18 / 35
第十八話 再会
しおりを挟む
ユズリィとリナチはいま仕事で名古屋にいるとのこと。
その帰りに三島で途中下車して会おうと言う話になった。
電話でも少し話した。二人とも令和二年のゴールデンウィークに戻り、無事にライブをやり遂げた。
そして彼女たちは、あの過酷なセイラシアの世界を生き延びたことが自信に繋がり、それが芸に反映されて、今ではアイドル声優の中ではトップクラスの実力者となっていた。それだけじゃない。プライベートも充実し、いま二人には婚約者もいるとのこと。
なんと、婚約者両方とも現役の消防士だそうだ。セイラシアで俺に助けられた二人は伴侶にするのなら消防士にしたいと思っていたらしい。嬉しいような恥ずかしいような。
電話を切る前に二人にこう言われた。
『だから会うのは一度だけ。ごめんね、エッチも出来ない』
そりゃそうだろう。俺は間男になりたくないよ。会ってくれるだけでも嬉しい。
そうか、消防士を伴侶に選んだのか。事務方が出来ない、夏の現場に体がついていかないという理由で辞めた俺なんて消防士として負け犬だと言うのに、そんな俺を見ても彼女たちは自分の伴侶は消防士がいいと。
消防士だからと言って全員がいい男のわけではない。ギャンブル、酒、女で身を滅ぼした者も見てきたし、飲酒運転で逮捕されたやつも知っている。令和の今も体育会系の縦社会でありパワハラの巣窟という負の面もある。
しかし、あの二人が間違った男を選ぶと思えない。だから心から祝福したいんだ。
彼女たちの通話を終わらせると俺は涙が出てきた。
彼女たちを助けたことは負け犬だった自分も救助したことなんだと思った。
会うのは明日の正午、スカイウォークに連れていこうか。俺は涙をぬぐって服を着て車に乗った。
さあ、今宵は豪勢にうな重特上と行きますかね。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日正午、俺はめったに着ないスーツを着て三島駅へと。
改札を出てきた二人に
「川澄さん、紺野さん」
「「えっ?」」
二人は驚いている。無理もない。セイラシアでは十五歳の少年として出会っている俺がこちらでは五十五なのだから。だけど昨日、うな重食べたあと理容店に行き白髪を染めたんだ。シゲさんの荒行とセイラシアで魔物と戦った俺はこちらの世界でも肉体に反映されて細マッチョの自称イケオジとなっている。
「面影があります…。トシさんなのね?」
「そうです。川澄さん」
新幹線が停まる駅の改札口で『ユズリィ』『リナチ』とは呼べまい。
「紺野さん、元気そうで安心しましたよ」
「トシP…。ぐすっ」
俺に抱き着いてきたリナチ、おいおい婚約者が実は後ろにいるなんて展開無いよな。属していた自治体は違っても後輩消防士の婚約者を奪う気は無いぞ。
だけど、心地よい。再会を喜んでくれることが。女の子が俺の胸で泣くなんてこと漫画でしか見たことが無い。梨穂ちゃんの時はどさくさに紛れてお尻に触ったけれど今回はやめとこう。
さて、二人はスカイウォークに行ったことが無いとのことだったので連れていくことに。マイカーの軽で向かう。
「スカイウォークかぁ…。トシPとファミレスで話して終わりかなと思ったんだけど、そんな施設あるなんて初めて知ったよ」
車の中も盛り上がった。俺はドヤ顔で
