滅びゆく竜の物語

柴咲もも

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第二章 死する狼のための鎮魂歌

竜の鱗③

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 窓辺から射す眩い光を浴びて、ゼノは重い瞼を開けた。
 指先からさらさらと零れ落ちる感触に、自然と視線がそちらに向かう。腕の中のマリアンルージュの髪を無意識に撫で続ける自身の手が目に映り、思わずその身が凍りついた。
 ソファの上でゼノに身を預けたまま、マリアンルージュは安らかな寝息を立てていた。か細い肩を僅かに上下させる彼女からは、昨夜の不安げな様子は感じられない。
 幸せそうなその寝顔に、ゼノの表情にも笑みが浮かんだ。

 昨夜、記憶が途切れるまで、ゼノはずっと考えていた。
 自分が今、どうしたいのか。
 この先、マリアンルージュと行動を共にする上で、彼女とどうありたいのか。

 マリアンルージュは純粋にゼノに想いを寄せている。それは恐らく間違いではないだろう。
 そしてゼノ自身も、そんな彼女を愛しく想っている。
 けれど、ゼノが闇色の鱗の一族である以上、ふたりで里に戻り、平穏で幸せな生活を送ることは叶わない。里の者に認められる相手との婚姻こそが、彼女があの里で幸せに暮らすための唯一の条件なのだ。ゼノではその条件が満たせない。
 かと言って、鱗の色だけで相手を蔑むような他の男に彼女のことを任せたくはなかった。
 マリアンルージュを任せられるとすれば、相手は唯一人――誰にでも平等で、里の皆に認められる親友のイシュナードだけだ。
 だからこそ、ゼノはこの想いを彼女に伝えないままイシュナードに会いたかった。会って話をして、彼の想いがゼノの想像どおりならば、潔く身を引けば良い。元を辿れば、マリアンルージュがはじめに選んだ相手は他でもない、イシュナードだったのだから。
 想いを伝えるのは、彼女が幸せを手に入れた、そのあとで良い。
 そう思っていた、はずだった。


「……ゼノ……?」

 マリアンルージュに名を呼ばれ、ゼノは我に返った。彼女の柔らかい髪を撫でる手のひらも、小さな肩を抱き寄せた腕も、目覚めたときのままだった。

「お……はよう、ございます……」

 急に離れる訳にもいかず、ゼノが言葉を詰まらせると、マリアンルージュははにかむように微笑んだ。

「おはよう。……そばにいてくれて、ありがとう」

 そう口にして、恥じらうように頬を染める。マリアンルージュの笑顔は、ゼノの背中を自然と後押しした。

「マリア」

 突然真顔で名前を呼ばれ、マリアンルージュが怪訝な表情で目を瞬かせる。ゼノが指先をちょいちょいと動かしてみせると、彼女はゆっくりと身を起こした。

「すみません、ちょっとここのあたり、見てもらえますか?」
「……どこ?」
「この、うなじの下……首の付け根のあたりです」

 そう言って、マリアンルージュに背を向ける。
 何がなんだかわからないと、首を傾げてゼノの襟元を覗き込んだマリアンルージュだったが、次の瞬間、彼女は全身を固く強張らせ、目を見開いた。

「……ゼノ、きみは今、自分が何をしてるかわかってる?」
「……はい」
「そ、それならどうして……」

 マリアンルージュの瞳に映ったのは、夜の闇を思わせる、あのお気に入りの耳飾りのペンダントと同じ闇色の、竜の鱗だった。

「別に、罪悪感だの対等の関係だの、そんなものはどうでも良いんです。ただ、昨夜貴女が言ってくれたように、俺も貴女に知って欲しかった……それだけです」

 冷静に、淡々と、無感情に告げるつもりだった。
 けれど、急激に頬が熱を帯びていくのを、ゼノはすぐに自覚した。

「これから約束があるので出掛けます。失礼します」

 ソファから立ち上がり、一瞬だけ振り返ったゼノの視界に、顔を真っ赤に染めあげて瞬きを繰り返すマリアンルージュが映る。
 敢えて見なかった振りをして、ゼノは大急ぎで部屋を後にした。


 本来なら、この鱗の位置を知るのは母親と出産に立ち会った者だけだ。
 竜人族の男女でお互いの鱗の位置を教え合う関係といえば、恋人か夫婦の他に有り得ない。
 先程のゼノの行為は、告白か、或いは求婚に値するものだと、里の者なら誰でも考えるだろう。

 マリアンルージュがあの行為をどう捉えたのかはわからない。いつものように、深い意味などないものだと考えるのかもしれない。
 でも、今はそれで良い。この想いを言葉にして伝えるのは、旅の目的を終えた、そのときだ。

 イシュナードやリュックに話せば、遠回しだと馬鹿にされるのだろう。それでもゼノは、マリアンルージュに知っておいて欲しかった。

 少なくとも今のゼノにとって、彼女は特別な存在だということを。


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