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馬鹿王子と悪役令嬢とヒロインと【後編】

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 男爵は爵位として下位の方であるが、王都に屋敷を持っていた。
 キャサリンの父ベルベッド男爵は、この王都の屋敷で療養をしている。
 領地の統治はキャサリンの叔父と家臣たちが行っているが経営は厳しく、かつ治癒魔法を施してもらうのは高値だ。苦痛をまぎらすポーションでしのいでいるのが現状。

「それで私は…自分が王妃になれば領地も潤い、お父様の病気も治せる治癒魔法使いも雇えると思ったんです」
「そうですか…」
「でも、まさか殿下がお使いになられるなんて…」
「第二王子派の貴族連中が知ると厄介なことになりますからね。徹底して隠していました。ですが…貴女だけには言うべきだったと今は悔やんでいます。もう少し早く、お父上を診ることも出来たでしょうし」
「殿下、その丁寧な話し方、ちょっとやめて下さい」
「いや、しかし私はもう平民ですから」
「平民でもです。何かくすぐったいんです」
「そ、そうで…そうか。では…お言葉に甘えてキャサリン」
「はい」
「君も殿下はやめてくれ。俺はただのレオンだから」
「では、レオン殿と」
「はい、それで結構。とりあえずお父上の病状を聞かせて欲しい」
「はい、ええと…主なる症状は…」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「『グロッグ病』か」
 と、キャサリンから一通り症状を聞くとレオンは言った。

 グロッグ病(架空)、全身の脱力としびれ、胸と四肢の激痛が不定期で全身を襲う。起き上がることも困難となり、体が衰弱して食事も満足に取れずに痩せていく。この当時、すでにこの病気は判明していたが、それは他の医療知識先進国の話で、フィオナ王国は未周知と言っていい。

 しかし今のレオンは容貌こそ十代後半の若者だが、その中身はこの世界の80年近くの未来から来たレオン自身の魂なのだ。
 彼が興した漁師町ビオラ、レオンは年老いて村長の座を息子に譲った後は治癒師として晩年まで働いた。
 80年後の未来で治癒師をやっていた男なのだ。薬草知識も豊富だ。
 おそらく現時点において世界一の治癒師であろう。

「「グロッグ病…?」」
「ともあれ本人からも症状は聞きたいな」
「ええ、その角を左よ」
 キャサリンの案内に従い歩いていくと、ベルベッド男爵邸が見えてきた。

「ただいまー!」
 男爵邸に着いた一行、キャサリンが扉を開けた。
「お姉ちゃんだ!」
「わああい!お姉ちゃーん!」
 幼い弟と妹たちがキャサリンに抱き着いた。
「うふふっ、みんないい子にしてた?」
「「うんっ!」」
「「はいっ!」」

 ロゼアンナがレオンを見ている。こんなに多くの弟と妹がいることを知っていたのか?と云う顔だがレオンは首を振る。
「知りませんでした。何が何でも王妃になりたいと云う彼女の気持ちが今になって分かった気がします」
「そうね…。ん、あの方は執事かしら」

「お嬢様」
 老紳士がキャサリンに歩む。
「ただいま、ウイリアム」
 執事と言っても物語のような立派な黒服を着ているわけではない。
 平民より少し身ぎれいな古着を着ているだけだ。
「お嬢様、この方たちは?」
 男爵家の執事が王子や公爵令嬢の顔を知っているはずもなし。ましてレオンとロゼアンナはいま旅装だ。
「ああ、この方は、あっと、コホンッ!私の王立学園での友達よ」
 とっさに機転を利かせたようだ。

「初めまして。キャサリン嬢の学友レオンです」
「同じくロゼアンナと申します。お見知りおきを」
「これはご丁寧に。私はベルベッド男爵家の執事を務めますウイリアムにございます。当家のお嬢様がお世話になって」

