28 / 90
第一章 旅の途中
腐った林檎②
テオとジルドが所属するレジオルド憲兵隊第十七隊は、任務に就く際、王都を出てすぐの街道沿いに集合がかかる。
ふたりが王都を出た頃には、隊員は既に街道沿いに整列し、隊長の指示を待っていた。
「眠そうだな、テオ」
薄らぎ始めた闇の中で、隊列の先頭で馬に跨っていた男が笑みを含んだ声で言った。
「すみません、まだ慣れなくて……」
言葉にしてしまった後で、テオは慌てて口を噤んだ。
これから任務に着くという状況で、眠気を隠すこともできずに指摘され、そのうえ言い訳をするなんて。失態以外の何物でもなかった。
しかも、今テオが言い訳を述べたその相手は、テオが所属する第十七隊の指揮を取るオルランド隊長その人だった。
レジオルド憲兵隊第十七隊隊長オルランド=ベルニ。
小豆色の髪に褐色の瞳と、見た目の華やかさはないものの、生真面目で実直な性格が精悍な顔つきに現れており、不器用な性格から王都の貴婦人のあいだでは近寄り難い人物だと噂されている。
レジオルディネ有数の由緒ある貴族の嫡子でありながら、自らの意思で腐った林檎に所属したことで、憲兵隊内部でも奇人と名高い人物だ。
しかしながら、昼夜問わず国内領土を駆け巡り、治安維持に務めるその姿は、まさに憲兵隊の鑑であり、テオのような若い隊員の憧れでもあった。
尊敬する隊長の前での大失態に、テオはがくりと肩を落とし、ジルドと共に隊列の最後尾に着いた。
隊員が揃ったことを確認すると、オルランドは今回の任務について掻い摘んだ説明をはじめた。出動要請の本文を、良く通る低い声が読み上げる。
『最東の村エストフィーネより。
村の近辺で野盗が不穏な動きを見せている。至急、応援を頼みたい』
***
夜明け前の薄闇が広がる空の下、レジオルド憲兵隊第十七隊は、石畳で舗装された街道を隊列を組んで移動していた。
任務明けの数時間休息を取っただけでは、人も馬も万全の状態ではいられない。エストフィーネの村までは、平常時に馬を飛ばしてでも半日以上かかる。野盗が村に目を付けているという話が事実であり、既に偵察が行われているのであれば、村が襲撃を受けるより先に憲兵隊が辿り着く可能性は、もはや絶望的だ。
先頭で隊を率いるオルランドも、それは重々承知の上だった。けれど、要請が半日以上放置されていた以上、一刻も早く応えるのが憲兵隊の使命であると彼は考えていた。
野盗が動き出すのが夕刻から深夜にかけての時間だと考えれば、夕刻前に村に到着するためにも、今、この時間に移動しておかなければならない。
(隊員と馬の負担を最小限に抑えるためにも、並足で歩を進めておきたいところだな)
オルランドが街道の先の薄闇に小さな灯りを発見したのは、そんなことを考えていた矢先のことだった。
その灯りは、ちらちらと闇の中で見え隠れしていた。動き方から推測するに、灯りの主はおそらく人間だろう。だが、いくら街道とはいえ、こんな夜更けにまともな人間が一人歩きをしているとは考えられない。
「不審者だ。総員、止まれ」
オルランドが合図を送り、馬を止める。それに続いて全隊員が馬を止めた。
本来なら、ここで腹心か腕の良い部下に偵察を頼むところだが、オルランドはそうしなかった。有事の際は自らが動いて現状を把握し、指揮を取る。それが彼の信条だった。
隊員にその場に留まるよう指示を出し、副隊長のアルバーノに馬を任せると、オルランドは街道を取り囲む草むらへと踏み入った。背の高い草むらが街道沿いにひしめくこの土地は、姿を隠して目標に接近するには最適とも言える。
夜明け前で空が白み始めているとはいえ、王都を発った時点ではまだ深夜だったこともあり、オルランドの部隊はそれぞれが灯りを提げて移動していた。
灯りが多ければ、相手に存在を気取られる可能性も高くなる。あの朧げな灯りにオルランドが気がついたのだから、こちらの存在は確実に相手に知れているだろう。
