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第四話 律師トシ
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草原から森に入り、その森を抜けて、ようやく人の手が入った道へとたどり着いた。
美しいニナの湖に見惚れつつ、ブルムフルト王国王都へと歩いていく。
「なぁ、シゲさん、どうして俺の特技に閨房なんてあるんだ?素人童貞なのに」
『トシ、お前は前戯が濃密だったのではないか?』
「分かる?まあ四十を越えてからかな。若い女の体を舐め回すのは何とも至福で」
『それじゃよ。セイラシアのセックスは人間と魔族問わず、男はそんなに濃密な前戯はせんよ。入浴の習慣は王族や貴族くらいにしかないし、垢まみれの女体を嬉々として舐め回す男などおらん。儂の課した荒行により魔力と闘気を上げていったトシ、その過程で身に着いたのじゃろう。スキルがどういう経過で得られるかというのは、まだ理論が確立されておらんからな』
「俺のねちっこい前戯が異世界で特技化とは何とも不可解な話だが…」
『こちらの女と寝る時は生活魔法にある『洗浄』をかければいい。草津の湯に入泉したかのような清潔な女となる』
「そうさせてもらうか。俺、本当に若い娘の肌なめるのが大好きで」
『儂もじゃ。亡き妻の若いころは、とても美味での』
「ははは、よほどいい女だったんだな」
シゲさんの家で亡くなった奥さんが若い時の写真を見たけれど、すごい美女だった。老いた姿も、こんな素敵な老婆がいるのかと思ったくらい。元魔王ほどの男が惚れ込むのも無理はないと思ったよ。
『しかし、名古屋のイメクラで若い嬢の体を舐め回して二発抜いて心不全とは…我ながら間の抜けた死にざまよな』
「ある意味、天国の奥さんに再会できなくて幸せだったんじゃないか?呆れられて口も利いてもらえない可能性もあっただろう」
『ううむ、言い返せん。お、トシ見えてきたぞ』
「おお、城の影が何とも西洋風で」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おお、律師様でしたか。ブルムフルト王国へは」
門番の男に『信徒カード』を見せると、とてもよい反応。この世界セイラシアでもっとも信仰されているハイゼル教の律師というのは、ずいぶんと優遇されるらしい。
「修行の旅です。道中で得られた薬草や他の素材などを売り、ここブルムフルト王国王都の教会に寄進したいと考えています」
「さすが律師様、立派な御心です。ようこそブルムフルト王国へ」
最初に訪れた草原を始め、通過した森には貴重な薬草がいくつも自生していたので採取している。キラービーの蜂蜜を含め、そこそこいい値段にはなるだろう。
また僧階に限らず、ハイゼル教の信徒が諸国漫遊の旅に出ることは何ら不自然ではなく、むしろ奨励されていること。だから何の疑いもなく城門を通過できたのだ。
「尊敬されているんだな、ハイゼル教の律師って」
『そうじゃな、誰でもなれるわけでもないし多くの徳行や経典の理解能力も求められる。試験もかなり難関じゃ』
「馬脚を露す前に経典くらいは理解しておいた方がよさそうだな。でも僧侶が肉食とか女も抱いていいのか?」
『そりゃ地球の僧侶のありようだな。セイラシアでは別にそんな戒律はないぞ』
「そっか、そりゃ助かる」
女を抱いたら、即破戒僧呼ばわりされて破門というのは無いようだ。
『経典をそらんじろ、という者も出てくるかもしれない。トシが【言語理解】を経て、それが可能となったら何もせんが、その前にそれを言われた場合、一時トシの口を儂が借りてそらんじるから安心しろ』
「わかった。その時は頼む」
王都の町を歩く。石畳が整備されてメインストリートらしき道には多くの露店が。果物や串焼きを売っている。美味しそうな匂いが漂ってくる。
「ずいぶん清潔な町だな。中世欧州くらいの文化と聴いていたから、糞尿は町にうち捨てが当然だと思っていた」
『地球と違い、魔法があるからのう。人間の為政者も伝染病の元となる糞尿のうち捨ては、もう古代の時代から対応し、現在は解決済みというわけだ。ほれ、あそこにあるのが下水道のマンホールじゃ』
「かのベルサイユ宮殿も廊下は貴婦人の糞尿まみれだったと聴くけれど…魔法があるだけ、いい進化を遂げているわけか」
