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第一章 旅の途中
紅蓮の魔女②
「驚きました。あの真面目な隊長が……」
馬の背に揺られながら、テオがぽつりと呟いた。隣に馬を並べるジルドは相変わらずの澄まし顔で、テオの話を聞いているのかいないのかわからない。だが、そんなことにはお構いなしに、テオは更に話し続けた。
街道でオルランドに待機命令を下されて、テオは他の隊員と共に、緊張のなか、遠方の灯りの様子を窺っていた。
しばらくして事態は急変し、オルランドが目指していた場所が、突如、炎に呑み込まれた。
街道に待機していた隊員は、誰ひとりとして何が起きたのか理解ができていなかった。皆が口々に悲痛な声を上げた。
オルランドの身を案じる者、すぐにでも救出に向かうべきだと叫喚する者、成す術なく茫然とする者。
あのままオルランドを失えば、統率が取れず、十七隊は王都に帰還することになっただろう。けれど不思議なことに、炎は意外にもあっさりと、風に飛ばされたかのように消え失せた。
いつの間にか辺りの薄闇は晴れ、灯りなしでも遠くのオルランドが視認できるようになっていた。
そのような状況下で隊員たちの目に映ったのは、朱紅い髪の女の手を取り、少年のように無邪気に笑うオルランドの姿だった。
「炎の原因はあのひとですよね。拘束もせずにふたりきりだなんて、大丈夫ですかね」
「人間か異種族かは不明だが、魔力を持った魔女だ。専門の奴らがいないこの状況で、下手に拘束して暴れられでもしたら、それこそ厄介だろう」
「魔女、ですか……」
――『魔女』。
大昔に存在した、先天的に魔力を持つ人間の多くが女性であったことを理由に、この国では性別を問わず、生まれながらにして魔力を持つ人間を『魔女』と呼んでいる。
当然、王都には魔女に関する研究機関があり、少人数ではあるけれど、王国軍には魔力を封じる技を身につけた『対魔士』と呼ばれる者達がいた。
彼等であれば、危険な魔法を操る魔女を拘束することも可能だろう。だが、この部隊にはそのような人材も、それに代わる道具もない。
会話が途絶え、ふたりは前方を走る荷馬車へと視線を向けた。
オルランドは今、幌に覆われた車両の中だ。ふたりの居る場所からは中の様子が窺えない。
あのあと隊列に戻ったオルランドは、予定通り東へ向かうよう副隊長のアルバーノに命じると、自分は例の女を連れて荷馬車の中に引き籠ってしまった。
瞬時に周囲を炎で覆ってしまうような強力な魔力を持つ女だ。その能力がある以上、彼女が人間だろうとなかろうと、王都に連れ帰り、軍法会議にかける必要がある。
「とんだ拾い物をしたな」
溜め息混じりに呟くジルドに、同意するようにテオも大きく頷いた。
***
ガタガタと荷馬車が揺れる。街道に敷かれた石畳みは長い年月を経て老朽化が進み、所々舗装が剥がれていた。
(近いうちに補修工事が必要だな……)
ぼんやりとそう考えて、オルランドは向かいに座る相手に目を向けた。
幌で切り取られた狭い景色を馬の頭越しに眺めていた彼女は、オルランドの視線に気がつくと、小首を傾げて微笑んだ。
マリア――それが彼女の名前だ。精神感応能力を使い、彼女はオルランドにそう名乗った。
彼女の精神感応能力は言葉を伝えるものであり、思考の一部を相手に直接伝えるだけで、本質は人間の言葉と変わらない。
伝えたい相手に触れ、視線を交わすことで、声に出さずとも直接言葉を伝えることができる能力らしい。
互いの言葉は通じなくとも、手を触れ、眼を合わせていれば意思の疎通を図ることができるのだから、便利な能力もあるものだ、とオルランドは感心していた。
勿論、彼女の言葉が全て真実とは限らないけれど。
あれから彼女と共に過ごした時間は僅かだったけれど、彼女についてはひとつだけ、はっきりしていることがあった。
マリアは無知だ。
『頭が悪い』という意味ではない。彼女に足りない知識の数々が、彼女が育った限られた世界では必要のないものだった。ただそれだけのことだ。
