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第二章 死する狼のための鎮魂歌
狩り①
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夜明けを告げる鳥の声が、静まり返った森に響き渡る。
木の葉から滴る朝露を頬に受けて、ゼノは目を覚ました。数回まばたきを繰り返し、朝靄のかかるおぼろげな視界に目を凝らせば、砂利の敷き詰められた川縁に残された昨夜の焚き火の跡が目に入った。
腕を伸ばして焼け焦げた木片に手をかざす。まだほんのりと熱を帯びていることから、少し前まで誰かが火を灯し続けていたことが窺えた。
思い当たる人物など、一人しかいない。
「マリア……?」
辺りを見回そうと身を起こすと、肩に掛けられていた布が地面にはらりと落ちた。慌てて拾い上げた少し厚手の亜麻色のマントは、マリアンルージュが普段から身に付けているものだった。
交代で火の番をしていたはずなのに、マリアンルージュと番を代わった記憶がない。ゼノが眠りこけていることに気が付き、彼女が気を利かせてくれたのだろう。
マリアンルージュを守るなどと、あの男に大口を叩いておきながら、実に情けない。
眉を顰めて額に手を充てると、ゼノは大きく溜め息を吐いた。
マリアンルージュは何処に行ったのか。夜が明けるまで火の番をしていたのだから、そう遠くへ行っているとは考え難い。
思考をめぐらせて項垂れたまま座り込んでいると、砂利を踏みしめる足音が微かに耳に届いた。
ゼノが咄嗟に目を向けると、川縁に沿った茂みの向こうから、マリアンルージュがひょっこりと顔を覗かせた。
「おはよう、ゼノ。良く眠れた?」
屈託のない笑顔でそう言って、彼女は小走りにゼノの元へ駆けてきた。
川で水浴びでもしたのだろうか。
薄手の白い襯衣を一枚身に付けただけの彼女の髪はしっとりと濡れており、白い肌を幾筋もの水滴がつたっていた。張り付いた布が薄っすらと肌を透かしているのがなんとも艶かしい。
「なっ……なんて格好してるんですか!」
思いがけず大声をあげ、ゼノは慌てて目を背けた。
まずは謝罪と感謝の意を伝えるつもりだったが、それどころではない。
ゼノ自身、性的感情に関しては疎いほうだと思っているが、あられもない姿のマリアンルージュを前に平然としていられるほど達観しているわけでもない。
近付くなと言わんばかりに両手を突き出すゼノを見て、マリアンルージュがぴたりと足を止める。小首を傾げ、そのまま自身の姿を確認した彼女は、たちまち頬を紅く染め上げると、慌てふためいてゼノに背を向け、脇に抱えていたローブを頭からすっぽりと被った。
「すまない、野宿が続くと臭うと思って、水浴びを……」
しどろもどろになりながら装いを正して向き直り、マリアンルージュがおずおずとゼノの顔を見上げる。
「見苦しい姿を見せてしまって、その……ごめん」
まるで叱られた子供のように呟いて、しゅんとして肩を落とした。
謝るべきなのは、火の番もろくに果たさずに眠りこけてしまったゼノのほうであり、臭うのもおそらく、血塗れの上着を何日も着たままのゼノのほうだ。
マリアンルージュの先程の行動は迂闊すぎるとは思うが、謝られるようなことではない。ゼノも歴とした男であり、マリアンルージュのように容姿に恵まれた女性の際どい姿であれば、目にして嬉しいと思うことこそあれ、不快な気分になることなどないというものだ。
「いえ、貴女は女性なのですから、こちらが配慮するべきでした。昨夜のことも本当に申し訳ありません。それに、野宿が続くと臭うと貴女は言いますが、どちらかといえば良い匂――」
早口で捲し立てたところで、ゼノは慌てて口を閉じた。
思わず本音を口にするところだった。
きょとんとしてゼノを見上げるマリアンルージュの視線が痛い。
「……要するに、謝るべきなのは貴女ではなく、俺のほうだと言いたかったんです」
軽く咳払いしてゼノが前言を誤魔化すと、マリアンルージュははにかむように表情を綻ばせた。
「ありがとう。相変わらずきみは優しいね」
そう言って、くすりと笑みを溢す。
初めて言葉を交わしたあのときも、彼女は「きみは優しいね」と言ってくれた。
それならば、イシュナードがいなくなった今でも、皆に忌み嫌われる闇色の髪の自分を「好きだ」と言ってくれるだろうか。
感傷的になりつつあったゼノだったが、その思考は唐突に遮られた。
「あっ……!」
「どうかしましたか?」
