滅びゆく竜の物語

柴咲もも

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第二章 死する狼のための鎮魂歌

彼の者へ続く道③

 廃坑での一件から数日のときが過ぎた。
 留置所に拘束されていたレジオルド憲兵隊第三隊は、この日、本国へ送還されることが決まっていた。
 アルティジエの街を囲う城壁の上に、橋を渡り森へ消えていく人の列を見下ろす五つの人影があった。

「これで、解決したことになるのでしょうか」

 森に視線を向けたまま、ゼノがぽつりと呟いた。
 村がひとつ焼き討たれ、大勢の命が消えた。けれど、その主犯である彼らは人間というだけで『法』に守られるのだ。
 この街を守っている市長は、滅ぼされた人狼と同じ地の民異種族であるミシェルだというのに。

「これ以上は、レジオルディネの法に任せる他ありません。ですから、我々は貴方に感謝しているのですよ」

 ゼノの言葉にモルガンが頷きを返す。どこか晴れやかな表情から、ゼノは彼の本心を伺えた気がした。
 例え不条理な法に疑念を抱こうとも、彼らにはこれ以上、どうしようもないのだと。
 これこそが、ゼノが何の罪にも問われなかった、その理由だったのだ。
 
 しばしの沈黙のあと、モルガンは思い出したように言葉を付け足した。

「忘れるところでした。先日お話頂いた件ですが、私の方で手配しておきました。例の仕立て屋に話を通しておきましたので、都合がつき次第お立ち寄りください」


 あの日、ミシェルとの話を終えたあと、見送りについたモルガンにアルティジエを訪れた理由を尋ねられた。ミシェルはイシュナードとゼノの関係を見透かしてはいたが、他言はしていなかったようだった。
 無駄に勘ぐられるのも気分が悪いので、ゼノは正直に、親友の消息を追うためにベルンシュタインの国境を越える手立てを探しに来たことを説明した。
 結果、どうやらモルガンは、国境を越える準備を整えてくれたようだ。


「何故、余所者の私にそこまでしてくださるのですか?」
「なに、親切心などではありません。美味い話には裏があるものです。彼の国の国境越えを手伝う代わりに、貴方達に頼みたいことがある。それだけですよ」

 そう言うと、モルガンは口の端を上げ、満足気な笑みを浮かべた。
 どうやら、ミシェルの口添えもあったようだ。あのときの言葉はゼノへの忠告だけではなく、国境越えを手伝う代わりにイシュナードの現状ととやらを確認し、その結果を見届けて欲しいと、そのような願いも込められていたのだろう。

 黙り込むゼノに、モルガンが軽く一礼する。そのまま踵を返すと、彼は森を眺めて立ち尽くす三人のほうへと歩み寄った。

「そろそろ戻りましょうか。……レティシアさん」

 モルガンに促され、レティシアが小さく頷いた。
 リュックの話によれば、彼女はこれからこのアルティジエで、市長であるミシェルの元に引き取られるのだそうだ。
 どうやら、彼女の生み出す月雫の花がミシェルの病の発作を抑える薬の元になるらしく、花狼の一族が滅んだ今、花の人工生成の研究に於いてもレティシアの協力は必要不可欠なものらしい。

「ごめん、オイラが村を留守にしてなきゃ、こんなことには……」

 モルガンに呼ばれて駆け出そうとしたレティシアに、深刻な表情でリュックが告げた。くるりと振り返り小さく首を横に振って、レティシアがちからなく笑う。

「リュックひとりでなんとかできたことじゃないもの。お姉ちゃんが好きだった花を採りに行っていたんでしょ? あの花で花畑を作って告白するんだって、約束したって言ってたじゃない」


 ソフィの婚姻の宴のあとに、村で一番日の当たる丘で、アリシアが大好きだった花を一面に咲かせて、かねてからの想いを告げる。
 そのためにどうしても、アリシアが愛したその花の、野生の姿に触れなければならなかった。
 それが、リュックがあのとき村を留守にした、たったひとつの理由だった。

 レティシアがなんと言おうと、リュックの胸の内に巣食う罪悪感は消えない。
 アリシアや村の皆が命を落とし、レティシアが声を失ったあのとき、自分がそこにいれば、皆を、アリシアを救うことができたのではないかと、どうしても考えてしまう。
 だが、現実的に考えればレティシアの言うとおりだった。あの襲撃はリュックひとりの手に負えるようなものではない。
 レティシアが無事に逃げ延び、失った声を取り戻せただけでも幸運だったに違いない。

 レティシアに促され、リュックは小さく頷いた。
 互いに笑顔を交わすと、レティシアは小走りでモルガンを追いかけ、石の階段を降りて行った。


「リュック、気付いてた?」

 去りゆく少女を見送って立ち尽くしていたリュックに、マリアンルージュが歩み寄る。

「レティはきみのことが好きだったんだよ」

 振り返り、首を傾げるリュックに向かって、マリアンルージュは静かに告げた。
 一瞬、驚いたように目を瞬かせて、リュックが小さく息を吐く。

「気付いてたよ。でも、オイラはずっとあいつの義兄さんになるつもりでいたから。妹のように思ってたから、今更あいつをそんな風には見てやれない。オイラじゃ幸せにできないよ」
「そっか……」
「それに、この街なら異種族が差別されることもないからね」

 顔を上げたリュックの表情からは、先刻までのやり切れない様子は微塵も感じられない。吹っ切れたように屈託なく笑うリュックに、マリアンルージュは穏やかに微笑み返した。
 ふたりのやり取りを最後まで見届けて、ゼノがマリアンルージュに声を掛ける。

「マリア、そろそろ時間です」
「うん。……それじゃ、リュック」
「だな。そろそろ行こうか」
「……は?」

 マリアンルージュとリュックのあいだで交わされた流れるように自然な会話に、ゼノは間の抜けた声を漏らした。
 茫然とするゼノを置いて、ふたりは颯爽と石の階段を降りていく。

「どうしたんだよゼノ、置いてくぞ?」

 途中で足を止めて振り返り、訝し気にゼノを呼ぶリュックに向かって、ゼノは抗議にも似た言葉を投げ掛けた。

「いやいやいやちょっと待ってください。まさかリュック、一緒に来るつもりですか?」
「当然! オイラがいないとお前、何もできないだろ?」

 困惑するゼノを尻目に得意気に踏ん反り返り、声高らかにリュックが告げる。
 呆然とするゼノを眺めながら、マリアンルージュがくすくすと笑いを零した。

「は? 何言ってるんですか? ちょっとマリア、笑ってないで止めてください」
「まぁまぁ、いいじゃない。一緒に行こうよ。きっと楽しいよ」
「そうそう、旅は道連れって言うだろ?」

 反論を受け付けない勢いでそう言うと、リュックはマリアンルージュの手を取って楽しげに駆け出した。
 城壁の際にひとり取り残されたゼノは、旅の今後を考えて若干の眩暈を堪えたのだった。



***


 自由都市アルティジエの中央にそびえ立つ時計塔。その鐘堂から正午を報せる鐘が鳴り響く。
 街は今に、昼食へと向かう人々で溢れかえるだろう。

 石畳みの道を埋め尽くす人混みに紛れ、先を行くリュックとマリアンルージュが大きく手を振っていた。
 やれやれと溜め息をひとつ零し、ゼノは雑踏の中へと足を踏み入れる。
 三人の後ろ姿は、瞬く間に人波に飲まれて消えた。


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