「しかも公的機関じゃなくて三島の民間企業が造った施設なんだぞ」
「「へえ~」」
おっさんの悪い癖だな。知ったかぶりだ。しかしその民間企業さんには感謝だ。気の利いたエスコートが出来ない俺にとって車でちょっとの場所にスカイウォークがあるのは本当に嬉しい。
「それじゃまだブルムフルト王国に?」
と、リナチ。
「ああ、王都は出たけれど、まだ国内だよ。とにかくあっちこっち回ろうと思っている」
「言葉だけ聴くといいなぁと思うのが普通なんだろうけど、私はもう二度と戻りたくないな、セイラシアは」
「まあ、ユズリィを始め、リナチも俺に会うまではつらいことしかなかっただろうしな」
「あ、そうそう、最終的にはハーレムを作りたいとか言っていたけれど進捗状況はどうなの?」
「覚えていたんだユズリィ。まあ、そっちはぼちぼちかな。王都ではシスター四人といいことした」
「やるじゃないトシP、確かにトシP絶倫だったし、ナニは硬くて太いもんね」
リナチのファンが聴いたら腰を抜かしそうな言葉だな。
「こちらでもいい子と出会たんだ。ようやくこちらの世界でも素人童貞卒業できたよ」
「すごいじゃない、トシさん」
「あちらで強くなれたから男としても自信を持てたんだよ。ははは」
スカイウォークの駐車場に入った。今日は平日なので、そんなに混んでいないうえ天気もいい。
ソフトクリームを食べたあと、吊り橋へと向かう。梨穂ちゃんと来た時もそうだったけれど運がいいな。快晴、冠雪した富士山がよく見える。駿河湾もきれいだ。
「「わああああ…」」
感動しているユズリィとリナチ、二人とのデートは今日限りなんだろうけど、彼女たちの喜ぶ姿を見られた。これ以上は望むまい。これからは一人のファンとして彼女たちを応援していくつもりだ。
「きゃああああ~」
吊り橋の向こうの高台から滑車で降りていくアトラクション、二人ともやった。怖くないのかね。繰り返して言うけれど俺は高所恐怖症、はしご車に乗るのも大変だった。
富士山と吊り橋を背景に一緒に写真を撮った。アイレボファンには夢のような時間だろう。
やがて、施設内にあるストリートピアノがある場所へ。ピアノがあることを話すと久しぶりに俺の演奏を聴きたいと言ってくれたのだ。
「何が聴きたい?」
答えは分かっていた。『アイドル☆レボリューション-虹色のローレライ-』の代表曲『虹色のローレライ』をリクエストされた。喜んで。
セイラシアで二人を奴隷として買い庇護した俺。心身ともに深いダメージを負っていた彼女たちをライブが出来るまでの体を取り戻す日々、毎日のように弾いていた曲だ。
弾きだすと二人は『虹色のローレライ』を歌いだした。ハーモニーも完璧だよ。
幸いに大騒ぎにはならなかった。他の観光客の中にアイドル声優に興味がある人はいなかったらしい。ただ歌が上手い二人と思われたようだ。演奏が終わると俺とユズリィ、リナチは大きな拍手をもらえた。嬉しいものだよ。
その後は施設内のカフェに。時間が許すまで語り合った。そして俺はあることを頼んだ。
「あのさ、二人のサインが欲しいんだ」
カバンから色紙とサインペンを取り出して二人に渡した。少し呆気にとられたあと、ぷっ、と吹き出す二人。異なる世界、異なる容貌とはいえ、まさかセックスをした相手にサインを求められるとは思わなかったのだろう。でも欲しいんだ。川澄ゆずり葉と紺野リナは俺の推しアイドル声優なんだから!
