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第一章 旅の途中
懐かしい声①
街道の先に点々と浮かぶ明かりを頼りに、オルランドは隊を率いて月に照らされた夜道を進んだ。
夜空を流れる雲が月を隠し、時折あたりを暗闇で覆う。エストフィーネ村の付近に設営された憲兵隊の野営地には大型の天幕が幾つも張られており、周辺を照らすように掲げられた松明がその存在を知らしめていた。月明かりを頼れないこのような夜には、人工的な灯りの存在が心強く感じられる。
ようやく野営地に辿り着いたオルランドの部隊を、休息を取っていた憲兵隊の面々が迎え入れた。集まった隊員のあいだをすり抜けるようにしてオルランドの前に進み出たのは、オロステラで別れて以降、エストフィーネ行きの部隊を取り纏めていた副隊長のアルバーノだった。
「隊長、ご無事で何よりです」
軽く敬礼したあと、アルバーノはエストフィーネ村の現状と捜査状況を報告した。オルランドは提示された案件にひとつひとつ指示を出し、全ての隊員に交代で休息を取らせるようアルバーノに命じた。
明るくなり次第、生存者の捜索と遺体の搬送準備を始めなければならない。移動と捜索続きで疲労が蓄積されているであろう隊員達には、今のうちに休息を取らせる必要があると、オルランドは考えた。
「了解しました。失礼します」
業務連絡を終えるとアルバーノは踵を返し、隊員の集まる大型の天幕へと歩き出した。遠ざかる背中を一瞥し、小さく息を吐いたあと、オルランドは弾かれるように顔を上げ、アルバーノに慌てて声を掛けた。
***
松明と焚き火で明るい野営地とは対照的に、エストフィーネの村は夜の闇にとっぷりと浸かっていた。
雲間から射す月の光で闇の中に浮かび上がるアーチ状の門の影。その傍に、彼女はひとり佇んで居た。
「こんな闇夜に一人きりで、怖くないのか?」
手にしたランタンを掲げ、オルランドが声を掛けると、ぼんやりと空を見上げていたマリアが小首を傾げて振り返った。オルランドの姿を確認して、彼女は静かに首を横に振る。その姿はどこか儚げで、淋しそうに見えた。
アルバーノの話によれば、陽が高いあいだ、マリアは憲兵隊の作業を見様見真似で手伝っていたらしい。けれど、日暮れとともに野営の準備が始まると、言葉の通じない彼女が手伝うには些か難しい作業ばかりになってしまったようだ。それでも暫くの間は所在無さげに野営地の隅に佇んでいたらしいが、野営の準備が終わった頃には、いつの間にか姿を消していたという。
その後、村へ水を調達しに行った隊員から、村南口の門の近くで彼女を見かけたとの報告があったらしい。
オロステラでの別れ際、オルランドは彼女に尋ね人の手掛かりを必ず伝えると約束し、村で待つようにと言いつけた。
危険な森に彼女を連れて行くわけにはいかなかったというのは本当だ。だが、あの約束にはそれとは別の意味もあった。
オルランドが部隊を離れているあいだ、彼女が行方を眩ますことのないように。彼女を繋ぎ止めておくために、オルランドはあの約束をしたのだ。
その甲斐あってのことだろう。マリアは部隊に留まり、こうしてオルランドの帰還を待っていた。
彼女には異種族特有の能力を使用しないよう言いつけてあった。炎のちからは当然として、精神感応の能力も絶対に使わないようにと。
それは、異種族に少なからず恐れを抱く隊員から彼女の身を守るための忠告だった。けれど、その結果、彼女は意思疎通の出来ない大勢の他人の中に置き去りにされるかたちになってしまった。
頼れる者も居らず、彼女はさぞ心細い思いをしたに違いない。
「待たせてしまってすまなかった」
謝罪の言葉を口にして、オルランドはマリアに歩み寄った。ランタンの灯りが彼女を照らす。暗闇に浮かび上がるその姿を改めて目の当たりにし、オルランドは顔色を急変させた。