「さっそく本題ですが…ウイリアム殿、ベルベッド卿に会わせていただきたいのです」
 ウイリアム、そしてキャサリンの幼い弟と妹たちも顔を曇らせた。
「旦那様はご病気で…。移る病ではないのですが…」
「それはキャサリン嬢に聞いております。私は治癒師です。薬草処方と治癒魔法を使います。会わせてはいただけませんか?」
「なんと…!」
 ウイリアムとキャサリンの弟と妹たちの顔が明るくなった。
「たとえ治せずとも苦痛は除けます」
 ポーションでの苦痛の軽減は一時しのぎ。しかもだんだん利かなくなってきている。
「除く?軽減ではなく?」
「はい、除きます。キャサリン嬢の話を伺う限り、ベルベッド卿の病は『グロッグ病』と思われます。それなら対応は可能ですが、もし不治であったとしても召されるその時まで苦しむことはないかと」
「おおっ、おおお!それだけでも我らベルベッド男爵家、どれほど嬉しいことか!家臣領民に温かき我が主、病に苛まれるのが、もう見ておれず…。うっ、ううう…」

 苦しまないで召されるのなら、それだけでもキャサリンは嬉しい。
 キャサリンが王子を誑かすと言う挙に出たのも大好きな父の病を治したい一心。
 しかし、もし現状の治癒魔法と薬学が及ばないのなら、それはもう天命と思うしかない。
 せめて苦しまないで死ねるなら、それでいい。

 知らせを聞いたキャサリンの母ソフィアもやってきた。
「……!レオンで…」
 母ソフィアはレオンの顔を知っていたようだ。『レオン殿下』と名前を言いきる前にシッと口に指を立てた。
「で、では、こちらへ」

 ソフィアがレオンをキャサリンの父ミレイスが伏せる部屋に案内する。近づくにつれひどい悪臭がする。
「……褥瘡の臭いですね。ひどい床ずれをしているのでは?」
「その通りです。ご承知の通り治癒魔法は使い手が少なく、かつ高価…。とても…はっ、今回の治療代ですが…」
「学友のお父上を治療するのにお金など受けられませんよ。無用です」

 ロゼアンナには耐えきれない臭いだった。生きながら体が腐っていく。それが褥瘡。床ずれによる局部壊死だ。
 人体の腐敗臭は筆舌しがたいものがある。臭いと言うより痛い、途端に嘔気もしてくる。
 ロゼアンナは鼻をハンカチで押さえつつ廊下で立ち止まってしまった。

「ここからの立ち入りはご婦人のソフィア様とご息女のキャサリン嬢のみとしてもらいます。ウイリアム殿、ロゼアンナ嬢をお任せしてよろしいか」
「承知しましたレオン殿、ロゼアンナ様、お庭にご案内いたします」
「わっ、分かりました。お願いします…」
(なっ、情けない!こんなんで旅なんか出られるの私は!)

「あなた、ソフィアです。入りますよ」
 ミレイスの寝室を開けた。むわっ、と腐臭がレオンたちを包む。キャサリンも顔をしかめた。
 褥瘡の臭いは嗅いだものでなければ分からない。形容しがたい悪臭である。
「あなた、キャサリンとレオン殿下…あ、いやキャサリンのご学友のレオン殿が来られたわ。レオン殿は治癒魔法を使えるとか」

「う、うう…キャサリンか…」
「おっ、お父様!なんて、なんてお姿に!」
 やせ細り、まだ40にもなっていないだろうに老人のように皺だらけだ。おそらく薬を飲むチカラもないだろう。しばらく学園の寮住まいだったキャサリンは父のあまりのひどい姿に言葉を失う。
「ソフィア様、使用人を呼んで清潔なシーツと寝巻を。褥瘡の血と膿が染みたベッドも変えた方が良いかと」
「分かりました。すぐに」

「ベルベッド卿、私は元フィオナ王国第二王子レオン・イグ・フィオナです」
「も、元…?」
「はい、こたび内乱を避けるため廃嫡を選び、今は平民です。ご息女とは学園内で友誼を交わした間柄、国を出ていく前に学友の父上の病気を治しにきた次第です。ではまず『ハイヒール』」
「「…………!!」」
 何とミレイスの褥瘡が一瞬で治った。所々壊死していた背中が嘘のように綺麗になった。