「いいよ『トシさんへ』と書いておくね」
「私も。でもこの色紙ずいぶん立派だけど高かったんじゃない?」
「うん、一枚五百円もしたよ」
「うはぁ、そんな色紙にサイン書く身にもなってよね『トシPさんへ』と」
満面の笑みで俺にサインを渡してくれた。そして手を
「トシさん、サインのあとは握手だよ」
リナチも手を。俺は思わず涙が出た。俺は二人の手を握り
「ありがとう、最高の一日だった」
「「私もです」」
覚えていたんだ、ユズリィ。リナチも調子を合わせてくれたようだ。
歌手デビューしたユズリィの初ライブに行った時、終演後、ファンたちに塩飴とサイン入りブロマイドが入った袋を手渡ししてくれたユズリィに俺は『最高の一日でした』と言ったところユズリィも『私もです』とニコリと笑ってくれた。あの時と変わらない素敵な笑顔で応えてくれたよ。ありがとう。
二人を三島駅に送っていく。車内は行きと違い静かだった。
そして三島駅改札、リナチが再び抱き着いてきて
「ありがとう、あの時に助けてもらったこと…私、一生忘れない。トシPは最高のプロデューサーだよ…」
ユズリィも思うことがあったのか抱き着いてきて
「トシさん、ありがとう…。貴方に出会えなかったら私たち…向こうで死んでいた…。私たちに出会ってくれてありがとう。一生忘れない…」
「礼を言うのはこっちさ、ユズリィ、リナチ…。今後は一人のファンとして二人を応援させてもらうよ」
「うわあああんっ、トシP―!」
「トシさん…。うっ、うう…」
改札口に行きかう人々がジロジロと見ているが気にしない。推しのアイドル声優が俺との別れを惜しんで泣いて抱き着いてくれる。男として、こんな嬉しいことがあるか。まあ、父と娘に思われるかもしれないが。
少し泣いてスッキリしたのか、二人は俺から離れて改札へ。
「婚約者さんと幸せにな!」
「トシさんも出会えた子と幸せにね!」
「さようなら、トシP!今度のライブ来てね!」
二人の背中を見送った。もう会うこともあるまい。会ったとしても、それはライブ会場で彼女たちはアイドルとして。俺はファンとして。それでいいのだ。本音を言えば彼女たちを抱きたい気持ちはある。しかし婚約者がいる以上、それをやるのは人の道に外れるからな。
しばらく俺は別れの余韻に浸っていた。
「さて、回転寿司でも食って帰るかな」
市内郊外にある回転寿司チェーン店に行き、一人でカウンターに座るとさっきまで両手に花だったせいか余計に寂しさを感じる。ガリが染みるよ。今夜梨穂ちゃんにLINEでもしてみるかなぁ…。
帰り、ユズリィとリナチと過ごしたスカイウォークの横に通る。もう閉園している。今日もさりげなく確認したけれど清掃員を募集していた。
「清掃員か。腰を痛めていた時なら二の足を踏む仕事だけど、今は腰痛すっかり治っているからな。仕事を覚えれば何とかなるだろう」
退職金、そしてシゲさんから譲られた遺産、借金もない。当分働かなくても食べられるが、このまま五十五の男が何もしないわけにもいかない。年金をもらえるまでしばらく先だ。働くということは収入だけじゃなく社会との繋がりを持つことだ。十分な貯えがあるとはいえ、やはり人は人とのコミュニケーションを日頃から得ていなければだめだ。
「明日、担当者にアポを取るか」
帰宅して風呂に入ったあと、作り置きしていたきんぴらごぼうと冷奴を冷蔵庫から取り出して晩酌を始めた。テレビのスイッチを入れると某二刀流メジャーリーガーの大活躍の様子が映った。
「昨日勝利投手になったというのに、今日は特大ホームランか。大したもんだ」
晩酌のあとは歯を磨いて寝た。
「ユズリィ、リナチ…。やっぱり君たちを抱きたかったな…」
飲むと本音が出るものだ。
翌朝、目玉焼きと納豆で朝食を済ませた俺はワイドショーを見ながらスカイウォークの開園時間を待った。面接に行く日程を決めておかなければ。
ちなみに履歴書は先のサイン色紙と一緒に購入していて記入済みだ。
開園時間を三十分ほど過ぎた。これなら電話しても大丈夫だろう。
だがスマホを取ろうとした時、着信があった。
「誰だろう、て、梨穂ちゃん」