『とはいえ庶民のトイレ事情はボットントイレじゃがな。シャワー付きなんて夢のまた夢の話よ。作るなよ?』
「ああ、令和日本のオーパーツを出す気はない。まあ、作業服やケブラー手袋と安全靴は作ってしまったけれど、それは最低限必要だったからで、これ以上の物は作る気はないよ。異世界転生小説の主人公のように令和日本の文物を得意げにポンポン出せば権力者や大商人のカモになるだけ。それを退けるのは可能だけれど知らん間に犯罪者になっているのがオチ。郷に入っては郷に従え、だ」
『わかっておるな。素人童貞でも、だてに五十四年は生きておらんか』
「まあな。と…冒険者ギルドあるみたいだな。案内表示…ここを左か」
ネット小説は消防署の仮眠室でよく読んだな。どんなに事務仕事が残っていても俺は仮眠時間帯の二十二時に入ると仮眠室に行ってしまった。
火災書類に立ち入り検査の書類、こちとらデスクワークが嫌だから消防士になったというのに、とんだ詐欺だ。書類ばかりで。
だから仮眠時間帯になっても仕事をしている若い連中からはひんしゅくも買ったけれど、二十二時以降、仮眠室でネット小説を読むのは癒しのひと時だった。
で…そのネット小説はだいたい異世界転生ものだけれど、たいてい冒険者ギルドは出てくる。この方が話を進めやすいのだろうな。冒険者の組合?現実なら、そんなものないだろうと思えば
「本当に存在しているのだな…」
俺は四階建てくらいの大きな建物の前に来た。入り口にはデカデカと『冒険者ギルド』記されている。シゲさんとの修行で得た『言語理解』で読める。
「さて、何が出てくるやら」
大きな扉を開けた。入るとすぐにフロア全体が見渡せる。
四人かけの円卓と椅子がズラリと並び、壁には依頼書や賞金首の似顔絵。
本人の顔は知らないが、とてつもなく上手な似顔絵というのは分かる。魔法を使って描いているのだろう。
『あまり惚けて立ち止まるな。一目で田舎から出てきたお上りさんとわかるぞ』
「いいよ、それで。事実なんだから」
物語ならギルドに入った途端に他の荒くれ冒険者たちがジロリと睨んでくるものだけれど田舎から出てきたお上りさんなんて彼らにはどうでもいいのか、一瞥もされない。逆にそちらの方がありがたい。
建物一階のフロア、壁には様々な情報が貼られている掲示板とエントランスからそのままストレートに行けるギルドの窓口。多いな十はあるか。その窓口の上には説明文が。
【登録には髪の毛一本と血一滴、五千ゴルダー、もしくは同様の価値のある武器や素材でも可】
【冒険者ランクは下から『石』『樹』『鉄』『銅』『銀』『金』どんなに優れていても最初は『石』からスタート。なお犯罪歴のある者は登録不可】
【薬草以外の素材買い取り規定、ギルド登録者は満額、非登録者は八割とする】
『この国ではないが、薬草採取だけで三人の嫁と十一人の子供を養ったツワモノもいるとか。その国では『危険を冒さない者と書いて冒険者』と今でも伝説らしい』
「そりゃ大したものだ。そういう御仁にこそ学ばなきゃいけないな。さて、そろそろ登録としようか」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「すいません、冒険者ギルドに登録したいのですが」
登録するのは冒険者をすることで糧を得るためもあるが、非登録者ではギルドが持つ情報を細部まで知ることが出来ない。一階の窓口フロアより上の階には行けないのだ。資料室や道場、ギルド長がいる上の階に。
道場やギルド長はどうでもいいが資料室には行きたい。各国のギルドも似た条件なので魔王ゼイン亡き後、世はどうなったのか知る上でもギルド登録は欠かせない。
もっともシゲさんが言うには魔王ゼインが勇者に討たれてから、まだ間もないというので、それほどの情報量ではないだろうが。
窓口の中年女性が俺を品定めするように見ている。
「細身だけど中々の筋肉質だね…。とりあえず、この水晶に触れてくんな」
接客がなっていないと思うけれど、こちらではそんなものだろう。
いきなりステイタス全部見せると厄介な展開になりそうだが……
『任せろ』
俺の中にいるシゲさんが何とかしてくれるようだ。
「キカルス伯爵家領内の幽谷の生まれかい」
「その幽谷で祖父母に武術と魔法を学んで今に至ります。祖父母が亡くなったので山を下りようと思った次第で」
「ふむ、剣と槍、および格闘がB、収納はズタ袋一つ分、魔法は水と治癒がC、特技はポーションBと」