オルランドを見上げる彼女の頬には掠れた血の痕が残っており、身に纏った衣類のあちこちが赤黒く染め上げられていた。
「怪我をしたのか!?」
衝動的にマリアの両肩を掴み、オルランドはマリアに詰め寄った。
大きく見開かれた翡翠の瞳にオルランドの姿を映し、マリアが僅かに後退る。けれど、オルランドのただならぬ様子が彼女の身を案じたゆえのものだとすぐに理解したのだろう。マリアはオルランドの顔を見上げ、穏やかに微笑んだ。
(大丈夫、怪我なんてしてないよ。手伝いをしていて汚れてしまっただけだ)
肩を掴む無骨な手にそっと触れ、マリアは静かに目を伏せた。泣き止まない子供を宥めるような優しい声は、オルランドの逸る気持ちを幾分落ち着かせてくれた。
考えればすぐに判ることだった。
アルバーノはマリアが作業を手伝ったと言っていた。隊員と意思の疎通が叶わない彼女は、当然作業衣のことなど知り得ない。結果として、そのままの服装で生存者の捜索と遺体運びを手伝うことになったのだろう。
言葉が通じなくとも作業衣くらい渡せば良いだろうにと、無意識に拳を握る。
一方的にマリアを任せたオルランドが言えた義理ではないが、平常時なら人一倍気が回るアルバーノだからこそ、今回の件については納得がいかなかった。寧ろこの状況が意図的なものであるような、そんな気さえしてくる。
もし仮に、アルバーノは気が回らなかったのではなく、敢えて気を回さなかったのだとしたら……?
「隊長、ここでしたか」
不意に掛けられた声に、オルランドは振り向きざまに身構えた。布袋を抱えたジルドと木製の水桶を提げたテオが、野営地の明かりを背にこちらに向かって来るのが見えた。
「アルバーノさんに頼まれました。これ、彼女の替えの服だそうです。それからついでに、村から水を汲んできていただきたいとのことです」
いつになく取り乱した様子のオルランドを訝しげに見据えながら、淡々とジルドが告げる。手渡された水桶と布袋を受け取って、オルランドは苦々しく笑んだ。
夜空を流れる雲が月を隠し、時折あたりを暗闇で覆う。エストフィーネ村の付近に設営された憲兵隊の野営地には大型の天幕が幾つも張られており、周辺を照らすように掲げられた松明がその存在を知らしめていた。月明かりを頼れないこのような夜には、人工的な灯りの存在が心強く感じられる。
ようやく野営地に辿り着いたオルランドの部隊を、休息を取っていた憲兵隊の面々が迎え入れた。集まった隊員のあいだをすり抜けるようにしてオルランドの前に進み出たのは、オロステラで別れて以降、エストフィーネ行きの部隊を取り纏めていた副隊長のアルバーノだった。
「隊長、ご無事で何よりです」
軽く敬礼したあと、アルバーノはエストフィーネ村の現状と捜査状況を報告した。オルランドは提示された案件にひとつひとつ指示を出し、全ての隊員に交代で休息を取らせるようアルバーノに命じた。
明るくなり次第、生存者の捜索と遺体の搬送準備を始めなければならない。移動と捜索続きで疲労が蓄積されているであろう隊員達には、今のうちに休息を取らせる必要があると、オルランドは考えた。
「了解しました。失礼します」
業務連絡を終えるとアルバーノは踵を返し、隊員の集まる大型の天幕へと歩き出した。遠ざかる背中を一瞥し、小さく息を吐いたあと、オルランドは弾かれるように顔を上げ、アルバーノに慌てて声を掛けた。
***
松明と焚き火で明るい野営地とは対照的に、エストフィーネの村は夜の闇にとっぷりと浸かっていた。
雲間から射す月の光で闇の中に浮かび上がるアーチ状の門の影。その傍に、彼女はひとり佇んで居た。
「こんな闇夜に一人きりで、怖くないのか?」
手にしたランタンを掲げ、オルランドが声を掛けると、ぼんやりと空を見上げていたマリアが小首を傾げて振り返った。オルランドの姿を確認して、彼女は静かに首を横に振る。その姿はどこか儚げで、淋しそうに見えた。