電話を取った。
「はい、篠永です」
『おじ様、私、藤野梨穂だよ』
「うん、電話くれてありがとう。どう、落ち着いた?」
アシッドアタックにより負った熱傷のため入院していた病院を引き払い、寮に戻った梨穂ちゃん。ソープ嬢も辞めると言う。弟の難病治療のため金が必要だったが弟と母親はアシッドアタックを受けた梨穂ちゃんを案ずるどころか収入がなくなることを嘆き、かつ今後の面倒は見られないと言い出す有様。母親と弟と縁を切ると言っていた。その一連が落ち着いたか、との問いかけだった。
『落ち着いたとは言えないかなぁ。あいつらが顔に火傷を負った私の病室から出て行って以来会っていないし、私の顔が元に戻ったことも知らないと思う。まあ対応と言えばスマホを着信拒否にしたくらいだよ』
「そうか」
『あいつら、私にアシッドやらかした加害者家族から、どれだけ慰謝料を搾り取れるか、だろうけど私が治って雲隠れしたとなれば搾りようがないし、今後が楽しみだよ』
「いいのか、そこまでして。一生お母さんと弟さんを憎み切れる覚悟がなきゃ後悔するぞ」
『ああ、言っていたね、おじ様。私も短気を起こさずにそれを考えた。お母さん優しい時もあったし、弟は可愛かったからね。だからこそ…』
「……」
『私がアシッドアタックを受けた時に言った言葉が許せない。腹を括ったよ、おじ様』
長き時間を経て紡いだ家族の絆が、たった一言で無に帰す。怖いものだ、言葉とは。
『住んでいた寮も出てきたよ』
「そうか…。新居は決まったのかい?」
『えへへ…。いま三島駅にいるの。迎えに来て、おじ様』
その帰りに三島で途中下車して会おうと言う話になった。
電話でも少し話した。二人とも令和二年のゴールデンウィークに戻り、無事にライブをやり遂げた。
そして彼女たちは、あの過酷なセイラシアの世界を生き延びたことが自信に繋がり、それが芸に反映されて、今ではアイドル声優の中ではトップクラスの実力者となっていた。それだけじゃない。プライベートも充実し、いま二人には婚約者もいるとのこと。
なんと、婚約者両方とも現役の消防士だそうだ。セイラシアで俺に助けられた二人は伴侶にするのなら消防士にしたいと思っていたらしい。嬉しいような恥ずかしいような。
電話を切る前に二人にこう言われた。
『だから会うのは一度だけ。ごめんね、エッチも出来ない』
そりゃそうだろう。俺は間男になりたくないよ。会ってくれるだけでも嬉しい。
そうか、消防士を伴侶に選んだのか。事務方が出来ない、夏の現場に体がついていかないという理由で辞めた俺なんて消防士として負け犬だと言うのに、そんな俺を見ても彼女たちは自分の伴侶は消防士がいいと。
消防士だからと言って全員がいい男のわけではない。ギャンブル、酒、女で身を滅ぼした者も見てきたし、飲酒運転で逮捕されたやつも知っている。令和の今も体育会系の縦社会でありパワハラの巣窟という負の面もある。
しかし、あの二人が間違った男を選ぶと思えない。だから心から祝福したいんだ。
彼女たちの通話を終わらせると俺は涙が出てきた。
彼女たちを助けたことは負け犬だった自分も救助したことなんだと思った。
会うのは明日の正午、スカイウォークに連れていこうか。俺は涙をぬぐって服を着て車に乗った。
さあ、今宵は豪勢にうな重特上と行きますかね。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日正午、俺はめったに着ないスーツを着て三島駅へと。
改札を出てきた二人に
「川澄さん、紺野さん」
「「えっ?」」
二人は驚いている。無理もない。セイラシアでは十五歳の少年として出会っている俺がこちらでは五十五なのだから。だけど昨日、うな重食べたあと理容店に行き白髪を染めたんだ。シゲさんの荒行とセイラシアで魔物と戦った俺はこちらの世界でも肉体に反映されて細マッチョの自称イケオジとなっている。
「面影があります…。トシさんなのね?」
「そうです。川澄さん」
新幹線が停まる駅の改札口で『ユズリィ』『リナチ』とは呼べまい。
「紺野さん、元気そうで安心しましたよ」
