滅びゆく竜の物語

柴咲もも

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第一章 旅の途中

野盗の森①

 生い茂る草が風に煽られ、海のように波を打つ。
 草と草が擦れ合い、かさかさと音を立てるなか、突如として甲高い笛の音が鳴り響いた。
 散り散りになっていた隊員の意識が一点に集中する。この耳障りな笛の音は憲兵隊に招集を掛ける呼び笛によるものだった。

「隊長、みつけました!」

 駆けつけたオルランドに呼び笛を吹いた部下が敬礼し、背の高い草を掻き分けて手招いた。地面には馬の蹄の痕が点々と続き、草の根元が踏み荒らされている。かなり新しいその痕跡は、オロステラで保護した三人の馬のものに違いなかった。

「よく見つけてくれた。この痕跡を辿れば野盗の隠れ家を突き止めることができるだろう」

 部下に労いの言葉をかけて、呼び笛で他の隊員を招集すると、オルランドは森に続く獣道へと歩を進めた。
 オルランドの後に、ジルドとテオ、そして二班の隊員が続く。森の探索に当たる隊員は十人にも満たない少数編成ではあったが、いずれも第十七隊の中では精鋭中の精鋭だった。

 森の中は薄暗く、紅く色付いた樹々の木の葉の隙間から糸のような陽の光が降り注いでいた。昼間だと言うのに辺りは静まり返り、道を覆う落葉を踏みしめる乾いた音が耳に届く。小道の両脇には、長身のオルランドの肩まで伸びた茂みが並び、大岩や樹々が遮蔽物となって視界はすこぶる悪かった。
 地面に残る馬の足痕を追って、枝分かれした獣道を進んでいく。周囲を警戒しつつ無言で前進していたオルランドが、不意に足を止めた。
 声を出さずにその場に留まるよう後列に合図を出し、息を殺して五感を研ぎ澄ます。吹き抜ける風に煽られ、木の葉がかさかさと音を立てた。
 やがて風が止み、樹々の葉音が途切れたそのとき、殺気を孕んだ視線をオルランドの全身が捉えた。

「囲まれたな……」

 呟きを洩らすと、オルランドは前方を見据えたまま、腰に提げた剣の柄に手を掛けた。両脇に神経を集中するジルドとテオに続き、二班の隊員も同様に周囲を警戒する。
 静寂が場を支配した次の瞬間、茂みを薙ぎ、朽葉色のマントを身に纏った数十にものぼる人影が、一斉に憲兵隊へと襲いかかった。
 
「迎え討て!」

 剣を抜いて檄を飛ばし、オルランドが野盗の群れへと先陣を切る。相対する野盗の懐に飛び込み、脇腹を剣で突き刺し、薙ぎ払う。跳び散った赤い飛沫がオルランドの袖を汚した。
 剣身を濡らす鮮血を振り払う間も与えずに、別の野盗がオルランドの背後から斬りかかる。振り下ろされた刃を受け流し、大勢を崩した相手の胴を斬りつけると、オルランドは後方で武器を構える野盗に向けて、先の野盗を突き飛ばした。怯んだ野盗の右肩をオルランドの剣が貫くと、くぐもった呻き声をあげ、野盗はその場に屈み込んだ。

 ――数が多い。

 周囲に散らばる無数の殺気に神経を研ぎ澄ませ、オルランドは更に歩を進めた。
 野盗の数は森に入った憲兵隊の数を優に五倍は超えていた。だが、民に害を及ぼす野盗や獣を昼夜問わず討伐し続ける『腐った林檎』が、訓練を受けた騎士や傭兵相手ならいざ知らず、そこらの野盗を相手に遅れを取るはずもない。
 いや、あってはならなかった。例えその数に、圧倒的な差があろうとも。



「終わったか……」

 周囲の野盗を斬り伏せ終えたオルランドが、剣を鞘に納め、後方を振り返った。獣道に折り重なるように倒れた野盗を踏み越え、徐々に隊員が集まってくる。
 数人の負傷者が確認できたが、野盗の撃退には成功したようだ。

「隊長、お怪我はありませんか」
「大丈夫だ。それよりも、彼等が発していた異常な殺気が気になるな……」

 テオに身を案じられ、苦々しく口の端をあげると、オルランドは素早く思考を巡らせた。

 エストフィーネ周辺に隠れ家をもつとされていた野盗の一味は、バルトロという名の男を頭目とする、人数にして八十余名のかなり規模の大きな盗賊団と聞いていた。
 村を襲撃してから一夜が明けて、野盗達も隠れ家に戻っているはずだ。眼前に倒れ伏す野盗の数から考えて、まだ半数以上が隠れ家に残っているに違いない。
 略奪に成功し、お祭り気分でいたところで捕らえた三人の脱走を許してしまい、興が冷めて気が立っていたとも考えられる。だが、先程の殺気は尋常ではなかった。

「先を急ぐぞ」

 険しい表情で隊員に告げると、オルランドは隠れ家に続く獣道を早足で進んでいった。


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