聞けば、彼女が故郷の村を出たのは今回が生まれて初めてのことだという。それ故に外の世界の恐ろしさも知らず、己の身を危険に晒す情報も、問われれば全て馬鹿正直に答えてしまう。
場所が違えば、異種族というだけで始末される恐れがあることすら、彼女は知らなかったのだ。
魔力を持つ人間か、それとも異種族か。どちらにせよ、本来ならば王都に戻り、専門の研究機関に引き渡すのが筋のはずだった。けれど――
(本当に、彼はそこに居るのかな)
オルランドの指先に触れて、マリアが顔を覗き込む。翡翠の瞳を真っ直ぐみつめて、オルランドは力強く頷いた。
マリアはある人物を捜していた。夜の闇を思わせる黒い髪と紅玉のような赤い瞳が印象的な、青年と言うには少し幼い印象の男性だという。
その特徴が、昨夜の出動要請に添付されていた、事件に関与していると思われる人物像に酷似していた。資料には黒い髪と赤い瞳の青年としか書かれていなかったが、そもそもこの国では黒い髪が珍しい。加えて赤い瞳、これもまた例が少ないのだ。
「おそらくな」
呟いて、オルランドが馬車の進む先へ目を向けると、マリアは翡翠の瞳を輝かせて、大きく頷いた。再び馬の頭の向こうに視線を戻し、期待に満ちた眼差しで街道の先をみつめる。
彼女の横顔をちらりと一瞥し、オルランドは考えた。
マリア――無知で純真な、紅蓮の炎を操る魔女。
彼女の『言葉』には、他人の心を懐柔する不思議なちからがある。
そのちからは魔法でも特殊な能力でもない。彼女の持つ純粋さゆえの、ひとの心を動かすちからだ。
彼女を魔女とするならば、そのちからこそ、最も魔女らしく人を惑わす魔性のものだ。
しかし、決してそれは邪悪なちからではない。少なくともこれまでの経緯から、オルランドはそう感じていた。
「俺は、魔女の術中に嵌ってしまったのかもしれないな……」
誰にともなく呟いて、オルランドは自虐的に含み笑うった。
幌に切り取られた視界の先に、白い外壁に囲われた街が見える。
朝陽に照らされた夜明けの街道を、憲兵隊は進み続けた。
馬の背に揺られながら、テオがぽつりと呟いた。隣に馬を並べるジルドは相変わらずの澄まし顔で、テオの話を聞いているのかいないのかわからない。だが、そんなことにはお構いなしに、テオは更に話し続けた。
街道でオルランドに待機命令を下されて、テオは他の隊員と共に、緊張のなか、遠方の灯りの様子を窺っていた。
しばらくして事態は急変し、オルランドが目指していた場所が、突如、炎に呑み込まれた。
街道に待機していた隊員は、誰ひとりとして何が起きたのか理解ができていなかった。皆が口々に悲痛な声を上げた。
オルランドの身を案じる者、すぐにでも救出に向かうべきだと叫喚する者、成す術なく茫然とする者。
あのままオルランドを失えば、統率が取れず、十七隊は王都に帰還することになっただろう。けれど不思議なことに、炎は意外にもあっさりと、風に飛ばされたかのように消え失せた。
いつの間にか辺りの薄闇は晴れ、灯りなしでも遠くのオルランドが視認できるようになっていた。
そのような状況下で隊員たちの目に映ったのは、朱紅い髪の女の手を取り、少年のように無邪気に笑うオルランドの姿だった。
「炎の原因はあのひとですよね。拘束もせずにふたりきりだなんて、大丈夫ですかね」
「人間か異種族かは不明だが、魔力を持った魔女だ。専門の奴らがいないこの状況で、下手に拘束して暴れられでもしたら、それこそ厄介だろう」
「魔女、ですか……」
――『魔女』。
大昔に存在した、先天的に魔力を持つ人間の多くが女性であったことを理由に、この国では性別を問わず、生まれながらにして魔力を持つ人間を『魔女』と呼んでいる。
当然、王都には魔女に関する研究機関があり、少人数ではあるけれど、王国軍には魔力を封じる技を身につけた『対魔士』と呼ばれる者達がいた。
彼等であれば、危険な魔法を操る魔女を拘束することも可能だろう。だが、この部隊にはそのような人材も、それに代わる道具もない。
会話が途絶え、ふたりは前方を走る荷馬車へと視線を向けた。
