魔女見習いのロッテ

柴咲もも

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第6話 エリクシアの花を求めて

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「ゲオルグさん、水の匂いがします」
 道の先を歩いてたカミルがゲオルグを振り返る。ロッテとフリッツにちらりと目配せすると、ゲオルグは急な獣道を一足飛びに登っていった。
「どの方角だ」
「こっちです……近いですよ」
 カミルが鼻をひくつかせ、茂みの向こうを目線で指すと、ゲオルグは同様に茂みの向こうを確認して、道を塞ぐ茂みの枝葉を剣で薙いだ。強引に切り開いた道へカミルを先に向かわせて、剣を鞘に収め、ちらりとロッテを振り返る。
 魔獣の襲撃を凌いでから随分と時間が経っていた。陽はすでに沈み、空には大小の星が瞬いている。木の葉の隙間から雨のように降りそそぐ月の光が、森の中を明るく照らしていた。
 半日以上馬の背に揺られ、道とは言い難い山道を歩き続けたおかげで、ロッテはもうくたくただった。森育ちを自負してはいるけれど、平地に樹々が生い茂るファナの森と山の麓に広がるこの森では勝手が違う。高低差のある山道を歩くのは不慣れなうえ、元々体力があるわけでもないものだから、日々の訓練と任務で鍛えられた騎士達のあとを着いて行くだけでいっぱいいっぱいだ。肩で息をしながら、それでも足手纏いにならないように、ロッテは懸命に歩き続けた。
「大丈夫か」
 ようやく追いついたロッテの顔をゲオルグが覗き込む。ロッテはこくりと頷いて、弾む呼吸を整えた。
 ゲオルグに連れられて茂みを抜けると、一足先に川縁で待機していたカミルとフリッツに迎えられた。ロッテがほっと息を吐き、額の汗を腕で拭う。隣に立つゲオルグの顔をちらりと見上げると、彼は渋面のまま、砂利に覆われた川縁の向こうを見据えていた。さらさらと涼しげな音を辺りに響かせて、川は穏やかに流れていた。
「運がいい。今夜はここで休息を取り、明日は川沿いを進むとしよう」
 そう言うと、ゲオルグは手近な茂みから木の枝を切り落とし、カミルとフリッツに目配せで指示を出して川縁に火を熾させた。
 三人の騎士が焚き火の準備をしているあいだ、ロッテはぼんやりと川沿いの森を見渡した。川は山の上層から流れてきているようだった。けれど、川沿いの森には道らしい道がなく、先ほどゲオルグがそうしたように、茂みを切り開いて進む必要がありそうだ。
 ——元来た獣道を歩くほうが、よっぽど楽なのに。
 ロッテは不思議に思い、すぐそばでしゃがんで手荷物を漁っていたフリッツに訊ねた。
「どうして川沿いを行くんですか?」
「ん……? ああ、そっか、ロッテちゃんは知らないのか。この川のように標高が高い山を流れる川の水には霊力が宿っているんだよ」
「霊力……?」
 ロッテが小首を傾げると、小枝を火に焚べていたカミルが得意げに口を挟んできた。
「天然の霊水とか聖水とか呼ばれてるやつです。魔獣は清らかな水を嫌うから、こういった川の周辺は比較的安全なんですよ」
「そういうことだ。多少歩き難い場所も通ることになるが、見た限り見通しも悪くない。森の中を進むよりはずっと安全だろう」
 淡々とした口振りでそう言って、ゲオルグは火のそばに腰を下ろし、ロッテをちょいと手招いた。
 外を出歩いた経験すら少ないロッテは、野宿をするのも初めてだった。経験豊富な騎士達に比較的安全だと言われていても、やっぱり夜の森が怖い。
 ロッテはゲオルグのそばに駆け寄ると、ポーチから魔獣除けのお香を取り出してみせた。
「これ、魔獣除けの道具です。効果があるかはわからないんですけど、試しに使ってみていいですか?」
 ロッテが尋ねると、ゲオルグはちょっぴり目をまるくして、それからふと表情を和らげて、「好きにしろ」とつぶやいた。

