滅びゆく竜の物語

柴咲もも

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第一章 旅の途中

逃亡者③

 何かに引き寄せられるように街道へと馬を走らせたオルランドは、しばらくすると人を乗せた二頭の馬を連れて木陰に戻ってきた。手前の馬には壮年の男性が一人、奥の馬には年若い男女二人が乗っている。
 薄汚れた衣類を身に纏った三人は憔悴しきっているようで、目元に落ちる隈からは疲労が色濃く感じられた。
 年若いふたりを乗せた馬の手綱を引いて、オルランドはテオの元へとやってきた。

「彼と話がある。ふたりを頼めるか?」

 壮年の男性を目線で指して、テオに手綱を握らせる。周囲を見渡し、離れて見守っていたマリアに歩み寄ると、オルランドはその手を握り、頭を下げた。

「我々の部隊には女性がいない。すまないが、彼女のことを頼めないだろうか」
(わたしでちからになれるなら)

 馬の背に目を向けて少年と少女の姿を確認し、マリアはふわりと微笑んだ。
 壮年の男性の元に戻るオルランドを見送って、テオとマリアはふたりを荷馬車の傍へと案内した。
 
「俺はテオ、彼女はマリアだ。隊長とおじさんの話が終わるまで、ここで休むといいよ」

 そう言って、テオは軽々と荷馬車に飛び乗る。幌の中に姿を消し、ふたたび姿を見せたテオは、抱えていた水と食料を少年と少女に分け与えた。
 長い間、何も口にしていなかったのだろう。ふたりは目の色を変え、時折噎せ返りながら水と食糧を胃袋に流し込んだ。
 落ち着きを取り戻したふたりは、テオとマリアに向き直って礼を言った。ふたりとも年の頃は十七、八くらいだろう。少年は田舎の村でよく見かける地味な服を着ていた。それに対し、少女のほうは壮年の男性や少年とは違う、不思議な服装をしていた。
 両の手脚の金属飾りと少し露出の多いその衣装は、マリアが故郷の祭りで精霊を祀って踊る際に身に纏うものによく似ていた。おそらく彼らは、祭りか儀式の最中に野盗の襲撃を受けたのだろう。

 長いあいだ馬で駆けてきた疲労のせいか、空腹が満たされ、憲兵隊に保護されたことで気が緩んだのか。しばらくすると、少年と少女は揃ってうとうとと舟を漕ぎだした。
 オルランド達の話がまだ終わりそうにないのを遠目で確認して、マリアは荷馬車から毛布を引っ張り出し、少女の肩に掛けてやった。

「ありがとう……」

 消え入りそうなか細い声で、少女が俯いたまま礼を言う。ほんの少しでも元気付けることができればと、マリアは少女の顔を覗き込み、翡翠の瞳を見開いた。

 少女の胸元で、微かな光を宿す闇色の石。
 マリアが捜し求めていた『彼』の手がかりが、其処にあった。



***


 荷馬車と馬の様子を気にかけながら、オルランドは壮年の男が語る事の経緯に耳を傾けていた。

 男の話と先ほどの少年の言葉から推測するに、三人が先の出動要請に関わっているのは間違いないだろう。野盗は既に、村を襲撃したのだ。
 これから村への救援と野盗の討伐に向かわなければならない以上、オルランドには現状をできるだけ正確に把握しておく必要があった。
 街道で野盗に襲われていた旅人を助けたことから昨夜の襲撃に至るまで、男の話を粗方聞き終えたところで、オルランドは憲兵隊の到着が遅れたことを男に詫びた。村のことも野盗のことも、できる限りの対処をすると約束して。

「この先どうするのかは貴公の判断に任せるが、必要であれば出来得る限りちからになるつもりだ。何か要望はあるだろうか」
「何もありません。私は息子と、……娘と平和に暮らせれば、それ以上のことを望むつもりはありません」

