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第3話 魔女の媚薬
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「すまん! 本ッ当にすまん!!」
アルコールランプの灯りが揺れる室内に、謝罪の言葉を繰り返す野太い声が響く。床に手を突き額を擦り付ける男の赤銅色の後頭部を見下ろしながら、ロッテはカウチの上でくすんと鼻をすすった。
はやく身体を洗い流したい。頭の中はそればかりなのに、まだ下腹部の奥が疼いているようで。
ブラウスの襟元を心許なげにかき集め、かぴかぴに乾いた太腿を擦り合わせる。お腹に吐き出された生臭い液体で、スカートまでべとべとに濡れていた。好きでもない相手に全身をくまなく撫で回され、大切な部分を暴かれて舐められたのだから、控えめに言っても最悪な気分だった。けれどもロッテはゲオルグを責められない。酷い目にあったのは事実だけれど、その原因はロッテが作った媚薬であって、今回の件に関して言えば、ゲオルグはむしろ被害者だからだ。
名誉ある騎士が、背が高くて体格も良い大人の男性が、垢抜けない田舎娘相手に縮こまって頭を下げている姿は、見ていてとても哀れだった。グロテスクなものを見せられて、身体に擦り付けられて、ロッテも相当ショックだったけれど、ロッテなんかに射精する瞬間を見られたゲオルグだって、死ぬほど恥ずかしかったに違いない。
ロッテはきゅっと唇を引き結び、足元で顔を伏せたままのゲオルグに声を掛けた。
「えっと、あの……もういいです。すっごく恥ずかしかったけど、元はと言えばあんな薬を作ったわたしが悪いので……」
掠れた声でロッテが言うと、ゲオルグは広い背中をびくりと震わせて、ゆっくりと顔を上げて、ロッテの顔をちらりと窺って、また視線を床に落として呟いた。
「そう……なのか? いや、そういう問題でもないだろう」
「射精したら一緒に薬の成分も排出されたみたいだし、良かったですね」
作った薬はグラスごと床に落ちて無駄になってしまったけれど、調薬の経験が増えたと思えば作った意味は充分にあったはずだ。とにかく今は、罪悪感で自決でもしてしまいそうな勢いのゲオルグに部屋を出て行ってもらいたい。
ロッテがそわそわと膝を擦り合わせていると、ゲオルグはこほんとひとつ咳払いをして、ようやく顔を上げて立ち上がり、薬の材料が並ぶ戸棚へと目を向けた。
「それで、あの薬はどうするつもりだ。まさか殿下に使おうなどと考えてはいないだろうな」
眉間に皺を寄せたいつもどおりの仏頂面で、ゲオルグがロッテに問う。
憧れのユリウスの凛々しい姿と、先ほど目にした情欲に溺れるゲオルグの姿が脳裏に浮かび、ロッテは慌てて目を瞑ると、ぶんぶんと首を振って食ってかかるように声を荒げた。
「絶対に使いません! あんな……鼻息荒く迫ってくるユリウス様なんて、想像したくもありませんから!」
「はっ、鼻息荒く、だと……!?」
顔を真っ赤にしたゲオルグが、わなわなと唇を震わせる。けれど、彼はそれ以上何も言い返そうとはしなかった。ぐっと両手を握り締め、くるりとロッテに背を向けて。
「とりあえず今はそこでじっとしていろ。ぬるま湯と……タオルを用意してくる」
ちょっぴり頬を赤らめてそう告げると、足早に部屋を出ていった。
***
翌日から、ロッテは気持ちを改めて特効薬の開発に取り掛かった。
疫病と聞いてはいたけれど、感染源や症状に関する情報は何ひとつ聞かされていなかったから、ロッテはまず、王の病状を窺うために宮廷医師の元を訪ねたり、王の寝所に出入りする看護人に話を聞いたりして、できる限りの情報を集めようと考えた。けれど、宮中でのロッテの立場はあくまでユリウスの客人でしかなく、階上で働く人々には悉く口を閉ざされてしまい、有益な情報はなかなか得ることができなかった。
ユリウスに謁見が許されれば——ユリウスが会いに来てくれれば、必要な情報を教えてもらえるのに。
途方に暮れたロッテは朝から晩まで部屋にこもり、真実かどうかも定かではない情報を元に、学術書と睨めっこを続けていた。
ロッテが顔を合わせる相手といえば、毎日監視に訪れるディアナただひとり。魔女の媚薬が完成したあの日を最後に、ゲオルグはロッテの部屋を訪れていない。ロッテがディアナに無理を言って、ゲオルグと監視役を代わってもらったからだ。
たとえゲオルグの意思ではなかったのだとしても、あのような淫猥な行為に至ってしまった以上、ふたりきりになるのは気不味くて。ロッテは時間とともに記憶が薄れることに期待して、今は自分がすべきことだけに集中しようと心に誓うのだった。
一方で、階下で暮らす使用人やフィオラントの騎士達のあいだでは、王太子が招聘した魔女の薬が噂になり、ロッテの元には度々調薬の依頼が舞い込むようになった。
怪我の状態に合わせた傷薬だけに留まらず、関節の痛みを和らげる湿布を作ったり頭痛薬を処方したり。寄せられる相談はどれも魔女の仕事とは思えない地味なものばかりだったけれど、ロッテは少しでも人の役に立てるようにと考えて、薬でなんとかできることは積極的に解決していった。
そうして、魔女見習いロッテの名前は階下で密やかに知られていった。
アルコールランプの灯りが揺れる室内に、謝罪の言葉を繰り返す野太い声が響く。床に手を突き額を擦り付ける男の赤銅色の後頭部を見下ろしながら、ロッテはカウチの上でくすんと鼻をすすった。
はやく身体を洗い流したい。頭の中はそればかりなのに、まだ下腹部の奥が疼いているようで。
ブラウスの襟元を心許なげにかき集め、かぴかぴに乾いた太腿を擦り合わせる。お腹に吐き出された生臭い液体で、スカートまでべとべとに濡れていた。好きでもない相手に全身をくまなく撫で回され、大切な部分を暴かれて舐められたのだから、控えめに言っても最悪な気分だった。けれどもロッテはゲオルグを責められない。酷い目にあったのは事実だけれど、その原因はロッテが作った媚薬であって、今回の件に関して言えば、ゲオルグはむしろ被害者だからだ。
名誉ある騎士が、背が高くて体格も良い大人の男性が、垢抜けない田舎娘相手に縮こまって頭を下げている姿は、見ていてとても哀れだった。グロテスクなものを見せられて、身体に擦り付けられて、ロッテも相当ショックだったけれど、ロッテなんかに射精する瞬間を見られたゲオルグだって、死ぬほど恥ずかしかったに違いない。
ロッテはきゅっと唇を引き結び、足元で顔を伏せたままのゲオルグに声を掛けた。
「えっと、あの……もういいです。すっごく恥ずかしかったけど、元はと言えばあんな薬を作ったわたしが悪いので……」
掠れた声でロッテが言うと、ゲオルグは広い背中をびくりと震わせて、ゆっくりと顔を上げて、ロッテの顔をちらりと窺って、また視線を床に落として呟いた。
「そう……なのか? いや、そういう問題でもないだろう」
「射精したら一緒に薬の成分も排出されたみたいだし、良かったですね」
作った薬はグラスごと床に落ちて無駄になってしまったけれど、調薬の経験が増えたと思えば作った意味は充分にあったはずだ。とにかく今は、罪悪感で自決でもしてしまいそうな勢いのゲオルグに部屋を出て行ってもらいたい。
ロッテがそわそわと膝を擦り合わせていると、ゲオルグはこほんとひとつ咳払いをして、ようやく顔を上げて立ち上がり、薬の材料が並ぶ戸棚へと目を向けた。
「それで、あの薬はどうするつもりだ。まさか殿下に使おうなどと考えてはいないだろうな」
眉間に皺を寄せたいつもどおりの仏頂面で、ゲオルグがロッテに問う。
憧れのユリウスの凛々しい姿と、先ほど目にした情欲に溺れるゲオルグの姿が脳裏に浮かび、ロッテは慌てて目を瞑ると、ぶんぶんと首を振って食ってかかるように声を荒げた。
「絶対に使いません! あんな……鼻息荒く迫ってくるユリウス様なんて、想像したくもありませんから!」
「はっ、鼻息荒く、だと……!?」
顔を真っ赤にしたゲオルグが、わなわなと唇を震わせる。けれど、彼はそれ以上何も言い返そうとはしなかった。ぐっと両手を握り締め、くるりとロッテに背を向けて。
「とりあえず今はそこでじっとしていろ。ぬるま湯と……タオルを用意してくる」
ちょっぴり頬を赤らめてそう告げると、足早に部屋を出ていった。
***
翌日から、ロッテは気持ちを改めて特効薬の開発に取り掛かった。
疫病と聞いてはいたけれど、感染源や症状に関する情報は何ひとつ聞かされていなかったから、ロッテはまず、王の病状を窺うために宮廷医師の元を訪ねたり、王の寝所に出入りする看護人に話を聞いたりして、できる限りの情報を集めようと考えた。けれど、宮中でのロッテの立場はあくまでユリウスの客人でしかなく、階上で働く人々には悉く口を閉ざされてしまい、有益な情報はなかなか得ることができなかった。
ユリウスに謁見が許されれば——ユリウスが会いに来てくれれば、必要な情報を教えてもらえるのに。
途方に暮れたロッテは朝から晩まで部屋にこもり、真実かどうかも定かではない情報を元に、学術書と睨めっこを続けていた。
ロッテが顔を合わせる相手といえば、毎日監視に訪れるディアナただひとり。魔女の媚薬が完成したあの日を最後に、ゲオルグはロッテの部屋を訪れていない。ロッテがディアナに無理を言って、ゲオルグと監視役を代わってもらったからだ。
たとえゲオルグの意思ではなかったのだとしても、あのような淫猥な行為に至ってしまった以上、ふたりきりになるのは気不味くて。ロッテは時間とともに記憶が薄れることに期待して、今は自分がすべきことだけに集中しようと心に誓うのだった。
一方で、階下で暮らす使用人やフィオラントの騎士達のあいだでは、王太子が招聘した魔女の薬が噂になり、ロッテの元には度々調薬の依頼が舞い込むようになった。
怪我の状態に合わせた傷薬だけに留まらず、関節の痛みを和らげる湿布を作ったり頭痛薬を処方したり。寄せられる相談はどれも魔女の仕事とは思えない地味なものばかりだったけれど、ロッテは少しでも人の役に立てるようにと考えて、薬でなんとかできることは積極的に解決していった。
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