすらできず、呆然とその様子を眺めていたヤンは、突然顔を歪めてしゃがみ込み、堪えきれず嘔吐した。
 予期せず目にした悲惨な光景に動揺を隠せないまま、ヤンはゼノに支えられ、覚束ない足取りで村の入り口へと戻った。

「まずいですね。彼等はもう村の中です」

 ゼノの険しい視線が、煌々と明かりを灯す中央広場に向けられる。弾かれたようにヤンが顔を上げた。
 
 野盗が捜しているのは間違いなく自分達だ。
 村は豊穣の祭で賑わっている。中央広場では今まさに、この祭りの一番の見処である精霊の舞を、人々の視線を一身に集めながらレナが踊っている。
 村中の人間が集うその場所へ、彼等は必ず向かうはずだ。

 「レナ!」

 猟銃を背負い直し、ヤンは中央広場へと駆け出した。その後をゼノが追う。
 村に侵入した野盗の人数も、彼等の位置もなにもわからないこの状況で、不用意に表通りを走り抜けることは躊躇われた。しかし、ゼノは先を行くヤンを放っておくわけにもいかなかった。

 幸いにも野盗に出会すことなく緩やかな坂道を駆け上がり、ふたりが広場を視界に捉えたそのとき、口笛や拍手喝采とともに、広場から賑やかな歓声があがった。
 精霊の舞が無事に終わったことを知り、ヤンが息を吐いて路上にしゃがみ込む。だが、ゼノは立ち止まらなかった。そのまま速度を落とすことなく、ゼノはヤンの横を駆け抜けた。

 次の瞬間、嫌な予感は的中した。
 耳を劈くおびただしい悲鳴が、夜の村に響き渡った。


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