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ポッチー
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昭太がポッチーに出会ったのは、きょうのような霧の濃い日のことでした。
昭太は、じいちゃんと山に住んでいました。なぜ山に住むことになったのか、昭太にはわかりません。なぜなら、昭太がもっと小さいときに、おとうさんがおじいちゃんのところに昭太をあずけたからです。
昭太のおかあさんは、昭太が赤ちゃんのころ病気で亡くなり、それからは、おとうさんが昭太を育てていたのですが、そのうち、おとうさんに海外出張の話がきたため、おとうさんは昭太をおじいちゃんにあずけたそうです。
昭太は、ものごころついたころからじいちゃんとくらしていたわけで、そのほかのことは、じいちゃんから聞いたこといがいはよくわかりません。じいちゃんは、ときおり、もっとおくの山にはいっては、炭やき小屋で炭を焼きます。そのときいつも、昭太はじいちゃんについていくのです。
昭太仕事は、谷から水をくんでくるとか、飯ごうを炊く、たき木を拾ってくる とか、そのていどで、ほかにする事がありませんので、山では日がな一日、あそんでいるのです。
あそぶといったって、昭太ひとりですから、木にのぼってアケビをとったり、木イチゴをとったり、ムカゴをつんだり、木と木の間に縄を渡してターザンのまねをしたりして、ひとりあそんでいました。手にはいつも棒をもって、ヘビやムカデはそれで打ち払い、山の中をあばれまわって毎日をすごしていたのでした。
昭太がうごくたびに、昭太の腰につけた鈴がカラカラと鳴るのでした。クマがでるので、じいちゃんの炭やき小屋の周りをぐるぐるあばれまわるだけで、けっして遠くへ行ってはいけないのです。でも、ポッチーに出会ったのは、いつものあそび場所からすこしはなれた林の中だったのです。
その日は、霧が深くて、あたりはぼうっとけぶって、いつものあそび場がまるで別天地のように感じられる日でした。
「ショウ、霧が深いでな、遠くへ行ったらあぶないけ、このあたりにおれよ。きょうは水くみに行かんでいいぞい。」
と、じいちゃんが言うほど、あたりはもやもやの霧だらけの世界がひろがっていました。ものみな、いつもとはようすもちがって見え、昭太はものめずらしさに、あちこち歩きまわるうちに、いつしかとなりの山にはいってしまったのでしょう。
気づくと、そこはドングリの木やクリの木の林で、すこしへこんだ場所でした。低い場所なので、霧もすこしはれて、あたりはうすぼんやりとですが、よく見えました。
「ぽっち。」
とつぜん、昭太の足もとで、小さなしゃがれた声がしました。昭太がふりむいても、声のぬしはわかりません。すると、また、
「ぽっち。」
と、こんどははっきりと聞こえたのでした。ははん、これがじいちゃんの話してくれた、ぽっちだな。昭太はすぐになっとくしました。
ぽっちは、背の高さ一尺ほど、頭だけいやに大きく、目は細く、鼻は高く、色白でした。頭にはドングリのはかまのような、こげ茶のぼうしをかぶり、木の皮をはいでつくったようなそまつな衣服を身にまとい、きれいな緑色の帯に、なにやら刀のようなものを差しています。
その異様ないでたちに似合わない、ハスキーなかわいい声で「ぽっち。」と昭太を呼んで、ひな人形のような手で手招きをします。
ぽっちの手招きのままに、昭太がそのあとをついて行くと、やおら、そこだけ陽の差す、小さな広場に出ました。広場には、小さな家らしきものが建っていて、家の前にはテーブルらしき座卓がしつらえてあり、その上には、なにやら食べ物がいっぱいならんでいます。
ぽっちは昭太を木かぶのいすにすわらせると、
「ぽっち。」
と言って、その食べ物をしきりにすすめます。
