滅びゆく竜の物語

柴咲もも

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第一章 旅の途中

懐かしい声③

 森での出来事を順を追って説明しながら、オルランドはマリアの手を引いて闇の中を進んだ。
 もう少し夢のある話や楽しい話ができれば良かったけれど、生憎、オルランドの引き出しには憲兵隊としての任務の話題しか存在しない。
 野盗に命を奪われた村人が眠るこの広場で、当の野盗の最期を語ることになるとは思ってもみなかったけれど、今このとき、オルランドの話に耳を傾けるマリアの不安を取り除くことができるのならば、話の内容などどうでも良かった。

 広場を通り過ぎても、オルランドは話を続けた。
 憲兵隊を手伝ったために捜し人の手掛かりを探す時間がなかったのだろう。僅かな情報も聴き逃すまいと、マリアは真剣にオルランドの話に耳を傾けているようだった。
 野盗の隠れ家の惨状を、オルランドは事細かに説明した。話の途中、マリアは何度か悲しげに俯いていたが、そんなことにはお構いなしに、オルランドは全てをマリアに話して聞かせた。
 彼女が捜している男の危険性を、オルランドはどうしても彼女に伝えておきたかった。
 
「不躾な質問で悪いが、きみはその男がどういう人間かわかっているのか?」
(わかっているよ。あなたの話が本当なら、きっと今も、彼は辛い思いをしてると思う。彼は優しい人だから)

 話の最後にオルランドが尋ねると、マリアは穏やかな調子でそう答えた。
 人間の姿を保てないほど損壊した死体の山が折り重なるあの部屋の惨状を聞いても尚、『彼』は優しい人だとマリアは言う。
 あれだけの虐殺行為を平然とやってのけた男のことを、マリアは信じて疑わない。それどころか、心配する様子すらみせている。
 考えるよりも前に、オルランドは声を荒げていた。

「優しい……? すまないが、あの惨状を見てからでは、とてもそうは思えない。その男はきみが思うより遥かに危険で邪悪な存在だ」

 柄にもなく語気を強め、オルランドは捲し立てた。本当は、マリアの身の危険を考えて忠告をするだけのつもりだった。
 だが、その男を信頼しきったマリアの態度に、オルランドは今、無性に腹が立っていた。

 すぐ隣で彼女の心配をしているオルランドよりも、彼女は自分を置き去りにしたその男を信じている。
 それはオルランドにとって、受け入れ難い事実だった。

「何故、そこまできみはその男の肩を持つ? その男はきみの――」

 そこまで口にして、オルランドは先の言葉を飲み込んだ。困惑した様子でオルランドを見上げる、マリアの哀しげな瞳が胸に刺さった。

「……すまなかった。忘れてくれ」

 謝罪の言葉を告げて、早足に坂道を登る。オルランドの名を呼びながら、マリアが後を追ってきた。

 出会って一日にも満たないオルランドよりも、同郷の知人である男の肩を持つのは当然のことだろう。マリアの行動は何もおかしなものではない。おかしいのは、そんな彼女に腹を立てるオルランドのほうだ。

 もう、この感情に誤魔化しは効かない。
 この苛立ちの原因を、オルランドは認めざるを得なかった。
 あのときは余計なお世話だと馬鹿にしたが、アルバーノの考えは的を得ていたのだ。

 オルランドは足を止め、坂道を駆け上がってきたマリアを振り返った。不機嫌の理由がわからず困惑するマリアに構いもせずに、再び彼女の手を取って歩き出した。

 この村の貯水湖の周辺には夜間発光性の花が咲くと、見取り図を手渡しながらジルドが言っていた。湖まで行き着けば、幻想的で美しい夜景をふたりで見ることが出来るはずだ。そこで、はっきりと伝えよう。
 想いが通じる必要はない。ただ一言、自分の望みを伝えられればそれで良い。

「捜し人の手掛かりが見つからなかったそのときは、一緒に王都に来て欲しい」と。



***


 緩やかな坂道をのぼり、枝分かれした道の一つを降ると、徐々に周りが樹々に囲まれていった。月の明かりが木の葉に遮られ、先程まで必要性の曖昧だったランタンの灯りが存在感を増していく。
 オルランドもマリアも、あれから一言も言葉を発していなかった。何度かマリアが手を振り解こうとしたが、オルランドは気が付かない振りをした。

(……怒ってる?)

 後方を気にかけながらも振り返ろうとしないオルランドに向かって、不意にマリアが云った。

「何故、そう思う? 怒る理由など何もないだろう」

 歩みを止めてマリアに向き直り、オルランドは応えた。
 確かに先刻は苛立ちもしたが、今の彼は怒ってなどいなかった。ただ、自身の想いの在り処に気がついてしまった以上、これまで通りの対応を続けられる自信が、彼にはなかった。
 水桶の取っ手を提げた手首が若干痛みを訴えていても、握った彼女の手を放したくないと思う程度には浮き足立った気持ちになっていたのだ。
 
 この想いを自覚したのが陽のある時間帯でなくて良かった。
 憲兵隊の一部隊を任される隊長であろうというのに、今のオルランドの心境は思春期の少年と変わらない。
 想う相手が傍に居る。それだけで、とても落ち着いてなどいられなくなる。
 今の彼は、マリアに対して平静を装うだけで精一杯だった。

(……ごめん。あなたはわたしのことを気にかけてくれただけなのに、それを突っ撥ねるようなことを言ってしまって)

 まだオルランドが機嫌を損ねていると思っているのだろう。マリアは真剣にオルランドの顔を見上げて云った。
 不安の滲む翡翠の瞳にみつめられて、オルランドはごくりと喉を鳴らした。
 身体に触れ、視線を交えなければ意思の疎通を図れないマリアは、常にオルランドに対して無防備だった。今も、ふたりのあいだに距離などない。

 「気にしなくていい。そんなことより……」

 湧きあがる衝動を抑えるように、オルランドが坂道の先に目を向けると、道が開けたその先に、ぼんやりと灯りが見えた。
 マリアの手をぐいと引いて、オルランドは坂道を降った。


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