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第二章 死する狼のための鎮魂歌
真夜中の訪問者②
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マリアンルージュの想いがゼノに向けられるようになった。それが、いつの頃からなのかはわからない。
オルランドが言ったように、彼女が里を降りたのは、ゼノを追うためだったのかもしれない。
ベッドの上で仰向けに寝転んだまま、ゼノはいなくなった親友のことを考えた。
ゼノが知る限り、イシュナードは簡単に他人に物を与えたりしない。皆が欲しがるようなものには興味を示さなかったこともあり、里の住人には知られていないかもしれないけれど、イシュナードは本来、どちらかといえば他人のものを欲しがるほうなのだ。
更に言えば、イシュナードが欲しがって手に入れたものを手放したことは、ゼノが知る限り、一度足りともなかった。それ故に、ゼノから取り上げたお気に入りのペンダントをマリアンルージュに贈っていたという事実は、ゼノの胸にわだかまりを残した。
婚姻の申し入れを断ったのだから、マリアンルージュとイシュナードの関係は、マリアンルージュの一方的な片想いだったのだと思っていた。
けれど、おそらくそれは間違いだ。
ゼノの気持ちを知って要らない遠慮をしていただけで、本当はイシュナードも、マリアンルージュに想いを寄せていたのだろう。
イシュナードに会って話をしなければならない。
孤独だった自分を救ってくれたイシュナードに、今までの借りを返さなければ。
そして全てのわだかまりが消え、イシュナードと対等の存在になることができた、そのときは――。
マリアンルージュに想いを伝えたい。
そう、ゼノは思った。
***
こつこつと軽い衝突音が耳に届く。
静まり返った薄闇の中で、ゼノは目を開けた。
暖炉の火はすでに消えていたが、カーテン越しに射す月明かりは思いの外明るい。
隣のベッドを確認すると、布団にくるまり、寝息を立てるマリアンルージュの姿が目に入った。
安らかな寝顔をほんの僅かだけみつめて、ゼノはベッドの上で身を起こし、注意深く部屋の中を見回した。
はじめは部屋のドアがノックされているのかと思ったが、どうやら違うようだ。その音は、月明かりに照らされた窓辺のほうから聞こえていた。
不審に思ったゼノは、音を立てないようにマリアンルージュの側に寄り、耳元で囁きかけた。
「……マリア、起きてください」
「へあ……?」
気の抜けた声をあげ、寝惚け調子でマリアンルージュが返事をした。
指先でまぶたをこすり、ぼんやりと眼を開けたマリアンルージュは、間近で顔を覗き込むゼノに気がつくと、慌てふためいて飛び起きた。
「……え? え、なに……?」
「静かにしてください」
狼狽えるマリアンルージュの口を手のひらで塞ぎ、その視線を窓辺へと誘導する。音はまだ、一定の調子を繰り返していた。
「なんの音……?」
「わかりません。無視しても問題ないと思いますが、気味が悪いので確認したいような気もします。……どうしますか?」
「……なにそれ」
真顔で答えるゼノの言葉にくすりと笑いを溢すと、マリアンルージュはベッドから立ち上がり、つかつかと窓辺に向かった。後に続くゼノの姿を確認して、彼女は躊躇いなくカーテンを開け放った。
窓の外には何もなかった。
いつの間にかあの音は鳴り止んで、静寂に包まれた街の上に青白い月が浮かんでいた。
「何もいないね」
ぼんやりと外を眺めたまま、マリアンルージュが呟いた。隣に並び、窓枠に掛けられた留め金を外すと、ゼノは勢いよく窓を開いた。
部屋に吹き込む凍てつく夜風に身震いし、思い切って窓から身を乗り出してみれば、視界の端に何かが見えた。
よくよく見ると、窓辺の下の突き出た屋根の上に、一輪の花が置かれている。
「風で飛んできた……わけではありませんよね」
窓の外をひととおり見渡すと、ゼノはマリアンルージュを振り返り、手にした花を差し出した。真っ白なその花には、ふたりとも見覚えがあった。
互いに顔を見合わせて頷き合うと、ふたりはもう一度、窓から身を乗り出した。
***
神様の存在なんて、少年は信じていなかった。
けれど、決して狭くはない、出歩く者などほとんどいない夜の街であのふたりを見つけることができたのは、紛れもなく奇跡に値することだと、少年は思った。
この偶然を作り出せるものが、この世に存在するならば、それは正しく神なのだろうと。
少年は茂みの陰に身を潜め、建物の全ての明かりが消えるのを待った。
手のひらから生み出した植物の蔦に白い花を引っ掛けて、目標の窓辺へと向かわせる。蔦の先で繰り返し窓硝子を打つと、軽い衝突音が静寂に響いた。
やがて開け放たれた部屋の窓から、見覚えのあるふたりが顔を出す。
