滅びゆく竜の物語

柴咲もも

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番外編

朝霧の森を駆ける③

 雨のように木漏れ日が射す森の中、彼の背中を追って歩いた。
 驚きとも怒りとも言えない表情でわたしを見ていた父と兄の顔が、時折り脳裏をよぎっては消えた。
 それでも、迷うことなく先を行く彼の背中を追い掛けるだけで、わたしは今まで感じたことのない晴れやかな気持ちになっていた。

 生い繁る草を掻き分けて進んだその先に、わずかに樹々が拓けた空き地があった。
 中央に転がる横倒しになった丸太の前で立ち止まると、彼はわたしを振り返り、何度かわたしと丸太のあいだで視線を行き来させた。わたしは首を傾げて、しばらく棒立ちになっていた。
 やがて彼は困ったように表情を曇らせて、丸太の端に腰を下ろした。

「……座らない?」

 彼に促されて、ようやくわたしは彼の行動の意図を察した。
 いつもなら、たとえ彼が相手でも、気兼ねすることなくさっさと隣に座っていたと思う。
 でも、先ほどイシュナードに指摘されて自分の気持ちに気がついたばかりで、わたしは完全に彼のことを意識してしまっていて、不自然に距離を置いて丸太に腰を下ろすことしかできなかった。
 そんなわたしの様子から、わたしが彼のことを警戒していると思ったのだと思う。
 
「怖がらせてごめん。……でも、他の誰かに俺とふたりで話してるところを見られたら、きっと変な噂がたつから」

 そう前置きして、彼は淡々と話しはじめた。

 その内容は、イシュナードの口から語られたものとはまるで別のものだった。
 一方的に抱いている好意を知られ、突き放されるものだとばかり思っていたわたしは、少し拍子抜けしてしまったけれど。
 イシュナードが彼に語った夢を、里の者に知られたらどんな仕打ちを受けるかもわからない秘密を、彼はわたしに正直に打ち明けてくれた。
 どうしてそんな秘密を教えてくれるのかと尋ねるわたしに、彼は言った。

「きみに落ち度があるわけじゃないことを、伝えたかったから」
「……きみは優しいね」

 呟いて、わたしはようやく肩のちからを抜いた。
 直前の状況から考えて、彼はわたしとイシュナードのやり取りを聞いていてもおかしくないと思っていた。
 保身のためにイシュナードに求婚して断られたわたしに好かれているなんて、イシュナードの友人である彼にとっては不愉快極まりないことに違いなくて。イシュナードがそうしたように、彼もまた、わたしを拒絶するのではないかと思っていた。
 でも、どうやら彼は、わたしとイシュナードのやり取りを聞いたわけではなく、わたしが去ったあとイシュナードに話を聞いただけのようだった。
 わたしは俯いて、彼にイシュナードを婚姻相手に選んだ理由を打ち明けた。
 そのすべてに嘘はなかったけれど、本当の気持ちだけは伝えることができなかった。
 ただ胸の奥で、同じ言葉を何度も反芻していた。

 ――きみのことが、好きだよ。


 彼と眼を合わせることが、わたしにはできなかった。視線を交えてしまえば、気持ちが伝わってしまいそうで。
 彼は必要最低限のことしか話さなかったけれど、その言葉の節々からは、不器用な優しさが伝わってきた。
 いつも一人で丘の上に座っていた彼の姿を思い出して、元々口下手なんだろうなと、わたしは思った。

 彼の話が終わって、空き地に沈黙がおりた。
 わたしに気を遣ったのか、彼はその後もしばらく黙って側にいてくれた。

 森の樹々がかさかさと音を立てていた。風が吹いて、木の葉がひらひらと目の前を横切り、彼の足元へ静かに舞い落ちた。自然と視線が木の葉を追っていた。それは彼も同じだったようで、顔を上げた彼と目が合った。
 促されるように、わたしは精一杯の想いを口にした。

「きみの髪は、安息をもたらす夜の闇のように優しい色だね。わたしは好きだよ」



***


 その年の収穫祭で、わたしは例年どおり祝祭の舞を踊った。
 毎年、豊穣の女神様への祈りをこめて踊り続けてきた舞だったけれど、その年は少しだけ気持ちの在り処が違っていた。

 はじめて自覚した淡い恋心が愛しい彼に届くように。
 願いを込めて、わたしは精一杯舞い踊った。
 
 けれど、祭りの会場に彼が現れることはなかった。


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