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第二章 死する狼のための鎮魂歌
秘密②
眠る街を覆っていた深い闇が薄らぎ始め、朝靄のなかに道沿いに並ぶ店や街路樹の輪郭が浮かび上がりはじめる。
朝陽が昇るその前の、薄明るい窓辺にもたれ掛かり、ゼノは部屋の中を振り返った。
大きめのシャツを着てベッドの上で胡座をかくリュックは、腫れぼったいまぶたをこすり、何度もあくびを繰り返している。さきほどまで随分とぐっすり眠っていたというのに、まだ寝足りない様子だ。数日のあいだ森を駆け回り疲れ切って眠っていたのだから、秋の終わりで夜明けが遅いとはいえ、日が昇る前に起こされては無理もないだろう。
「しっかし、目が覚めたらお前と部屋にふたりきりとか、悪い夢かと思ったよ」
もう一度大きくあくびをすると、リュックは勢いよく立ち上がり、両腕を突き上げて大きく伸びをした。
今この部屋に居るのは、ゼノとリュックのふたりだけだ。
まだ窓の外が暗い夜明け前。いつもより早く起床し、身支度を整えたマリアンルージュは、ヴァネッサに話があるとゼノに言い残して早々に部屋を出て行った。泊まり客が増え、通常より早く朝食の仕込みを始めるであろうダニエルとヴァネッサに、リュックとレティシアのことを相談するためだ。リュックとレティシアを匿うには、ダニエルとヴァネッサの協力が必要不可欠だった。
ダニエルとヴァネッサは、素性の知れないゼノとマリアンルージュに対しても親身になってくれている。リュックとレティシアについても、頭ごなしに反対することはないだろう。
しばらくして部屋に戻ってきたマリアンルージュは、ヴァネッサにどう説明したのか、その詳細をゼノに伝えた。どうやら、故郷に置いてきたはずの弟妹が追いかけてきてしまったのだと説明したらしい。
流石のヴァネッサも何の疑いも持たずに納得したわけではなかったようだが、頭を下げるマリアンルージュの真剣な様子と日頃の真面目さからの信用もあったのだろう。他の客に迷惑をかけないという条件で、ふたりを部屋に置くことを了承してくれたと言う。
報告を終えたマリアンルージュは、布団の中で寝息を立てていたレティシアを揺さぶり起こすと、ヴァネッサに呼ばれているからと、レティシアを連れて部屋を出て行ってしまった。
その結果、部屋にはゼノとリュックのふたりだけが残されたというわけだ。
「ここのご主人と女将さんっていうのは、本当に信用できるのか?」
言いながら目をこするリュックは、その言葉とは裏腹に警戒の色が見られない。肝が据わっているのか、危機感が足りないのか。それとも、ゼノとマリアンルージュを相当信用しているのか。
いずれにせよ、故郷の村を焼き払われて間もないと言うのに、少年の身で大したものである。
「まぁ、なんというか、少し人をからかうような癖のある人達ですが、信用はできると思いますよ」
リュックの問いにそう答えて、ゼノは窓の外を眺めた。
区画整理された市街区の向こう、街を囲む城壁の外側に、霧で霞んだ森が広がっている。
森で目の当たりにしたリュックの能力を思い出し、ゼノは昨夜から気に掛かっていたことを口にした。
「昨夜の話ですが、どうにも腑に落ちないんです。きみたちには人間とは違い、特殊な能力があるじゃないですか。相手がただの盗賊団なら、当然、その能力で退けることができたと思うのです」
まだ少年であるリュックでさえ、あれだけの植物を自在に操れるのだ。能力の扱いに慣れた大人が大勢居たはずの村が、特殊な能力を持たない人間の盗賊団に、そう簡単に焼き払われるものだろうか。
ゼノには、それがただの盗賊の仕業だとは到底考えられなかった。村の人狼が真っ当に抵抗していれば、人間側もただでは済まないはずだ。
「でも、そうできなかった。村には相当の数の大人がいたはずなのに、『敵』が丘の上で高みの見物をできるほどにあっさりと焼き払われてしまった。おかしいと思いませんか?」
深刻な面持ちで同意を求めるゼノの言葉に、リュックが眉を顰めた。
「どういうことだよ? 何が言いたいんだ?」
「……つまり、村を襲ったのは盗賊団などではなく、もっと厄介な相手ではないかと、そう思えてならないんです」
嫌な予感がしていた。
旅に出て間もない頃、成り行きで立ち寄った人間の村で、祭りの夜に感じたあの感覚。
