初恋―ある連続猟奇殺人犯の告白―

柴咲もも

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第一章

図書館③

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「……何か気に障るようなこと言ったかな」
「怒っていた方は、姫という方のことが好きなんじゃないでしょうか」

 俺が呟くと、机に向き直って彼女が言った。

「いや、それはわかるけど」

 どうにも納得がいかなくて顔をしかめたまま席に着くと、俺を横目で見ていた彼女が小声でぽつりと呟いた。

「夏休みの終わりに海に誘ったって……」
「……え?」

 俺が間抜けな声を出すと、彼女は「なんでもありません」と首を振って読みかけの本を手に取って、それから思い出したように口を開いた。

「さっきの話ですけど……」

 何の話をしていたか考えながら、俺は彼女の顔を見た。これまでにないほど真剣な目で、彼女は俺を見据えて言った。

「以前お手紙に書いた縁談の話です。わたし、今度先方にご挨拶に伺うことになりました」

 俺は耳を疑った。
 手紙に書いてあった縁談。忘れかけていた、彼女が嫌がっていた、事故の原因になったあの話。
 だが、先方に挨拶に行くというのは、つまるところ、その話を前向きに考えるということで。彼女は結局、縁談を受けることになったのだ。

「手紙に書いてしまったから、あなたには伝えておかないといけないと思って……」

 彼女はうつむいてそう言った。無意識に、俺はシャツの裾を握りしめていた。

「そう……決心したんだ」

 本当は、こんな冷静な返し方をするつもりじゃなかった。もっと大袈裟に騒ぎたてて、彼女が縁談を進めるのを阻止したかった。
 だが、もしそれをやってしまったら、彼女とは二度と会えなくなるかもしれない。その可能性を考えて、俺は感情を押し殺すことを選んだ。
 俺にとって、彼女はそう簡単に諦められるようなものではなかった。想いを伝えて二度と会えなくなるくらいなら、一生友達のままでもいいとさえ思っていた。

 彼女への想いを伝える前に、この話を聞けてよかった。
 彼女が先方と婚約するというのなら、俺が彼女に対して恋愛感情を抱いた時点で問題になるだろう。でも友人としてなら、これからも彼女の傍にいることができる。
 彼女の傍にいるためになら、恋愛感情などというものは押し殺してしまおう。俺はそう決心した。

「あなたが友達でよかった。友達なら、今までどおりでいられますよね」

 俺の考えを見透かすような彼女の言葉に、胸をえぐられる思いだった。ゆっくりと顔を上げた彼女は、今にも泣きそうな顔をしていた。

「勿論、これからもなんだって相談にのるし、こうやって会って話をすることだってできるよ」

 そう言って笑ってみせると、彼女も安心したように弱々しく微笑んだ。

 そのあとのことは殆ど覚えていない。
 今までどおりの当たり障りのない会話をして、それぞれ家路についたのだと思う。
 俺は部屋に戻り、何も食べず、服も着替えずベッドに倒れこむと、仰向けに寝転んで、片腕で両目を覆った。
 彼女が手に入らないと知って、自覚していた以上に俺のなかで彼女の存在が大きくなっていたことに気がついた。そして、彼女の何にそんなに惹かれていたのか、俺はようやく理解した。

 この世界で彼女だけが、俺と繋がっていたんだ。
 両親の素性も行方もわからず、兄弟も頼れる親類もいない、この俺と。
 あの日、俺の血液が大量に彼女のなかに流れ込んだ。そして彼女は、その血液と一緒に俺の気持ちが流れ込んできたと言った。
 あの言葉を聞いて、俺は願ったんだ。
 彼女が、俺と同じ血をその身に宿す、唯一の存在であるようにと。
 言葉にしなくても、彼女は俺の気持ちを理解してくれた。俺が話したいと思えば、それを察したかのように電話をくれて、俺が欲している言葉をくれた。
 俺はいつの間にか信じ込んでいたんだ。彼女が言った「俺の血が、俺の気持ちを彼女に教えている」という言葉を。

 俺が彼女に好意を抱いていることを、彼女はきっと知っていた。だからあのとき、あんなに悲しい顔をしてたんだ。

 ——『先方にご挨拶に伺うことになりました』

 あの言葉に彼女の意思は込められていない。彼女が決断したのなら「先方に伺うことにした」と言うはずだから。
 彼女に縁談を受けるように言ったのは、あの両親に違いなかった。彼女が暮らす世界では、彼女の意思は尊重されない。
 だから彼女は、俺の想いを理解したうえで俺に縁談の話をして、俺に選択させた。そして俺が望んだとおり、として傍に居続けることを選んでくれたんだ。

 図書館でのことを思い返しながら、俺は考えた。
 あのとき、本当はどうすればよかったのだろう。彼女が俺に選択する権利を委ねたのだとしたら、俺は彼女を止めるべきだったんじゃないか。
 傍にいることよりも想いを伝えることを優先していたら、どんな結果が待っていただろう。
 彼女は俺についてきてくれたのだろうか。

 俺が他の女性を海に誘ったことを知って、彼女は明らかに動揺していた。きっと彼女も、俺に好意を抱いてくれていたんだろう。
 彼女を失いたくない一心で、俺は彼女にとって一番残酷な選択をしてしまったのかもしれない。

 いくら考えても、答えなど見つかるはずがなかった。

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