魔女見習いのロッテ

柴咲もも

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最終話 フィオラント王国の花の魔女

番外編 騎士と休暇と海辺の街 閑話

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 濡れた薔薇色の髪をタオルで拭きながら、ロッテはふうと溜め息を吐いた。
 散々迷って躊躇って、ようやく意を決して背中を流しに行ったのに、あんなにもあっさりと躱されてしまうだなんて思ってもみなかった。フィオラントの王宮で暮らしていた頃のように、強引に迫られたりするんじゃないかと考えて、勝手にドキドキしたりして。自意識過剰にもほどがある。
 久しぶりの再会で、ひとつ屋根の下にふたりきりで、ゲオルグだって当然そういうことは考えているはずなのだ。それでも彼が紳士に対応してくれたのは、ロッテが以前から「ベッドでしたい」と常々口にしていたからだ。きっとそうだ。そうに違いない。
 だからつまり、本番はこれからというわけで。
 脱衣所の扉に手を掛けて、ロッテはこくりと息を飲んだ。壁掛け鏡に目を向けて自分の姿を確認する。
 真っ白なネグリジェはおろしたてで、身に付けた下着は持っている中で一番可愛いものを選んだつもりだ。彼との久しぶりの行為がロマンチックなものになるように、身体の隅々まで念入りに手入れもしたし、ベッドメイキングだって完璧にしておいた。
 大丈夫だ、抜かりはない。
 ネグリジェの胸元をぎゅっと握り締めて、ロッテは脱衣所の扉を開けた。

 廊下はしんと静まり返っていて、台所と居間を兼ねた食堂にも彼の姿はなかった。ロッテはきょろきょろとあたりを見回して、階段から二階を確認して、それから明かりの消えた店内を覗いてみた。
 果たして彼はそこに居た。月明かりに薄っすらと浮かび上がる窓辺の長椅子に座ったまま、媚薬の解毒剤を要求したあの夜のように、腕を組んで項垂れて、うつらうつらと寝息を立てていた。
「うわぁぁぁ……」
 ロッテは思わず声を漏らし、真っ赤に茹で上がった顔を両手で覆った。
 結局、意識していたのはロッテだけで、ゲオルグのほうは長旅の疲れでそれどころではなかったのだろう。久しぶりのふたりきりの夜だからって、当然えっちなことをするものだと決めつけて、勝手にその気になっていたなんて。
 恥ずかしい。恥ずかしすぎる。

「そうだよね……フィオラントからここまで馬を走らせてきたんだもん。疲れてるに決まってるよね」
 呟いて、ロッテは床に膝をつき、ゲオルグの顔を覗いてみた。眉間に皺の寄った気難しい顔をして、彼は何やら夢を見ているようだ。
 戸棚から毛布を引っ張り出して、船を漕ぐ彼の肩にそっと掛けて。それからロッテはもう一度、今度は身を屈めて彼の寝顔を覗き込んだ。
「おやすみなさい、ゲオルグさん。おつかれさま」
 耳元でそう囁いて、赤銅色の前髪を指先で払い、額にそっと口付ける。
 キスなんて、これまでに数え切れないくらいしてきたはずなのに、何故だかとてもドキドキして。きゅうんと胸が苦しくなって、ロッテは改めて思った。

 ——あぁ、わたし、やっぱりゲオルグさんが好きなんだ。

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