オルランドは今、幌に覆われた車両の中だ。ふたりの居る場所からは中の様子が窺えない。
あのあと隊列に戻ったオルランドは、予定通り東へ向かうよう副隊長のアルバーノに命じると、自分は例の女を連れて荷馬車の中に引き籠ってしまった。
瞬時に周囲を炎で覆ってしまうような強力な魔力を持つ女だ。その能力がある以上、彼女が人間だろうとなかろうと、王都に連れ帰り、軍法会議にかける必要がある。
「とんだ拾い物をしたな」
溜め息混じりに呟くジルドに、同意するようにテオも大きく頷いた。
***
ガタガタと荷馬車が揺れる。街道に敷かれた石畳みは長い年月を経て老朽化が進み、所々舗装が剥がれていた。
(近いうちに補修工事が必要だな……)
ぼんやりとそう考えて、オルランドは向かいに座る相手に目を向けた。
幌で切り取られた狭い景色を馬の頭越しに眺めていた彼女は、オルランドの視線に気がつくと、小首を傾げて微笑んだ。
マリア――それが彼女の名前だ。精神感応能力を使い、彼女はオルランドにそう名乗った。
彼女の精神感応能力は言葉を伝えるものであり、思考の一部を相手に直接伝えるだけで、本質は人間の言葉と変わらない。
伝えたい相手に触れ、視線を交わすことで、声に出さずとも直接言葉を伝えることができる能力らしい。
互いの言葉は通じなくとも、手を触れ、眼を合わせていれば意思の疎通を図ることができるのだから、便利な能力もあるものだ、とオルランドは感心していた。
勿論、彼女の言葉が全て真実とは限らないけれど。
あれから彼女と共に過ごした時間は僅かだったけれど、彼女についてはひとつだけ、はっきりしていることがあった。
マリアは無知だ。
『頭が悪い』という意味ではない。彼女に足りない知識の数々が、彼女が育った限られた世界では必要のないものだった。ただそれだけのことだ。
聞けば、彼女が故郷の村を出たのは今回が生まれて初めてのことだという。それ故に外の世界の恐ろしさも知らず、己の身を危険に晒す情報も、問われれば全て馬鹿正直に答えてしまう。
場所が違えば、異種族というだけで始末される恐れがあることすら、彼女は知らなかったのだ。
魔力を持つ人間か、それとも異種族か。どちらにせよ、本来ならば王都に戻り、専門の研究機関に引き渡すのが筋のはずだった。けれど――
(本当に、彼はそこに居るのかな)
オルランドの指先に触れて、マリアが顔を覗き込む。翡翠の瞳を真っ直ぐみつめて、オルランドは力強く頷いた。
マリアはある人物を捜していた。夜の闇を思わせる黒い髪と紅玉のような赤い瞳が印象的な、青年と言うには少し幼い印象の男性だという。
その特徴が、昨夜の出動要請に添付されていた、事件に関与していると思われる人物像に酷似していた。資料には黒い髪と赤い瞳の青年としか書かれていなかったが、そもそもこの国では黒い髪が珍しい。加えて赤い瞳、これもまた例が少ないのだ。
「おそらくな」
呟いて、オルランドが馬車の進む先へ目を向けると、マリアは翡翠の瞳を輝かせて、大きく頷いた。再び馬の頭の向こうに視線を戻し、期待に満ちた眼差しで街道の先をみつめる。
彼女の横顔をちらりと一瞥し、オルランドは考えた。
マリア――無知で純真な、紅蓮の炎を操る魔女。
彼女の『言葉』には、他人の心を懐柔する不思議なちからがある。
そのちからは魔法でも特殊な能力でもない。彼女の持つ純粋さゆえの、ひとの心を動かすちからだ。
彼女を魔女とするならば、そのちからこそ、最も魔女らしく人を惑わす魔性のものだ。
しかし、決してそれは邪悪なちからではない。少なくともこれまでの経緯から、オルランドはそう感じていた。
「俺は、魔女の術中に嵌ってしまったのかもしれないな……」
誰にともなく呟いて、オルランドは自虐的に含み笑うった。
幌に切り取られた視界の先に、白い外壁に囲われた街が見える。
朝陽に照らされた夜明けの街道を、憲兵隊は進み続けた。
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