何事かと身構えるゼノに、マリアンルージュは無邪気に笑って言った。
「大事なことを忘れていたよ。朝ごはんはどうする?」
木の葉から滴る朝露を頬に受けて、ゼノは目を覚ました。数回まばたきを繰り返し、朝靄のかかるおぼろげな視界に目を凝らせば、砂利の敷き詰められた川縁に残された昨夜の焚き火の跡が目に入った。
腕を伸ばして焼け焦げた木片に手をかざす。まだほんのりと熱を帯びていることから、少し前まで誰かが火を灯し続けていたことが窺えた。
思い当たる人物など、一人しかいない。
「マリア……?」
辺りを見回そうと身を起こすと、肩に掛けられていた布が地面にはらりと落ちた。慌てて拾い上げた少し厚手の亜麻色のマントは、マリアンルージュが普段から身に付けているものだった。
交代で火の番をしていたはずなのに、マリアンルージュと番を代わった記憶がない。ゼノが眠りこけていることに気が付き、彼女が気を利かせてくれたのだろう。
マリアンルージュを守るなどと、あの男に大口を叩いておきながら、実に情けない。
眉を顰めて額に手を充てると、ゼノは大きく溜め息を吐いた。
マリアンルージュは何処に行ったのか。夜が明けるまで火の番をしていたのだから、そう遠くへ行っているとは考え難い。
思考をめぐらせて項垂れたまま座り込んでいると、砂利を踏みしめる足音が微かに耳に届いた。
ゼノが咄嗟に目を向けると、川縁に沿った茂みの向こうから、マリアンルージュがひょっこりと顔を覗かせた。
「おはよう、ゼノ。良く眠れた?」
屈託のない笑顔でそう言って、彼女は小走りにゼノの元へ駆けてきた。
川で水浴びでもしたのだろうか。
薄手の白い襯衣を一枚身に付けただけの彼女の髪はしっとりと濡れており、白い肌を幾筋もの水滴がつたっていた。張り付いた布が薄っすらと肌を透かしているのがなんとも艶かしい。
「なっ……なんて格好してるんですか!」
思いがけず大声をあげ、ゼノは慌てて目を背けた。
まずは謝罪と感謝の意を伝えるつもりだったが、それどころではない。
ゼノ自身、性的感情に関しては疎いほうだと思っているが、あられもない姿のマリアンルージュを前に平然としていられるほど達観しているわけでもない。
近付くなと言わんばかりに両手を突き出すゼノを見て、マリアンルージュがぴたりと足を止める。小首を傾げ、そのまま自身の姿を確認した彼女は、たちまち頬を紅く染め上げると、慌てふためいてゼノに背を向け、脇に抱えていたローブを頭からすっぽりと被った。
「すまない、野宿が続くと臭うと思って、水浴びを……」
しどろもどろになりながら装いを正して向き直り、マリアンルージュがおずおずとゼノの顔を見上げる。
「見苦しい姿を見せてしまって、その……ごめん」
まるで叱られた子供のように呟いて、しゅんとして肩を落とした。
謝るべきなのは、火の番もろくに果たさずに眠りこけてしまったゼノのほうであり、臭うのもおそらく、血塗れの上着を何日も着たままのゼノのほうだ。
マリアンルージュの先程の行動は迂闊すぎるとは思うが、謝られるようなことではない。ゼノも歴とした男であり、マリアンルージュのように容姿に恵まれた女性の際どい姿であれば、目にして嬉しいと思うことこそあれ、不快な気分になることなどないというものだ。
「いえ、貴女は女性なのですから、こちらが配慮するべきでした。昨夜のことも本当に申し訳ありません。それに、野宿が続くと臭うと貴女は言いますが、どちらかといえば良い匂――」
早口で捲し立てたところで、ゼノは慌てて口を閉じた。
思わず本音を口にするところだった。
きょとんとしてゼノを見上げるマリアンルージュの視線が痛い。
「……要するに、謝るべきなのは貴女ではなく、俺のほうだと言いたかったんです」
軽く咳払いしてゼノが前言を誤魔化すと、マリアンルージュははにかむように表情を綻ばせた。
「ありがとう。相変わらずきみは優しいね」
そう言って、くすりと笑みを溢す。
初めて言葉を交わしたあのときも、彼女は「きみは優しいね」と言ってくれた。
それならば、イシュナードがいなくなった今でも、皆に忌み嫌われる闇色の髪の自分を「好きだ」と言ってくれるだろうか。
感傷的になりつつあったゼノだったが、その思考は唐突に遮られた。
「あっ……!」
「どうかしましたか?」
何事かと身構えるゼノに、マリアンルージュは無邪気に笑って言った。
「大事なことを忘れていたよ。朝ごはんはどうする?」
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