夜明け前の冷たい風が吹き、草むらが海のように波を打つ。相手に存在を気取られぬよう気配を殺し、ざわめく草の海を掻き分けて、オルランドは距離を詰めた。
憲兵隊が動きを止めたことに気がついたのか、灯りの主は立ち止まり、街道の先に群れる影の様子を窺っているようだった。
生い茂る草むらに身を隠し、オルランドが街道を覗き見る。亜麻色のマントを羽織った灯りの主は、フードを目深に被っているため、その人物像が窺い知れなかった。
音を立てぬよう息を殺し、剣の柄を握り締める。
周囲を警戒した灯りの主が、街道の向こう側へ注意を向けたその隙に、オルランドは草の海から飛び出した。相手の背後に回り込み、振り返りかけたその喉元に剣の切っ先を突きつける。
「突然ですまないが正直に答えて貰いたい。きみは何者――」
オルランドの言葉は、突然の熱風に遮られた。
灯りの主の指先から紅蓮の炎がほとばしる。扇状に火の粉が降り注ぎ、周囲の草むらに引火した。
炎に囲まれ、オルランドが怯んだその隙に、灯りの主は身を翻し、オルランドと対峙した。熱風にフードが煽られ、その素顔が暴かれる。
朱紅い、鮮血のように朱紅い長い髪が風に揺れる。
まるで翡翠のような瞳を持つ、それは美しい女の姿をしていた。
ふたりが王都を出た頃には、隊員は既に街道沿いに整列し、隊長の指示を待っていた。
「眠そうだな、テオ」
薄らぎ始めた闇の中で、隊列の先頭で馬に跨っていた男が笑みを含んだ声で言った。
「すみません、まだ慣れなくて……」
言葉にしてしまった後で、テオは慌てて口を噤んだ。
これから任務に着くという状況で、眠気を隠すこともできずに指摘され、そのうえ言い訳をするなんて。失態以外の何物でもなかった。
しかも、今テオが言い訳を述べたその相手は、テオが所属する第十七隊の指揮を取るオルランド隊長その人だった。
レジオルド憲兵隊第十七隊隊長オルランド=ベルニ。
小豆色の髪に褐色の瞳と、見た目の華やかさはないものの、生真面目で実直な性格が精悍な顔つきに現れており、不器用な性格から王都の貴婦人のあいだでは近寄り難い人物だと噂されている。
レジオルディネ有数の由緒ある貴族の嫡子でありながら、自らの意思で腐った林檎に所属したことで、憲兵隊内部でも奇人と名高い人物だ。
しかしながら、昼夜問わず国内領土を駆け巡り、治安維持に務めるその姿は、まさに憲兵隊の鑑であり、テオのような若い隊員の憧れでもあった。
尊敬する隊長の前での大失態に、テオはがくりと肩を落とし、ジルドと共に隊列の最後尾に着いた。
隊員が揃ったことを確認すると、オルランドは今回の任務について掻い摘んだ説明をはじめた。出動要請の本文を、良く通る低い声が読み上げる。
『最東の村エストフィーネより。
村の近辺で野盗が不穏な動きを見せている。至急、応援を頼みたい』
***
夜明け前の薄闇が広がる空の下、レジオルド憲兵隊第十七隊は、石畳で舗装された街道を隊列を組んで移動していた。
任務明けの数時間休息を取っただけでは、人も馬も万全の状態ではいられない。エストフィーネの村までは、平常時に馬を飛ばしてでも半日以上かかる。野盗が村に目を付けているという話が事実であり、既に偵察が行われているのであれば、村が襲撃を受けるより先に憲兵隊が辿り着く可能性は、もはや絶望的だ。
先頭で隊を率いるオルランドも、それは重々承知の上だった。けれど、要請が半日以上放置されていた以上、一刻も早く応えるのが憲兵隊の使命であると彼は考えていた。
野盗が動き出すのが夕刻から深夜にかけての時間だと考えれば、夕刻前に村に到着するためにも、今、この時間に移動しておかなければならない。
(隊員と馬の負担を最小限に抑えるためにも、並足で歩を進めておきたいところだな)
オルランドが街道の先の薄闇に小さな灯りを発見したのは、そんなことを考えていた矢先のことだった。
その灯りは、ちらちらと闇の中で見え隠れしていた。動き方から推測するに、灯りの主はおそらく人間だろう。だが、いくら街道とはいえ、こんな夜更けにまともな人間が一人歩きをしているとは考えられない。
