29 / 90
第一章 旅の途中
紅蓮の魔女①
『この世界には人間と姿かたちの異なる異種族が存在する。彼らの多くは特殊な能力を持ち、人間とは異なる文明の元で暮らしている』
幼少期に街の教会で異種族について教えられた。
ある種族は人間と関わることを嫌い、またある種族は大昔から人間と共存してきた。
しかし、長い時を経てその数は激減し、今では純血の異種族と出会う機会は殆どない。
世界律に捉われず異種族間の婚姻を認めてきたレジオルディネでも、異種族を先祖に持つ者が少数暮らしているのみで、外見的特徴はさておき、異種族たる能力を身に宿す者はごく僅かな存在でしかない。ましてや、このような炎を無から生み出す人間の存在など、オルランドの知る常識から考えれば、到底あり得ないことだった。
これほどの強力なちからを身に宿す者がいるならば、その者は紛れもなく――
(純血の異種族……!)
燃え盛る炎は火の粉を散らし、瞬く間にオルランドを取り囲んだ。遠方に残してきた部下のどよめきが微かに聞こえたが、その声もすぐに炎の勢いに掻き消された。
胸の高さまで燃え上がる炎の壁。それを隔てた向こう側で、朱紅い髪の女がオルランドを睨みつけている。けれど不思議なことに、翡翠に似たその瞳からは憎悪や怒りと言った感情が感じられなかった。
どちらかと言うならば、これは威嚇だ。野生の動物が天敵を警戒する行動に似ている。
とはいえ、この状態が長く続けばオルランド自身もただでは済まない。いずれ酸素が欠乏し、炎がその身を焦がすだろう。
こちらの意思を伝えることさえできれば、和解も有り得る。
そう考えたオルランドは、手にしていた剣を鞘に納め、女のほうへ投げやった。手慣れた手付きで剣を受け取め、女が眉を顰める。
「すまなかった。東方で悪名高い野盗の一味が先のきみのようにフードを目深に被り、顔を隠しているという情報が寄せられていたもので、勘違いしてしまった。この火を消してもらえないか」
持ち前のよく通る声を張り上げ、冷静に交渉を試みるものの、女は眉間に皺を寄せてオルランドを睨みつけたまま微動だにしない。
オルランドを取り囲む炎はじりじりと衣服を熱し、今にも火が燃え移りかねない。額に滲む汗が熱さだけのせいでないことは、彼自身が一番良く理解していた。
(野盗か不審者のほうが、まだマシだったかもしれないな……)
息苦しさと熱さで眩暈がする。遠退いていく意識の底で、オルランドは自身の迂闊な行動を省みた。自虐的な笑みが、その顔に浮かぶ。
いずれこの炎は水と酸素を奪い尽くし、オルランドの全てを焦がすだろう。
まさかこのような最期を迎えることになろうとは、想像だにしていなかった。
朦朧とする意識に呑まれていくように、オルランドは膝から崩れ落ち、地べたへと倒れ伏した。
そのとき、オルランドの周囲を覆っていた炎が風に巻かれて掻き消えた。まるでその役目を終えたかのように、跡形も無く。
オルランドの朧げな視界に、彼を見おろす朱紅い髪の女が映っていた。
一歩、また一歩と歩み寄ると、彼女はオルランドの傍に膝をつき、その顔を覗き込んだ。
「******」
彼女が口にした言葉はレジオルディネのものではなかった。それは、異国の言葉を数多く知るオルランドですら聞いたことのない言葉。
(そうか、異種族……)
純血の異種族と初めて遭遇したことで、相当気が動転していたことに、オルランドは今更気が付いた。おそらく彼女は始めから、オルランドの言葉を理解できていなかったのだろう。
苦々しく口の端を吊り上げて、オルランドは瞼を閉じた。二、三度深呼吸を繰り返し、ゆっくりと身を起こす。
「******?」
女がオルランドに問いかける。その口調は柔らかく、オルランドの身を案じているようでもあった。
「レジオルド憲兵隊、第十七隊隊長……オルランド=ベルニだ。エストフィーネ村の出動要請を受け、現地に向っている。……先の非礼、申し訳なかった」
