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第5話 大切な人のために
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「……私のせいだ。危険だと知りながら彼女を止めることが出来なかった。それどころか私は、疫病に怯える皆を彼女が救ってくれるのではないかと期待して……」
悲嘆に暮れるユリウスに寄り添って執務室へと続く長い廊下を進みながら、ロッテは悔しさに唇を噛んだ。
あれからずっとユリウスは自分を責め続けている。シャルロッテが疫病に感染したのは、自分の考えが甘かったからだと決めつけて。
「ユリウス様のせいじゃありません。シャルロッテ様は何もかも承知の上で、それでもみんなを助けたくて……」
ぐっと喉が詰まる。眦から涙があふれ、ぽろぽろと頬を滑り落ちた。
森の魔女リーゼロッテの代理を名乗るロッテのことを疑う人は多かったけれど、ふたりだけは——ユリウスとシャルロッテだけは、初めからずっとロッテのことを信じ続けてくれていたのに。
——わたし、まだ何の役にも立ってない。
ロッテにもっとちからがあれば、疫病を治す薬を作れるほどの知識と経験を備えていれば、ユリウスやシャルロッテがこんなに辛い思いをすることも、きっとなかった。
ユリウスの上衣の袖をきゅっと握り締め、ロッテは唇を引き結んだ。ユリウスの手のひらが、ロッテの震える指先に触れる。
「……本当に情けないよ。彼女はいつだって私を支えてくれていたのに、彼女は今もたったひとりで病と闘っているのに、私はそばで励ますことすらできないんだ……」
ちからなく微笑むと、ユリウスはロッテの手を取って、それからそっと手を放した。はっとして顔を上げれば、目の前には片翼の鷹の紋章が掲げられた大扉が立ち塞がっていて、扉の前に憂い顔のゲオルグが立っていた。
「すまない、しばらくひとりになりたいんだ。ゲオルグ、彼女を頼むよ」
俯きがちにロッテを振り返ってそう言うと、ユリウスはゲオルグの肩にそっと触れ、執務室の扉を押し開けた。
わずかに軋む音とともに、ユリウスの背中が扉の向こうに隠される。ロッテは無意識に声を張り上げていた。
「ユリウス様、あの……!」
祈るように手を結び、必死の思いで話をしようとしたけれど、ユリウスは足を止めることも、ふたたびロッテを振り返ることもしなかった。
虚しい音を響かせて執務室の扉が閉まる。固く結んだ手のひらを胸に抱いて、泣き出してしまいそうになる自分をロッテはぐっと押さえ込んだ。
しばらくのあいだ、ロッテはその場に立ち尽くしていた。
まだ全ての希望が潰えたわけではない。エリクシアの花さえあれば、シャルロッテは助かるかもしれない。でも、そのためには——
「大丈夫か?」
遠慮がちな声にはっとして、ロッテが慌てて顔をあげると、俯いたロッテの顔を覗き込むようにしてゲオルグが立っていた。
「……大丈夫、です」
「シャルロッテ様の容態は」
「一刻を争う状況で……ユリウス様の話では、保って七日だとか……」
「馬鹿な!」
ゲオルグの低い声が薄暗い廊下に木霊する。
「次の満月さえ越せればエリクシアを手に入れることができたんだ。それなのに何故……」
吐き捨てるようにそう言うと、ゲオルグはくしゃくしゃに歪めた顔を背けた。
ゲオルグの言うとおりだ。シャルロッテの進言でユリウスはすぐさま討伐隊を編成し、予定では次の満月にエリクシアの採取を決行するはずだったのだ。けれど、このままではシャルロッテは次の満月まで生きられない。
シャルロッテを助けるためには。
彼女が生きられるあいだにエリクシアを手に入れる方法は、たったひとつ。
「……わたしが行きます!」
ぎゅっと両手を握り締めて、ロッテは意を決してその言葉を口にした。訝しげに眉を顰め、ゲオルグが目を細める。
「……お前、何を言って……」
「シャルロッテ様はわたしの身を案じてユリウス様に黙っていたみたいですけど、お師匠様の話が本当なら、わたしなら満月の夜じゃなくてもエリクシアを見分けることができるんです!」
「馬鹿な……! それが事実だとして、魔獣の巣にお前のような戦えもしない女が立ち入るなど、無謀にも程があるだろう!」
「それでも……! シャルロッテ様をお救いするためには、それしかないんです……!」
縋るようにゲオルグの手を握り、ロッテは訴えた。ゲオルグが「くそッ……!」と吐き捨てて、ぎりと歯をくいしばる。
最後の最後に残されたシャルロッテを救うたったひとつの希望が、よりにもよってロッテのような役立たずの小娘の存在にかかっているのだ。ゲオルグの遣る瀬ない気持ちもよくわかる。けれど、それでもロッテには、この方法の他にシャルロッテを救う術が思いつかない。
長い長い沈黙。そのあいだ、ゲオルグは必死に何かを考えているようだった。
一度だけロッテを見て、苦渋に満ちた表情を浮かべて。やがてロッテの耳に、絞り出すようなゲオルグの低い声が届いた。
「……わかった。この事を殿下にお話して作戦班を結成する」
「お願いします! わたしは……まだ、やらなきゃいけないことが……」
弾かれるように顔をあげ、ロッテがぱっと顔を輝かせる。ゲオルグは黙って頷くと、執務室の扉をノックして部屋の中へと入っていった。
***
大急ぎで自室に戻ったロッテは、すぐさま机に向かい、薬草学の本を開いた。分厚い学術書のほんの一部分だというのに、ここ数日で穴が空くほど目を通したせいか、そのページはあっさりとみつけることができた。
万能の薬草エリクシア。一見するとなんの変哲も無い、そこらの野山に咲く花に見える。けれど、月の光を浴びてうっすらと透きとおる花びらは、まるで氷のひとひらのように清らかで美しい。
ロッテが机に齧り付くようにして本のページを凝視していると、そのただならぬ様子に気が付いたのか、窓際のソファに寝そべっていたディアナがソファを離れ、ロッテの側にやってきた。
「どうしたの? 血相変えて」
小首を傾げて訊ねるあたり、ディアナはまだシャルロッテの件を知らないようだった。逸る気持ちをなんとか押し留めて、ロッテがこれまでのことを説明すると、ディアナは「そんな……」と一言呟いて、綺麗に整った眉を顰めて、そのまま何やら考え込んでしまった。
ディアナのことは気になるけれど、今はそれどころではない。ロッテはもう一度薬草学の本に向き直ると、整然と綴られた文字の列を目で追った。
現状では、エッケハイドの治療に有効な手立てがない。シャルロッテを救うためには万能の薬と伝えられるエリクシアの霊薬を作るしかないのは間違いないはずだ。
ロッテは顔をあげ、机の戸棚にちらりと目をやった。シャルロッテにエリクシアの話をしてから調薬に必要な材料を集めはじめて、ロッテの手元にはすでに必要な材料がほぼ揃っている。けれど、最も重要な材料となるエリクシアは、周囲の草花に宿る魔力を糧に育つため群生することのない孤高の花だ。
つまり、一度に採取できるのは、たった一輪。他の薬草のように、調薬に失敗したときのために予備の花をストックしておくことができない。エリクシアの霊薬は魔女の薬のなかでも最も作成難易度の高い薬だというのに、予備の花もなくシャルロッテを救うために一刻を争うこの状況では、失敗が許されない。
かたかたと震える手のひらを、ロッテは胸に抱き締めた。
エリクシアの霊薬は経験の豊富な魔女でも確実に調薬を成功させることは不可能だと云われている。経験の少ないロッテでは、きっと調薬に失敗してしまう。
「どうしたらいいの……?」
ちからなく肩を落として、ロッテははっとした。
リーゼロッテなら——偉大なる森の魔女と謳われる彼女なら、エリクシアの霊薬だって難なく調薬できるはずだ。
ぐうたらで面倒ごとを嫌う彼女だけれど、今の状況を説明すれば、きっとちからを貸してくれる。
