滅びゆく竜の物語

柴咲もも

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第二章 死する狼のための鎮魂歌

彼の者へ続く道②

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 どれほど時間が経ったのだろう。
 暗闇の中に続く長い長い階段を降りながら、ゼノは周囲を見回した。
 大人がふたりすれ違うことができる程度の道幅の、壁も手すりもない石階段。それが、延々と闇の奥へと続いている。遠方に望める光苔の緑がかった明かりが、この空間の広大さを物語っていた。
 先を行くミシェルの手には精巧な装飾が施されたランタンが提げられているが、その中に灯る明かりは炎のつくるそれではない。不思議な色の柔らかな光を湛えているのは、硝子のように透きとおる結晶だった。
 淡い光に照らされた足元の暗闇に、古い石造りの街並みが浮かぶ。自由都市アルティジエの地下に遺された、何百年も昔に栄えた地下都市だった。

「あまり驚かないのですね」

 眼下に広がる街並みをランタンの明かりで照らしながら、立ち止まったミシェルが振り返った。
 盲目であることを感じさせない自然な仕草に感心しつつ、ゼノが応える。

「……そうですね。噂に聞いたことがあったので。どちらかと言えば、初対面で竜人族だと言い当てられたことのほうが驚きました」
「数ある種族の中でも、や私のような、一千年以上の時を生きる長命種は希少ですから……」

 くすりと微笑んで前方へ注意を向けると、ミシェルは再び階段を降りはじめた。
 
「私達『地の民』は、膨大な魔力を持つ精霊種です。その昔、争いを好まない私の仲間は、地底に街を造り、人目につかぬよう暮らしていました。
 あるとき、瀕死の重傷を負った人間の男が街に逃げ延びてきました。私の仲間は、人間同士の戦争で傷を負ったその男を敵から匿い、魔力を用いて怪我を治癒しました。数日後、男は礼を言って街を去りましたが、それが悲劇の始まりでした。
 男はの軍事国家ベルンシュタインの王でした。我々の魔力に目をつけた彼は、地下都市への侵攻を始めました。
 私の仲間は人間と争うことを拒み、魔力を結晶化する技術を用いて自ら命を絶ちました。あとには結晶化された魔力の塊と、土塊つちくれと化した仲間の抜け殻が残りました。
 一人残された私は、仲間達が遺した魔力結晶を持って、長いあいだ地中に身を潜めました。そして今から百年程前に、この地を囲む三つの大国から逃れてきた難民と共に、自由都市アルティジエを創り上げたのです」

 長い昔話を終えると、ミシェルは立ち止まり、前方にランタンをかざした。

「これが、その魔力結晶です」

 眼前に現れた広大な空洞、その中央に鎮座する七色の光を放つ巨大な結晶に、ゼノは目を見張らせた。
 ミシェルの話に集中して気が付かなかったのが不思議なほどに、そこにはランタンの弱々しい光など必要ないほどの光が満ちていた。

 百年以上のあいだ、仲間達が遺した膨大な魔力を有する結晶を、ミシェルはひとりで守り続けてきた。
 封じられた魔力が暴走して周辺に危害を与えないように。強欲な人間の手に渡らないように。
 人間の街と巨大な穴、そして風の防御壁を用いて、たったひとりで守ってきたのだ。

 巨大な魔力の塊を見上げたまま、ミシェルは続けた。

「三十年ほど前、イシュナードと名乗る男がこの地を訪れました。彼は私に様々な知識を与えてくれました。彼は、異種族として人間のなかで独り生きてきた私の、初めての友人になってくれました。その恩もあって、真摯に教えを請う彼に、私は……」

 振り返ったミシェルが、その眼を大きく見開いた。何もかも見透かすような硝子玉に似た瞳には、一切の色素が存在していない。けれど、その視線は確かにゼノを捉えていた。
 まるで罪人が罪を告白するような重々しい口調で、ミシェルはゼノに告げた。

「私は、魔力結晶化の秘術を、彼に教えてしまったのです」

 

***


 ゼノが帰路に着いたのは、ちょうど正午に差し掛かる頃のことだった。
 街の中央にそびえ立つ時計塔の鐘の音を聞きながら、ゼノは石畳の坂道を登った。

 ――竜人族の青年よ、心しなさい。

 ミシェルの声が胸に響く。

 の者が何を目的としてその秘術を得ようとしたのか。
 貴方はこの先、その真実を識《し》ることになるでしょう。

 ミシェルの口から告げられた、忠告とも取れるその言葉は、ゼノの胸中で幾度となく反芻くりかえされていた。
 

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