咳き込んだあと、オルランドはなんとか謝罪の言葉を口にした。けれど喉が焼けたのか、その声は酷く掠れてしまっていた。
女は小首を傾げると、オルランドの瞳をじっと覗き込み、その手を取った。
(言葉が通じないというのは不便で適わないな)
突如として脳の奥に響いた聞き慣れない声に、オルランドの心臓が跳ね上がる。
女が頭を垂れると、その不思議な声は謝罪の言葉を発した。
(すまない、少しやりすぎた。反省しているよ)
顔を上げ、女がふたたびオルランドの瞳を覗き込む。だが、オルランドには女の謝罪の言葉など聞こえていなかった。
生まれて初めて遭遇した純血の異種族の能力を前に、オルランドは只々呆然としていた。そして一言、やっとの思いで口にした。
「驚いた。言葉を使わなくても、直接意思を伝えることができるのか?」
精神感応能力――言葉を使わずに意思疎通を図ることができる、特殊なちから。
稀に人間でもその能力を有する者がいるが、先の炎のような『魔法』と同じく滅多にお目に掛かれるものではない。
驚きを隠すことなく童心に返り、無邪気に笑うオルランドに、朱紅い髪の女は困ったように微笑んだ。
幼少期に街の教会で異種族について教えられた。
ある種族は人間と関わることを嫌い、またある種族は大昔から人間と共存してきた。
しかし、長い時を経てその数は激減し、今では純血の異種族と出会う機会は殆どない。
世界律に捉われず異種族間の婚姻を認めてきたレジオルディネでも、異種族を先祖に持つ者が少数暮らしているのみで、外見的特徴はさておき、異種族たる能力を身に宿す者はごく僅かな存在でしかない。ましてや、このような炎を無から生み出す人間の存在など、オルランドの知る常識から考えれば、到底あり得ないことだった。
これほどの強力なちからを身に宿す者がいるならば、その者は紛れもなく――
(純血の異種族……!)
燃え盛る炎は火の粉を散らし、瞬く間にオルランドを取り囲んだ。遠方に残してきた部下のどよめきが微かに聞こえたが、その声もすぐに炎の勢いに掻き消された。
胸の高さまで燃え上がる炎の壁。それを隔てた向こう側で、朱紅い髪の女がオルランドを睨みつけている。けれど不思議なことに、翡翠に似たその瞳からは憎悪や怒りと言った感情が感じられなかった。
どちらかと言うならば、これは威嚇だ。野生の動物が天敵を警戒する行動に似ている。
とはいえ、この状態が長く続けばオルランド自身もただでは済まない。いずれ酸素が欠乏し、炎がその身を焦がすだろう。
こちらの意思を伝えることさえできれば、和解も有り得る。
そう考えたオルランドは、手にしていた剣を鞘に納め、女のほうへ投げやった。手慣れた手付きで剣を受け取め、女が眉を顰める。
「すまなかった。東方で悪名高い野盗の一味が先のきみのようにフードを目深に被り、顔を隠しているという情報が寄せられていたもので、勘違いしてしまった。この火を消してもらえないか」
持ち前のよく通る声を張り上げ、冷静に交渉を試みるものの、女は眉間に皺を寄せてオルランドを睨みつけたまま微動だにしない。
オルランドを取り囲む炎はじりじりと衣服を熱し、今にも火が燃え移りかねない。額に滲む汗が熱さだけのせいでないことは、彼自身が一番良く理解していた。
(野盗か不審者のほうが、まだマシだったかもしれないな……)
息苦しさと熱さで眩暈がする。遠退いていく意識の底で、オルランドは自身の迂闊な行動を省みた。自虐的な笑みが、その顔に浮かぶ。
いずれこの炎は水と酸素を奪い尽くし、オルランドの全てを焦がすだろう。
まさかこのような最期を迎えることになろうとは、想像だにしていなかった。
朦朧とする意識に呑まれていくように、オルランドは膝から崩れ落ち、地べたへと倒れ伏した。
そのとき、オルランドの周囲を覆っていた炎が風に巻かれて掻き消えた。まるでその役目を終えたかのように、跡形も無く。
