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第六話 アシッドアタック
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「救世主とは…これまた壮大な話ですね」
サナをチラと見たが、真剣な顔つきでケイトさんを見つめている。
「お話を聴きましょう」
「ケンジさん、貴方はロッグダメージと言う言葉を知りませんか?」
「やっぱり…」
サナはケイトさんの意図を察したようだが俺には分からない。
「いや、勉強不足ですみません。何ですか、その…ロッグダメージと言うのは」
「昆虫系モンスターの吐く『酸』ですが、それをわざわざ採取して怨みある女性の顔に浴びせて顔を溶かす残虐極まりない行為のことです」
アシッドアタックのことか!
消防士だったころ、忘れられない事案がある。
新宿駅前で起きたアシッドアタック。交際を断られた男が相手の女性を逆恨み、待ち伏せして、その女性の顔に硫酸を浴びせた。
当時の俺は救急隊で第一到着、我が目を疑った。痛みと熱さに絶叫するその女性の顔が完全に溶けていた。熱傷対応の簡単な応急処置が精一杯だった。
ずっと気になっていた。警察を経てアシッドアタックを受ける前の彼女の写真を見せてもらったけれど見惚れるような美人さんだった。二十一歳の女性、これからやりたいこともたくさんあったろうに、それを心無い男の逆恨みで奪われてしまった。
加害者の男は捕まったけれど初犯であったため執行猶予付きの暴行罪、すぐに自由の身になってしまった。日本の法律はどうなっているんだと腸が煮えくり返る思いだった。
そして、あの日、自損事案の指令が入り救急出場、無線コード480の3、飛び降り自殺のことだ。出場先はあの女性が救急搬送された病院近くの高層マンション、二十代の女性と聞き、まさか、まさかと思った。現場に着くまで気が気じゃなかった。
そして最悪の予想が的中してしまった。アシッドアタックの被害者女性だった。
高所から飛び降り地面に激突した彼女はもう、人の形すらしていなかった。溶けてしまった顔を見つめた俺は悔しくて悔しくて涙が止まらなかった。彼女は溶けてしまった顔を見た時、生きる希望を失ってしまったんだ。絶望死は…地球にもあったんだな。考えてみれば。
あの時、彼女の顔を元に戻せるファンタジー世界のような魔法が使えたら、どれだけいいかと思った。
いま、俺はそれが出来るのか?
俺の何らかの変化に気付いたのか、サナは俺の顔を見て頬を染め、ケイトさんは
「すごい面魂ですね。さっきと顔つきが一変していますよ」
「女性にそんなことをしたやつらの刑罰はどうなっているんですか?」
「死刑です。ですが相手の男にとって、それは何の制御効果にもならないのが現状です。彼らは自分が死刑になろうとも、自分に理不尽な振る舞いをした女が醜くなって地獄に落ちるならと何のためらいもなく実行します」
「酸が容易く手に入る状況は何とかならないのですか?」
「酸自体は悪ではありません。銅貨、銀貨、金貨の材料となりますし、鍛冶にも欠かせません。剣と同じで、要は使う者次第なのです」
この点は地球の論理と同じのようだ。酸自体は悪じゃない。この世界で硫酸や塩酸の製造が出来ているのかどうかまでは知らないが…その昆虫系モンスターが吐き出す酸は一方で貴重な資源、もう一方では女性を地獄へ叩き落とす凶器となるわけだ。
「…では最初の患者を呼んで下さい。ケイトさん、貴女の身内にいらっしゃるのでしょう?」
「よっ、よろしいのですか?」
やっぱりな。何となくだが身内に被害者がいるのだろうと察せられた。伊達に八十五年生きておらんよ。
「ええ、アシッ…ではなくて、ロッグダメージを受けた女性たちの顔面再生依頼、今まで治癒(大)を使ったことは一度しかないので出来るかどうか確認したいのです。実験と言うのは失礼ですが、このクエストを引き受けるのは、それの成否次第です」
「分かりました。至急自宅に一度戻り、妹を連れてまいります」
応接間で待たされることに。
「…過去、ロッグダメージを受けた女性を見ているのね」
「鋭いな、サナ」
「ええ、すごい顔だったもの。その女性はどうしたの?」