漠然とした不安を胸に、ゼノは遠い東の空を望んだ。
朝陽が、昇ろうとしていた。
朝陽が昇るその前の、薄明るい窓辺にもたれ掛かり、ゼノは部屋の中を振り返った。
大きめのシャツを着てベッドの上で胡座をかくリュックは、腫れぼったいまぶたをこすり、何度もあくびを繰り返している。さきほどまで随分とぐっすり眠っていたというのに、まだ寝足りない様子だ。数日のあいだ森を駆け回り疲れ切って眠っていたのだから、秋の終わりで夜明けが遅いとはいえ、日が昇る前に起こされては無理もないだろう。
「しっかし、目が覚めたらお前と部屋にふたりきりとか、悪い夢かと思ったよ」
もう一度大きくあくびをすると、リュックは勢いよく立ち上がり、両腕を突き上げて大きく伸びをした。
今この部屋に居るのは、ゼノとリュックのふたりだけだ。
まだ窓の外が暗い夜明け前。いつもより早く起床し、身支度を整えたマリアンルージュは、ヴァネッサに話があるとゼノに言い残して早々に部屋を出て行った。泊まり客が増え、通常より早く朝食の仕込みを始めるであろうダニエルとヴァネッサに、リュックとレティシアのことを相談するためだ。リュックとレティシアを匿うには、ダニエルとヴァネッサの協力が必要不可欠だった。
ダニエルとヴァネッサは、素性の知れないゼノとマリアンルージュに対しても親身になってくれている。リュックとレティシアについても、頭ごなしに反対することはないだろう。
しばらくして部屋に戻ってきたマリアンルージュは、ヴァネッサにどう説明したのか、その詳細をゼノに伝えた。どうやら、故郷に置いてきたはずの弟妹が追いかけてきてしまったのだと説明したらしい。
流石のヴァネッサも何の疑いも持たずに納得したわけではなかったようだが、頭を下げるマリアンルージュの真剣な様子と日頃の真面目さからの信用もあったのだろう。他の客に迷惑をかけないという条件で、ふたりを部屋に置くことを了承してくれたと言う。
報告を終えたマリアンルージュは、布団の中で寝息を立てていたレティシアを揺さぶり起こすと、ヴァネッサに呼ばれているからと、レティシアを連れて部屋を出て行ってしまった。
その結果、部屋にはゼノとリュックのふたりだけが残されたというわけだ。
「ここのご主人と女将さんっていうのは、本当に信用できるのか?」
言いながら目をこするリュックは、その言葉とは裏腹に警戒の色が見られない。肝が据わっているのか、危機感が足りないのか。それとも、ゼノとマリアンルージュを相当信用しているのか。
いずれにせよ、故郷の村を焼き払われて間もないと言うのに、少年の身で大したものである。
「まぁ、なんというか、少し人をからかうような癖のある人達ですが、信用はできると思いますよ」
リュックの問いにそう答えて、ゼノは窓の外を眺めた。
区画整理された市街区の向こう、街を囲む城壁の外側に、霧で霞んだ森が広がっている。
森で目の当たりにしたリュックの能力を思い出し、ゼノは昨夜から気に掛かっていたことを口にした。
「昨夜の話ですが、どうにも腑に落ちないんです。きみたちには人間とは違い、特殊な能力があるじゃないですか。相手がただの盗賊団なら、当然、その能力で退けることができたと思うのです」
まだ少年であるリュックでさえ、あれだけの植物を自在に操れるのだ。能力の扱いに慣れた大人が大勢居たはずの村が、特殊な能力を持たない人間の盗賊団に、そう簡単に焼き払われるものだろうか。
ゼノには、それがただの盗賊の仕業だとは到底考えられなかった。村の人狼が真っ当に抵抗していれば、人間側もただでは済まないはずだ。
「でも、そうできなかった。村には相当の数の大人がいたはずなのに、『敵』が丘の上で高みの見物をできるほどにあっさりと焼き払われてしまった。おかしいと思いませんか?」
深刻な面持ちで同意を求めるゼノの言葉に、リュックが眉を顰めた。
「どういうことだよ? 何が言いたいんだ?」
「……つまり、村を襲ったのは盗賊団などではなく、もっと厄介な相手ではないかと、そう思えてならないんです」
嫌な予感がしていた。
旅に出て間もない頃、成り行きで立ち寄った人間の村で、祭りの夜に感じたあの感覚。
漠然とした不安を胸に、ゼノは遠い東の空を望んだ。
朝陽が、昇ろうとしていた。
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