「こ、これは…!」
「あああああ…で、殿下!じゃなくてレオン殿!ありがとう!」
 使用人たちと共に新たなシーツと寝巻を用意していたソフィアもまた泣き崩れた。
 あんなに苦痛を訴えていた褥瘡が一気に治ったのだから。
「礼はまだ早いよキャサリン嬢。さて、ベルベッド卿」
「なっ、なんだね?」
「主なる症状を教えて下さい」
「…分かった。しかし病に治癒魔法は効かないと聞くが…」
「その通りです。ある程度の病は治癒魔法でも治せるのですが、さすがにグロッグ病に対しては無理です。これで対応します」
 鞄から瓶を取り出した。
「それはポーション?」
「はい、しかし城下で売っている通常のポーションではありません。病ごとに特化したポーションです」
「なっ…?病ごとに?どういうことだね」
「例えて言うと風邪には風邪しか対応できない。腹痛なら腹痛しか対応できないポーションです。その病のみを対象にしているため効果は大きい。私が診断して病名が分かれば、現在の手持ちのポーションで何とかなるかもしれません」

「そっ、そんなポーション聞いたことが…!?ぐっ、ぐあああ!」
 胸の激痛、次は四肢の激痛を訴える。
「あっ、あなた!」
 レオンはミレイスの激痛に苦悶する様をよく観察していた。キャサリンが救いを求めるようにレオンを見た。
 そして『間違いない、やはりグロッグ病だ』とつぶやいた。

 鞄をさぐり、対応しているポーションを出す。そして激痛で暴れるミレイスの左手首を強く握ると
「うっ…!?」
 あれほど激痛で暴れていたミレイスが動かなくなった。苦痛も少し引いた。もちろん意識もしっかりしている。
「なっ、なにを…!?」
 何をやったんだとキャサリンは思った。魔法を使っていないのに、まるで魔法のよう。
「はるか東の島国に伝わる武芸『気』という技の応用だ。苦痛に暴れる患者はこうして大人しくさせる。ベルベッド卿、こればグロッグ病に特化したポーションです。少々しんどいでしょうが何とか飲んで下さい。少し苦いですがね」

「うっ、うう…。分かった!何とか…」
 ミレイスはポーションの入った瓶を掴み、少しずつ飲んでいった。
「うがぁ…。ちょっと苦いなんてものじゃ……え?」
 土気色の肌がみるみるうちに血色の良い肌に。そして
「嘘だろう…。痛みが引く…。どこも、どこももう痛くないぞ!」
 レオンは微笑み頷く。
「ああああ!」
 父ミレイスの胸に飛び込んで感激の涙を流すキャサリン、母のソフィアも歓喜の涙を流している。
「ありがとう!ありがとう!大好きよ、レオン!」

「殿下…。いやレオン殿、片田舎の男爵にこれほど温かい治療をしてくれて本当にありがとう。君は命の恩人だ」
「ベルベッド卿、いくら私のポーションでも体力の衰えまでは回復できません。しばらくは消化の良い食事と適度な運動を心がけて下さい」
「承知した。主治医たる君の指示に従おう」

「本当に治してしまったのね…」
 ミレイスの寝室の扉の方にロゼアンナが立っていた。一度その場から退いたが戻り、すべて見ていたのだった。
「ええ、私が対応できる病で幸いでした」
 ミレイスが治ったことをロゼアンナとソフィアが歓喜している時、レオンの優しい横顔にロゼアンナは参ってしまった。傲慢でわがまま、顔も見たくないと思ったこともある馬鹿王子。

 しかし、今のレオンの顔はどうか。傲慢さは消え失せ、精悍、かつ強さと優しさが同居した、何ともいい男の面構え。元々美男子であったが、もはやただ顔がいいだけの男ではない。
 もう、レオンの突然の変化の理由などロゼアンナにはどうでもいい話だった。
(よく考えたら、殿下とキャサリンの言う通り、女の一人旅って危ないよね…。たとえ魔法と剣が使えても、私より強い人なんてゴロゴロいるんだし…)

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「もっと、ゆっくりしていかれては…」
 キャサリンの母ソフィアが改めて持て成そうとすることを辞退し、レオンは去ることにした。
「いえ、長くいればそれだけ名残惜しくなりますから。これ…7日ほど毎食後にベルベッド卿に飲ませて下さい。軽い栄養剤です。リハビリの助けとなるでしょう」
「何から何まで…ありがとうございます」
「キャサリン」
「…………」
「達者でな」

