滅びゆく竜の物語

柴咲もも

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第二章 死する狼のための鎮魂歌

夜の森で①

 静寂に包まれた夜の森の生い茂る樹々を、一筋の川が東西にわかつ。
 月の光で闇のなかに浮かぶその川のほとりで、灰色の煙が糸のように立ち昇っていた。

「昼間の、アレはなんなんだ?」

 ひんやりと冷たい砂利の上に寝そべり、蒼白い月を見上げながらリュックが問う。
 訝しげな表情で首を傾げ、ゼノは焚き火に細枝をべた。

「いきなり真顔で口説き出すから、何事かと思ったよ」
「……口説く? 何の話ですか?」
「とぼけるなよ。これでも邪魔して悪いと思ってるんだぜ」

 ゼノに向き直るようにごろりと寝返りを打ち、リュックはにやにやと笑って言った。

「毎晩ふたりでお愉しみだったんだろ?」

 茶化すようなリュックの言葉に、ゼノがはたと動きを止める。僅かに考え込んだあと、ゼノは眉間に皺を寄せた。
 どうやらリュックは大きな勘違いをしている。
 ゼノとマリアンルージュが恋人か、それ以上の――つまり、男と女の関係にあると思っているようだ。

「俺とマリアはそんな関係ではありませんよ」
「マジかよ! じゃあどういうつもりで――」

 リュックが大声をあげると同時に、ゼノは口元で人差し指を立ててみせた。その行動の意図を察し、リュックが慌てて口をつぐむ。
 焚き火を隔てたゼノの向かいで静かに寝息を立てているマリアンルージュを確認し、ふたりは胸を撫でおろした。

 昨夜、マリアンルージュはゼノに代わって夜通し火の番を務めていた。それを理由に、今夜は先に休んで疲れを癒すようにとゼノが提案すると、意外なことに彼女はすんなりとその提案を受け入れた。昼間の狩りから夕食の準備に掛けての疲れもあってのことかもしれない。
 旅の道中では自身の体調を見極める判断力こそが重要である。妙な矜恃プライドから意地を張り、あとで不調を訴えるようでは話にならない。
 マリアンルージュはそれをきちんと理解している。旅の仲間として考えるのであれば、ゼノにとってマリアンルージュは充分に信頼のおける相手だった。

「彼女と行動を共にしているのは共通の目的があるからです。それ以上でも以下でもありません」
「その割には、ちょっと水浴びを覗いたくらいで殴るんだな」
「それは、きみの卑劣な行動が不快だっただけです」
「へぇ……」

 淡々とした口調でゼノが告げると、リュックは気の抜けた声を漏らした。
 焚き火へと視線を戻し、ゼノは軽く息を吐く。自分で口にした言葉ながら、僅かに落ち込んでいた。

 思い返せば、マリアンルージュとふたりで過ごしたこの数日に、ゼノはこの上ない充足感を感じていた。
 マリアンルージュを守るとオルランドに約束したとはいえ、それは彼女の預かり知ることではない。イシュナードを捜し出すという目的を果たしてしまえば、彼女がゼノの傍にいる理由はなくなるだろう。
 里を降りると決めたのは、イシュナードの無事を確認するためだった。だが、今の今迄、ゼノはその目的を忘れかけていた。
 それどころか、手の届かないものマリアンルージュを繋ぎとめておくために、その目的を利用しようとしている自分がいた。
 イシュナードがいなければ何ひとつ満足にこなせないことを、思い知ったばかりだというのに――。

「なに、ひとりでニヤニヤしてるんだよ。不気味な奴だな」

 いつの間にか火の側へ戻ってきていたリュックが、ゼノの顔を覗き込んで言った。指摘されてはじめて、ゼノは自分が薄すらと自虐的な笑みを浮かべていたことに気が付いた。

「月光欲は終わったんですか?」
「ばっちり。お言葉に甘えて先に寝かせてもらうぜ」

 満足気にそう答えると、リュックは親指を立て、にっと笑った。
 元々リュックには先に休息を取るよう話をしてあったのだが、植物を生み出す能力を使うには月のちからを蓄える必要があるらしく、マリアンルージュが眠ってから今に至るまで、川原で月光欲をしていたのだ。

「ちっとばかし冷えてきたし、ねえちゃんにあっためてもら――」
「リューック」

 わざとらしく戯けてみせるリュックに、ゼノは呆れて声を掛けた。けらけらと笑いながら砂利の上に寝転ぶと、ほどなくして、リュックは規則的な寝息を立て始めた。


「そろそろ良いかな」

 石のかまどの中を覗き込み、ゼノは独りごちた。
 煙に燻された肉の芳ばしい香りが、深夜の空きっ腹に刺激を与える。出来上がった燻製を取り出すと、ゼノは塩漬けにした生肉をかまどの中に丁寧に吊るしていった。

 串焼きで空腹を満たしたあと、三人は夕刻から岩豚の調理に取り掛かった。
 リュックの生み出した多種多様な植物を使い、マリアンルージュは岩豚を様々な料理に変えた。
 特に重宝されたのは、火に強い耐性をもつ大きな葉の『レムプルフ』と、塩分を含有する珍しい野草『ソルティア』だ。
 マリアンルージュはレムプルフの燃えにくい葉の特性を活かして鍋に代わる器を作り、即席のブーケガルニと肉を煮込んでスープを作った。肉と香草を大きな葉で包んで包み焼きにもした。どちらの料理も絶品で、ゼノとリュックは何度もおかわりをした。
 食事を終えると、ゼノは余った肉を日持ちするよう調理することを提案した。
 森の夜は獣除けの火を絶やさぬよう交代で火の番をする。そのついでに、陽が暮れるまでソルティアの葉で塩漬けにしておいた岩豚の肉を、少量ずついぶして燻製にするのである。一度に燻せる肉の量は知れているが、一晩かければ数日分の食糧になるはずだった。

 出来上がった燻製を食糧袋に詰め、焚き火の側へと戻る。芳ばしい香りを目一杯に吸い込み、ゼノは満足気な表情を浮かべた。

「上手く出来てた?」

 いつの間に目を覚ましたのか、マリアンルージュが焚き火越しに声をかけてきた。
 唖然とするゼノの様子に小首を傾げ、小さく伸びをしながらマリアンルージュが立ち上がる。
 
「まだ休んでいても大丈夫ですよ」
「そうは言うけど、いざそのときになったら、きみは眠っているわたしに気を遣って火の番を続けるんじゃないかな」

 慌てるゼノにそう言い返し、くすりと微笑むと、マリアンルージュはゼノの隣に腰を下ろした。

「そんなことしたら、また居眠りしているうちに貴女に世話を焼かれることになるでしょう」
「そうだね」

 やれやれと息を吐くゼノの顔を、マリアンルージュがなにやらご機嫌な様子で覗き込む。抱えた膝に頬を預け、真っ直ぐにみつめるものだから、ゼノはつい眼を逸らしてしまった。
 僅かな沈黙のなか、火に焼べた小枝がぱちぱちと火の粉を散らす音が耳に届く。空を仰げば、蒼い月の光が冷たく地上を照らし、静寂に包まれた森をなお沈黙させていた。


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