「溶けた自分の顔に絶望して自ら命を絶った。相手の男は逃げおおせた」
「そう…」
「悔しかったよ…。すごく」
「うん」
「ところでサナ、ロッグダメージを受けた女性たちはいずれも貧しいと思う。別に無料でやるのは吝かではないのだが…この仕事の報酬はどうすればいいと思う?」
「ん~、ケンジの言う通り、現状ほとんどの被害者女性に支払い能力は無いと思うわ。最初こそ親身になってくれる家族でもロッグで溶けた顔だと働けないし嫁ぐことも出来ない。だから迷惑がられ孤立している人ばかりと思う。でも、だからと言ってタダでやる必要は無いし、むしろすべきじゃない。顔が元に戻れば働けるのだから」
「そうだな…。しかし、ロッグダメージで溶けた顔が元に戻っても精神的に負ったダメージも大きいはずだ。被害者女性、もしくはその家族が無理なく支払える額と支払い期限を予めギルドと決めておく必要があるだろう。その点、任せていいか、サナ」
「分かった。任せてよ」
「しかし、遅いな…。そんなに遠いのか、ケイトさんの自宅は。あの口ぶりだと近所だと感じたのだが」
「あっ、妹さんが家を出ようとしないんじゃないの?ハッキリ言って私なら、どんな被り物をしていても外出なんて出来ないと思うし」
「それもそうだな」
俺とサナは応接室を出て、さきほどお茶を運んできたギルド職員の女性、マリーさんにケイトさんの自宅に案内するよう伝えた。
すると、サナの見込み通りだった。室内からケイトさんが懸命に説得している声が聴こえた。妹さんは頑なに家から出ようとしないのが容易に察せられた。
「出来るわけないじゃない!こんな溶けた顔を元に戻すなんて!今まで治癒魔法をかけてもらったけれど熱傷が治っただけで溶けたまま固まっちゃって!もうイヤ!」
「今まで、この国には治癒(中)の術者しかいなかったの!中と大では天と地ほどに効果が違う!しかもただ傷が治るのではなく再生力も含まれるから元に戻る可能性はゼロじゃないのよ!お願いだから治癒魔法を受けて!」
「治癒(大)なんて、どれだけお金取られるのよ!うちにそんなお金ないでしょう!」
「彼が求めるなら姉の私が体で払ってでも!」
「そういう理由で女性を抱くのは嫌ですよ」
口論に夢中で、俺とサナの来宅に気が付かなかったようだ。失礼だが勝手に上がらせてもらった。
「ケンジさん…」
「その方が妹さんですか?」
「はい」
被り物を被っていて顔は分からない。こうなった経緯はケイトさんが説明してくれた。
求婚を断り、別れ話を切り出したら相手の男が逆上して酸を浴びせてきたというのだ。
男は即時逮捕、翌日に死刑となったが、執行直前まで『ざまあみろ』と、ずっと笑いながら言い続けていたらしい。
「私はケンジ、旅の者です」
「ケイトの妹、アザレアです…」
和訳すると『ツツジ』か…。いい名前だ。
「お金は貴女が働けるようになってからで結構です。額面や期限は、これからギルドと要談ですが、法外な額ではないことはお約束いたします」
「ほ、本当ですか?」
「はい、で…おつらいでしょうが正確を期すために私に顔を見せて下さい。約束します。顔を元に戻したあと、それは忘れると」
「…………」
アザレアさんは俺の後ろにいたマリーさんとサナに顔を向けた。サナは察した。
「マリーさん、出ましょう」
「あっ、はい!すみません、気が利かず…」
ゆっくりとアザレアさんは被り物を取った。なるほど、これは年頃の娘には地獄だ。
頭髪はすべて無くなっており、頭頂部から皮膚が溶けて左目はそれで塞がり、耳たぶは両方とも溶けて、首まで垂れ下がり、いびつな形として首の側面に残っている。
右の鼻の穴に至っては、穴と言うより点だ。口も垂れて右側の頬が溶けて口内が側面から見える。
こりゃあれだ。アシッドアタックを受けた後、顔面再生手術を一度も受けないで、ただ熱傷を治しただけ。
アシッドアタック…。この世界で言うロッグダメージの治療は今のところ、これしかないのだろう。
顔面再生手術は存在しない。
俺が顔色を変えないことにケイトさんも驚いていたようだ。前世で見ているからな。
「つらかっただろうな…」
精神を集中した。可能なはずだ。治癒(中)にない再生能力も込められているのが治癒(大)なのだ。ティナさんの腐乱した四肢を治した時の感じでやれば出来る!