『このくらい揃っていなければ『石』からも始められんからな』
シゲさんが言った。偽りのステイタスが水晶玉に表示されている。
まあ、そうだろうな。全く武と魔法の心得が無い者を冒険者にさせるわけにもいくまいて。
「…聖魔法B…。て、律師!?」
「はい、祖父がハイゼル教の律師でしたから信徒カードと共に継承しました」
「その若さで?」
「はい」
「………」
何でもハイゼル教は僧階が律師以上なら世襲が許されるが、当然のことながら経典の深い理解とセイラシアの守護神ハイゼルへの厚い信仰が求められる。
それを備えていない者への継承はルール違反だが、中には自分の代で律師の僧階を失いたくなく名ばかりの伝承をしてしまう例がある。
「経典をそらんじな」
「どこまで?」
「創造の章と第十一章でいい」
「わかりました」
律師は経典すべてそらんじられて就くことが出来る僧階だ。十一章と章のタイトルを言わないのも、こちらを試しているわけだ。十一章は『豊穣の章』で一番長い。シゲさんが俺の口を使って経典『創造の章』『豊穣の章』すべてそらんじた。
「見事だ。疑う余地はない。すまないね、律師に就いたのが本人ならまだしも、継承者の場合は今の経典暗唱がギルド登録への試験になっている。本来、十五歳の坊やが就ける僧階でもないからね」
「いえ、分かっていただければ」
「それじゃあ、五千ゴルダーとお爺さんから伝承した信徒カードを出しな。それがギルドカードにもなる。それなら毛髪と血は必要としないからね」
「お願いします」
五千ゴルダーと信徒カードを渡した。
「言い遅れた。私は王都ギルドで受付担当の主任をしているエレナだ」
「よろしく、エレナさん」
「おいおい、こんなチビが冒険者に…」
「ガキは田舎に帰ってママのおっぱいを」
おっ、と思った。異世界転生の定番、冒険者登録時に荒くれ男たちに絡まれる展開。しかし
「ゴンズ、ドルン、止めときな。この坊やは律師だよ」
「「…え」」
エレナさんに言われると荒くれ男二人組は立ち止まり
「ハイゼル教徒の諸国漫遊の旅を邪魔すること。しかも律師ほどの僧階の者にそれをすれば…いくら頭の悪いアンタらでも分かるだろう」
「「す、すみませんでした」」
驚いた。律師というのは、それほど敬われているものか。すごすごと引き下がる荒くれ男たち。
「すまない。うちの荒くれどもが無礼した」
「いえいえ」
「さて、済んだよ」
魔石がプレート状になっているのが『信徒カード』スマホでいう待ち受け画面状態が律師としての身分証。
「指で横にスライドするんだ」
指示通りにやると、これも何かスマホのよう。第二画面に切り替わり冒険者ギルドの登録証となる。ランクと名前が記されている。『石級冒険者/トシ』と。
「下にスライドすると受けているクエストの内容とギルドへの貢献度の数値、さらにスライドすると預貯金、もしくはギルドから借りている金の額などが記される」
クエストはいま受けていないけれど薬草の採取は継続依頼と小さく記されている。それにしても銀行の役割も果たしているのか…。すごいな。
「ポーションのスキル持ちならば月に一度Bポーションを一定数ギルドに卸してほしい。だから坊やは自分で採取した薬草をギルドに納める必要はない」
Bポーションはよほどの外傷でなければ治せてしまうからな。
「わかりました。専用の瓶を用意してくれると」
「もちろんだ。瓶とそれを入れるケースも支給する」
ちなみに第一画面のハイゼル教の身分証も下にスクロールすると徳行が数値化されたのが表示される。ハイゼル教への貢献度も。俺は律師を伝承して間もないという設定なので徳行値と貢献値もゼロだ。
失くしたら大変なことになりそうだけど、自動返還システムが組み込まれていて必ず持ち主の者に戻り、他者が使うのは無理だとか。作成に当たり血と毛髪を必要とするのは、これが理由とか。すごいな魔法文明。
「せっかくのカードも裸のまんまじゃかわいそうだ。冒険者登録の祝いだ。これをやるよ」
スマホケースのようなものをくれた。ありがたい。
「それに入れるとカードの重さが解消する。ギルドか教会に行く時は首にぶら下げていた方がいい」
本当にすごいな魔法文明、魔石のプレートだから大きめのスマホなみの重さだった信徒カードがクレカのような軽さに。
「では早速、素材の買い取りをお願いしたいのですが」
「何を持ってきた?」
「キラービーの蜂蜜です」
美しいニナの湖に見惚れつつ、ブルムフルト王国王都へと歩いていく。