 そのままロゼアンナと共にベルベッド男爵家の屋敷を去っていくレオン。
「…………」
「ああっ、なんて情けない!どうして追いかけないの!」
 母のソフィアにお尻を思い切り叩かれたキャサリン。あまりの痛さに悶絶しつつも反論。
「だっ、だって、もう彼は王子じゃないのよ。フィオナを出て旅人になる彼に戦えない私がついてったって…足手まといにしかならないじゃないの!」
「お嬢様、いま一緒に行かなければ一生後悔しますぞ!」
「お姉ちゃん、だらしないぞ!このままじゃ兄ちゃん、あのお姉ちゃんに取られちゃうぞ!」
「「そうだ!そうだ!」」
 執事のウイリアム、弟たち妹たちが背中を押す。まだ決心がつかない娘を見て焦れたソフィアが
「世話がやける娘ね、まったくもう!」
 ソフィアが旅の用意が整ったバッグをキャサリンの胸に押し込んだ。
「平民やら王族やら関係ないわ。絶対に逃がすんじゃない、あんないい男!」
「お母様…」
「もう帰ってくるんじゃないわよ!」
 屋敷の扉が閉められてしまい、ご丁寧に鍵もかけられた。もう選択の余地はない。レオンの去った方向へ走り出したキャサリン。
「逃がすわけないでしょ!あんないい男!」

 キャサリンの父ミレイスはベッドで妻ソフィアの淹れてくれた茶を飲みつつ
「そうか、キャサリンはレオン殿を追いかけたか…」
「ええ、お尻叩いて、ようやくよ。ふふっ」
「ああいう男のことを言うのだろうな…。男が惚れる漢と言うのは…」
 ベッドの上から窓からキャサリンたちが去ったであろう方角を見つめるミレイス。
「彼には、この国は小さすぎるな。はっははは!」

 一方、レオンとロゼアンナは
「一緒に行くって…本気ですか?」
「ああ、もうその丁寧な話し方いいから。キャサリンの言う通り、くすぐったいと言うより気持ち悪いし」
「気持ち悪いとはずいぶんな…。まあ、それでいいと言うのなら。で…本気で俺と一緒に旅をすると?」
「ええ、やっぱり女の一人旅は危ないからさ。いいでしょ?」
「火炎魔法と剣が使えるだろう?」
「…やっぱり知っていたのね。確かにそうよ。でも実戦経験がない。使い物になるかどうかは私だって今の段階じゃ分からないし」
「ううむ、そう聞くと君を一人で旅立たせるわけにもいかないか」
「そう!もう王子レオンと公爵令嬢ロゼアンナは死んだのよ。ただのレオンとロゼアンナでいいじゃない」
「分かったよ。じゃ、一緒に行こうか」
「ええ、よろしくね。最初の目的地は……」

 と、その時
「レオンーッ!ロゼアンナ様―ッ!」
「あらあら、二人きりってのは無理みたいね」
「はぁ、はぁ、私も一緒に行く!戦いはまだ出来ないけれど、きっと覚えるから!」
「キャサリン…」
「家を追い出されちゃったのよ~ッ!もう帰ってくるなって~ッ!」
 吹き出したロゼアンナ。レオンの足手まといになってはと同行を躊躇う娘の尻を叩いてレオンの元へ行かせたのだろう。
「そっか、じゃ、一緒に行くか。世界中を巡る旅!色んなところに行こう!」
「「やったーッ!」」