「トシP…。ぐすっ」
俺に抱き着いてきたリナチ、おいおい婚約者が実は後ろにいるなんて展開無いよな。属していた自治体は違っても後輩消防士の婚約者を奪う気は無いぞ。
だけど、心地よい。再会を喜んでくれることが。女の子が俺の胸で泣くなんてこと漫画でしか見たことが無い。梨穂ちゃんの時はどさくさに紛れてお尻に触ったけれど今回はやめとこう。
さて、二人はスカイウォークに行ったことが無いとのことだったので連れていくことに。マイカーの軽で向かう。
「スカイウォークかぁ…。トシPとファミレスで話して終わりかなと思ったんだけど、そんな施設あるなんて初めて知ったよ」
車の中も盛り上がった。俺はドヤ顔で
「しかも公的機関じゃなくて三島の民間企業が造った施設なんだぞ」
「「へえ~」」
おっさんの悪い癖だな。知ったかぶりだ。しかしその民間企業さんには感謝だ。気の利いたエスコートが出来ない俺にとって車でちょっとの場所にスカイウォークがあるのは本当に嬉しい。
「それじゃまだブルムフルト王国に?」
と、リナチ。
「ああ、王都は出たけれど、まだ国内だよ。とにかくあっちこっち回ろうと思っている」
「言葉だけ聴くといいなぁと思うのが普通なんだろうけど、私はもう二度と戻りたくないな、セイラシアは」
「まあ、ユズリィを始め、リナチも俺に会うまではつらいことしかなかっただろうしな」
「あ、そうそう、最終的にはハーレムを作りたいとか言っていたけれど進捗状況はどうなの?」
「覚えていたんだユズリィ。まあ、そっちはぼちぼちかな。王都ではシスター四人といいことした」
「やるじゃないトシP、確かにトシP絶倫だったし、ナニは硬くて太いもんね」
リナチのファンが聴いたら腰を抜かしそうな言葉だな。
「こちらでもいい子と出会たんだ。ようやくこちらの世界でも素人童貞卒業できたよ」
「すごいじゃない、トシさん」
「あちらで強くなれたから男としても自信を持てたんだよ。ははは」
スカイウォークの駐車場に入った。今日は平日なので、そんなに混んでいないうえ天気もいい。
ソフトクリームを食べたあと、吊り橋へと向かう。梨穂ちゃんと来た時もそうだったけれど運がいいな。快晴、冠雪した富士山がよく見える。駿河湾もきれいだ。
「「わああああ…」」
感動しているユズリィとリナチ、二人とのデートは今日限りなんだろうけど、彼女たちの喜ぶ姿を見られた。これ以上は望むまい。これからは一人のファンとして彼女たちを応援していくつもりだ。
「きゃああああ~」
吊り橋の向こうの高台から滑車で降りていくアトラクション、二人ともやった。怖くないのかね。繰り返して言うけれど俺は高所恐怖症、はしご車に乗るのも大変だった。
富士山と吊り橋を背景に一緒に写真を撮った。アイレボファンには夢のような時間だろう。
やがて、施設内にあるストリートピアノがある場所へ。ピアノがあることを話すと久しぶりに俺の演奏を聴きたいと言ってくれたのだ。
「何が聴きたい?」
答えは分かっていた。『アイドル☆レボリューション-虹色のローレライ-』の代表曲『虹色のローレライ』をリクエストされた。喜んで。
セイラシアで二人を奴隷として買い庇護した俺。心身ともに深いダメージを負っていた彼女たちをライブが出来るまでの体を取り戻す日々、毎日のように弾いていた曲だ。
弾きだすと二人は『虹色のローレライ』を歌いだした。ハーモニーも完璧だよ。
幸いに大騒ぎにはならなかった。他の観光客の中にアイドル声優に興味がある人はいなかったらしい。ただ歌が上手い二人と思われたようだ。演奏が終わると俺とユズリィ、リナチは大きな拍手をもらえた。嬉しいものだよ。
その後は施設内のカフェに。時間が許すまで語り合った。そして俺はあることを頼んだ。
「あのさ、二人のサインが欲しいんだ」
カバンから色紙とサインペンを取り出して二人に渡した。少し呆気にとられたあと、ぷっ、と吹き出す二人。異なる世界、異なる容貌とはいえ、まさかセックスをした相手にサインを求められるとは思わなかったのだろう。でも欲しいんだ。川澄ゆずり葉と紺野リナは俺の推しアイドル声優なんだから!