「なぁ、シゲさん、どうして俺の特技に閨房なんてあるんだ?素人童貞なのに」
『トシ、お前は前戯が濃密だったのではないか?』
「分かる?まあ四十を越えてからかな。若い女の体を舐め回すのは何とも至福で」
『それじゃよ。セイラシアのセックスは人間と魔族問わず、男はそんなに濃密な前戯はせんよ。入浴の習慣は王族や貴族くらいにしかないし、垢まみれの女体を嬉々として舐め回す男などおらん。儂の課した荒行により魔力と闘気を上げていったトシ、その過程で身に着いたのじゃろう。スキルがどういう経過で得られるかというのは、まだ理論が確立されておらんからな』
「俺のねちっこい前戯が異世界で特技化とは何とも不可解な話だが…」
『こちらの女と寝る時は生活魔法にある『洗浄』をかければいい。草津の湯に入泉したかのような清潔な女となる』
「そうさせてもらうか。俺、本当に若い娘の肌なめるのが大好きで」
『儂もじゃ。亡き妻の若いころは、とても美味での』
「ははは、よほどいい女だったんだな」
シゲさんの家で亡くなった奥さんが若い時の写真を見たけれど、すごい美女だった。老いた姿も、こんな素敵な老婆がいるのかと思ったくらい。元魔王ほどの男が惚れ込むのも無理はないと思ったよ。
『しかし、名古屋のイメクラで若い嬢の体を舐め回して二発抜いて心不全とは…我ながら間の抜けた死にざまよな』
「ある意味、天国の奥さんに再会できなくて幸せだったんじゃないか?呆れられて口も利いてもらえない可能性もあっただろう」
『ううむ、言い返せん。お、トシ見えてきたぞ』
「おお、城の影が何とも西洋風で」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おお、律師様でしたか。ブルムフルト王国へは」
門番の男に『信徒カード』を見せると、とてもよい反応。この世界セイラシアでもっとも信仰されているハイゼル教の律師というのは、ずいぶんと優遇されるらしい。
「修行の旅です。道中で得られた薬草や他の素材などを売り、ここブルムフルト王国王都の教会に寄進したいと考えています」
「さすが律師様、立派な御心です。ようこそブルムフルト王国へ」
最初に訪れた草原を始め、通過した森には貴重な薬草がいくつも自生していたので採取している。キラービーの蜂蜜を含め、そこそこいい値段にはなるだろう。
また僧階に限らず、ハイゼル教の信徒が諸国漫遊の旅に出ることは何ら不自然ではなく、むしろ奨励されていること。だから何の疑いもなく城門を通過できたのだ。
「尊敬されているんだな、ハイゼル教の律師って」
『そうじゃな、誰でもなれるわけでもないし多くの徳行や経典の理解能力も求められる。試験もかなり難関じゃ』
「馬脚を露す前に経典くらいは理解しておいた方がよさそうだな。でも僧侶が肉食とか女も抱いていいのか?」
『そりゃ地球の僧侶のありようだな。セイラシアでは別にそんな戒律はないぞ』
「そっか、そりゃ助かる」
女を抱いたら、即破戒僧呼ばわりされて破門というのは無いようだ。
『経典をそらんじろ、という者も出てくるかもしれない。トシが【言語理解】を経て、それが可能となったら何もせんが、その前にそれを言われた場合、一時トシの口を儂が借りてそらんじるから安心しろ』
「わかった。その時は頼む」
王都の町を歩く。石畳が整備されてメインストリートらしき道には多くの露店が。果物や串焼きを売っている。美味しそうな匂いが漂ってくる。
「ずいぶん清潔な町だな。中世欧州くらいの文化と聴いていたから、糞尿は町にうち捨てが当然だと思っていた」
『地球と違い、魔法があるからのう。人間の為政者も伝染病の元となる糞尿のうち捨ては、もう古代の時代から対応し、現在は解決済みというわけだ。ほれ、あそこにあるのが下水道のマンホールじゃ』
「かのベルサイユ宮殿も廊下は貴婦人の糞尿まみれだったと聴くけれど…魔法があるだけ、いい進化を遂げているわけか」
『とはいえ庶民のトイレ事情はボットントイレじゃがな。シャワー付きなんて夢のまた夢の話よ。作るなよ?』
「ああ、令和日本のオーパーツを出す気はない。まあ、作業服やケブラー手袋と安全靴は作ってしまったけれど、それは最低限必要だったからで、これ以上の物は作る気はないよ。異世界転生小説の主人公のように令和日本の文物を得意げにポンポン出せば権力者や大商人のカモになるだけ。それを退けるのは可能だけれど知らん間に犯罪者になっているのがオチ。郷に入っては郷に従え、だ」