オルランドの朧げな視界に、彼を見おろす朱紅い髪の女が映っていた。
一歩、また一歩と歩み寄ると、彼女はオルランドの傍に膝をつき、その顔を覗き込んだ。
「******」
彼女が口にした言葉はレジオルディネのものではなかった。それは、異国の言葉を数多く知るオルランドですら聞いたことのない言葉。
(そうか、異種族……)
純血の異種族と初めて遭遇したことで、相当気が動転していたことに、オルランドは今更気が付いた。おそらく彼女は始めから、オルランドの言葉を理解できていなかったのだろう。
苦々しく口の端を吊り上げて、オルランドは瞼を閉じた。二、三度深呼吸を繰り返し、ゆっくりと身を起こす。
「******?」
女がオルランドに問いかける。その口調は柔らかく、オルランドの身を案じているようでもあった。
「レジオルド憲兵隊、第十七隊隊長……オルランド=ベルニだ。エストフィーネ村の出動要請を受け、現地に向っている。……先の非礼、申し訳なかった」
咳き込んだあと、オルランドはなんとか謝罪の言葉を口にした。けれど喉が焼けたのか、その声は酷く掠れてしまっていた。
女は小首を傾げると、オルランドの瞳をじっと覗き込み、その手を取った。
(言葉が通じないというのは不便で適わないな)
突如として脳の奥に響いた聞き慣れない声に、オルランドの心臓が跳ね上がる。
女が頭を垂れると、その不思議な声は謝罪の言葉を発した。
(すまない、少しやりすぎた。反省しているよ)
顔を上げ、女がふたたびオルランドの瞳を覗き込む。だが、オルランドには女の謝罪の言葉など聞こえていなかった。
生まれて初めて遭遇した純血の異種族の能力を前に、オルランドは只々呆然としていた。そして一言、やっとの思いで口にした。
「驚いた。言葉を使わなくても、直接意思を伝えることができるのか?」
精神感応能力――言葉を使わずに意思疎通を図ることができる、特殊なちから。
稀に人間でもその能力を有する者がいるが、先の炎のような『魔法』と同じく滅多にお目に掛かれるものではない。
驚きを隠すことなく童心に返り、無邪気に笑うオルランドに、朱紅い髪の女は困ったように微笑んだ。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
亡き姉の身代わりとして嫁いだ私ですが、離縁状を置いた翌朝、夫が私の「真実」に気づいたようです』
まさき
恋愛
「サインはもう、いただきました。あとは私がこの屋敷を出るだけです」
五年間の結婚生活。侯爵令嬢エルゼが演じ続けたのは、亡き姉・ロザリーの「身代わり」という配役だった。
夫であるカイル公爵が愛していたのは、かつて雪の中で自分を救ってくれた初恋の少女・ロザリー。
生き写しの妹であるエルゼを娶りながらも、彼は一度も彼女を「エルゼ」と呼ぶことはなかった。
冷淡な視線、姉と比較される日々。
「君はどこまでいっても、ロザリーの代わりにはなれない」
その言葉を最後に、エルゼは静かに離縁状を置き、屋敷を去る決意をする。
しかし、彼女が消えた翌朝。
カイルは、エルゼが大切に遺していった古い小箱を見つける。
そこにあったのは、十五年前のあの日、彼が「命の恩人」に預けたはずの片方のカフスボタン。
そして、幼いエルゼが綴った、あまりにも切ない真実の日記だった。
――「あの日、雪の中で貴方を抱きしめていたのは、お姉様ではなく、私だったのです」
真実を知り、絶望の中でエルゼを追うカイル。
だが、すべてを捨てて「自分」を取り戻したエルゼは、もう二度と、彼の隣で微笑む仮面の妻には戻らない。
これは、名前を奪われた女が自由を掴み、愚かな夫が真実の愛を失うまでの、静かで鮮やかな再生の物語。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…