滅びゆく竜の物語

柴咲もも

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第二章 死する狼のための鎮魂歌

彼の者へ続く道①

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「わざわざ御呼び立てしてすみません。市長がどうしてもと言うもので……」

 あとに続く三人を振り返り、軽く頭を下げてモルガンが言った。
 刈り揃えられた芝が絨毯のように敷き詰められた庭園の、中央に敷かれた白い歩道。その上を自由都市アルティジエの自警団団長に連れられて歩いているのは、黒いコート姿のゼノと、獣の耳と尾を隠し、人間の姿に扮したリュックとレティシアの三人だ。

 アルティジエの中央にそびえ立つ時計塔の、北側に位置するこの庭園は、街の政治を司る議員達が集う議事堂と街を治める市長が暮らす官邸とを繋ぐものであり、一般市民は立ち入ることができない。本来ならば、当然、余所者のゼノ達三人が足を踏み入れることが許されるような場所ではなかった。
 
「まさかリュックとレティシアまで呼ばれているとは思いませんでした」

 ゼノが訝しげに呟くと、

「ああ、御二人は別件です。じきに迎えの者が参りますよ。市長も挨拶に伺うとは言っておりましたが、何分忙しい身ですので……」

先を行くモルガンが、朗らかに笑ってそう答えた。

 てっきりあの事件に関する事情聴取かと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
 物腰柔らかなモルガンの対応に警戒しつつ、三人は白い石造りの邸宅へと案内された。
 美しい文様が施された巨大な扉を抜けると、広間の中央に身形の良い男が立っていた。

「リュック様と、そちらがレティシア様ですね。お待ちしておりました」

 どうやらこの男が、先程モルガンが言っていた迎えの者のようだった。男は丁寧にお辞儀をしてみせると、ちらちらと周囲を気にするリュックとレティシアを連れて、奥の部屋へと姿を消した。

「あの御二人は人狼ヒトオオカミの中でも特殊な『花狼』という種でして、彼らの村とは市長の個人的な理由で以前から親交があったんですよ」

 ふたりが連れられて入った部屋の扉を眺め、立ち止まっていたゼノの隣で、モルガンがおもむろに口を開いた。

 モルガンの話によれば、自由都市アルティジエの市長は不治の病を患っており、定期的に酷い発作が起きるようだ。発作を鎮める治療薬には貴重な花が必要で、その花を自在に生み出す花狼の村の住人に、長い間ちからを借りていたという。
 あの男ジュリアーノに村を根絶やしにされ、現在生き残っている花狼は、ゼノが知る限り、おそらくリュックとレティシアだけになってしまった。
 確かに、市長やこの街にとっては重要で、ゼノには関係のないに違いなかった。
 だが、花狼の村を滅ぼした張本人であるジュリアーノに直接手を下したのは、他でもないゼノである。自警団側も、村の襲撃と昨日の事件の関連性を疑っているはずだ。

 広間を抜け、日の当たる細長い通路を進む。
 事の顛末が気になったゼノは、先を行くモルガンに声を掛けた。

「廃坑の中の様子はどうでしたか」
「昨日の今日ですから、まだ何とも言えません。今朝から自警団総出で調査中ですが、報告によれば、真新しい白骨屍体が三体見つかったようです。十中八九、貴方と連れの方を襲った連中でしょうね」

 淡々とした口調で、モルガンは事務的に説明した。
 夜行海月の存在を知っていたゼノにとっては、大方、予想通りの結果ではあった。けれど、こうなることを知っていながら怪我を負わせ放置したとなれば、あとから罪を問われる可能性は充分にある。
 出来ることならそれは避けたいと考えて、ゼノは敢えて無知を演じることにした。

「白骨屍体、ですか?」
「珍しいことではありません。この辺りには夜行海月という生物がいるのです。彼らは怪我をした動物を捕食する夜行性の生き物で、あの廃坑は元々、夜行海月の巣に繋がっていましてね。夜間業務で怪我をしたら大事になるってことで、随分昔に封鎖されたんですよ」
「……なるほど」

 モルガンの説明に納得したように頷くと、ゼノはさらに質問を続けた。

「留置所に連行された人達は、このあとどうなるのでしょうか」
「おそらく、罪状を報告した上で本国に送り返すことになるでしょうね。彼らの罪はこの街では許されません。けれど、彼らにも法の下で裁かれる権利はありますから」
「……権利、ですか」
「不服そうですね」

 苦々しい表情のゼノを一瞥し、モルガンが皮肉な笑みを浮かべる。

 ――法の下で裁かれる権利。

 モルガンの口から発せられたその言葉に、ゼノは表情を曇らせた。
 虐殺された人狼達の生きる権利は容易く奪われたというのに、法の下でなければ、その犯人を罰することすら許されない。人間に都合の良いだけの実に理不尽な法が、この世界では当然のように尊守されているのだ。

 目の前の男の笑顔に、ゼノは少なからず疑念を抱いていた。
 モルガンは、ゼノが夜行海月の存在を知っていて、敢えて怪我人を放置したことにも気付いているのではないか。仮にそうだとしたら、ゼノを野放しにしておく理由があるのだろうか。
 疑いの目を向けるゼノだったが、モルガンは構うことなく事件の経過を説明し続けた。


 事件の話があらかた終わった頃、ふたりは長い廊下の突き当たりの小さな扉に行き当たった。
 モルガンはゼノを部屋に通し、一礼すると、足早に廊下を去っていった。

 部屋の奥中央には簡素な執務机が置いてあり、薄暗い室内にカチカチと耳慣れない音が響いていた。机に向かい、手動式の印字機タイプライターを打つその人物は、まだ年端もいかない少年の姿をしていた。

「……お待たせしました」

 キーを打つ指を止め、顔を上げた少年が優雅な仕草で席を立つ。迷いのないゆっくりとした足取りで、少年はゼノの前に進み出た。
 少年のまぶたは伏せられたままで、その眼が光を映さないことを暗に示していた。銀糸のような髪と生命力を感じさせない白い肌が、病的に美しい。

「私はミシェル。この街の『市長』を任されています」

 少年らしい優しい高音を響かせて名を名乗り、彼は言った。

「竜人族の青年、貴方に話があります。私について来ていただけますか?」


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