『わかっておるな。素人童貞でも、だてに五十四年は生きておらんか』
「まあな。と…冒険者ギルドあるみたいだな。案内表示…ここを左か」
ネット小説は消防署の仮眠室でよく読んだな。どんなに事務仕事が残っていても俺は仮眠時間帯の二十二時に入ると仮眠室に行ってしまった。
火災書類に立ち入り検査の書類、こちとらデスクワークが嫌だから消防士になったというのに、とんだ詐欺だ。書類ばかりで。
だから仮眠時間帯になっても仕事をしている若い連中からはひんしゅくも買ったけれど、二十二時以降、仮眠室でネット小説を読むのは癒しのひと時だった。
で…そのネット小説はだいたい異世界転生ものだけれど、たいてい冒険者ギルドは出てくる。この方が話を進めやすいのだろうな。冒険者の組合?現実なら、そんなものないだろうと思えば
「本当に存在しているのだな…」
俺は四階建てくらいの大きな建物の前に来た。入り口にはデカデカと『冒険者ギルド』記されている。シゲさんとの修行で得た『言語理解』で読める。
「さて、何が出てくるやら」
大きな扉を開けた。入るとすぐにフロア全体が見渡せる。
四人かけの円卓と椅子がズラリと並び、壁には依頼書や賞金首の似顔絵。
本人の顔は知らないが、とてつもなく上手な似顔絵というのは分かる。魔法を使って描いているのだろう。
『あまり惚けて立ち止まるな。一目で田舎から出てきたお上りさんとわかるぞ』
「いいよ、それで。事実なんだから」
物語ならギルドに入った途端に他の荒くれ冒険者たちがジロリと睨んでくるものだけれど田舎から出てきたお上りさんなんて彼らにはどうでもいいのか、一瞥もされない。逆にそちらの方がありがたい。
建物一階のフロア、壁には様々な情報が貼られている掲示板とエントランスからそのままストレートに行けるギルドの窓口。多いな十はあるか。その窓口の上には説明文が。
【登録には髪の毛一本と血一滴、五千ゴルダー、もしくは同様の価値のある武器や素材でも可】
【冒険者ランクは下から『石』『樹』『鉄』『銅』『銀』『金』どんなに優れていても最初は『石』からスタート。なお犯罪歴のある者は登録不可】
【薬草以外の素材買い取り規定、ギルド登録者は満額、非登録者は八割とする】
『この国ではないが、薬草採取だけで三人の嫁と十一人の子供を養ったツワモノもいるとか。その国では『危険を冒さない者と書いて冒険者』と今でも伝説らしい』
「そりゃ大したものだ。そういう御仁にこそ学ばなきゃいけないな。さて、そろそろ登録としようか」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「すいません、冒険者ギルドに登録したいのですが」
登録するのは冒険者をすることで糧を得るためもあるが、非登録者ではギルドが持つ情報を細部まで知ることが出来ない。一階の窓口フロアより上の階には行けないのだ。資料室や道場、ギルド長がいる上の階に。
道場やギルド長はどうでもいいが資料室には行きたい。各国のギルドも似た条件なので魔王ゼイン亡き後、世はどうなったのか知る上でもギルド登録は欠かせない。
もっともシゲさんが言うには魔王ゼインが勇者に討たれてから、まだ間もないというので、それほどの情報量ではないだろうが。
窓口の中年女性が俺を品定めするように見ている。
「細身だけど中々の筋肉質だね…。とりあえず、この水晶に触れてくんな」
接客がなっていないと思うけれど、こちらではそんなものだろう。
いきなりステイタス全部見せると厄介な展開になりそうだが……
『任せろ』
俺の中にいるシゲさんが何とかしてくれるようだ。
「キカルス伯爵家領内の幽谷の生まれかい」
「その幽谷で祖父母に武術と魔法を学んで今に至ります。祖父母が亡くなったので山を下りようと思った次第で」
「ふむ、剣と槍、および格闘がB、収納はズタ袋一つ分、魔法は水と治癒がC、特技はポーションBと」
『このくらい揃っていなければ『石』からも始められんからな』
シゲさんが言った。偽りのステイタスが水晶玉に表示されている。
まあ、そうだろうな。全く武と魔法の心得が無い者を冒険者にさせるわけにもいくまいて。
「…聖魔法B…。て、律師!?」
「はい、祖父がハイゼル教の律師でしたから信徒カードと共に継承しました」
「その若さで?」
「はい」
「………」