 オルランドの問いに、壮年の男は静かに、それでいて力強くそう答えた。


「隊列を組め。直ぐに発つ」

 エストフィーネ村から落ち延びてきた三人の姿がオロステラの雑踏の中へと消えるのを見届けると、オルランドはすぐさま全隊員に告げた。

 先の男の話が事実であれば、野盗は既に村の襲撃を終え、隠れ家へと戻っていることだろう。
 隠れ家の在り処が森の奥である以上、平時なら簡単に見つけることはできない。だが、あの三人は馬を連れて移動していた。街道から森にかけてその形跡が残っている今ならば、アジトの場所を割り出すことは不可能ではない。
 野盗を討つ。今がその絶好の機会に違いなかった。

 出立の準備を整えて、オルランドは足早に荷馬車へと向かう。幌に覆われた荷台の片隅で、マリアはひとりで膝を抱えていた。
 ほっそりとした肩に触れ、声をかけると、怪訝な眼差しがオルランドに向けられた。

「マリア、きみには荷馬車班と村へ向かってもらいたい」

 オルランドがそう告げると、マリアは小首を傾げ、瞳を瞬かせた。

「エストフィーネを襲った野盗の隠れ家が森の奥にあることがわかった。私は部下を連れてそこに向かわなければならない」

 先の男は、隠れ家がある森の中は、荷馬車が通れないうえに大人数での移動にも適していないと言っていた。そのため、隠れ家には少数精鋭で向かわなければならない。
 村に火を放った連中が戻ってきている可能性も高く、襲撃を受ける危険もある以上、女性であるマリアを同行させるわけにはいかなかった。
 村にも早急に救援が必要なのだ。部隊をふたつに別け、危険の少ない村に向かう部隊にマリアを同行させるべきだ、とオルランドは考えていた。
 だが、マリアはオルランドの意見を是としなかった。

(それならわたしもあなたと行く。大丈夫、森は得意だから)

 意気込みながらそう言って、オルランドがいくら説き伏せようと試みても食い下がるのをやめなかった。

「大丈夫ではない。本当に危険なんだ」
(でも、行きたいんだ)
「何故、そんなにも食い下がるんだ? きみの捜し人がいるとでも言うのか?」
(そうじゃない。でも、彼の手掛かりが……)

 言葉尻を濁して僅かばかり躊躇ったあと、マリアはオルランドに打ち明けた。
 野盗から逃げ延びてきたあの少女が彼女の捜し人と出会っている可能性が高いこと。少女が身につけていた闇色の石が『彼』の物に他ならないことを。

「それならば、尚更きみは村に行くべきだ。あの村は祭りの最中に野盗の襲撃を受けたのだから」

 尚も食い下がるマリアにオルランドは告げた。
 旅人である『彼』が村の祭りを訪れるのは珍しいことではない。先の男の話から、祭りの最中に共に捕らえられた旅人というのは十中八九マリアの捜し人だろうということを。

 情報通りであれば、彼は既に三人と共に野盗から逃げ延びている。
 野盗の隠れ家に手掛かりが残されている可能性があるならば、それと同様に、村にも手掛かりが残っている可能性が高い。

「森を調べたら必ず村に向かう。きみの捜し人の手掛かりになりそうなことがあれば、必ず伝えよう」

 一方的に約束すると、オルランドは少数の部下を連れて、森に向かって馬を走らせた。
 まだ躊躇いを消せずにいるマリアを置いて。



***


 焼け落ちた村の門をくぐり、彼は真っ直ぐに広場へと向かった。
 中央通りにあしらわれた色取り取りの花々は、村を焼いた火の手にかかることもないままに、道を美しく飾り立てていた。

 一本、また一本と花を摘みながら、彼は坂道を登る。
 赤黒く染まった石畳の広場に行き着くと、彼は倒れ伏す無数の影を避けて進み、折り重なったふたつの遺体の前で立ち止まった。
 女性の遺体の頭部を割る重い鉄の塊を、男性の遺体の喉元に光る鋭利な刃物を引き抜いて、ふたりの遺体を隣合わせに並べ、見開かれた瞼を手のひらでそっと伏せる。
 焼け爛れた広場を抜け、村の全域を見渡せる小高い丘へと登ると、彼は無言で村を見下ろし、腕に抱えていた色とりどりの花を空に向けて手放した。

 風に吹かれた花びらは蝶のように舞い踊り、静寂と灰に呑まれて眠る村に静かに降りそそいだ。


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