 魔獣除けのお香は独特の甘い香りがしたけれど、誰にも文句は言われなかった。焚き火のそばにしゃがみ込み、ぱちぱちと音をたてて舞い散る火の粉を眺めていると、不意にぽんと肩を叩かれた。
「ロッテちゃん、こっちにおいで」
 顔を上げると、隣にフリッツが立っていた。
「女の子がいつまでもざんばら髪のままじゃ可哀想だからね。綺麗にしてあげるよ」
 小さな鋏をちょきちょきと動かしながら、フリッツがニッと白い歯を見せる。ちょっぴり驚いたものの、確かに今の不揃いな髪のままでは見苦しいだろうと考えて、ロッテはフリッツの厚意を素直に受け入れることにした。
 言われるままにフリッツに背を向けて、砂利の上に腰を下ろす。いつのまにか隣にやってきていたカミルが、なにやら嬉しそうに笑っていた。
 焚き火の向こう側でゲオルグが心配そうに腰を浮かせていたけれど、ロッテは見なかったふりをした。


***


「はい、できた。お疲れ様、お姫様」
「随分短くなっちゃったけど、この長さも似合いますね」
 フリッツとカミルがロッテの顔を覗き込んで笑う。砂利の上に散らばった薔薇色の髪を見下ろして、ロッテはそっと肩にかかる髪に触れてみた。
「鏡でもあればよかったんですけどね」
 カミルが残念そうに呟くと、フリッツは「ふっふっふ」となにやら得意げに笑い、手荷物の中から丸い手鏡を取り出した。三人の様子を遠目で見ていたゲオルグが、うんざりした表情で溜め息を洩らす。
「なんでそんなものを持ち歩いているんだ」
「色男の嗜みってやつですよ」
 ゲオルグの追求を軽くいなすと、フリッツはロッテに手鏡を握らせて、鏡の中を覗かせた。
 鏡に映ったロッテの髪はちょうど肩にかかるほどの長さで、ただ切り揃えただけではなく、軽く毛先が梳いてあった。ふんわりと柔らかな仕上がりに、普段は野暮ったいロッテでも垢抜けて可愛いく見える。
「ありがとうございます、フリッツさん」
 にっこり笑って礼を言うと、フリッツも「どういたしまして」と笑ってくれた。左のこめかみにかかる髪を軽くまとめ、改めて白い花の髪飾りで留める。ちらりとゲオルグを窺い見ると、ゲオルグは少し火から離れた場所で、黙々と剣の手入れをしていた。
 すらりと伸びた白銀の刃に舞い散る火の粉が映り込んで、とても綺麗だ。
「そういえば、ゲオルグさんて、とってもお強いんですね」
 ロッテが声を掛けると、ゲオルグはちらりとロッテを一瞥して——そのまま手元に視線を戻し、黙々と剣の手入れを続けた。ロッテが目を瞬かせていると、ゲオルグの素っ気ない態度を見兼ねたのか、フリッツとカミルが横から口を挟んだ。
「そ……そりゃまあ、アインベルク家は代々王家に仕える騎士の家系だからね。俺達とは別格だよ」
「お父上は国王陛下の近衛騎士隊長を任されてるし、王太子殿下の剣の師でもありますからね!」
「ユリウス様の……?」
「あれ? ロッテちゃんは知らなかった?」
「言ってみれば、ゲオルグさんは殿下の兄弟子みたいなものなんですよ」
うるさい!」
 凄味のある低い声が川縁に響く。フリッツとカミルが口を噤み、互いに顔を見合わせた。ゲオルグはいつも通りの顰めっ面で、それでもどこか不機嫌そうに見えた。
 あまり触れて欲しくない話題だったのかもしれない。
「火の番は俺がしておく。交代の時間になったら起こしてやるから、お前達は先に休め」
 有無を言わさぬ口振りでゲオルグが言い切ると、フリッツとカミルは一瞬顔を見合わせて、すぐさま「はい!」と声を揃えた。

 ロッテとフリッツとカミルは、ぐるりと火を囲むようにして砂利の上に寝転がった。ロッテが瞼を閉じてじっとしていると、やがてふたりの規則的な寝息が聞こえてきた。
 眠れるときに眠りにつく。それは、休みなく任務に明け暮れる騎士達にとって、備えておくべき大切な能力なのかもしれない。野宿に慣れないロッテには、とても難しいことだけれど。
 ふたりの騎士の寝息に耳を澄ませながら、ロッテはぼんやりと先の会話を思い返した。
 ——ゲオルグさんが、ユリウス様の兄弟子。
 何かが引っかかっていた。先に交わした会話の中に、ロッテにとって大切な情報が含まれていた、そんな気がする。
 もう一度、今度はゲオルグにきちんと話を聞いてみたくて、ロッテはそっとゲオルグの様子を覗き見た。
 ゲオルグは真剣な表情で、未だ黙々と剣の手入れを続けていた。
 ——今は、やめておいたほうが良さそう。
 なんとなくそう結論づけて、ロッテは膝を抱え、まるくなって目を閉じた。

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