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第二章 死する狼のための鎮魂歌
追われる獣①
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大量の朝採り野菜が詰まった大籠を腕に抱え、ゼノは石畳みの道を歩いていた。
仕入れの手伝いでダニエルと市場に行きはしたものの、人混みが大の苦手だったゼノは、馴染みの店主に長々と最近の繁盛ぶりを自慢するダニエルには付き合っていられなかった。
昨夜から『羊の安らぎ亭』には宿の客室が足りないほどの宿泊客がいる。ヴァネッサとマリアンルージュの二人だけではとてもではないが手が足りないだろう。一刻も早く宿に戻るべきだ。
そう考えて、ダニエルを市場に残して帰ってきたのだ。
市場の賑わいとは対照的な静けさの中、坂道を登りきる。朝市へ出掛ける前となんら変わることなく、『羊の安らぎ亭』は道の端に静かに佇んでいた。
すでに宿泊客も起床していることを考慮し、店の裏手に回り込むと、ゼノは勝手口から厨房の中を覗き込んだ。
厨房はもぬけの殻だった。火のないかまどには手付かずのままの大鍋が置かれており、調理台の上に置かれた鉄板の上には冷めたマフィンが並んでいた。
不気味な静けさに眉を顰める。大籠を足元に下ろし、敷居を潜り抜けると、ゼノは食堂へと足を踏み入れた。
食堂内に宿泊客の姿はなかった。人気のない広間の片隅に置かれた丸テーブルに、頬杖をつき、ひとり物思いに耽るヴァネッサの姿があった。
「女将さん、何かあったんですか?」
ゼノが声をかけると、ヴァネッサははっと顔を上げた。
「ああ、あんたか。お帰り。なんだかねぇ、みんな朝食も取らずにさっさと出て行っちまったんだよ」
そう言って首を傾げ、ヴァネッサは納得がいかない様子で大きく溜め息を吐いた。
「憲兵隊が、ですか?」
怪訝な表情でゼノが訊ねる。
朝食も摂らずに憲兵隊が動き出す理由があるとすれば、遂行中の任務に関して何かしらの進展があったと考えるのが無難だろう。行方を眩ませた盗賊の残党とやらの手掛かりがみつかったのだろうか。
憲兵隊の急な動きに疑問を抱きながら、ゼノは食堂内を見回した。
「それで、マリアは部屋に戻ったんですか?」
「それがねぇ、なんか血相変えて飛び出して行っちまったんだよ」
ゼノの問いに答え、ヴァネッサが項垂れて深い溜め息を吐いく。
ふたたびヴァネッサが顔を上げたときには、ゼノはすでに広間から姿を消していた。
床板を蹴るように勢いよく階段を駆け上がる。廊下の突き当たりまで直行し、ゼノは自室の扉を開け放った。
呑気にソファで寛いでいたリュックが顔を上げ、血眼になって部屋の中を見回すゼノに驚いて声を掛けた。
「お、おかえり。どうかしたのか?」
「マ……レティシアは? 彼女は今、どこにいますか?」
「レティなら、マリアと厨房に行ったっきり――」
最後まで言い終える前に、リュックが勢い良くソファから立ち上がる。みるみるうちに、その顔色が青褪めた。
盗賊を討伐した憲兵隊。
焼き討たれた人狼の村。
人間に対し異常に怯えるレティシア。
血相を変えて飛び出して行ったマリアンルージュ。
何故、気が付かなかったのか。
嫌な予感はこれだったのだ。
ゼノとリュックは顔を見合わせると、競うように廊下へ飛び出した。呼び止めるヴァネッサの声に応えもせずに、食堂を駆け抜けて扉をくぐる。
石畳の道路は、朝市から帰ってきた街の住人で溢れていた。
「レティの匂いはわかりますね!?」
「当然だろ!」
焦り混じりの強い口調でそう言い放ち、リュックが人混みの向こう――細長い路地へと向かって駆け出した。
今、頼りになるのは、リュックの嗅覚だけだ。