心から安堵して顔を綻ばせると、少年は隣でうずくまる少女の手を取り、茂みから飛び出した。
オルランドが言ったように、彼女が里を降りたのは、ゼノを追うためだったのかもしれない。
ベッドの上で仰向けに寝転んだまま、ゼノはいなくなった親友のことを考えた。
ゼノが知る限り、イシュナードは簡単に他人に物を与えたりしない。皆が欲しがるようなものには興味を示さなかったこともあり、里の住人には知られていないかもしれないけれど、イシュナードは本来、どちらかといえば他人のものを欲しがるほうなのだ。
更に言えば、イシュナードが欲しがって手に入れたものを手放したことは、ゼノが知る限り、一度足りともなかった。それ故に、ゼノから取り上げたお気に入りのペンダントをマリアンルージュに贈っていたという事実は、ゼノの胸にわだかまりを残した。
婚姻の申し入れを断ったのだから、マリアンルージュとイシュナードの関係は、マリアンルージュの一方的な片想いだったのだと思っていた。
けれど、おそらくそれは間違いだ。
ゼノの気持ちを知って要らない遠慮をしていただけで、本当はイシュナードも、マリアンルージュに想いを寄せていたのだろう。
イシュナードに会って話をしなければならない。
孤独だった自分を救ってくれたイシュナードに、今までの借りを返さなければ。
そして全てのわだかまりが消え、イシュナードと対等の存在になることができた、そのときは――。
マリアンルージュに想いを伝えたい。
そう、ゼノは思った。
***
こつこつと軽い衝突音が耳に届く。
静まり返った薄闇の中で、ゼノは目を開けた。
暖炉の火はすでに消えていたが、カーテン越しに射す月明かりは思いの外明るい。
隣のベッドを確認すると、布団にくるまり、寝息を立てるマリアンルージュの姿が目に入った。
安らかな寝顔をほんの僅かだけみつめて、ゼノはベッドの上で身を起こし、注意深く部屋の中を見回した。
はじめは部屋のドアがノックされているのかと思ったが、どうやら違うようだ。その音は、月明かりに照らされた窓辺のほうから聞こえていた。
不審に思ったゼノは、音を立てないようにマリアンルージュの側に寄り、耳元で囁きかけた。
「……マリア、起きてください」
「へあ……?」
気の抜けた声をあげ、寝惚け調子でマリアンルージュが返事をした。
指先でまぶたをこすり、ぼんやりと眼を開けたマリアンルージュは、間近で顔を覗き込むゼノに気がつくと、慌てふためいて飛び起きた。
「……え? え、なに……?」
「静かにしてください」
狼狽えるマリアンルージュの口を手のひらで塞ぎ、その視線を窓辺へと誘導する。音はまだ、一定の調子を繰り返していた。
「なんの音……?」
「わかりません。無視しても問題ないと思いますが、気味が悪いので確認したいような気もします。……どうしますか?」
「……なにそれ」
真顔で答えるゼノの言葉にくすりと笑いを溢すと、マリアンルージュはベッドから立ち上がり、つかつかと窓辺に向かった。後に続くゼノの姿を確認して、彼女は躊躇いなくカーテンを開け放った。
窓の外には何もなかった。
いつの間にかあの音は鳴り止んで、静寂に包まれた街の上に青白い月が浮かんでいた。
「何もいないね」
ぼんやりと外を眺めたまま、マリアンルージュが呟いた。隣に並び、窓枠に掛けられた留め金を外すと、ゼノは勢いよく窓を開いた。
部屋に吹き込む凍てつく夜風に身震いし、思い切って窓から身を乗り出してみれば、視界の端に何かが見えた。
よくよく見ると、窓辺の下の突き出た屋根の上に、一輪の花が置かれている。
「風で飛んできた……わけではありませんよね」
窓の外をひととおり見渡すと、ゼノはマリアンルージュを振り返り、手にした花を差し出した。真っ白なその花には、ふたりとも見覚えがあった。
互いに顔を見合わせて頷き合うと、ふたりはもう一度、窓から身を乗り出した。
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神様の存在なんて、少年は信じていなかった。
けれど、決して狭くはない、出歩く者などほとんどいない夜の街であのふたりを見つけることができたのは、紛れもなく奇跡に値することだと、少年は思った。
この偶然を作り出せるものが、この世に存在するならば、それは正しく神なのだろうと。
少年は茂みの陰に身を潜め、建物の全ての明かりが消えるのを待った。
手のひらから生み出した植物の蔦に白い花を引っ掛けて、目標の窓辺へと向かわせる。蔦の先で繰り返し窓硝子を打つと、軽い衝突音が静寂に響いた。
やがて開け放たれた部屋の窓から、見覚えのあるふたりが顔を出す。
心から安堵して顔を綻ばせると、少年は隣でうずくまる少女の手を取り、茂みから飛び出した。
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