アルバーノの話によれば、陽が高いあいだ、マリアは憲兵隊の作業を見様見真似で手伝っていたらしい。けれど、日暮れとともに野営の準備が始まると、言葉の通じない彼女が手伝うには些か難しい作業ばかりになってしまったようだ。それでも暫くの間は所在無さげに野営地の隅に佇んでいたらしいが、野営の準備が終わった頃には、いつの間にか姿を消していたという。
その後、村へ水を調達しに行った隊員から、村南口の門の近くで彼女を見かけたとの報告があったらしい。
オロステラでの別れ際、オルランドは彼女に尋ね人の手掛かりを必ず伝えると約束し、村で待つようにと言いつけた。
危険な森に彼女を連れて行くわけにはいかなかったというのは本当だ。だが、あの約束にはそれとは別の意味もあった。
オルランドが部隊を離れているあいだ、彼女が行方を眩ますことのないように。彼女を繋ぎ止めておくために、オルランドはあの約束をしたのだ。
その甲斐あってのことだろう。マリアは部隊に留まり、こうしてオルランドの帰還を待っていた。
彼女には異種族特有の能力を使用しないよう言いつけてあった。炎のちからは当然として、精神感応の能力も絶対に使わないようにと。
それは、異種族に少なからず恐れを抱く隊員から彼女の身を守るための忠告だった。けれど、その結果、彼女は意思疎通の出来ない大勢の他人の中に置き去りにされるかたちになってしまった。
頼れる者も居らず、彼女はさぞ心細い思いをしたに違いない。
「待たせてしまってすまなかった」
謝罪の言葉を口にして、オルランドはマリアに歩み寄った。ランタンの灯りが彼女を照らす。暗闇に浮かび上がるその姿を改めて目の当たりにし、オルランドは顔色を急変させた。
オルランドを見上げる彼女の頬には掠れた血の痕が残っており、身に纏った衣類のあちこちが赤黒く染め上げられていた。
「怪我をしたのか!?」
衝動的にマリアの両肩を掴み、オルランドはマリアに詰め寄った。
大きく見開かれた翡翠の瞳にオルランドの姿を映し、マリアが僅かに後退る。けれど、オルランドのただならぬ様子が彼女の身を案じたゆえのものだとすぐに理解したのだろう。マリアはオルランドの顔を見上げ、穏やかに微笑んだ。
(大丈夫、怪我なんてしてないよ。手伝いをしていて汚れてしまっただけだ)
肩を掴む無骨な手にそっと触れ、マリアは静かに目を伏せた。泣き止まない子供を宥めるような優しい声は、オルランドの逸る気持ちを幾分落ち着かせてくれた。
考えればすぐに判ることだった。
アルバーノはマリアが作業を手伝ったと言っていた。隊員と意思の疎通が叶わない彼女は、当然作業衣のことなど知り得ない。結果として、そのままの服装で生存者の捜索と遺体運びを手伝うことになったのだろう。
言葉が通じなくとも作業衣くらい渡せば良いだろうにと、無意識に拳を握る。
一方的にマリアを任せたオルランドが言えた義理ではないが、平常時なら人一倍気が回るアルバーノだからこそ、今回の件については納得がいかなかった。寧ろこの状況が意図的なものであるような、そんな気さえしてくる。
もし仮に、アルバーノは気が回らなかったのではなく、敢えて気を回さなかったのだとしたら……?
「隊長、ここでしたか」
不意に掛けられた声に、オルランドは振り向きざまに身構えた。布袋を抱えたジルドと木製の水桶を提げたテオが、野営地の明かりを背にこちらに向かって来るのが見えた。
「アルバーノさんに頼まれました。これ、彼女の替えの服だそうです。それからついでに、村から水を汲んできていただきたいとのことです」
いつになく取り乱した様子のオルランドを訝しげに見据えながら、淡々とジルドが告げる。手渡された水桶と布袋を受け取って、オルランドは苦々しく笑んだ。
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