——たぶん、きっと。
限りなく儚い希望だったけれど、ロッテが今頼れる者はリーゼロッテしかいない。勢い良く席を立ち——ロッテはその場にしゃがみ込んでしまった。
冷静に考えて、リーゼロッテに協力を仰ぐなんてできっこないのだ。彼女は今も、ファナの森の奥深くに建つ屋敷で暮らしている。彼女自身が森から出てきてくれるならともかく、魔獣の棲むあの森を抜けて屋敷に辿り着くのはとても難しい。勿論、ロッテも例に漏れず、だ。
一刻を争うこの状況でリーゼロッテの元を訪ね、北の霊峰に向かうなんて、どう考えても無理だ。
目の前に置かれた無理難題にロッテが低く唸っていると、それまで黙って側に立っていたディアナがロッテの隣に膝をつき、ロッテの顔を覗き込んだ。
「さっきから何を悩んでいるの?」
「……お師匠様にちからを借りたくて。でも、これからお師匠様を訪ねて、エリクシアの採取に向かうなんて、どう考えても時間が足りないし……」
ロッテが涙声で言うと、ディアナは困ったように眉を垂れて、「そうねぇ」と一言呟いた。
「せめて、お師匠様と話すことができればいいんですけど、わたしは鳥の使役もできないし、水鏡の魔法も使えないし……」
ロッテがぽつぽつと溢した、そのときだった。
「あら、その程度のことなら出来るわよ」
拍子抜けしたようにディアナが言った。
ロッテがぱっと顔を上げ、瞳をまんまるくしてディアナを見ると、彼女は白金の長い髪をかきあげて、少し照れ臭そうに続けた。
「あなた達魔女が水鏡の魔術で情報を集めるように、私達占星術師は星鏡の魔術を使って情報を集めるの。彼女の近くに……そうねぇ……鏡か、水瓶かなにか、映すものはあるかしら」
「それならお師匠様の部屋に姿見があります! お師匠様はこの時間ならいつも部屋で寝てるから、近くにいると思います!」
「決まりね」
艶やかに紅に染まったディアナの唇が弧を描く。
琥珀の瞳を輝かせるロッテと頷き合うと、ディアナは颯爽と立ち上がり、廊下に向かって歩き出した。それからロッテを振り返って言った。
「すぐに星鏡の魔術の準備をするわ。ついて来なさい」
悲嘆に暮れるユリウスに寄り添って執務室へと続く長い廊下を進みながら、ロッテは悔しさに唇を噛んだ。
あれからずっとユリウスは自分を責め続けている。シャルロッテが疫病に感染したのは、自分の考えが甘かったからだと決めつけて。
「ユリウス様のせいじゃありません。シャルロッテ様は何もかも承知の上で、それでもみんなを助けたくて……」
ぐっと喉が詰まる。眦から涙があふれ、ぽろぽろと頬を滑り落ちた。
森の魔女リーゼロッテの代理を名乗るロッテのことを疑う人は多かったけれど、ふたりだけは——ユリウスとシャルロッテだけは、初めからずっとロッテのことを信じ続けてくれていたのに。
——わたし、まだ何の役にも立ってない。
ロッテにもっとちからがあれば、疫病を治す薬を作れるほどの知識と経験を備えていれば、ユリウスやシャルロッテがこんなに辛い思いをすることも、きっとなかった。
ユリウスの上衣の袖をきゅっと握り締め、ロッテは唇を引き結んだ。ユリウスの手のひらが、ロッテの震える指先に触れる。
「……本当に情けないよ。彼女はいつだって私を支えてくれていたのに、彼女は今もたったひとりで病と闘っているのに、私はそばで励ますことすらできないんだ……」
ちからなく微笑むと、ユリウスはロッテの手を取って、それからそっと手を放した。はっとして顔を上げれば、目の前には片翼の鷹の紋章が掲げられた大扉が立ち塞がっていて、扉の前に憂い顔のゲオルグが立っていた。
「すまない、しばらくひとりになりたいんだ。ゲオルグ、彼女を頼むよ」
俯きがちにロッテを振り返ってそう言うと、ユリウスはゲオルグの肩にそっと触れ、執務室の扉を押し開けた。
わずかに軋む音とともに、ユリウスの背中が扉の向こうに隠される。ロッテは無意識に声を張り上げていた。
「ユリウス様、あの……!」
祈るように手を結び、必死の思いで話をしようとしたけれど、ユリウスは足を止めることも、ふたたびロッテを振り返ることもしなかった。
虚しい音を響かせて執務室の扉が閉まる。固く結んだ手のひらを胸に抱いて、泣き出してしまいそうになる自分をロッテはぐっと押さえ込んだ。
しばらくのあいだ、ロッテはその場に立ち尽くしていた。
まだ全ての希望が潰えたわけではない。エリクシアの花さえあれば、シャルロッテは助かるかもしれない。でも、そのためには——
「大丈夫か?」
遠慮がちな声にはっとして、ロッテが慌てて顔をあげると、俯いたロッテの顔を覗き込むようにしてゲオルグが立っていた。
「……大丈夫、です」
「シャルロッテ様の容態は」
「一刻を争う状況で……ユリウス様の話では、保って七日だとか……」
「馬鹿な!」
ゲオルグの低い声が薄暗い廊下に木霊する。
「次の満月さえ越せればエリクシアを手に入れることができたんだ。それなのに何故……」
吐き捨てるようにそう言うと、ゲオルグはくしゃくしゃに歪めた顔を背けた。
ゲオルグの言うとおりだ。シャルロッテの進言でユリウスはすぐさま討伐隊を編成し、予定では次の満月にエリクシアの採取を決行するはずだったのだ。けれど、このままではシャルロッテは次の満月まで生きられない。
シャルロッテを助けるためには。
彼女が生きられるあいだにエリクシアを手に入れる方法は、たったひとつ。
「……わたしが行きます!」
ぎゅっと両手を握り締めて、ロッテは意を決してその言葉を口にした。訝しげに眉を顰め、ゲオルグが目を細める。
「……お前、何を言って……」
「シャルロッテ様はわたしの身を案じてユリウス様に黙っていたみたいですけど、お師匠様の話が本当なら、わたしなら満月の夜じゃなくてもエリクシアを見分けることができるんです!」
「馬鹿な……! それが事実だとして、魔獣の巣にお前のような戦えもしない女が立ち入るなど、無謀にも程があるだろう!」
「それでも……! シャルロッテ様をお救いするためには、それしかないんです……!」
縋るようにゲオルグの手を握り、ロッテは訴えた。ゲオルグが「くそッ……!」と吐き捨てて、ぎりと歯をくいしばる。
最後の最後に残されたシャルロッテを救うたったひとつの希望が、よりにもよってロッテのような役立たずの小娘の存在にかかっているのだ。ゲオルグの遣る瀬ない気持ちもよくわかる。けれど、それでもロッテには、この方法の他にシャルロッテを救う術が思いつかない。
長い長い沈黙。そのあいだ、ゲオルグは必死に何かを考えているようだった。
一度だけロッテを見て、苦渋に満ちた表情を浮かべて。やがてロッテの耳に、絞り出すようなゲオルグの低い声が届いた。
「……わかった。この事を殿下にお話して作戦班を結成する」
「お願いします! わたしは……まだ、やらなきゃいけないことが……」
弾かれるように顔をあげ、ロッテがぱっと顔を輝かせる。ゲオルグは黙って頷くと、執務室の扉をノックして部屋の中へと入っていった。
***
大急ぎで自室に戻ったロッテは、すぐさま机に向かい、薬草学の本を開いた。分厚い学術書のほんの一部分だというのに、ここ数日で穴が空くほど目を通したせいか、そのページはあっさりとみつけることができた。
万能の薬草エリクシア。一見するとなんの変哲も無い、そこらの野山に咲く花に見える。けれど、月の光を浴びてうっすらと透きとおる花びらは、まるで氷のひとひらのように清らかで美しい。
ロッテが机に齧り付くようにして本のページを凝視していると、そのただならぬ様子に気が付いたのか、窓際のソファに寝そべっていたディアナがソファを離れ、ロッテの側にやってきた。
「どうしたの? 血相変えて」
小首を傾げて訊ねるあたり、ディアナはまだシャルロッテの件を知らないようだった。逸る気持ちをなんとか押し留めて、ロッテがこれまでのことを説明すると、ディアナは「そんな……」と一言呟いて、綺麗に整った眉を顰めて、そのまま何やら考え込んでしまった。
ディアナのことは気になるけれど、今はそれどころではない。ロッテはもう一度薬草学の本に向き直ると、整然と綴られた文字の列を目で追った。
現状では、エッケハイドの治療に有効な手立てがない。シャルロッテを救うためには万能の薬と伝えられるエリクシアの霊薬を作るしかないのは間違いないはずだ。
ロッテは顔をあげ、机の戸棚にちらりと目をやった。シャルロッテにエリクシアの話をしてから調薬に必要な材料を集めはじめて、ロッテの手元にはすでに必要な材料がほぼ揃っている。けれど、最も重要な材料となるエリクシアは、周囲の草花に宿る魔力を糧に育つため群生することのない孤高の花だ。
つまり、一度に採取できるのは、たった一輪。他の薬草のように、調薬に失敗したときのために予備の花をストックしておくことができない。エリクシアの霊薬は魔女の薬のなかでも最も作成難易度の高い薬だというのに、予備の花もなくシャルロッテを救うために一刻を争うこの状況では、失敗が許されない。
かたかたと震える手のひらを、ロッテは胸に抱き締めた。
エリクシアの霊薬は経験の豊富な魔女でも確実に調薬を成功させることは不可能だと云われている。経験の少ないロッテでは、きっと調薬に失敗してしまう。
「どうしたらいいの……?」
ちからなく肩を落として、ロッテははっとした。
リーゼロッテなら——偉大なる森の魔女と謳われる彼女なら、エリクシアの霊薬だって難なく調薬できるはずだ。
ぐうたらで面倒ごとを嫌う彼女だけれど、今の状況を説明すれば、きっとちからを貸してくれる。
——たぶん、きっと。
限りなく儚い希望だったけれど、ロッテが今頼れる者はリーゼロッテしかいない。勢い良く席を立ち——ロッテはその場にしゃがみ込んでしまった。
冷静に考えて、リーゼロッテに協力を仰ぐなんてできっこないのだ。彼女は今も、ファナの森の奥深くに建つ屋敷で暮らしている。彼女自身が森から出てきてくれるならともかく、魔獣の棲むあの森を抜けて屋敷に辿り着くのはとても難しい。勿論、ロッテも例に漏れず、だ。
一刻を争うこの状況でリーゼロッテの元を訪ね、北の霊峰に向かうなんて、どう考えても無理だ。
目の前に置かれた無理難題にロッテが低く唸っていると、それまで黙って側に立っていたディアナがロッテの隣に膝をつき、ロッテの顔を覗き込んだ。
「さっきから何を悩んでいるの?」
「……お師匠様にちからを借りたくて。でも、これからお師匠様を訪ねて、エリクシアの採取に向かうなんて、どう考えても時間が足りないし……」
ロッテが涙声で言うと、ディアナは困ったように眉を垂れて、「そうねぇ」と一言呟いた。
「せめて、お師匠様と話すことができればいいんですけど、わたしは鳥の使役もできないし、水鏡の魔法も使えないし……」
ロッテがぽつぽつと溢した、そのときだった。
「あら、その程度のことなら出来るわよ」
拍子抜けしたようにディアナが言った。
ロッテがぱっと顔を上げ、瞳をまんまるくしてディアナを見ると、彼女は白金の長い髪をかきあげて、少し照れ臭そうに続けた。
「あなた達魔女が水鏡の魔術で情報を集めるように、私達占星術師は星鏡の魔術を使って情報を集めるの。彼女の近くに……そうねぇ……鏡か、水瓶かなにか、映すものはあるかしら」
「それならお師匠様の部屋に姿見があります! お師匠様はこの時間ならいつも部屋で寝てるから、近くにいると思います!」
「決まりね」
艶やかに紅に染まったディアナの唇が弧を描く。
琥珀の瞳を輝かせるロッテと頷き合うと、ディアナは颯爽と立ち上がり、廊下に向かって歩き出した。それからロッテを振り返って言った。
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