「いいよ『トシさんへ』と書いておくね」
「私も。でもこの色紙ずいぶん立派だけど高かったんじゃない?」
「うん、一枚五百円もしたよ」
「うはぁ、そんな色紙にサイン書く身にもなってよね『トシPさんへ』と」
満面の笑みで俺にサインを渡してくれた。そして手を
「トシさん、サインのあとは握手だよ」
リナチも手を。俺は思わず涙が出た。俺は二人の手を握り
「ありがとう、最高の一日だった」
「「私もです」」
覚えていたんだ、ユズリィ。リナチも調子を合わせてくれたようだ。
歌手デビューしたユズリィの初ライブに行った時、終演後、ファンたちに塩飴とサイン入りブロマイドが入った袋を手渡ししてくれたユズリィに俺は『最高の一日でした』と言ったところユズリィも『私もです』とニコリと笑ってくれた。あの時と変わらない素敵な笑顔で応えてくれたよ。ありがとう。
二人を三島駅に送っていく。車内は行きと違い静かだった。
そして三島駅改札、リナチが再び抱き着いてきて
「ありがとう、あの時に助けてもらったこと…私、一生忘れない。トシPは最高のプロデューサーだよ…」
ユズリィも思うことがあったのか抱き着いてきて
「トシさん、ありがとう…。貴方に出会えなかったら私たち…向こうで死んでいた…。私たちに出会ってくれてありがとう。一生忘れない…」
「礼を言うのはこっちさ、ユズリィ、リナチ…。今後は一人のファンとして二人を応援させてもらうよ」
「うわあああんっ、トシP―!」
「トシさん…。うっ、うう…」
改札口に行きかう人々がジロジロと見ているが気にしない。推しのアイドル声優が俺との別れを惜しんで泣いて抱き着いてくれる。男として、こんな嬉しいことがあるか。まあ、父と娘に思われるかもしれないが。
少し泣いてスッキリしたのか、二人は俺から離れて改札へ。
「婚約者さんと幸せにな!」
「トシさんも出会えた子と幸せにね!」
「さようなら、トシP!今度のライブ来てね!」
二人の背中を見送った。もう会うこともあるまい。会ったとしても、それはライブ会場で彼女たちはアイドルとして。俺はファンとして。それでいいのだ。本音を言えば彼女たちを抱きたい気持ちはある。しかし婚約者がいる以上、それをやるのは人の道に外れるからな。
しばらく俺は別れの余韻に浸っていた。
「さて、回転寿司でも食って帰るかな」
市内郊外にある回転寿司チェーン店に行き、一人でカウンターに座るとさっきまで両手に花だったせいか余計に寂しさを感じる。ガリが染みるよ。今夜梨穂ちゃんにLINEでもしてみるかなぁ…。
帰り、ユズリィとリナチと過ごしたスカイウォークの横に通る。もう閉園している。今日もさりげなく確認したけれど清掃員を募集していた。
「清掃員か。腰を痛めていた時なら二の足を踏む仕事だけど、今は腰痛すっかり治っているからな。仕事を覚えれば何とかなるだろう」
退職金、そしてシゲさんから譲られた遺産、借金もない。当分働かなくても食べられるが、このまま五十五の男が何もしないわけにもいかない。年金をもらえるまでしばらく先だ。働くということは収入だけじゃなく社会との繋がりを持つことだ。十分な貯えがあるとはいえ、やはり人は人とのコミュニケーションを日頃から得ていなければだめだ。
「明日、担当者にアポを取るか」
帰宅して風呂に入ったあと、作り置きしていたきんぴらごぼうと冷奴を冷蔵庫から取り出して晩酌を始めた。テレビのスイッチを入れると某二刀流メジャーリーガーの大活躍の様子が映った。
「昨日勝利投手になったというのに、今日は特大ホームランか。大したもんだ」
晩酌のあとは歯を磨いて寝た。
「ユズリィ、リナチ…。やっぱり君たちを抱きたかったな…」
飲むと本音が出るものだ。
翌朝、目玉焼きと納豆で朝食を済ませた俺はワイドショーを見ながらスカイウォークの開園時間を待った。面接に行く日程を決めておかなければ。
ちなみに履歴書は先のサイン色紙と一緒に購入していて記入済みだ。
開園時間を三十分ほど過ぎた。これなら電話しても大丈夫だろう。
だがスマホを取ろうとした時、着信があった。
「誰だろう、て、梨穂ちゃん」
電話を取った。
「はい、篠永です」
『おじ様、私、藤野梨穂だよ』
「うん、電話くれてありがとう。どう、落ち着いた?」
アシッドアタックにより負った熱傷のため入院していた病院を引き払い、寮に戻った梨穂ちゃん。ソープ嬢も辞めると言う。弟の難病治療のため金が必要だったが弟と母親はアシッドアタックを受けた梨穂ちゃんを案ずるどころか収入がなくなることを嘆き、かつ今後の面倒は見られないと言い出す有様。母親と弟と縁を切ると言っていた。その一連が落ち着いたか、との問いかけだった。
『落ち着いたとは言えないかなぁ。あいつらが顔に火傷を負った私の病室から出て行って以来会っていないし、私の顔が元に戻ったことも知らないと思う。まあ対応と言えばスマホを着信拒否にしたくらいだよ』
「そうか」
『あいつら、私にアシッドやらかした加害者家族から、どれだけ慰謝料を搾り取れるか、だろうけど私が治って雲隠れしたとなれば搾りようがないし、今後が楽しみだよ』
「いいのか、そこまでして。一生お母さんと弟さんを憎み切れる覚悟がなきゃ後悔するぞ」
『ああ、言っていたね、おじ様。私も短気を起こさずにそれを考えた。お母さん優しい時もあったし、弟は可愛かったからね。だからこそ…』
「……」
