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第一章 旅の途中
約束④
そよ風が街道を吹き抜けて、黄金色の草叢が海のように波を打つ。秋晴れの空は高く、黄金色の草の海と水平線を分かつていた。
亜麻色のマントをたなびかせながら街道を進んでいたマリアンルージュが、風に躍る朱紅い髪を抑えて後方を振り返る。
「のんびりしてると日が暮れてしまうよ」
彼女は朗らかに笑い、幾分遅れて街道を歩くゼノを急かした。小さく肩を竦め、ゼノが歩調を早める。
ふたりが憲兵隊の野営地を離れてから、すでに数時間が過ぎていた。王都へ帰還する憲兵隊とは向かう方角が真逆であったため、ふたりは憲兵隊の出立を待たずに野営地を出てきてしまった。
見送りに立ったオルランドと、その部下の姿が思い出される。
別れの握手を求めて差し出されたマリアンルージュの手を躊躇いがちに握ったオルランドの、名残惜しそうな表情が目に浮かんだ。
「ろくに挨拶もせずに出てきてしまいましたが、本当に良かったんですか?」
マリアンルージュの隣に並び、心配そうにゼノが尋ねた。
「いいんだ。あまり長居しても迷惑だろうし」
「まぁ、そうかもしれませんね」
「それにあの人、お人好しだから」
マリアンルージュがくすりと笑う。
鈍感だなと思いつつ、ゼノは小さく息を吐いた。
オルランドと彼女のあいだに何があったのかは判らない。けれど、多少言葉を交わしただけのゼノでさえ、オルランドが特別な想いをマリアンルージュに寄せていたことにはすぐに気が付いたものだ。
「好意を寄せられることに慣れ過ぎているというのも、困ったものですね」
皮肉に呟いてゼノが隣に目を向けると、マリアンルージュはいつの間にか軽やかな足取りで数歩先を歩いていた。
「マリアンルージュ」
呼び慣れない彼女の名前を呼ぶ。
同じ里で育ったとはいえ、ゼノとマリアンルージュは一度言葉を交わしただけの赤の他人だった。
同じ人物を捜している。
ただそれだけの、小さな縁で結ばれた奇妙な関係。
それなのに、独りのときとは違い、不思議と心が軽くなる。
「マリアンルージュ!」
もう一度、今度は大きな声で名前を呼んだ。
踏み出しかけた足を止め、彼女がくるりと振り返る。
「全くもって、きみは他人行儀だな」
僅かに頬を膨らませ、彼女は不愉快だと言いたげにゼノに指先を突きつけた。
「そんな長い名前を呼ぶのは面倒だろう。マリアでいい」
「……別に面倒なほど長くもないと思いますが」
「マリアでいい」
「はぁ……」
鈍感なくせに、強引だ。
溜め息をひとつ堪え、ゼノは心の中で呟いた。
「マリア」
試すように口にすれば、マリアンルージュは満足気に頷いて、にっこりと笑う。
こんなに馬鹿らしい、砕けた会話をしたのはいつぶりだろう。
いなくなった親友との日々を懐かしみながら、ゼノは赤い本の表紙を撫でた。
「そういえばその服、酷い臭いがする」
くんと鼻をひくつかせ、唐突にマリアンルージュが言った。ゼノのコートの臭いを嗅いで、眉間にシワを寄せてみせる。
野盗の隠れ家で返り血を浴びたまま洗っていないのだから、臭うのも当然だ。そう思いながらもついつい袖を嗅ぎ、あまりの異臭にゼノは眉を顰めた。
「街に着いたら新調しよう」
「誰がお金を払うんですか」
「お金?」
「……」
まずは人間の世界の常識と、守るべきルールを教えなければ。
それから言葉。
それから……、必要なことを、全て。
額に手をあて、溜め息を吐くゼノを他所に、マリアンルージュは弾むように街道を駆けていく。
慌てて彼女のあとを追い、ゼノは思った。
――まぁ、こんな二人旅も悪くはない、か。
亜麻色のマントをたなびかせながら街道を進んでいたマリアンルージュが、風に躍る朱紅い髪を抑えて後方を振り返る。
「のんびりしてると日が暮れてしまうよ」
彼女は朗らかに笑い、幾分遅れて街道を歩くゼノを急かした。小さく肩を竦め、ゼノが歩調を早める。
ふたりが憲兵隊の野営地を離れてから、すでに数時間が過ぎていた。王都へ帰還する憲兵隊とは向かう方角が真逆であったため、ふたりは憲兵隊の出立を待たずに野営地を出てきてしまった。
見送りに立ったオルランドと、その部下の姿が思い出される。
別れの握手を求めて差し出されたマリアンルージュの手を躊躇いがちに握ったオルランドの、名残惜しそうな表情が目に浮かんだ。
「ろくに挨拶もせずに出てきてしまいましたが、本当に良かったんですか?」
マリアンルージュの隣に並び、心配そうにゼノが尋ねた。
「いいんだ。あまり長居しても迷惑だろうし」
「まぁ、そうかもしれませんね」
「それにあの人、お人好しだから」
マリアンルージュがくすりと笑う。
鈍感だなと思いつつ、ゼノは小さく息を吐いた。
オルランドと彼女のあいだに何があったのかは判らない。けれど、多少言葉を交わしただけのゼノでさえ、オルランドが特別な想いをマリアンルージュに寄せていたことにはすぐに気が付いたものだ。
「好意を寄せられることに慣れ過ぎているというのも、困ったものですね」
皮肉に呟いてゼノが隣に目を向けると、マリアンルージュはいつの間にか軽やかな足取りで数歩先を歩いていた。
「マリアンルージュ」
呼び慣れない彼女の名前を呼ぶ。
同じ里で育ったとはいえ、ゼノとマリアンルージュは一度言葉を交わしただけの赤の他人だった。
同じ人物を捜している。
ただそれだけの、小さな縁で結ばれた奇妙な関係。
それなのに、独りのときとは違い、不思議と心が軽くなる。
「マリアンルージュ!」
もう一度、今度は大きな声で名前を呼んだ。
踏み出しかけた足を止め、彼女がくるりと振り返る。
「全くもって、きみは他人行儀だな」
僅かに頬を膨らませ、彼女は不愉快だと言いたげにゼノに指先を突きつけた。
「そんな長い名前を呼ぶのは面倒だろう。マリアでいい」
「……別に面倒なほど長くもないと思いますが」
「マリアでいい」
「はぁ……」
鈍感なくせに、強引だ。
溜め息をひとつ堪え、ゼノは心の中で呟いた。
「マリア」
試すように口にすれば、マリアンルージュは満足気に頷いて、にっこりと笑う。
こんなに馬鹿らしい、砕けた会話をしたのはいつぶりだろう。
いなくなった親友との日々を懐かしみながら、ゼノは赤い本の表紙を撫でた。
「そういえばその服、酷い臭いがする」
くんと鼻をひくつかせ、唐突にマリアンルージュが言った。ゼノのコートの臭いを嗅いで、眉間にシワを寄せてみせる。
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「街に着いたら新調しよう」
「誰がお金を払うんですか」
「お金?」
「……」
まずは人間の世界の常識と、守るべきルールを教えなければ。
それから言葉。
それから……、必要なことを、全て。
額に手をあて、溜め息を吐くゼノを他所に、マリアンルージュは弾むように街道を駆けていく。
慌てて彼女のあとを追い、ゼノは思った。
――まぁ、こんな二人旅も悪くはない、か。
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