何でもハイゼル教は僧階が律師以上なら世襲が許されるが、当然のことながら経典の深い理解とセイラシアの守護神ハイゼルへの厚い信仰が求められる。
それを備えていない者への継承はルール違反だが、中には自分の代で律師の僧階を失いたくなく名ばかりの伝承をしてしまう例がある。
「経典をそらんじな」
「どこまで?」
「創造の章と第十一章でいい」
「わかりました」
律師は経典すべてそらんじられて就くことが出来る僧階だ。十一章と章のタイトルを言わないのも、こちらを試しているわけだ。十一章は『豊穣の章』で一番長い。シゲさんが俺の口を使って経典『創造の章』『豊穣の章』すべてそらんじた。
「見事だ。疑う余地はない。すまないね、律師に就いたのが本人ならまだしも、継承者の場合は今の経典暗唱がギルド登録への試験になっている。本来、十五歳の坊やが就ける僧階でもないからね」
「いえ、分かっていただければ」
「それじゃあ、五千ゴルダーとお爺さんから伝承した信徒カードを出しな。それがギルドカードにもなる。それなら毛髪と血は必要としないからね」
「お願いします」
五千ゴルダーと信徒カードを渡した。
「言い遅れた。私は王都ギルドで受付担当の主任をしているエレナだ」
「よろしく、エレナさん」
「おいおい、こんなチビが冒険者に…」
「ガキは田舎に帰ってママのおっぱいを」
おっ、と思った。異世界転生の定番、冒険者登録時に荒くれ男たちに絡まれる展開。しかし
「ゴンズ、ドルン、止めときな。この坊やは律師だよ」
「「…え」」
エレナさんに言われると荒くれ男二人組は立ち止まり
「ハイゼル教徒の諸国漫遊の旅を邪魔すること。しかも律師ほどの僧階の者にそれをすれば…いくら頭の悪いアンタらでも分かるだろう」
「「す、すみませんでした」」
驚いた。律師というのは、それほど敬われているものか。すごすごと引き下がる荒くれ男たち。
「すまない。うちの荒くれどもが無礼した」
「いえいえ」
「さて、済んだよ」
魔石がプレート状になっているのが『信徒カード』スマホでいう待ち受け画面状態が律師としての身分証。
「指で横にスライドするんだ」
指示通りにやると、これも何かスマホのよう。第二画面に切り替わり冒険者ギルドの登録証となる。ランクと名前が記されている。『石級冒険者/トシ』と。
「下にスライドすると受けているクエストの内容とギルドへの貢献度の数値、さらにスライドすると預貯金、もしくはギルドから借りている金の額などが記される」
クエストはいま受けていないけれど薬草の採取は継続依頼と小さく記されている。それにしても銀行の役割も果たしているのか…。すごいな。
「ポーションのスキル持ちならば月に一度Bポーションを一定数ギルドに卸してほしい。だから坊やは自分で採取した薬草をギルドに納める必要はない」
Bポーションはよほどの外傷でなければ治せてしまうからな。
「わかりました。専用の瓶を用意してくれると」
「もちろんだ。瓶とそれを入れるケースも支給する」
ちなみに第一画面のハイゼル教の身分証も下にスクロールすると徳行が数値化されたのが表示される。ハイゼル教への貢献度も。俺は律師を伝承して間もないという設定なので徳行値と貢献値もゼロだ。
失くしたら大変なことになりそうだけど、自動返還システムが組み込まれていて必ず持ち主の者に戻り、他者が使うのは無理だとか。作成に当たり血と毛髪を必要とするのは、これが理由とか。すごいな魔法文明。
「せっかくのカードも裸のまんまじゃかわいそうだ。冒険者登録の祝いだ。これをやるよ」
スマホケースのようなものをくれた。ありがたい。
「それに入れるとカードの重さが解消する。ギルドか教会に行く時は首にぶら下げていた方がいい」
本当にすごいな魔法文明、魔石のプレートだから大きめのスマホなみの重さだった信徒カードがクレカのような軽さに。
「では早速、素材の買い取りをお願いしたいのですが」
「何を持ってきた?」
「キラービーの蜂蜜です」
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空色蜻蛉
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枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。
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