己の無力さにぎりと奥歯を噛みしめる。行き交う人のあいだを縫うように走るリュックを追って、ゼノは人混みの中へと飛び込んだ。
仕入れの手伝いでダニエルと市場に行きはしたものの、人混みが大の苦手だったゼノは、馴染みの店主に長々と最近の繁盛ぶりを自慢するダニエルには付き合っていられなかった。
昨夜から『羊の安らぎ亭』には宿の客室が足りないほどの宿泊客がいる。ヴァネッサとマリアンルージュの二人だけではとてもではないが手が足りないだろう。一刻も早く宿に戻るべきだ。
そう考えて、ダニエルを市場に残して帰ってきたのだ。
市場の賑わいとは対照的な静けさの中、坂道を登りきる。朝市へ出掛ける前となんら変わることなく、『羊の安らぎ亭』は道の端に静かに佇んでいた。
すでに宿泊客も起床していることを考慮し、店の裏手に回り込むと、ゼノは勝手口から厨房の中を覗き込んだ。
厨房はもぬけの殻だった。火のないかまどには手付かずのままの大鍋が置かれており、調理台の上に置かれた鉄板の上には冷めたマフィンが並んでいた。
不気味な静けさに眉を顰める。大籠を足元に下ろし、敷居を潜り抜けると、ゼノは食堂へと足を踏み入れた。
食堂内に宿泊客の姿はなかった。人気のない広間の片隅に置かれた丸テーブルに、頬杖をつき、ひとり物思いに耽るヴァネッサの姿があった。
「女将さん、何かあったんですか?」
ゼノが声をかけると、ヴァネッサははっと顔を上げた。
「ああ、あんたか。お帰り。なんだかねぇ、みんな朝食も取らずにさっさと出て行っちまったんだよ」
そう言って首を傾げ、ヴァネッサは納得がいかない様子で大きく溜め息を吐いた。
「憲兵隊が、ですか?」
怪訝な表情でゼノが訊ねる。
朝食も摂らずに憲兵隊が動き出す理由があるとすれば、遂行中の任務に関して何かしらの進展があったと考えるのが無難だろう。行方を眩ませた盗賊の残党とやらの手掛かりがみつかったのだろうか。
憲兵隊の急な動きに疑問を抱きながら、ゼノは食堂内を見回した。
「それで、マリアは部屋に戻ったんですか?」
「それがねぇ、なんか血相変えて飛び出して行っちまったんだよ」
ゼノの問いに答え、ヴァネッサが項垂れて深い溜め息を吐いく。
ふたたびヴァネッサが顔を上げたときには、ゼノはすでに広間から姿を消していた。
床板を蹴るように勢いよく階段を駆け上がる。廊下の突き当たりまで直行し、ゼノは自室の扉を開け放った。
呑気にソファで寛いでいたリュックが顔を上げ、血眼になって部屋の中を見回すゼノに驚いて声を掛けた。
「お、おかえり。どうかしたのか?」
「マ……レティシアは? 彼女は今、どこにいますか?」
「レティなら、マリアと厨房に行ったっきり――」
最後まで言い終える前に、リュックが勢い良くソファから立ち上がる。みるみるうちに、その顔色が青褪めた。
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何故、気が付かなかったのか。
嫌な予感はこれだったのだ。
ゼノとリュックは顔を見合わせると、競うように廊下へ飛び出した。呼び止めるヴァネッサの声に応えもせずに、食堂を駆け抜けて扉をくぐる。
石畳の道路は、朝市から帰ってきた街の住人で溢れていた。
「レティの匂いはわかりますね!?」
「当然だろ!」
焦り混じりの強い口調でそう言い放ち、リュックが人混みの向こう――細長い路地へと向かって駆け出した。
今、頼りになるのは、リュックの嗅覚だけだ。
己の無力さにぎりと奥歯を噛みしめる。行き交う人のあいだを縫うように走るリュックを追って、ゼノは人混みの中へと飛び込んだ。
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