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第二章 死する狼のための鎮魂歌
鎮魂歌③
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「鎮魂歌……」
微かに届いた叫び声に耳を澄まし、ゼノはぽつりと呟いた。
不意に立ち止まった彼を、マリアンルージュが不安気な瞳で見上げる。
「……どうかした?」
「いえ、……なんでもありません」
ぎこちない笑顔で返し、ゼノは再び出口へと歩みを進めた。
不本意に命を奪われた者の魂は、己の仇を返さんと現世に遺恨を残す。
蓄積された負の情念はやがて瘴気を孕み、異形を生み出すのだと古書には記されていた。
人殺しと罵られても構わない。
快楽のために罪もない命を奪った奢り高い一人の男の、死に際に遺した断末魔の叫びが、焼け落ちたあの村の人狼達への、せめてもの慰みになればいい。
延々と続くように思われた光苔に覆われた天井に、やがてぽっかりと開けた穴が現れる。岩肌に切り取られた夕陽に朱く染まる空が、まるで一枚の絵画のようにゼノの瞳に映った。
朽ちかけた木製の階段を駆け上がり振り返ったマリアンルージュの朱紅い髪が、風に吹かれて微かにそよぐ。
差し出された細い腕に手を伸ばし、ゼノはその表情を綻ばせた。
***
アルティジエの街に迫る夕闇のもと、点々と明かりが灯る街並みを背に、鉱山夫と濃紺色の制服姿の男達が廃坑の出口を遠巻きに囲んでいた。
「マリア……!」
涙混じりに声を上げ、レティシアがマリアンルージュに駆け寄った。少女の小さな身体を優しく抱き止め、マリアンルージュは「無事で良かった」と何度も呟いた。
「間に合ったみたいで良かったよ。姉ちゃんは……全くの無事ってわけではなさそうだけど」
ふたりの様子を見守るように立ち尽くしていたゼノに、リュックがゆっくりと歩み寄る。薄手の毛布を受け取ると、ゼノはマリアンルージュの細い肩にそっと毛布を掛けてやった。
「それにしても、これは一体……」
状況が把握できず辺りを見回したゼノは、後ろ手に縄で縛られた集団に目を止めた。
レティシアを追って街中を奔走していたレジオルド憲兵隊のほとんどが、彼らに捕らえられているようだった。
「これは、どういう状況ですか?」
人垣の中央でゼノとマリアンルージュを直視していた制服姿の男に問うと、男は略式の敬礼をして見せた。
「アルティジエ自警団のモルガンです。街の住人から見慣れない少女が追い回されているとの通報を受けました。少女が異種族であることを理由に、彼等はその行動を正当化するつもりだったようですが、この街はレジオルディネではありません。ここでは異種族差別は許されないことを説明した上で、然るべき処置を取らせていただきました」
はきはきとした口調で説明を終えると、モルガンはゼノの後方――廃坑の入り口へと目を向けた。
「この者達を率いていた人物が居るらしいのですが、その男はまだ中に……?」
モルガンが捜しているのが黄金色の髪の憲兵隊隊長――ジュリアーノであることは瞬時に理解できた。けれど、ゼノは敢えてその最期を説明せずに、静かに首を横に振った。
「わかりません。彼女を捜し出すだけで精一杯でしたから……」
「そうですか」
ゼノの態度を不審に思ったのか、モルガンは訝しむような表情を見せた。けれど、それ以上の詮索をすることはなく、彼は闇色に染まる空を見上げ、肩を竦めると、
「どちらにせよ、捜索は明日以降になりそうですね。夜に廃坑に潜るのはなかなか勇気が要りますから」
そう言って、屈託なく笑って見せた。
微かに届いた叫び声に耳を澄まし、ゼノはぽつりと呟いた。
不意に立ち止まった彼を、マリアンルージュが不安気な瞳で見上げる。
「……どうかした?」
「いえ、……なんでもありません」
ぎこちない笑顔で返し、ゼノは再び出口へと歩みを進めた。
不本意に命を奪われた者の魂は、己の仇を返さんと現世に遺恨を残す。
蓄積された負の情念はやがて瘴気を孕み、異形を生み出すのだと古書には記されていた。
人殺しと罵られても構わない。
快楽のために罪もない命を奪った奢り高い一人の男の、死に際に遺した断末魔の叫びが、焼け落ちたあの村の人狼達への、せめてもの慰みになればいい。
延々と続くように思われた光苔に覆われた天井に、やがてぽっかりと開けた穴が現れる。岩肌に切り取られた夕陽に朱く染まる空が、まるで一枚の絵画のようにゼノの瞳に映った。
朽ちかけた木製の階段を駆け上がり振り返ったマリアンルージュの朱紅い髪が、風に吹かれて微かにそよぐ。
差し出された細い腕に手を伸ばし、ゼノはその表情を綻ばせた。
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アルティジエの街に迫る夕闇のもと、点々と明かりが灯る街並みを背に、鉱山夫と濃紺色の制服姿の男達が廃坑の出口を遠巻きに囲んでいた。
「マリア……!」
涙混じりに声を上げ、レティシアがマリアンルージュに駆け寄った。少女の小さな身体を優しく抱き止め、マリアンルージュは「無事で良かった」と何度も呟いた。
「間に合ったみたいで良かったよ。姉ちゃんは……全くの無事ってわけではなさそうだけど」
ふたりの様子を見守るように立ち尽くしていたゼノに、リュックがゆっくりと歩み寄る。薄手の毛布を受け取ると、ゼノはマリアンルージュの細い肩にそっと毛布を掛けてやった。
「それにしても、これは一体……」
状況が把握できず辺りを見回したゼノは、後ろ手に縄で縛られた集団に目を止めた。
レティシアを追って街中を奔走していたレジオルド憲兵隊のほとんどが、彼らに捕らえられているようだった。
「これは、どういう状況ですか?」
人垣の中央でゼノとマリアンルージュを直視していた制服姿の男に問うと、男は略式の敬礼をして見せた。
「アルティジエ自警団のモルガンです。街の住人から見慣れない少女が追い回されているとの通報を受けました。少女が異種族であることを理由に、彼等はその行動を正当化するつもりだったようですが、この街はレジオルディネではありません。ここでは異種族差別は許されないことを説明した上で、然るべき処置を取らせていただきました」
はきはきとした口調で説明を終えると、モルガンはゼノの後方――廃坑の入り口へと目を向けた。
「この者達を率いていた人物が居るらしいのですが、その男はまだ中に……?」
モルガンが捜しているのが黄金色の髪の憲兵隊隊長――ジュリアーノであることは瞬時に理解できた。けれど、ゼノは敢えてその最期を説明せずに、静かに首を横に振った。
「わかりません。彼女を捜し出すだけで精一杯でしたから……」
「そうですか」
ゼノの態度を不審に思ったのか、モルガンは訝しむような表情を見せた。けれど、それ以上の詮索をすることはなく、彼は闇色に染まる空を見上げ、肩を竦めると、
「どちらにせよ、捜索は明日以降になりそうですね。夜に廃坑に潜るのはなかなか勇気が要りますから」
そう言って、屈託なく笑って見せた。
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