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第3話 魔女の媚薬
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フィオラントの王宮で暮らしはじめて七日目の朝、陽がのぼる前に目を覚ましたロッテは、ベッドから飛び起きると、窓の外——中庭の様子を覗き見た。
美しく剪定された樹々に遮られて、ロッテの部屋からは庭の奥がよく見えない。けれど、樹々の合間にちらりと見え隠れする人影を目にすると、ロッテはぱっと表情を輝かせた。
その人影が誰のものなのか、ロッテはちゃんと知っている。先日、陽が昇る前に目が覚めて、なんとなく中庭に出たときに、ひとりで剣の稽古に励むユリウスの姿を見てしまったからだ。それからというもの、ロッテは毎朝ひっそりとユリウスの凛々しい稽古姿を覗き見るようになっていた。
ユリウスの寸分の狂いもない素振りと華麗な剣捌きはまるで剣舞のようで、時を忘れて魅入られてしまうほどに美しい。自在に剣を操る彼の姿を見ているだけで、ロッテの胸はきゅんと切なく締め付けられるのだった。
ユリウスの役に立ちたい。魔法を使えない役立たずの自分を信じてくれた彼のちからになれるだけでいい。そう思えたら、どんなに良かっただろう。
樹々の向こうで剣を振り続けるユリウスの影をみつめたまま、ロッテは祈るように胸の前で手を握った。
こんなにも胸が苦しいのは、ロッテがユリウスに恋をしているからだ。けれど、ユリウスにはもう素敵な婚約者がいて、冴えない田舎娘でしかないロッテではとても敵いそうにない。そんなことは、婚約者の名前を口にする彼の表情を見ればすぐにわかった。
正攻法ではこの恋は一生叶わない。叶わない想いなら諦めるべきなのだと思う。けれど、ロッテにはまだわずかな可能性があった。机に向かい、分厚い学術書のページをめくる。リーゼロッテから受け取ったメモ用紙を手に取って、整然と書き連ねられた文字の列を目で追った。
この媚薬はいわゆる惚れ薬のような、人の心を操るものではない。いっときの感情で既成事実を作ることはできても、人の心まで手に入れることはできない。けれど、生真面目で優しいユリウスなら。
——あのクソ真面目な王子に使ってやれ。玉の輿も夢じゃないぞ。
魔女の誘惑が、胸の奥に妖しく響く。唇をきゅっと引き結んで顔を上げると、ロッテはメモ用紙を握り締め、寝室を後にした。
***
厨房でハムとたまごのサンドウィッチを分けてもらうと、ロッテは研究室に戻り、薬草学の本を机の上に広げ、リーゼロッテのレシピから必要な材料をメモしていった。かりかりと文字を連ねるペンの音に気を良くしていると、程なくしてディアナが部屋にやってきた。
ディアナによるロッテの監視がはじまったのは、ロッテがゲオルグと街に出た次の日からだ。毎朝決まった時間になると、こうしてロッテの研究室にやってきて、ロッテが妙な真似をしないように、一日中行動を監視するのだ。
はじめはディアナの存在が息苦しかった。けれど、二、三日もすると、ロッテはこの生活にも慣れてしまった。ユリウスやゲオルグの言うとおり、ロッテが不審な真似をしなければ、世話役がひとりついているようなものだったからだ。
ロッテが部屋を片付けたり調べ物をしているあいだ、ディアナはいつものように窓辺に置かれたカウチソファに寝そべって、占星術の分厚い本をぺらぺらとめくっていた。ときおり眠たそうにあくびをしたり、額や眉間を抑えては溜め息を吐いてもいた。
ディアナの本職は宮廷に仕える占星術師らしく、ロッテの監視を終えたあと、毎晩遅くまで研究を続けている。そんな生活が続けば疲れも溜まるに決まっているわけで。
ロッテはほんの少し心配になって、メモの最後にハーブの名前をいくつか書き足した。
「ディアナさん、ハーブ園に行きたいんですけど」
「……ハーブ園ん?」