『私がアシッドアタックを受けた時に言った言葉が許せない。腹を括ったよ、おじ様』
長き時間を経て紡いだ家族の絆が、たった一言で無に帰す。怖いものだ、言葉とは。
『住んでいた寮も出てきたよ』
「そうか…。新居は決まったのかい?」
『えへへ…。いま三島駅にいるの。迎えに来て、おじ様』
19
あなたにおすすめの小説
転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ
如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白?
「え~…大丈夫?」
…大丈夫じゃないです
というかあなた誰?
「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」
…合…コン
私の死因…神様の合コン…
…かない
「てことで…好きな所に転生していいよ!!」
好きな所…転生
じゃ異世界で
「異世界ってそんな子供みたいな…」
子供だし
小2
「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」
よろです
魔法使えるところがいいな
「更に注文!?」
…神様のせいで死んだのに…
「あぁ!!分かりました!!」
やたね
「君…結構策士だな」
そう?
作戦とかは楽しいけど…
「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」
…あそこ?
「…うん。君ならやれるよ。頑張って」
…んな他人事みたいな…
「あ。爵位は結構高めだからね」
しゃくい…?
「じゃ!!」
え?
ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます
無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。
神の加護を受けて異世界に
モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。
その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。
そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す
紅月シン
ファンタジー
七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。
才能限界0。
それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。
レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。
つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。
だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。
その結果として実家の公爵家を追放されたことも。
同日に前世の記憶を思い出したことも。
一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。
その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。
スキル。
そして、自らのスキルである限界突破。
やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。
※小説家になろう様にも投稿しています
【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。
この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。
ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。
少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。
更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。
そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。
少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。
どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。
少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。
冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。
すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く…
果たして、その可能性とは⁉
HOTランキングは、最高は2位でした。
皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる