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中和の乙女
しおりを挟む魔王城に嫁いで三日。
城の一角に自室を与えられた私は、割と自由な日々を送っていた。
自分の行きたい場所に自由に入ってもいいし、城内の図書室の本だって好きに読めばいい。
書類上の夫となった魔王は朝昼晩必ず食事を共にしてくれる。
そしてその食事がなんといっても素晴らしく美味しいのだ。
量は王侯貴族が無駄に出すような大容量では無く、一般家庭の一人分と同じ程度の量。
決して贅沢品ではなく、食材も一般的なものだ。
王侯貴族から見れば、質素、という言葉が適しているのだろう。
だけど王侯貴族の食べるものよりも遥かに美味しいのだ。
さぞ名のあるシェフでも雇っているのだろうとも思ったけれど、厨房はいつも空。
それどころか私は未だに、この城で私と魔王以外の人を見たことがない。
故に──。
「暇だわ。ふあぁぁ……」
暇すぎてあくびが出てしまった。
常に日が当たらない魔界にいると体内時計が狂うのか、妙に眠くなってくる。
ついには私はその眠気に抗うことができず、深い夢の中へと落ちていてしまった。
***
──白い……霧……?
気づけば私は、深い霧の中に佇んでいた。
ここ、どこ?
さっきまで城の部屋にいたはずなのに。
部屋、ではないわよね?
辺りを見渡してみても何も見えない。
アンティークな机も、椅子も、クローゼットも、誰が用意したのか知りたくない少女趣味な天蓋付きベッドも。
これはどうしたことか……。
また別の世界にでも飛ばされたんだろうかと不安に思っていると──。
「いらっしゃい、可愛いお嬢さん」
透き通るような美しい声が響いて、そこには真っ白いドレスを着た金髪碧眼のお人形のような女性がこちらに笑みを向けて立っていた。
「あ、あの、お邪魔してます!!」
ここに来て初めて魔王以外の人に会えたという興奮から、妙に鼻息荒くなってしまったが仕方ない。
だって本当に久しぶりなんだもの、魔王以外の人間。
「ふふ、面白い子ね。異界の乙女がこんなに可愛らしい子だとは思わなかったわ。あぁそれとも、“中和の乙女”と呼んだ方がいいのかしら?」
「中和の──乙女?」
そんな呼び名は初めて聞いた。
私が女性から飛び出した言葉を反復させると、彼女はふんわりと微笑んで頷いた。
「あなたには、相対するものを中和させる力がある。善と悪。正と負。神と魔……。なんでも中和してしまうの、その力は」
え、すごっ。
まったく実感はないけれど。
「そうねぇ……目が覚めたら、城側とは反対の門へお行きなさい。そこにある魔法石に触れるの。そうすれば、事は動き始めるわ。あぁ、くれぐれも、ゼノンディウスには秘密で、ね?」
「ゼノン……あぁ、魔王のこと、ですか。でもなんで? そんなことしたら……」
「良いのよ。事を動かすには、きっかけを作らなきゃ、何も動かないわ」
事を、動かす……。
そうすれば何かが変わるのだろうか?
そうすれば、元の世界に帰ったりできるのだろうか?
あの子達の元に。
弟達の元に、帰ることができる?
こちらの世界に来てから数ヶ月。
あの子達を思い出さなかった事はない。
私がいなくなってしまったら、もう他に身寄りのないあの子達はきっと施設に入れられるはず。
衣食住の補償は、おそらく心配ない。
心配ない、のだけれど……。
やっぱり心配してしまうのが姉というものだ。
もし事というものが動いて元の世界に帰ることができるというのならば、試してみない手はない。
「わかりました……!! 私、行ってきます!!」
強奪された日常を取り戻すために。
「えぇ。行ってらっしゃい。いつでも見守ってるわ、あなた達を──」
美女の微笑みに私も笑みを返すと、刹那、再び霧が立ち込め、美女の身体を覆って消し去ってしまった。
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