『ハイヒール』
俺の治癒魔法がアザレアさんの上半身を包んだ。最期は残念の結果となったグレンだが、さすがは勇者だっただけはあって魔法の使い方も上手かったようだ。俺の記憶と融合した今は、彼の技はそのまま使える。治癒と言うより再生、再生能力の方を高める。そして
「ああっ、ああっ!あああああああ!」
ケイトさんは泣き崩れた。アザレアさんは視界が両目で見られること。呼吸が鼻からスムーズに出来ることに気付いて、布をかぶせてあった鏡台に行き、布を剥ぎ取って鏡を見た。
「あ…。ああああああああ!うわあああああんっ!」
アザレアさんの泣き叫ぶ声を聴いてサナとマリーさんが入ってきた。アザレアさんの顔が美しくなっていることに驚いていた。そして同時に泣き出した。同じ女、顔が溶かされた地獄は察するにあまりある。それが元に戻ったのだ。
「良かった、上手く行ったよ」
「すごいよ、ケンジ…。ううっ、今夜は大サービスしてあげるからね…」
「楽しみだよ」
ケイトさんとアザレアさんは号泣しながら抱き合っていた。
「よかった…。よかった…。よかったねアザレア…」
「お姉ちゃん、ありがとう…。ありがとう!うわああああんっ!」
姉妹の感動の抱擁に俺たちは邪魔だ。一度ギルドに戻ることにした。マリーさんに再び応接室に通された。
「もう、しばらくするとケイトも戻ると思います」
お茶を出してもらえた。サナに
「もしかすると、これが俺の生業となるのかもしれないな」
「いや、生業とすべきでしょ。魔力どれだけ使った?」
「いや、汗もかいていないし大した量じゃないよ。しかし、あんまり一日に数をこなすと、さすがに夜サナとお楽しみが」
「なに言ってんのよ。私とのエッチより、そっちが優先でしょ」
「ええ~」
「ええ~じゃないわよ、まったく」
しばらくするとケイトさんがギルドの応接室に戻っていた。何故かアザレアさんも一緒に。
俺の前に腰かけたアザレアさんはペコリと頭を下げて
「改めて…アザレアです」
「旅の者でケンジと言います」
「私の顔を元に戻していただけて、本当に感謝しております」
「正直言うと、かなりハラハラしていました。私はハイヒールを使ったことが今まで一度しかありませんでした。再生能力が多分に含まれているのは知っていましたが顔面溶解に適応するのかと分かりませんでした。だから上手く行って一番ホッとしているのは私ですよ」
ニコリと笑うアザレアさん、だけど軽いめまいを起こしてしまったようだ。顔色も良くない。
「お礼なら後日でかまいません。ロッグで溶けた顔が元に戻っても、心の傷や引きこもって落ちてしまった体力までは私のハイヒールでも無力です。美味い食事と適度な運動、これを心がけて下さい。私が貴女の家からギルドに戻ってしまったことで、いらぬ体力を使わせてしまい、申し訳ありませんでした」
「そんな…。でもお言葉に甘えます。ずっと引きこもっていたので、急に動いて体がびっくりしたかもしれません」
「一人で大丈夫?すいません、私もお礼は後日一緒にと言ったのですが…」
「ありがとう、お姉ちゃん、うん…久しぶりに町を歩きたいし」
「ケンジ、このロッグダメージの被害者女性の顔を元に戻すって言う永年依頼、受けるってことでいいのよね」
「ああ、そのつもりだけど」
「じゃ、さっき私に任せると言ってくれたんだからギルドとの契約および一人当たりの支払額と、その期限については妻たる私が責任もって対応させてもらうわ。貴方はアザレアさんを家まで送って」
「分かった。アザレアさん、行きましょう」
「はい…」
ギルドを出て間もなく、アザレアさんはまためまいを起こしたので、俺がおんぶすることにした。
「すいません…」
「ほら、こんなに軽い。さっき言った適度な運動に美味い食事、忘れないで下さいよ」
「心がけます」
「眠くなったら眠ってかまいませんので…」
「優しいのですね」