ロッテが声を掛けると、ディアナは気怠そうに繰り返して、ソファの上で身を起こした。大人の女性の色気を感じさせるその仕草は、どことなくリーゼロッテに似ているようで。毎日の監視がそれほど気にならなかった理由に、ロッテはようやく気がついた。
「ユリウス様が庭園もハーブ園も好きに見ていいって言ってました。一日中部屋に閉じこもりっぱなしじゃ不健康ですから、一緒に外に行きましょう!」
ロッテがディアナの手を引くと、ディアナは少し眉間に皺を寄せて。それから大きく溜め息をついて、ちょっぴり勿体ぶりながら、「……めんどくさい子ねぇ」と呟いた。
***
宮殿の東側にある庭園は入り組んだ迷路のように植え込みの緑に仕切られており、そこかしこに色とりどりの美しい花が咲き誇っていた。ひらひらと通路を舞う白や黄色の蝶々が、まるでディアナとロッテを庭園の奥へと導いているようで、絵本のような幻想的な光景に夢中になって、ロッテはきらきらと琥珀の瞳を輝かせた。
先を行くディアナも少し気が晴れたようで、研究室にいたときの気怠さはなりを潜めていた。しゃなりしゃなりと艶やかに通路を歩くその姿は、白金の髪と小麦色の肌が樹々の緑に良く映えて美しく、おとぎ話に出てくる男を惑わす森の妖精のようにも見えた。
緑の迷路を抜けると、ひらけた庭に白くて奥行きのある細長いアーチ屋根の建物がみっつ並んで建っていた。その前にはプランターがいくつも並べられており、支柱に伸びた蔦植物がそこかしこに花を咲かせている。図鑑や学術書の絵で見るだけだった珍しいハーブが庭いっぱいに植えられているその光景は、ロッテを興奮させるには充分すぎるものだった。逸る気持ちを抑えながら、ロッテは隣に立つディアナを見上げた。
ディアナはちょっぴり不機嫌そうな面持ちで、植え込みの陰に身を隠すようにしてハーブ園を覗いていた。何かを警戒するようにぴりぴりと空気を尖らせて、彼女は前方を見据えたまま、おもむろに口を開いた。
「悪いけど、わたしはここで待たせてもら」
「ディアナさん!」
唐突に響いた声に、ディアナの肩がびくりと跳ねる。ディアナの言葉を遮ったのは、中性的な、少し高めの快活な声だった。直後、背の高い蔦植物の向こう側から日除け帽子とエプロンを身に付けた少年が姿を現して、猛スピードでディアナの元へ駆け寄ってきた。
「やっぱりディアナさんだ! どうしたんですか? 僕のハーブ園に何かご入り用ですか?」
しっぽを振る仔犬のように少年が無邪気にはしゃぐ。対するディアナは露骨にうんざりした表情で、がっくりと肩を落とした。
「ディアナさん、こちらは……」
「ああ……そうね、紹介するわ。宮廷庭師のテオよ。ハーブ園と薬草園を管理しているの」
ため息混じりにディアナが言うと、テオと呼ばれた少年は茶色い瞳をまんまるくして、驚いたようにロッテを見た。どうやら彼は、植え込みに半分隠れていたディアナには光の速さで気が付いたのに、庭園の前に堂々と立っていたロッテには今の今まで全く気付いていなかったようだ。
「え? あ、ご紹介に預かりました、庭師のテオです。どうぞよろしく」
泥のついた軍手を外し、エプロンで手のひらを拭って、テオが右手を差し出した。人懐っこく笑うテオの手を軽く握って、ロッテも名を名乗った。
「魔女見習いのロッテです。薬を作るのに薬草を分けて欲しくて……」
ロッテがメモを手渡すと、テオはふんふんと頷いて、「ちょっと借りるよ」とメモをひらひらさせながら植物の壁の向こうに姿を消した。
テオがいなくなると、ディアナが一際大きな溜め息を吐いた。
いつもはつんつんしていて近寄り難いディアナだけれど、テオの勢いに押されて困っている姿はちょっぴり可愛かったかもしれない。くすりと笑って、ロッテはテオが戻るのを待った。
しばらくして戻ってきたテオは、小さな鉢植えのハーブをいくつも載せた浅い木箱を両腕で抱えていた。ロッテの前でメモを読み上げながら、ひとつひとつハーブの名前を確認して、テオは木箱ごとロッテにハーブを手渡した。小さいとはいえ鉢植えがいくつも載っていることもあり、木箱はずっしりと重かった。箱の底を支えるようにして木箱を抱きかかえると、ロッテはかしこまってテオにお礼を言った。
「ありがとうございます、テオさん」
「テオでいいよ。時間があったらまた来て。ハーブ園を案内するからさ」
そう言って気さくに笑い、ディアナに満面の笑みで頭を下げると、テオは忙しなく白い建物へと駆けて行った。
***
研究室に戻ると、ロッテはまずテオに分けて貰ったハーブを仕分けして、それから窓辺のソファを振り返った。
「さっき貰ってきたハーブでお茶を淹れようと思うんですけど、ディアナさんも一緒にどうですか?」
ポットでお湯を沸かしながら訊ねると、ディアナは開いた本を片手に紅玉の瞳をすっと細めた。
「あら、わたしを懐柔するつもり?」
どこか愉しそうにそう言って、小麦色の長い脚を優雅に組んだ。
——やっぱり似てる。
出立の日、ロッテの部屋のベッドで寛いでいたリーゼロッテの姿を思い出し、ロッテはくすりと微笑んだ。リーゼロッテもディアナのように意地悪ばかり言っていたけれど、ロッテが淹れたハーブティーを口にすると、いつも美味しいと褒めてくれたものだ。
工房で買った硝子のティーセットをテーブルに並べ、茜色に透きとおるハーブティーをカップに注ぐ。あまい香りがふわりと部屋に広がったところで、ディアナが窓辺のソファを離れ、テーブルへとやってきた。
「いただくわ」
優雅な所作でティーカップを手に取って、彼女はうっすらと瞳を伏せる。柔らかなハーブの香りを楽しんで、カップの縁に口付けた。
今日のハーブティーは、お疲れ気味のディアナのためにロッテがブレンドした即席のハーブティーだ。日々の疲れを癒す疲労回復効果と、夜にゆっくり眠れるリラックス効果と、それからちょっぴりお肌にハリが出る美容効果のあるハーブをブレンドした。
魔女らしい魔法は使えないロッテだけれど、相手の体調に合わせたハーブティーでお客様を持て成すのは大好きだった。ロッテが淹れたハーブティーで難しい顔をしたお客様の顔がほっこりと笑顔になる。その瞬間、とても幸せな気持ちになれるからだ。
——ディアナさんの口に合うかどうかは、わからないけど。
ロッテがそんなことを考えたとき、カップの縁から口を離し、ディアナがぽつりと呟いた。
「あら、美味しい」
美しく剪定された樹々に遮られて、ロッテの部屋からは庭の奥がよく見えない。けれど、樹々の合間にちらりと見え隠れする人影を目にすると、ロッテはぱっと表情を輝かせた。
その人影が誰のものなのか、ロッテはちゃんと知っている。先日、陽が昇る前に目が覚めて、なんとなく中庭に出たときに、ひとりで剣の稽古に励むユリウスの姿を見てしまったからだ。それからというもの、ロッテは毎朝ひっそりとユリウスの凛々しい稽古姿を覗き見るようになっていた。
ユリウスの寸分の狂いもない素振りと華麗な剣捌きはまるで剣舞のようで、時を忘れて魅入られてしまうほどに美しい。自在に剣を操る彼の姿を見ているだけで、ロッテの胸はきゅんと切なく締め付けられるのだった。
ユリウスの役に立ちたい。魔法を使えない役立たずの自分を信じてくれた彼のちからになれるだけでいい。そう思えたら、どんなに良かっただろう。
樹々の向こうで剣を振り続けるユリウスの影をみつめたまま、ロッテは祈るように胸の前で手を握った。
こんなにも胸が苦しいのは、ロッテがユリウスに恋をしているからだ。けれど、ユリウスにはもう素敵な婚約者がいて、冴えない田舎娘でしかないロッテではとても敵いそうにない。そんなことは、婚約者の名前を口にする彼の表情を見ればすぐにわかった。
正攻法ではこの恋は一生叶わない。叶わない想いなら諦めるべきなのだと思う。けれど、ロッテにはまだわずかな可能性があった。机に向かい、分厚い学術書のページをめくる。リーゼロッテから受け取ったメモ用紙を手に取って、整然と書き連ねられた文字の列を目で追った。
この媚薬はいわゆる惚れ薬のような、人の心を操るものではない。いっときの感情で既成事実を作ることはできても、人の心まで手に入れることはできない。けれど、生真面目で優しいユリウスなら。
——あのクソ真面目な王子に使ってやれ。玉の輿も夢じゃないぞ。
魔女の誘惑が、胸の奥に妖しく響く。唇をきゅっと引き結んで顔を上げると、ロッテはメモ用紙を握り締め、寝室を後にした。
***
厨房でハムとたまごのサンドウィッチを分けてもらうと、ロッテは研究室に戻り、薬草学の本を机の上に広げ、リーゼロッテのレシピから必要な材料をメモしていった。かりかりと文字を連ねるペンの音に気を良くしていると、程なくしてディアナが部屋にやってきた。
ディアナによるロッテの監視がはじまったのは、ロッテがゲオルグと街に出た次の日からだ。毎朝決まった時間になると、こうしてロッテの研究室にやってきて、ロッテが妙な真似をしないように、一日中行動を監視するのだ。
はじめはディアナの存在が息苦しかった。けれど、二、三日もすると、ロッテはこの生活にも慣れてしまった。ユリウスやゲオルグの言うとおり、ロッテが不審な真似をしなければ、世話役がひとりついているようなものだったからだ。
ロッテが部屋を片付けたり調べ物をしているあいだ、ディアナはいつものように窓辺に置かれたカウチソファに寝そべって、占星術の分厚い本をぺらぺらとめくっていた。ときおり眠たそうにあくびをしたり、額や眉間を抑えては溜め息を吐いてもいた。
ディアナの本職は宮廷に仕える占星術師らしく、ロッテの監視を終えたあと、毎晩遅くまで研究を続けている。そんな生活が続けば疲れも溜まるに決まっているわけで。
ロッテはほんの少し心配になって、メモの最後にハーブの名前をいくつか書き足した。
「ディアナさん、ハーブ園に行きたいんですけど」
「……ハーブ園ん?」
ロッテが声を掛けると、ディアナは気怠そうに繰り返して、ソファの上で身を起こした。大人の女性の色気を感じさせるその仕草は、どことなくリーゼロッテに似ているようで。毎日の監視がそれほど気にならなかった理由に、ロッテはようやく気がついた。
「ユリウス様が庭園もハーブ園も好きに見ていいって言ってました。一日中部屋に閉じこもりっぱなしじゃ不健康ですから、一緒に外に行きましょう!」
ロッテがディアナの手を引くと、ディアナは少し眉間に皺を寄せて。それから大きく溜め息をついて、ちょっぴり勿体ぶりながら、「……めんどくさい子ねぇ」と呟いた。
***
宮殿の東側にある庭園は入り組んだ迷路のように植え込みの緑に仕切られており、そこかしこに色とりどりの美しい花が咲き誇っていた。ひらひらと通路を舞う白や黄色の蝶々が、まるでディアナとロッテを庭園の奥へと導いているようで、絵本のような幻想的な光景に夢中になって、ロッテはきらきらと琥珀の瞳を輝かせた。
先を行くディアナも少し気が晴れたようで、研究室にいたときの気怠さはなりを潜めていた。しゃなりしゃなりと艶やかに通路を歩くその姿は、白金の髪と小麦色の肌が樹々の緑に良く映えて美しく、おとぎ話に出てくる男を惑わす森の妖精のようにも見えた。
緑の迷路を抜けると、ひらけた庭に白くて奥行きのある細長いアーチ屋根の建物がみっつ並んで建っていた。その前にはプランターがいくつも並べられており、支柱に伸びた蔦植物がそこかしこに花を咲かせている。図鑑や学術書の絵で見るだけだった珍しいハーブが庭いっぱいに植えられているその光景は、ロッテを興奮させるには充分すぎるものだった。逸る気持ちを抑えながら、ロッテは隣に立つディアナを見上げた。
ディアナはちょっぴり不機嫌そうな面持ちで、植え込みの陰に身を隠すようにしてハーブ園を覗いていた。何かを警戒するようにぴりぴりと空気を尖らせて、彼女は前方を見据えたまま、おもむろに口を開いた。
「悪いけど、わたしはここで待たせてもら」
「ディアナさん!」
唐突に響いた声に、ディアナの肩がびくりと跳ねる。ディアナの言葉を遮ったのは、中性的な、少し高めの快活な声だった。直後、背の高い蔦植物の向こう側から日除け帽子とエプロンを身に付けた少年が姿を現して、猛スピードでディアナの元へ駆け寄ってきた。
「やっぱりディアナさんだ! どうしたんですか? 僕のハーブ園に何かご入り用ですか?」
しっぽを振る仔犬のように少年が無邪気にはしゃぐ。対するディアナは露骨にうんざりした表情で、がっくりと肩を落とした。
「ディアナさん、こちらは……」
「ああ……そうね、紹介するわ。宮廷庭師のテオよ。ハーブ園と薬草園を管理しているの」
ため息混じりにディアナが言うと、テオと呼ばれた少年は茶色い瞳をまんまるくして、驚いたようにロッテを見た。どうやら彼は、植え込みに半分隠れていたディアナには光の速さで気が付いたのに、庭園の前に堂々と立っていたロッテには今の今まで全く気付いていなかったようだ。
「え? あ、ご紹介に預かりました、庭師のテオです。どうぞよろしく」
泥のついた軍手を外し、エプロンで手のひらを拭って、テオが右手を差し出した。人懐っこく笑うテオの手を軽く握って、ロッテも名を名乗った。
「魔女見習いのロッテです。薬を作るのに薬草を分けて欲しくて……」
ロッテがメモを手渡すと、テオはふんふんと頷いて、「ちょっと借りるよ」とメモをひらひらさせながら植物の壁の向こうに姿を消した。
テオがいなくなると、ディアナが一際大きな溜め息を吐いた。
いつもはつんつんしていて近寄り難いディアナだけれど、テオの勢いに押されて困っている姿はちょっぴり可愛かったかもしれない。くすりと笑って、ロッテはテオが戻るのを待った。
しばらくして戻ってきたテオは、小さな鉢植えのハーブをいくつも載せた浅い木箱を両腕で抱えていた。ロッテの前でメモを読み上げながら、ひとつひとつハーブの名前を確認して、テオは木箱ごとロッテにハーブを手渡した。小さいとはいえ鉢植えがいくつも載っていることもあり、木箱はずっしりと重かった。箱の底を支えるようにして木箱を抱きかかえると、ロッテはかしこまってテオにお礼を言った。
「ありがとうございます、テオさん」
「テオでいいよ。時間があったらまた来て。ハーブ園を案内するからさ」
そう言って気さくに笑い、ディアナに満面の笑みで頭を下げると、テオは忙しなく白い建物へと駆けて行った。
***
研究室に戻ると、ロッテはまずテオに分けて貰ったハーブを仕分けして、それから窓辺のソファを振り返った。
「さっき貰ってきたハーブでお茶を淹れようと思うんですけど、ディアナさんも一緒にどうですか?」
ポットでお湯を沸かしながら訊ねると、ディアナは開いた本を片手に紅玉の瞳をすっと細めた。
「あら、わたしを懐柔するつもり?」
どこか愉しそうにそう言って、小麦色の長い脚を優雅に組んだ。
——やっぱり似てる。
出立の日、ロッテの部屋のベッドで寛いでいたリーゼロッテの姿を思い出し、ロッテはくすりと微笑んだ。リーゼロッテもディアナのように意地悪ばかり言っていたけれど、ロッテが淹れたハーブティーを口にすると、いつも美味しいと褒めてくれたものだ。
工房で買った硝子のティーセットをテーブルに並べ、茜色に透きとおるハーブティーをカップに注ぐ。あまい香りがふわりと部屋に広がったところで、ディアナが窓辺のソファを離れ、テーブルへとやってきた。
「いただくわ」
優雅な所作でティーカップを手に取って、彼女はうっすらと瞳を伏せる。柔らかなハーブの香りを楽しんで、カップの縁に口付けた。
今日のハーブティーは、お疲れ気味のディアナのためにロッテがブレンドした即席のハーブティーだ。日々の疲れを癒す疲労回復効果と、夜にゆっくり眠れるリラックス効果と、それからちょっぴりお肌にハリが出る美容効果のあるハーブをブレンドした。
魔女らしい魔法は使えないロッテだけれど、相手の体調に合わせたハーブティーでお客様を持て成すのは大好きだった。ロッテが淹れたハーブティーで難しい顔をしたお客様の顔がほっこりと笑顔になる。その瞬間、とても幸せな気持ちになれるからだ。
——ディアナさんの口に合うかどうかは、わからないけど。
ロッテがそんなことを考えたとき、カップの縁から口を離し、ディアナがぽつりと呟いた。
「あら、美味しい」
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