「不審者だ。総員、止まれ」
オルランドが合図を送り、馬を止める。それに続いて全隊員が馬を止めた。
本来なら、ここで腹心か腕の良い部下に偵察を頼むところだが、オルランドはそうしなかった。有事の際は自らが動いて現状を把握し、指揮を取る。それが彼の信条だった。
隊員にその場に留まるよう指示を出し、副隊長のアルバーノに馬を任せると、オルランドは街道を取り囲む草むらへと踏み入った。背の高い草むらが街道沿いにひしめくこの土地は、姿を隠して目標に接近するには最適とも言える。
夜明け前で空が白み始めているとはいえ、王都を発った時点ではまだ深夜だったこともあり、オルランドの部隊はそれぞれが灯りを提げて移動していた。
灯りが多ければ、相手に存在を気取られる可能性も高くなる。あの朧げな灯りにオルランドが気がついたのだから、こちらの存在は確実に相手に知れているだろう。
夜明け前の冷たい風が吹き、草むらが海のように波を打つ。相手に存在を気取られぬよう気配を殺し、ざわめく草の海を掻き分けて、オルランドは距離を詰めた。
憲兵隊が動きを止めたことに気がついたのか、灯りの主は立ち止まり、街道の先に群れる影の様子を窺っているようだった。
生い茂る草むらに身を隠し、オルランドが街道を覗き見る。亜麻色のマントを羽織った灯りの主は、フードを目深に被っているため、その人物像が窺い知れなかった。
音を立てぬよう息を殺し、剣の柄を握り締める。
周囲を警戒した灯りの主が、街道の向こう側へ注意を向けたその隙に、オルランドは草の海から飛び出した。相手の背後に回り込み、振り返りかけたその喉元に剣の切っ先を突きつける。
「突然ですまないが正直に答えて貰いたい。きみは何者――」
オルランドの言葉は、突然の熱風に遮られた。
灯りの主の指先から紅蓮の炎がほとばしる。扇状に火の粉が降り注ぎ、周囲の草むらに引火した。
炎に囲まれ、オルランドが怯んだその隙に、灯りの主は身を翻し、オルランドと対峙した。熱風にフードが煽られ、その素顔が暴かれる。
朱紅い、鮮血のように朱紅い長い髪が風に揺れる。
まるで翡翠のような瞳を持つ、それは美しい女の姿をしていた。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
亡き姉の身代わりとして嫁いだ私ですが、離縁状を置いた翌朝、夫が私の「真実」に気づいたようです』
まさき
恋愛
「サインはもう、いただきました。あとは私がこの屋敷を出るだけです」
五年間の結婚生活。侯爵令嬢エルゼが演じ続けたのは、亡き姉・ロザリーの「身代わり」という配役だった。
夫であるカイル公爵が愛していたのは、かつて雪の中で自分を救ってくれた初恋の少女・ロザリー。
生き写しの妹であるエルゼを娶りながらも、彼は一度も彼女を「エルゼ」と呼ぶことはなかった。
冷淡な視線、姉と比較される日々。
「君はどこまでいっても、ロザリーの代わりにはなれない」
その言葉を最後に、エルゼは静かに離縁状を置き、屋敷を去る決意をする。
しかし、彼女が消えた翌朝。
カイルは、エルゼが大切に遺していった古い小箱を見つける。
そこにあったのは、十五年前のあの日、彼が「命の恩人」に預けたはずの片方のカフスボタン。
そして、幼いエルゼが綴った、あまりにも切ない真実の日記だった。
――「あの日、雪の中で貴方を抱きしめていたのは、お姉様ではなく、私だったのです」
真実を知り、絶望の中でエルゼを追うカイル。
だが、すべてを捨てて「自分」を取り戻したエルゼは、もう二度と、彼の隣で微笑む仮面の妻には戻らない。
これは、名前を奪われた女が自由を掴み、愚かな夫が真実の愛を失うまでの、静かで鮮やかな再生の物語。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中