「亡くなった親父から『人には優しくあれ、特に女性には』と子供のころから、よく言われました。本人は母さんの尻に敷かれていたくせにね…」
「まあ、ふふっ」
「親父は本当に母と妹に温かい人でした。愛していることが分かりました。だから母と妹も父を心から愛していました。そんな父を見ていたら、おのずとこうなりますよ」
「素敵なお父様だったのですね。ケンジさんを見ていれば分かります」
前世の亡くなった親父によく『人には優しくあれ、特に女性には』と言われたものだった。
俺は物語の主人公にありがちな不幸な生い立ちと言うのが、あまり思い当たらない。裕福ではなかったが厳しくも優しい両親、可愛い妹、家族に恵まれ、長じては仕事と伴侶、子供たちにも恵まれた。いつか、とんでもないしっぺ返しが来るんじゃないかと思っていたら、普通に寿命で死んだ。
もしかしたら、馬鹿勇者に転生したことが、とんでもないしっぺ返しなのかもしれないが、そんなに悪くはない。
「つらかったでしょうね…。でも、貴女の顔は元に戻った。これからですよ。楽しいことも、幸せなこともね」
「ケンジさん…」
しばらくおんぶしているとアザレアさんは眠ってしまった。思い出すな、妹の優美もよく俺の背中で眠ってしまったな…。香苗も娘たちも孫たちも…。ううむ、俺って女の子をおんぶして寝かしつけるの上手いのかも。
その後、俺はアザレアさんの自宅に戻り、申し訳ないが室内に入り、彼女のベッドに横にさせて外に出た。
しばらくして振り返り、アザレアさんの自宅を見た。
「顔は女の命、ということは…一つの命を助けたことになるのかな。要救助者一名、救出完了!十五時マル二分!あははははは!」
サナをチラと見たが、真剣な顔つきでケイトさんを見つめている。
「お話を聴きましょう」
「ケンジさん、貴方はロッグダメージと言う言葉を知りませんか?」
「やっぱり…」
サナはケイトさんの意図を察したようだが俺には分からない。
「いや、勉強不足ですみません。何ですか、その…ロッグダメージと言うのは」
「昆虫系モンスターの吐く『酸』ですが、それをわざわざ採取して怨みある女性の顔に浴びせて顔を溶かす残虐極まりない行為のことです」
アシッドアタックのことか!
消防士だったころ、忘れられない事案がある。
新宿駅前で起きたアシッドアタック。交際を断られた男が相手の女性を逆恨み、待ち伏せして、その女性の顔に硫酸を浴びせた。
当時の俺は救急隊で第一到着、我が目を疑った。痛みと熱さに絶叫するその女性の顔が完全に溶けていた。熱傷対応の簡単な応急処置が精一杯だった。
ずっと気になっていた。警察を経てアシッドアタックを受ける前の彼女の写真を見せてもらったけれど見惚れるような美人さんだった。二十一歳の女性、これからやりたいこともたくさんあったろうに、それを心無い男の逆恨みで奪われてしまった。
加害者の男は捕まったけれど初犯であったため執行猶予付きの暴行罪、すぐに自由の身になってしまった。日本の法律はどうなっているんだと腸が煮えくり返る思いだった。
そして、あの日、自損事案の指令が入り救急出場、無線コード480の3、飛び降り自殺のことだ。出場先はあの女性が救急搬送された病院近くの高層マンション、二十代の女性と聞き、まさか、まさかと思った。現場に着くまで気が気じゃなかった。
そして最悪の予想が的中してしまった。アシッドアタックの被害者女性だった。
高所から飛び降り地面に激突した彼女はもう、人の形すらしていなかった。溶けてしまった顔を見つめた俺は悔しくて悔しくて涙が止まらなかった。彼女は溶けてしまった顔を見た時、生きる希望を失ってしまったんだ。絶望死は…地球にもあったんだな。考えてみれば。
あの時、彼女の顔を元に戻せるファンタジー世界のような魔法が使えたら、どれだけいいかと思った。
いま、俺はそれが出来るのか?
俺の何らかの変化に気付いたのか、サナは俺の顔を見て頬を染め、ケイトさんは
「すごい面魂ですね。さっきと顔つきが一変していますよ」
「女性にそんなことをしたやつらの刑罰はどうなっているんですか?」
「死刑です。ですが相手の男にとって、それは何の制御効果にもならないのが現状です。彼らは自分が死刑になろうとも、自分に理不尽な振る舞いをした女が醜くなって地獄に落ちるならと何のためらいもなく実行します」
「酸が容易く手に入る状況は何とかならないのですか?」
「酸自体は悪ではありません。銅貨、銀貨、金貨の材料となりますし、鍛冶にも欠かせません。剣と同じで、要は使う者次第なのです」
この点は地球の論理と同じのようだ。酸自体は悪じゃない。この世界で硫酸や塩酸の製造が出来ているのかどうかまでは知らないが…その昆虫系モンスターが吐き出す酸は一方で貴重な資源、もう一方では女性を地獄へ叩き落とす凶器となるわけだ。
「…では最初の患者を呼んで下さい。ケイトさん、貴女の身内にいらっしゃるのでしょう?」
「よっ、よろしいのですか?」
やっぱりな。何となくだが身内に被害者がいるのだろうと察せられた。伊達に八十五年生きておらんよ。
「ええ、アシッ…ではなくて、ロッグダメージを受けた女性たちの顔面再生依頼、今まで治癒(大)を使ったことは一度しかないので出来るかどうか確認したいのです。実験と言うのは失礼ですが、このクエストを引き受けるのは、それの成否次第です」
「分かりました。至急自宅に一度戻り、妹を連れてまいります」
応接間で待たされることに。
「…過去、ロッグダメージを受けた女性を見ているのね」
「鋭いな、サナ」
「ええ、すごい顔だったもの。その女性はどうしたの?」
「溶けた自分の顔に絶望して自ら命を絶った。相手の男は逃げおおせた」
「そう…」
「悔しかったよ…。すごく」
「うん」
「ところでサナ、ロッグダメージを受けた女性たちはいずれも貧しいと思う。別に無料でやるのは吝かではないのだが…この仕事の報酬はどうすればいいと思う?」
「ん~、ケンジの言う通り、現状ほとんどの被害者女性に支払い能力は無いと思うわ。最初こそ親身になってくれる家族でもロッグで溶けた顔だと働けないし嫁ぐことも出来ない。だから迷惑がられ孤立している人ばかりと思う。でも、だからと言ってタダでやる必要は無いし、むしろすべきじゃない。顔が元に戻れば働けるのだから」
「そうだな…。しかし、ロッグダメージで溶けた顔が元に戻っても精神的に負ったダメージも大きいはずだ。被害者女性、もしくはその家族が無理なく支払える額と支払い期限を予めギルドと決めておく必要があるだろう。その点、任せていいか、サナ」
「分かった。任せてよ」
「しかし、遅いな…。そんなに遠いのか、ケイトさんの自宅は。あの口ぶりだと近所だと感じたのだが」
「あっ、妹さんが家を出ようとしないんじゃないの?ハッキリ言って私なら、どんな被り物をしていても外出なんて出来ないと思うし」
「それもそうだな」
俺とサナは応接室を出て、さきほどお茶を運んできたギルド職員の女性、マリーさんにケイトさんの自宅に案内するよう伝えた。
すると、サナの見込み通りだった。室内からケイトさんが懸命に説得している声が聴こえた。妹さんは頑なに家から出ようとしないのが容易に察せられた。
「出来るわけないじゃない!こんな溶けた顔を元に戻すなんて!今まで治癒魔法をかけてもらったけれど熱傷が治っただけで溶けたまま固まっちゃって!もうイヤ!」
「今まで、この国には治癒(中)の術者しかいなかったの!中と大では天と地ほどに効果が違う!しかもただ傷が治るのではなく再生力も含まれるから元に戻る可能性はゼロじゃないのよ!お願いだから治癒魔法を受けて!」
「治癒(大)なんて、どれだけお金取られるのよ!うちにそんなお金ないでしょう!」
「彼が求めるなら姉の私が体で払ってでも!」
「そういう理由で女性を抱くのは嫌ですよ」
口論に夢中で、俺とサナの来宅に気が付かなかったようだ。失礼だが勝手に上がらせてもらった。
「ケンジさん…」
「その方が妹さんですか?」
「はい」
被り物を被っていて顔は分からない。こうなった経緯はケイトさんが説明してくれた。
求婚を断り、別れ話を切り出したら相手の男が逆上して酸を浴びせてきたというのだ。
男は即時逮捕、翌日に死刑となったが、執行直前まで『ざまあみろ』と、ずっと笑いながら言い続けていたらしい。
「私はケンジ、旅の者です」
「ケイトの妹、アザレアです…」
和訳すると『ツツジ』か…。いい名前だ。
「お金は貴女が働けるようになってからで結構です。額面や期限は、これからギルドと要談ですが、法外な額ではないことはお約束いたします」
「ほ、本当ですか?」
「はい、で…おつらいでしょうが正確を期すために私に顔を見せて下さい。約束します。顔を元に戻したあと、それは忘れると」
「…………」
アザレアさんは俺の後ろにいたマリーさんとサナに顔を向けた。サナは察した。
「マリーさん、出ましょう」
「あっ、はい!すみません、気が利かず…」
ゆっくりとアザレアさんは被り物を取った。なるほど、これは年頃の娘には地獄だ。
頭髪はすべて無くなっており、頭頂部から皮膚が溶けて左目はそれで塞がり、耳たぶは両方とも溶けて、首まで垂れ下がり、いびつな形として首の側面に残っている。
右の鼻の穴に至っては、穴と言うより点だ。口も垂れて右側の頬が溶けて口内が側面から見える。
こりゃあれだ。アシッドアタックを受けた後、顔面再生手術を一度も受けないで、ただ熱傷を治しただけ。
アシッドアタック…。この世界で言うロッグダメージの治療は今のところ、これしかないのだろう。
顔面再生手術は存在しない。
俺が顔色を変えないことにケイトさんも驚いていたようだ。前世で見ているからな。
「つらかっただろうな…」
精神を集中した。可能なはずだ。治癒(中)にない再生能力も込められているのが治癒(大)なのだ。ティナさんの腐乱した四肢を治した時の感じでやれば出来る!
『ハイヒール』
俺の治癒魔法がアザレアさんの上半身を包んだ。最期は残念の結果となったグレンだが、さすがは勇者だっただけはあって魔法の使い方も上手かったようだ。俺の記憶と融合した今は、彼の技はそのまま使える。治癒と言うより再生、再生能力の方を高める。そして
「ああっ、ああっ!あああああああ!」
ケイトさんは泣き崩れた。アザレアさんは視界が両目で見られること。呼吸が鼻からスムーズに出来ることに気付いて、布をかぶせてあった鏡台に行き、布を剥ぎ取って鏡を見た。
「あ…。ああああああああ!うわあああああんっ!」
アザレアさんの泣き叫ぶ声を聴いてサナとマリーさんが入ってきた。アザレアさんの顔が美しくなっていることに驚いていた。そして同時に泣き出した。同じ女、顔が溶かされた地獄は察するにあまりある。それが元に戻ったのだ。
「良かった、上手く行ったよ」
「すごいよ、ケンジ…。ううっ、今夜は大サービスしてあげるからね…」
「楽しみだよ」
ケイトさんとアザレアさんは号泣しながら抱き合っていた。
「よかった…。よかった…。よかったねアザレア…」
「お姉ちゃん、ありがとう…。ありがとう!うわああああんっ!」
姉妹の感動の抱擁に俺たちは邪魔だ。一度ギルドに戻ることにした。マリーさんに再び応接室に通された。
「もう、しばらくするとケイトも戻ると思います」
お茶を出してもらえた。サナに
「もしかすると、これが俺の生業となるのかもしれないな」
「いや、生業とすべきでしょ。魔力どれだけ使った?」
「いや、汗もかいていないし大した量じゃないよ。しかし、あんまり一日に数をこなすと、さすがに夜サナとお楽しみが」
「なに言ってんのよ。私とのエッチより、そっちが優先でしょ」
「ええ~」
「ええ~じゃないわよ、まったく」
しばらくするとケイトさんがギルドの応接室に戻っていた。何故かアザレアさんも一緒に。
俺の前に腰かけたアザレアさんはペコリと頭を下げて
「改めて…アザレアです」
「旅の者でケンジと言います」
「私の顔を元に戻していただけて、本当に感謝しております」
「正直言うと、かなりハラハラしていました。私はハイヒールを使ったことが今まで一度しかありませんでした。再生能力が多分に含まれているのは知っていましたが顔面溶解に適応するのかと分かりませんでした。だから上手く行って一番ホッとしているのは私ですよ」
ニコリと笑うアザレアさん、だけど軽いめまいを起こしてしまったようだ。顔色も良くない。
「お礼なら後日でかまいません。ロッグで溶けた顔が元に戻っても、心の傷や引きこもって落ちてしまった体力までは私のハイヒールでも無力です。美味い食事と適度な運動、これを心がけて下さい。私が貴女の家からギルドに戻ってしまったことで、いらぬ体力を使わせてしまい、申し訳ありませんでした」
「そんな…。でもお言葉に甘えます。ずっと引きこもっていたので、急に動いて体がびっくりしたかもしれません」
「一人で大丈夫?すいません、私もお礼は後日一緒にと言ったのですが…」
「ありがとう、お姉ちゃん、うん…久しぶりに町を歩きたいし」
「ケンジ、このロッグダメージの被害者女性の顔を元に戻すって言う永年依頼、受けるってことでいいのよね」
「ああ、そのつもりだけど」
「じゃ、さっき私に任せると言ってくれたんだからギルドとの契約および一人当たりの支払額と、その期限については妻たる私が責任もって対応させてもらうわ。貴方はアザレアさんを家まで送って」
「分かった。アザレアさん、行きましょう」
「はい…」
ギルドを出て間もなく、アザレアさんはまためまいを起こしたので、俺がおんぶすることにした。
「すいません…」
「ほら、こんなに軽い。さっき言った適度な運動に美味い食事、忘れないで下さいよ」
「心がけます」
「眠くなったら眠ってかまいませんので…」
「優しいのですね」
「亡くなった親父から『人には優しくあれ、特に女性には』と子供のころから、よく言われました。本人は母さんの尻に敷かれていたくせにね…」
「まあ、ふふっ」
「親父は本当に母と妹に温かい人でした。愛していることが分かりました。だから母と妹も父を心から愛していました。そんな父を見ていたら、おのずとこうなりますよ」
「素敵なお父様だったのですね。ケンジさんを見ていれば分かります」
前世の亡くなった親父によく『人には優しくあれ、特に女性には』と言われたものだった。
俺は物語の主人公にありがちな不幸な生い立ちと言うのが、あまり思い当たらない。裕福ではなかったが厳しくも優しい両親、可愛い妹、家族に恵まれ、長じては仕事と伴侶、子供たちにも恵まれた。いつか、とんでもないしっぺ返しが来るんじゃないかと思っていたら、普通に寿命で死んだ。
もしかしたら、馬鹿勇者に転生したことが、とんでもないしっぺ返しなのかもしれないが、そんなに悪くはない。
「つらかったでしょうね…。でも、貴女の顔は元に戻った。これからですよ。楽しいことも、幸せなこともね」
「ケンジさん…」
しばらくおんぶしているとアザレアさんは眠ってしまった。思い出すな、妹の優美もよく俺の背中で眠ってしまったな…。香苗も娘たちも孫たちも…。ううむ、俺って女の子をおんぶして寝かしつけるの上手いのかも。
その後、俺はアザレアさんの自宅に戻り、申し訳ないが室内に入り、彼女のベッドに横にさせて外に出た。
しばらくして振り返り、アザレアさんの自宅を見た。
「顔は女の命、ということは…一つの命を助けたことになるのかな。要救助者一名、救出完了!十五時マル二分!あははははは!」
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しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。
勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。
そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。
相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。
※小説家になろうにも掲載しています。
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今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
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