よく見ると、木イチゴジャム、クリむしパン、ドングリだんご、クルミかし、花のみつジュースなど、色とりどりの食べ物がならんでいます。どれもこれもがめずらしく、とてもおいしそうに見えました。思わず、昭太は手ぢかのドングリだんごに手を出しました。昭太にとって、それはこの世のものとは思えないほどおいしく感じられました。
昭太は、ぽっちがすすめるままに、テーブルの上の食べ物のほとんどを食べつくしてしまいました。もっとも、種類はあっても、一つ一つは小さなうつわに盛られているので、口にほうりこめば、一口でカラになってしまうからです。
すると、ぽっちは、その様子をまんぞくそうにながめていましたが、家の中から、小さな、碁盤のようなものと、2種類のコマをもちだしてきました。それは、昭太も見たことのあるゲーム、そう、オセロゲームにそっくりでした。
もう、それからは、オセロゲームに熱中した二人は、すっかり心がとけあって、いつのまにか昭太はぽっちのことを、「ポッチー」と、親しげに呼んでいました。
気づくと、いつのまにか、その陽だまりも木々のかげになっていて、あたりはまた、しんしんと霧がたちこめていました。
ぽっちも昭太も、別れのきたことを知って、どちらともなく、さよならをしました。
「ぽっち。」
と、ぽっちが昭太に呼びかけました。
「ポッチー。」
と、昭太も別れをおしむと、ふりきるように、そこをあとにしました。
昭太は、いちもくさん、あとも見ないで林をぬけ、じいちゃんのもとへといそぎました。
「ショウ、どこへ行ってたんじゃ。すがたが見えんで、わしはしんぱいしとったぞい。」
と、じいちゃんは昭太に話しかけましたが、昭太はそれにはこたえず、すぐに風呂のしたくにかかりました。
谷川から水をくんではこんでいると、さきほどまでのたのしかった、一部始終が思いだされました。
じいちゃんの言うとおりだ。ポッチーは、じいちゃんが子どものとき出会ったぽっちにちがいない。ぽっちはおそらく、林の、霧の精で、だから歳をとらないんだな。そして、もうこれっきり会えないんだなと、なにかむしょうに、さびしく思われたのでした。
(おしまい)
昭太は、じいちゃんと山に住んでいました。なぜ山に住むことになったのか、昭太にはわかりません。なぜなら、昭太がもっと小さいときに、おとうさんがおじいちゃんのところに昭太をあずけたからです。
昭太のおかあさんは、昭太が赤ちゃんのころ病気で亡くなり、それからは、おとうさんが昭太を育てていたのですが、そのうち、おとうさんに海外出張の話がきたため、おとうさんは昭太をおじいちゃんにあずけたそうです。
昭太は、ものごころついたころからじいちゃんとくらしていたわけで、そのほかのことは、じいちゃんから聞いたこといがいはよくわかりません。じいちゃんは、ときおり、もっとおくの山にはいっては、炭やき小屋で炭を焼きます。そのときいつも、昭太はじいちゃんについていくのです。
昭太仕事は、谷から水をくんでくるとか、飯ごうを炊く、たき木を拾ってくる とか、そのていどで、ほかにする事がありませんので、山では日がな一日、あそんでいるのです。
あそぶといったって、昭太ひとりですから、木にのぼってアケビをとったり、木イチゴをとったり、ムカゴをつんだり、木と木の間に縄を渡してターザンのまねをしたりして、ひとりあそんでいました。手にはいつも棒をもって、ヘビやムカデはそれで打ち払い、山の中をあばれまわって毎日をすごしていたのでした。
昭太がうごくたびに、昭太の腰につけた鈴がカラカラと鳴るのでした。クマがでるので、じいちゃんの炭やき小屋の周りをぐるぐるあばれまわるだけで、けっして遠くへ行ってはいけないのです。でも、ポッチーに出会ったのは、いつものあそび場所からすこしはなれた林の中だったのです。
その日は、霧が深くて、あたりはぼうっとけぶって、いつものあそび場がまるで別天地のように感じられる日でした。
「ショウ、霧が深いでな、遠くへ行ったらあぶないけ、このあたりにおれよ。きょうは水くみに行かんでいいぞい。」