 ロゼアンナと手を取り合って喜ぶキャサリン。そして
「最初の目的地は決まっているの?」
「ああ、東の島国のジパングに行こうかと思っている。そこの商人がフィオナに訪れた時に先の武芸を教わったんだが…彼に一枚の風景画を見せられた」
「「風景画?」」
「ジパング一番の山、フジ、これがすっごい綺麗なんだ!絵でこれほどなら実際はどうなんだとどうしても見たくてな!」
 我ながら、よくこんな嘘を並べられると思う。レオンは前の人生でフジを見ているが、あれほど美しい山は世界のどの国にもなかった。ぜひ、この二人に見せたいと思った。
「うんっ、私も見たいよ!ね、ロゼアンナ!」
 キャサリンはもうロゼアンナを呼ぶに“様”をつけなかった。それがとても心地よかった。
「ええ、ジパングのフジ、見に行きましょう!」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 国外追放から、レオンがどのようにして飛び抜けた治癒魔法と薬草知識、そして武勇を身につけたかは一切不明である。ただレオンはこれを問われるたびにこう答えたとある。

『盗賊やモンスターが跳梁跋扈する何かと物騒な世、身一つで生きていくため、おのずと身に付いた』

 もし、これが事実ならば彼は歴史に残る勇者たちと肩を並べるほどの人物であったということだろう。
 婚約破棄の返り討ちに遭い、人々の嘲笑を受けて国外追放された馬鹿王子が大きな挫折を味わい人間として成長させたのか。

 本来なら後年に蔓延する疫病で命を落としていたロゼアンナとキャサリン。
 ロゼアンナはレオンとの婚約破棄後、レオンの兄ルークの猛烈な求愛にほだされて結婚する。結局彼女はフィオナ王国から出ることは叶わなかったのだ。
 王妃となったものの、いつまでも子を成さないロゼアンナとルークとの夫婦仲は段々と冷えていった。

 キャサリンは国外追放の刑を受けるが結局国内に潜み安娼婦へとなり、娼婦として働けなくなった歳になると場末の酒場で働きつつも酒浸り、抵抗力も無かったか疫病であっさり死んだ。
 ロゼアンナも同じ運命をたどり、最後まで苦しんだ挙句、夫のルークに看取られることも無く孤独に死んだ。

 婚約破棄を発端に、平民に落とされた挙句に国外追放を受けたレオンだけが後に再起し流浪の治癒師レオンとして歴史に名を残した。


 しかし、どういう運命の歯車が回ったのか。
 子と孫に看取られ94歳で召されたレオンは気が付けば婚約者ロゼアンナを断罪する瞬間に逆行していた。
 形は変わったが、結局ロゼアンナとは婚約破棄、キャサリンにも別れを告げた。

 レオンは王位後継者から退く。ロゼアンナもキャサリンもこれでレオンと結婚する必要は無くなったわけだが、彼女たちは平民となりフィオナ王国から出ていくレオンと共に生きていくことを選ぶ。

 両手に花の楽しい旅、というわけにもいかなかった。時に盗賊やモンスターと戦い、波乱万丈な旅、それだけに目的の美観にたどり着いた時は感無量だった。

 ジパングのフジを見た瞬間、レオンは忘れない。ロゼアンナとキャサリンが大粒の涙を流してフジを見つめていた瞬間を。ああ、良かった。連れてきて良かったと心の底から思った。
 どういう事象が発生して若き日の自分に戻ったのか、そんなことはもうどうでもよかった。

 その後、巨大な滝、見たことも無い大樹、広大な花園、世界各地を周る。フィオナの王妃や大貴族になったとしても、これほどの美観が観られるだろうか。
 やがてロゼアンナとキャサリンはレオンの妻となり子も多く成す。

 あの世で詫びたかったと願うレオンに『その程度で済むか』と神がもう一度チャンスを与えてくれたのかもしれない。レオンはそう思った。

 時が過ぎ、子供たちも巣立ち、レオン、ロゼアンナ、キャサリンも老境を迎えたころ二人の妻は『もう一度フジが見たい』とレオンに願い、連れて行った。
 レオンは愛妻二人と一緒に丘に座り、肩に抱き寄せて夕暮れ時のフジをずっと見つめていた。そして
「君たちを妻にして本当に幸せだった。ありがとう」
「礼を言うのは私のほうよ。貴方の妻になってよかった。ありがとう」
「私と出会ってくれてありがとう、レオン」
 ロゼアンナとキャサリンの言葉にレオンは微笑み、夫婦は仲良くずっとフジを見つめていた。


 馬鹿王子と悪役令嬢とヒロインと  完
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