と、じいちゃんが言うほど、あたりはもやもやの霧だらけの世界がひろがっていました。ものみな、いつもとはようすもちがって見え、昭太はものめずらしさに、あちこち歩きまわるうちに、いつしかとなりの山にはいってしまったのでしょう。
気づくと、そこはドングリの木やクリの木の林で、すこしへこんだ場所でした。低い場所なので、霧もすこしはれて、あたりはうすぼんやりとですが、よく見えました。
「ぽっち。」
とつぜん、昭太の足もとで、小さなしゃがれた声がしました。昭太がふりむいても、声のぬしはわかりません。すると、また、
「ぽっち。」
と、こんどははっきりと聞こえたのでした。ははん、これがじいちゃんの話してくれた、ぽっちだな。昭太はすぐになっとくしました。
ぽっちは、背の高さ一尺ほど、頭だけいやに大きく、目は細く、鼻は高く、色白でした。頭にはドングリのはかまのような、こげ茶のぼうしをかぶり、木の皮をはいでつくったようなそまつな衣服を身にまとい、きれいな緑色の帯に、なにやら刀のようなものを差しています。
その異様ないでたちに似合わない、ハスキーなかわいい声で「ぽっち。」と昭太を呼んで、ひな人形のような手で手招きをします。
ぽっちの手招きのままに、昭太がそのあとをついて行くと、やおら、そこだけ陽の差す、小さな広場に出ました。広場には、小さな家らしきものが建っていて、家の前にはテーブルらしき座卓がしつらえてあり、その上には、なにやら食べ物がいっぱいならんでいます。
ぽっちは昭太を木かぶのいすにすわらせると、
「ぽっち。」
と言って、その食べ物をしきりにすすめます。
よく見ると、木イチゴジャム、クリむしパン、ドングリだんご、クルミかし、花のみつジュースなど、色とりどりの食べ物がならんでいます。どれもこれもがめずらしく、とてもおいしそうに見えました。思わず、昭太は手ぢかのドングリだんごに手を出しました。昭太にとって、それはこの世のものとは思えないほどおいしく感じられました。
昭太は、ぽっちがすすめるままに、テーブルの上の食べ物のほとんどを食べつくしてしまいました。もっとも、種類はあっても、一つ一つは小さなうつわに盛られているので、口にほうりこめば、一口でカラになってしまうからです。
すると、ぽっちは、その様子をまんぞくそうにながめていましたが、家の中から、小さな、碁盤のようなものと、2種類のコマをもちだしてきました。それは、昭太も見たことのあるゲーム、そう、オセロゲームにそっくりでした。
もう、それからは、オセロゲームに熱中した二人は、すっかり心がとけあって、いつのまにか昭太はぽっちのことを、「ポッチー」と、親しげに呼んでいました。
気づくと、いつのまにか、その陽だまりも木々のかげになっていて、あたりはまた、しんしんと霧がたちこめていました。
ぽっちも昭太も、別れのきたことを知って、どちらともなく、さよならをしました。
「ぽっち。」
と、ぽっちが昭太に呼びかけました。
「ポッチー。」
と、昭太も別れをおしむと、ふりきるように、そこをあとにしました。
昭太は、いちもくさん、あとも見ないで林をぬけ、じいちゃんのもとへといそぎました。
「ショウ、どこへ行ってたんじゃ。すがたが見えんで、わしはしんぱいしとったぞい。」
と、じいちゃんは昭太に話しかけましたが、昭太はそれにはこたえず、すぐに風呂のしたくにかかりました。
谷川から水をくんではこんでいると、さきほどまでのたのしかった、一部始終が思いだされました。
じいちゃんの言うとおりだ。ポッチーは、じいちゃんが子どものとき出会ったぽっちにちがいない。ぽっちはおそらく、林の、霧の精で、だから歳をとらないんだな。そして、もうこれっきり会えないんだなと、なにかむしょうに、さびしく思われたのでした。
(おしまい)
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